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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-10-20 『ドスコイ警備保障』 室積 光 / アーティストハウス(角川書店)
2003-10-15 『都立水商!』 室積 光 / 小学館
2003-10-06 書評未満 『AV女優』『AV女優2 おんなのこ』 永沢光雄 / 文春文庫
2003-09-27 『東電OL殺人事件』 佐野眞一 / 新潮文庫
2003-09-16 最近読んだコミック その三 『頭文字D(27)』『蟲師(1)〜(3)』
2003-09-10 最近読んだコミック その二 『ホムンクルス(1)』
2003-09-08 最近読んだコミック その一 『のだめカンタービレ(6)』『ヒカルの碁(23)』
2003-09-01 骨になっても踊り続けろ 『屍体狩り』 小池寿子 / 白水Uブックス
2003-08-25 『怪盗ニック登場』 エドワード・D・ホック,小鷹信光 編,木村二郎・他 訳 / ハヤカワ文庫
2003-08-20 切り番ゲット 2000000番!


2003-10-20 『ドスコイ警備保障』 室積 光 / アーティストハウス(角川書店)


【この人,今すごくいいこと言ってる,と豪勇は思った。】

 で、その『都立水商!』の室積光の第二作がこれ。
 今回は、廃業後の力士の就職先として警備会社を作ろう,という話だ。

 警備会社そのものは最初のほうでわりあいあっけなくでき上がってしまって,あとはそこからのさまざまな展開。いや,会社ができてからも順風満帆というか,「ドスコイ警備保障(株)」は幾多のイベントを経て,すたすたとステータスを上げていく。ハリウッド映画もかくやのご都合主義の山である。
 しかし,この作者の作品は,多分,ストーリーが,とか,人物の描き方が,とか,そんな読み方をしてはいけない。

 いや,もちろん欠点があることを認めないわけではない。
 前作もその傾向があったが,本作では「主人公」がはっきりせず,状況を語る視点も明確ではない。これは,部分部分では笑わせられたり泣かされたりしつつも,一つのカタマリ,つまり小説として,なんとなく座りの悪い,物足りない印象につながっている。
 たとえば,木原敦子という非常に魅力的な人物が登場するのだが,主人公がはっきりしないため,彼女の魅力が主人公としての(つまり読み手の視点からの)魅力なのか,登場人物の誰かの視点からの信頼やあこがれの対象なのかがはっきりせず,結局敦子の魅力が浮かび上がらない。

 だが,非常によく出来た小説ができないことを,この作品がしてのけてくれることもまた事実だろう。それはつまり……いや,言葉にしてしまったらオシマイの,馬鹿馬鹿しいようなことなのだが。

 前作『都立水商!』でもそうだったが,細部を見れば,作者は渡る世間に苦い面があることは否定していない。世の中にはどうしても付き合いにくい人々がいること,その人々による悪意が不愉快な出来事を巻き起こすことも実は描き込まれている。
 だが,「主人公」と目される側の登場人物たちはすべて途方もなく好人物であり,多少の弱点欠点などものともせずに前向きに生きていこうという人々ばかりである。それがどんなに浪花節に聞こえようが,お涙頂戴と見えようが,作者は臆することなく彼らの歩みを讃えるのだ。
 だから,十分に,もしくは少しは幸せな方に,本書はオススメである。本書はあなたをさらに,よりハッピーにしてくれるだろう。しかし,あまり幸せでない方にまでそのマジックが通じるかというと,それは申し訳ないがよくわからない。

 それにしても,まさかとは思うが,作者には,世界がこのように見えているのだろうか? だとすると,それは実にうらやましいことだと思う。
 それとも,ある程度わかったうえで,余計なものをそぎ落とし,技術としてこのような世界を描いてみせているのだろうか。
 だとすると,それは……やはりそれなりにうらやましいことには違いない。

先頭 表紙

いらっしゃいませ,めぐみさま。室積光は気疲れしなくてよいですね。作者が必要以上に「巧く書こう」としてない感じというか。 / 烏丸 ( 2003-10-27 01:30 )
あ・・・AV女優は、好きな作品というのとはちょっと(いや、大分)違うような気がします。訂正させていただきます。 / めぐみ ( 2003-10-22 20:46 )
はじめまして。「都立水商!」「AV女優」「ドスコイ・・・」は私も読みました。好きな作品ですので、はじめましての書き込みをさせていただくことに致しました。こちらのページをまだ全部読めていませんが、これから読み進めるのが楽しみです♪関係ないのですが、私、ずっと「とりつみずしょう」だと思っていました・・・烏丸さんの文章を読んで、自分の間違いに気づきました / めぐみ ( 2003-10-22 20:45 )

2003-10-15 『都立水商!』 室積 光 / 小学館


【これが今では有名な,「水商ソープ科の手こすり千回」である。】

 タイトルの「水商」は「おみずしょう」と読む。

 帯の惹句をそのまま引用しよう。
「平成××年3月2日,東京都教育局は,水商売(風俗営業)に関する専門教育を行う都立高校を歌舞伎町に設立すると発表。正称『東京都立水商業高等学校』。同校は,ホステス科,ソープ科,ホスト科など七学科で発足する。またこの発表を行った3月2日を,東京都では『お水の日』に指定した。」

 大変なチカラワザである。
 上の惹句でおわかりのように,発想がすごい。その素っ頓狂な発想を,照れずに(←これがポイント!)まっつぐに押し切る,作者の朴訥さが切ない。猫も杓子もホラーもミステリも深刻ぶらないと評価されにくい時代に,ストレートなユーモア,正面切ってのお涙頂戴に徹した覚悟がエラい。

 一例だけ挙げる。

   毎朝生徒が登校してくると,担任が教室の前で待ち受けていて,
   厳しい服装チェックが始まる。
   「何だこの髪は? 染めてこんかア!」

 思えば,30年,40年ばかり昔,「中一時代」とか「高一コース」とかいった雑誌には,純然たるジャンルとして「青春ユーモア小説」なるものが掲載されていた。作品の中にギャグがあるのではない。全体として「ユーモア小説」としか言いようのない,呑気な登場人物,起伏のない展開,数段読んだ程度ではどこがオチなんだかわからないような,そんな漠々たる小説群。現在なら「いやし系」「なごみ系」とでも分類されるのだろうか。……いや,あのさじ加減はもう少しプロの技術者としてのワザによるものだったように思う。
 この『都立水商!』の魅力の1つは,その,懐かしい「青春ユーモア小説」に通ずる素朴さだ。ただ,職業小説家による手慣れた「青春ユーモア小説」とは違い,『都立水商!』はおそらく作者にとって,まっしぐらに目的地めざして投げ込んだボールではないか。

 だから,本書はさまざまな意味で教育論の素材たり得る。間違っても教育論そのものではない。その素材となり得る,のである。
 また,だから本書は随所に泣ける。ひねくれた読書家がナナメに構えても,ドッジボールが胸元に飛んでくるように登場人物たちの思いがぶつかってくる。

 後半の,スポーツ小説と化した部分については,賛否あるに違いない。面白くは読めるのだが,「水商」という発想をセンターラインとすると,どうしても外れてしまう面が否めない。

 そのほか,弱点,難点はいろいろあるかもしれない。
 当たり前である。
 本書は現代において作品として提供するのが最も困難な「純情」の花を描いた一大挑戦なのだ。
 「水商」の設立は無理として,どこぞの小粋な教育委員会が本書を「課題図書」に選んでくれないものか。

 なお,『都立水商!』は週刊ヤングサンデー誌上で猪熊しのぶのペンでマンガ化されているが,残念ながらヘタなマンガよりよほどマンガ的魅力にあふれた原作の特異性は表現しきれてないようだ。

先頭 表紙

『AV女優』を頂点に,『東電OL殺人事件』とこの『都立水商!』を左右に配した直角二等辺三角形なんてものを考えたりもします。 / 烏丸 ( 2003-10-15 03:10 )

2003-10-06 書評未満 『AV女優』『AV女優2 おんなのこ』 永沢光雄 / 文春文庫


【「キスっていうか,小学校六年生の時,フェラチオをしました」】

 『東電OL殺人事件』については,早くもこの9月末に続編『東電OL症候群(シンドローム)』が文庫化されている。
 『東電OL殺人事件』のほうはネパール人容疑者が一審で無罪判決を得る時点までをまとめた内容だったのに対し,『東電OL症候群』はその直後,東京地検によって容疑者の再拘留が請求されたことに始まり,あげくに逆転有罪・無期懲役判決,また一方で容疑者の再拘留にかかわった東京高裁判事が少女買春容疑で逮捕,弾劾裁判によって法曹資格剥奪を受けるまでの経緯を諸外国のマスコミの反応までを含めて追うものである。

 骨のように痩せた身をひさぎつつ,かかわる人々に次々とタールを擦りつけるごとく黒い運命を司る闇の巫女。その女を抱いてしまったばかりにカフカ的な審判の迷宮につなぎとめられて出口を見出せない容疑者。……本来フィクションに描かれるステージの事象が現実世界に無造作に展開されていく。確かに,何かおかしい。
 そもそもそのようであった禍々しい世界が,たまたまこの事件を契機に露見しているだけなのか。
 それとも,何かが音を立てて崩壊していく,この事件はそのささやかな予兆に過ぎないのか。

 『東電OL殺人事件』に対しては,女性からの生々しい反響が数多く届いたという。この事件,つまり上場企業社員でありながら夜になると几帳面に売春を繰り返した被害者が,少なからぬ女性読者のどこか,何かをインスパイアした,ということである。
 『東電OL症候群』においても紹介されているが,女性読者からの投書には自らの人生が詳細に語られ,「親との愛情の葛藤,早すぎる結婚,結婚後のみだらな性関係,拒食症による激やせ,アルコール依存等」と事件の被害者との類似点が多々告白されているのだそうだ。

 これらのまさしく東電OL「症候群」について,ふと脳裏をよぎる本がある。
 永沢光雄『AV女優』『AV女優2 おんなのこ』の2冊である。
 ロングセラーであり,ご存知の方も少なくないに違いない。内容は,AV,つまりアダルトビデオを紹介するビデオ雑誌誌上のAV女優へのインタビューを連綿とまとめたものなのだが,これが本として抜群におもしろいのだ。

 出身者の一部がタレントとして成功する例もなくはないが,いまだ決して「世間」的に好ましい評価を受ける側とは思えないアダルトビデオ,それに出演する女性は,自分の生い立ちや家族について,ビデオ会社やマネージャーにどれほど真実を語っていることだろう。ましてや,営業行為の一対象たる雑誌インタビューにおいて,どれほど本当のことが語られるだろう。そこでは営利的な,あるいは精神的な障壁としての,作られた情報が提供されるに違いない。すべてをオープンにしてしまったら人間関係的に,あるいは金銭的にトラブルを招く場合もあるかもしれない。さらにいえば,ビデオ雑誌のインタビュアーや編集者は,その場で彼女らの口から漏れた内容をどこまで忠実に再現するだろう。

 こう考えれば,本書の内容は,「虚々実々」どころか「虚々々々々々々々々々々々々実」,くらいではないかと想像される。ある生い立ちについては巧妙に作為が施され,ある人生経験はその場限りの口から出まかせかもしれない。実際,初期の『AV女優』では悲惨な生い立ち,無残な恋愛体験が語られるケースが少なくなく,後期の『AV女優2』ではごく普通に育ち,ごく普通の職業感覚でAVにスカウトされたというケースが少なくないが,これは彼女たちの側の事情が変わったというより,AVの視聴者,雑誌の読者の側のニーズに応えただけのように思われてならない。

 だが,「虚々々々々々々々々々々々々実」,しょせんハリボテの出来レースとばかりナメてかかると,ときにくいっと足をすくわれて痛い思いをすることもある。本書がおもしろいのは,そこだ。実は著者の筆さばきは抜群の腕前で,本シリーズに登場するAV女優たちは,誰もみな営業的なスタンスなど知ったことかとばかりに飲んべぇの著者に向かってあっさりさっぱりと本音を語っているように見えるのだ。そして,その中に,油断していると倒される,そんな凄みが数十ページに一行くらい現れる。

 その一つは,彼女たちの「張り」である。それはもう,感覚的に「張り」とでもいうしかない。どのような経緯からAVの世界に足を踏み入れたのであっても,彼女たちのセックス──顔やスタイルを含めて──は「売り物」だという誇りである。それはある場合には,惨めな,売ってはいけないものまで売ってしまった諦観の裏返しかもしれない。しかし,そこまで売ってしまった人間の,最後の,それも剥き出しの「矜持」がときにインタビュアーの永沢を突き刺し,それはそのまま読み手まで強く圧倒してくるのである。

 そして,もう一方が,『東電OL殺人事件』の被害者にも通底する,まっすぐに下に,底に向けて落ちていってしまうような,そのような精神のありようである。『AV女優』『AV女優2』に登場する「おんなのこ」たちは,アダルトビデオというものについて素人が想像するより格段に明るく,凛々しく,清々しい。しかし,物語をつむいでもつむいでも,どうしても「でもなぜ君が」のところで説明ができないヒロインがいる。冗談にまぎれないシリアスな顔が現れてしまう。それが,苦い。

 そういえば,長野県奈良井川河川敷で知人の車のそばで焼け焦げて発見されたAV女優もいた。車の中で死んでいた男性による無理心中という扱いで落ち着きつつあるようだが,これもまた,よくわからない。

先頭 表紙

ぶっちゃけた話,いつ,どのような事件に巻き込まれても不思議でないような生活のしかたをしていたなら,それを「被害者」とだけ言ってよいのかしらん,未必の故意ってこともあるだろに,ってことです。その人物の「事件」に巻き込まれた人々は……やはり悲惨というか,お気の毒。 / 烏丸 ( 2003-10-13 00:37 )
ちなみに,本文で「確かに,何かおかしい。」と書いているのは,裁判の推移についてであって,被害者そのものについては,なんとなく「非常に典型的な」心のありようを感じます。壱弐九八さんに反論する要素があるとするなら,その心のありようによって,被害者は,この事件で殺される前から濃厚な「被害者」もしくは「加害者」であったようにも思われるということです。 / 烏丸 ( 2003-10-13 00:37 )
被害者が加害者のよう,というのは,たとえばつくばの医者による妻子殺害事件で,その妻がなんというか「あばかれまくった」のが記憶に残っています。また,意外と,殺人事件の,加害者でなく被害者の側が一家離散になるケースも少なくないそうで,被害者と加害者の逆転は珍しくないことなのかもしれません(いじめによる死亡事件など)。 / 烏丸 ( 2003-10-13 00:37 )
つっこみ返しの難しい発言が続きますね。まず,「5万とか10万で売春してれば『まぁ、わかるわその金額』」……うー,この商売についての適正価格ってよくわかりません。お金持ちの老人と結婚するのは,その遺産目当てに売春することなのか。それほどお金持ちでない場合には売春の要素はゼロといえるのか。逆に売春業の女性の中にも多少の愛はあるのか。答えは人それぞれなんでしょうが。 / 烏丸 ( 2003-10-13 00:36 )
↓などと読んでもいないのに偉そうに書いてしまった(汗)。この本に限らず烏丸さんが選ばれる本はどれもワタシの琴線に触れるものばかり。もっと本を読まなければ… / 壱弐九八@独り言モード(笑) ( 2003-10-10 22:26 )
悲惨なのは、彼女の周囲は彼女が巻き込まれた殺人事件に巻き込まれたのであって、彼女はこの事件の被害者であり、誰かを巻き込むどころか常にある意味周囲から黙殺され続けた孤独な存在だったにも関わらず、関わった人たちの人生が変わったという結果論をもって、まるで彼女がある種の加害者であるかのようにいわれてしまうことでは? / 壱弐九八 ( 2003-10-09 15:49 )
友達は、じゃなく友達「が」でした。 / Miss_| ̄|○がっくし ( 2003-10-08 03:08 )
東電のOLさんは、5万とか10万で売春してれば「まぁ、わかるわその金額」って感じで理解できたけど、1万円未満だから理解できません。ハァ。売春の目的はお金以外に、それぞれだけれども、AVはもっとわかんない。一度出ちゃうと、「わたしにしかできない!」とか「わたしじゃなきゃ!」っていう責任感とかがでちゃうみたい。あとは出演させるまでの駆け引きみたいです。友達は出演しちゃったみたいでショックでした(涙) / Miss_| ̄|○がっくし ( 2003-10-08 03:07 )
いやいや,なかなか陰惨です。ただし,彼女が,ではなくて,彼女の周辺が。家族とか,容疑者とか,その他かかわったあれやこれや。他人の自分探し?に「まきぞえ」になったなら,それはけっこう悲惨じゃないでしょうかね。 / 烏丸 ( 2003-10-08 01:34 )
なんとなく、そんなに陰惨な話なのかなあ、と思ったりもするんですけれどもね。(笑)<東電OL事件 常人には理解できない形ではあれ、彼女なりに自分を取り戻そうとしてただけなんじゃないんでしょうかね。 / 壱弐九八 ( 2003-10-08 01:26 )

2003-09-27 『東電OL殺人事件』 佐野眞一 / 新潮文庫


【「ねえ,お茶しません」】

 「古ぼけたアパートの一室で絞殺された娼婦,その昼の顔はエリートOLだった。なぜ彼女は夜の街に立ったのか。逮捕されたネパール人は果たして真犯人なのか,そして事件が炙り出した人間存在の底無き闇とは……」(文庫表紙カバーの惹句より)

 文庫にして540ページの大作である。
 が,実は,著者 佐野眞一がなぜこれほどまでにこの事件に入れ込んだのか,よくわからない。

 プロローグにおいて著者は「『東電OL殺人事件』が起きたとき,世間は『発情』といってもいいほどの過剰な反応を示した」と評しているが,正直なところ,当時の報道についての記憶は「スキャンダラスな事件なのでスキャンダルとして扱った」といった程度の印象しかない。
 上場企業のエリート女性社員が夜になると立ちんぼうの売春婦,そのあげくに殺されたのだ。週刊誌やテレビがこれに飛びついて扇情的に扱わないほうがどうかしている。
 「ついには彼女がベッドの上で撮った全裸写真を掲載する週刊誌まで現れた」とあるが,事件にかかわる女性のヌードが入手できたら掲載したがるのは彼らの「仕事」としての本スジだろう。被害者だから加害者だからと載せない方針を打ち出すとしたらそちらのほうがよほどどうかしている(人権問題から掲載されることはあり得ないだろうが,どこそこ大学の学生たちによる集団レイプ事件の現場写真があったならそれを入手したがらない,載せたがらないブンヤがいるだろうか?)。

 だが,とにもかくにも佐野眞一はこの事件に「大量のアドレナリンを身内から分泌」し,円山町の事件現場,被害者の父親の出身地,あげくに遠くネパールの高地まで足を運んで取材を重ねる。その過程は面白くないといったら嘘になる。
 年収1000万はあったのではないかと想像されるOLが,セックス1回について5000円,場合によってはもっと安い売春婦として几帳面に毎晩働き続けたこと(その方面には詳しくないが,この金額が相当安いほうであることは想像にかたくない)。いや,そのような枠組み以上に,「コンビニエンスストアで百円玉を千円札に,千円札を一万円札に『逆両替』し,井の頭線の終電で菓子パンを食い散らかし,円山町の暗がりで立ち小便をする」,あるいはどこかで拾ってきたと思われるビール瓶を酒屋に持ち込んで五円,十円と金に換える……そういった被害者の一種の「奇行」がなんともいえないリアリティをかもし出すのだ。ことに,なんというか「たまらない」のは,被害者が円山町のセブン-イレブンでオデンを買うのに,一つのカップに一つの具を入れて,汁をどぶどぶといれ,そのカップをいつも五つくらい使ったというエピソードだ。これらの行動になんらかの病的な要素,あるいは意味を求めることも不可能ではないかもしれない,だが,そのような解釈を拒絶する高い壁のような手応えがここにはある。

 一方,犯罪事件捜査の面からも,この事件は奇妙な様相を示す。
 警察や検察は,意図的であるかのように愚かの上にも愚かな対応をし続ける。まるで探偵の推理を引き立てるためにとしか思えないほど短絡的な推理を繰り返すミステリ小説の警部,あるいは一度島流しにあった前科者をすぐ犯人扱いして引っ立てる敵役の岡引のようだ。しかし困ったことに,その裏の活動はそれなりに組織的で,一見まっとうな法治国家に見えるこの国が実はきっちりと構築された愚かさの上に成り立っていることがよくうかがえる。
 もっともこれは考えてみれば当たり前のことで,上場企業であろうが官庁であろうが,親しく仕事で付き合ってみれば4人に1人,いや3人に1人はどうしようもない輩だということはすぐわかる。警察や検察にだけきちんとした人材がそろっているなどと夢見るほうが無茶なのだ(それにしても,これだけ具体的な証拠のない案件を担当させられ,なおかつベストセラー作家にその無能を書きたれられた検察官たちには同情を禁じ得ない。もしかしたら彼らは調書に目を通した時点で「あちゃーこりゃシロだ」と思っていたかもしれないではないか)。

 さて,著者の視点に戻ろう。
 先に書いたとおり,著者は事件に発情し,被害者にアドレナリンを分泌し,被疑者の潔白を信じて疑わない。ネパール人の被疑者は,アリバイその他の面から確かに犯人とするには無理があるのだが,それにしても詳細を調べる先から犯人ではあり得ないと断定的な書き方をしてしまう著者もいかがなものかと思う。これでは先の警察,検察の対応の裏返しにすぎないのではないか。

 また,巻末の精神科医 斎藤学と著者の対談,これがなかなか面白い。ここでは被害者の女性の行動が,敬愛する父親と同じ企業に入りながら,父親のようになれなかった自分への(懲罰的超自我による)一種の自己処罰であることが示唆される。出来すぎと言っていいほど実にわかりやすい。
 だが,自ら堕落として娼婦の道を選んだ被害者にはすなわち東電のエリート社員であることを上,娼婦であることを「落ちる」先とみなす意識があったということだ。しかし,そもそも,東電に勤めることを無条件にイコール品行方正なエリートとみなしてしまうことのほうが正直言って不思議だ。一部上場の大企業,大手銀行,官公庁……。これらのどこがどのように売春業よりエラいのだろうか? 被害者の選択はプロの娼婦を見下すようでもあり,実は彼女が端緒(ハナ)っから低い水平線にいたことの顕れのように思われてならない。

 一流企業と呼ばれる組織で何億という金を動かせることが上流で,円山町の暗い駐車場でまぐわうのが下流。セックスに対する侮蔑であり,そのような貧しい性行為は5000円ですら高い,と思えてしまう所以である。

先頭 表紙

??さま,続刊の『東電OL症候群』によると,女性読者からのなまなましい反響に比べて,男性読者からのそれは,通り一遍で常識にとらわれたものが多かったようです。本事件の被害者の心のありようは,男の側からはどうしてもわかり得ないものなのかもしれません。 / 烏丸 ( 2003-10-06 01:19 )
私も読みました。でも読んでいる途中で気持ち悪くなってしまって読むのを辞めてしまいました。彼女のお金の使い方が気になります。金満というわけではなさそうだけど、洋服や化粧品、そして貯蓄高。。。お金が欲しくてやったわけではなさそうだけど、この事件、やはりオンナとして気になりますね。。。 / ?? ( 2003-10-02 23:50 )
神戸の少年Aの事件でも,少年Aの写真を公開した雑誌は大顰蹙を買ったのに,被害者の少年の写真は一種さらし者扱いで,気の毒でなりませんでした。全般に容疑者側のプライバシーのほうが尊重されているようで,なんだかルールがヨクワカラナイ。佐渡の少女拉致事件は珍しく犯人(容疑者か)が正面から写ってましたね。 / 烏丸 ( 2003-09-30 01:53 )
この事件あたりから「被害者の人権」というものをかなり言われるようになりましたな。この人の場合、職場の人たちも家族も薄々彼女の「夜の顔」を知っていた、というのがまたすごいと思ったものでした。 / 壱弐九八 ( 2003-09-29 15:40 )

2003-09-16 最近読んだコミック その三 『頭文字D(27)』『蟲師(1)〜(3)』


『頭文字D(27)』 しげの秀一 / 講談社(ヤングマガジンKC)

 今夜はどのテレビ局も,阪神の優勝シーン一色(正確には黄色と黒のタテジマ二色)だった。
 一球団の優勝がこうまで一般報道を圧するのは,永田町の猿芝居では視聴率が取れないという事実はさておき,今さら言うまでもないが18年ぶりの,それもその間ほとんどBクラスにあえいだチームだから,という要素があるからに違いない。

 要するに,高揚するためには「反動」が必要なのである。引っ張ったり押し縮めたりしてこそ,バネははじける。御託を連ねるまでもない当たり前のことで,スーパーマンは日ごろはメガネをかけた冴えない新聞記者クラーク・ケントでなくてはならない,それだけのことだ。

 ヤングマガジンという雑誌で比較的地味に始まった『頭文字D』の強烈なインパクトは,その「反動」から得られるものだった。
 藤原拓海は四六時中ぼーっとしている,部活は先輩を殴って退部,そのきっかけとなった女の子とはロクに口もきけない,「藤原豆腐店」と書かれた素のハチロクで最新の強力な車とバトルするハメに陥る,等々と,およそヒーローらしからぬ主人公である(もちろんマンガの主人公だから,見てくれは十分に二枚目なのだが)。ともかく初期の数巻は,そのパッとしない拓海が,並みいる強敵と峠のダウンヒルを闘っては勝ち進む,その「反動」がえもいわれぬカタルシスを誘ったものである。
 しかし,最近は冷静かつ攻撃的な群馬エリア最速のダウンヒラーとしてその名も響き渡り,愛車ハチロクもレース仕様のエンジンが積まれてパワー対決でひけをとらなくなった。『頭文字D』の初期からのファンは変わらず拓海を応援してはいるが,考えてみれば拓海にはもう応援など必要ないのである。

 プロのドライバーにも勝ってしまったプロジェクトD,今後読み手が納得できる壁はあり得るのか。勝ち続けるからついつい単行本を買ってしまいながら,そんな心配ばかり浮かぶ27巻であった。

『蟲師(1)〜(3)』 漆原友紀 / 講談社(アフタヌーンKC)

 『蟲師』はアフタヌーン増刊,アフタヌーン本誌に発表されてきた連作短編集,現在3巻まで発売されている。作者の漆原友紀は女性だろうか?

 いつの時代,どこの国とも知れぬ世界で,「蟲」と呼ばれる原始的な生命体(それはカビのようであったり,オーロラや山の神のようであったり,言霊のようであったりする)と人々のかかわりを,ギンコという狂言回しの目を通して描く。
 それぞれの「蟲」の発想,造形はなかなか見事で,それによって人生を捻じ曲げられた人々の悲哀,あるいは復活をひっそりと描く筆のクオリティは非常に高い。
 しかし,これだけ好みの設定でありながら,なぜだか雑誌掲載当時から今ひとつ没頭しきれないものがあった。今回単行本を3冊通して読んでみて強く感じたのだが,この短編集はファンタジーでありながらどうも「意外性」に乏しいのである。

 『蟲師』の作品世界では,決して思いがけない事件は起こらない。
 平穏が続くとみえて急転直下悲劇が起こる,とか,朗らかな笑みの裏に暗い冷たい過去が,といった「反動」がないのだ。いかにも悲劇が起こりそうだなと読み進むと悲劇が起こり,まことに暗い過去がありそうだなと思われる人物にはたっぷり暗い過去がある。
 それでは心は波打たない。
 もちろん,作者の意図は角川ホラー文庫的絶叫世界ではない。ひたひたと溢れる静謐な悲哀感の描写を(おそらく)目的としている以上,必要以上の過剰過激な演出は無用である。しかし,静謐な悲哀感で読み手を満たすためには,やはりその前にいったんは心を泡立たせる必要があるのではないか。そうでないとその悲哀は表面的な皮膚感覚に終わってしまうのではないか。

 いくつか,本来ならとても切ない話が,あるいは底なしに恐ろしいはずの話が,さほど切なくも恐ろしくもないのは,やはり何か「ばね」が足りないように思われてならない。どうだろうか。

先頭 表紙

本文でけなしといてなんですが,『蟲師』はオススメです。今ひとつな感じはあるけれど,こういったもの(?)としてはクオリティが高く,またよくも悪しくも三巻めまで質が落ちません(アイデアの一発,二発で息切れする作品が少なくないだけに)。欲をいえば,ときどきでよいからもう少しテンションが高いのがあればいいなぁ,と。 / 烏丸 ( 2003-09-16 15:16 )
んまあ、烏丸さんったら、こんなマンガも読んでらっしゃるんですね。しげのさんは「バリバリ伝説」以来ノーチェック。「蟲師」は読もう読もうと思って未読のまま今日に至ります。 / けろりん ( 2003-09-16 03:19 )

2003-09-10 最近読んだコミック その二 『ホムンクルス(1)』


『ホムンクルス(1)』 山本英夫 / 小学館ビッグコミックス

 ホムンクルスとは,フラスコの中で創造される人造人間のこと。
 16世紀の医師,錬金術師のパラケルススによれば,人間の精液を馬糞とともにフラスコに入れて40日間密封すると,透明な生命が誕生する。これを人間の生き血で養い,40週間一定の温度で保存すると,フラスコの中に小さな人間が創造される,というものだ。ホムンクルスは,ゲーテの『ファウスト』に登場することでも知られている。

Googleで検索してみた。
  ホムンクルス 117,00件
  ホルムンクス 75件
  ホムルンクス 46件
  ホンムクルス 14件
  ホルンムクス 3件
となった(46へぇ)。この数字──つまり間違い,書き違いは多いのか,それとも少ないのか。ちなみに,カラスもときどき「ホルモン → ホルムンクスだったかな」など記憶が納豆になる(エーゲ海でガラスを割ったホムンクルスと女神ガラテアへの拙いオマージュはこちら)。

 さて本題。
 山本英夫の『ホムンクルス』は,別にフラスコの中の人造人間を描いたものではない。
 主人公は新宿西口のカーホームレス(車上生活者)の名越進,34歳。金のつきた彼のもとに,医大生伊藤学が話をもちかけてくる。頭蓋骨に穴を開ける手術(トレパネーション)を受けてくれたら70万円を支払う,というのである。

 登場人物は数少なく,顔のアップが多くてセリフも少ないため,流れを把握するのはさほど困難ではない。だが,その流れの意味を日常の言葉に置き換えるのはおよそ容易ではない。実に異様な展開である。名越がなぜ車上生活者になったのか,「人間オタク」伊藤学の真意はどこにあるのか,推理の端緒すら与えられず,感情移入は難しい。伊藤学の容貌はファッション的にもまことに気色悪く,作者の筆から愛着と悪意のバロメータは読み取れない。
 そもそも,あらゆるコマ,あらゆる細部について,作者がどこまで意図的なのかは不明だ。たとえば,名越が羊水のように体を丸めて眠る車は60年代のマツダキャロルで,その選択は絶妙だが,なぜキャロルでなくてはならないかは説明できない。

 山本英夫は,ヤングサンデー誌上の『のぞき屋』,そして『殺し屋1 −イチ−』の印象が強い。印象が強すぎて,作者が何を描こうとしているのかさっぱりわからない,そういった作家の1人である。『殺し屋1』では泣き虫の殺し屋,自傷癖のあるヤクザなどインパクトの強い登場人物が少なくない。その中でも記憶に強く残っているのは,ナイフ使いの巧みなヤクザが,若い女性の乳首を服の上からスっと切り落とすシーンだ。ラオウやケンシロウが圧倒的な破壊力で相手を抹殺するシーン以上に,それは徹底的な「破壊」であったような気がする。円形に両の乳首を切り落とされた女は,その瞬間,想像を絶するほどに壊されてしまう。この衝撃は並みではない。

 しかし,インパクトが強いからといって,山本英夫が高く評価できるわけではない。いや,評価はする。するのだが,その評価には必ず留保が伴う。

 いうなれば,山本英夫は,ゲテモノ料理の一大名人なのである。イグアナの脳味噌とゾウガメのペニスとナメクジの和え物,が果たして美味かどうか。インパクトの瞬間,ヘッドは回転し,味のことなど忘れてしまうのではないか。つまり,山本英夫は強烈な腕を持ちながら,いや持っているからこそ,客からみて何を作っているのかよくわからない料理人なのである。つまりは食事の領域を越えてしまっているのだ。

 本作『ホムンクルス』も,予想にたがわない,いや,予想を格段に越えたゲテモノ料理である。美味なのか,美味ではないのか,今はまだわからない。とりあえず,1巻めの食材はかなりとんでもないものであった。続刊に注目したい。

先頭 表紙

Hikaruさま,ムーミントロールも食べてしまうですか。昔,ドラゴンをやっつけるとステーキにして食ってしまうダンジョンマスターなんてゲームがありましたが……。ちなみに,ホムンクルスは毒がなくても食べるのはやな感じですね。 / 烏丸 ( 2003-09-15 02:24 )
西澤さま,しかしひるがえって,昭和50年発行の雑誌の日本語は,おそらくその40年前に文章について真剣に考えていた人々からみれば,信じられないほどに変容したものだったことでしょう。はたしてこの次の40年後には,雑誌の日本語はどうなっているのでしょうね。日本列島ごと,なかったりして。 / 烏丸 ( 2003-09-15 02:24 )
NetHackwでは、トロールはやっつけても蘇るんで、死体になったら速攻で喰います。ホムンクルス(あってるかな?)は毒があったような...でも作り方見て「毒入り」も納得でする。 / Hikaru ( 2003-09-14 18:11 )
「たおやかな漢字遣い」についてのご指摘にも唸りました。今、ぐうぜん手元に昭和50年発行の雑誌があるのですが、旧仮名の使い手による記事が掲載されていて、時代を感じさせられます。それにしても、たった30〜50年ほど前の表記にこれほど違和感が生じて、こうした書き言葉が「忽ち」忘れ去られていくのかと思うと、空恐ろしいような気がいたします。 / 西澤 ( 2003-09-13 03:31 )
お久しぶりです。なるほどそうでしたか、夢野久作あたりではないかと思っていました(瓶詰め男)。  もう流れていってしまいましたが、小沼丹をご紹介いただいた書評、いいですねー。「チエホフによる女性向けユーモアミステリ短編のような」とは、また絶妙な。イメージが湧き、読んでいないのに読んだ心地に誘われます(?)。 / 西澤 ( 2003-09-13 03:30 )
ゲームに登場するモンスターの名前では,いつも「トロール」に困惑します。トロールが現れた! ……頭の中に♪ねぇムーミン,とテーマソングが鳴ってしまう。 / 烏丸 ( 2003-09-13 03:14 )
ぢつは随分ながいこと「ホムルンクス」だと思ってました(‥;) NetHackはよいですじゃ。 / Hikaru ( 2003-09-13 00:26 )

2003-09-08 最近読んだコミック その一 『のだめカンタービレ(6)』『ヒカルの碁(23)』


『のだめカンタービレ(6)』 二ノ宮知子 / 講談社 Kiss KC

 何度か取り上げてきた「のだめ」だが,いまだテンション下がらず。

 今回もスパークするギャグの中に,
「いいえ! 軽くなんて…… そんな練習 ないんです! わたし」
と泣けるセリフも散りばめ,油圧ショベルとフォークリフトで社交ダンスを踊るような濃い世界が展開する。

 ところで,主人公のだめ(野田恵)を除く,千秋真一,奥山真澄,鈴木萌・薫らのSオケメンバーはこの巻で学部を卒業である。飛行機恐怖症,海(船舶)恐怖症の千秋は海外留学もできず院に進むが,それ以外のSオケのメンバーはそれぞれの道に進む。
 本作は読み切りでこそないものの,ギャグの印象が強く,『サザエさん』『ドラえもん』『うる星やつら』的時間の停止した無限ループをついつい想定してしまう。しかし実のところ作者の資質はそういったループ系ではない。前作の『GREEN』でも,最終巻で主人公たちの結婚というかなり思い切りのよい展開を見せている(その結婚式に用意されたエピソードが,また,ほかの作者ならまず選ばないような思い切りのよいものであったが)。

 逆に言えば,『のだめカンタービレ』には,読み手の予想などまったく通用しないということだ。ダイナミックに揺れながら長く続くのか,それとも思いがけないアップダウンを見せて数巻内で物語を閉ざすのか。そのとき,読み手はカラカラと笑うのか,それとも「やられた」と下唇を噛みながら涙を落とすのか。

『ヒカルの碁(23)』 原作 ほったゆみ,漫画 小畑 健,監修 梅沢由香里四段(日本棋院) / 集英社(ジャンプ・コミックス)

 『ヒカルの碁』が終わった。
 以前も「佐為編」完結後に再度連載が始まったという経緯はあるが,いちおう原作者による挨拶もあり,単に「北斗杯編」が終わったということではなさそうだ。
 この作品が絵柄,ストーリーともに非常によく出来ているにもかかわらず,根っこのところでなぜつまらないかは以前述べたので繰り返さない。……が,この最終巻はそれにしてもひどい幕切れであった。

 たとえば,ボクシングマンガの『はじめの一歩』なら,いじめられっ子がプロボクサーの鷹村と知り合い,ライバルと出会い,その時点までに用意されていた身体的資質を伸ばし始め,その成長に応じて闘う相手の壁も高くなる。つまり,1巻めから,摂理はゆきわたっているのである。
 それに対し,ヒカルは23巻を費やして,いまだ碁盤の上で闘う理由を見出すことができない。最終巻でも泣いてみたり無理繰り言葉で説明したりはしてはみせたが,説得力に欠け,対局相手にさえ鼻で笑われる始末だ。今後彼が訓練によっていかに勝率をあげようが,彼の存在が他者を脅かすことは当分ないだろう。彼は本質的にまだ勝負師のステージには上がれていないのだ。
 にもかかわらず,塔矢アキラは,小学生の頃にヒカルに憑依した藤原佐為に完膚なきまでに敗北したことから,ヒカルを自らのライバルとみなし,彼を意識し続ける。匿名の悪戯メールに恋をしてしまうようなものだ。気の毒でならない。

 この構図は最終回にいたるまで変わることはなく,登場人物たちにはなんら救済は提示されない。
 ヒカルは今後も虚偽申告ベースの人生を歩み続け,周囲は多かれ少なかれそれに歩みを揺らされるのだろう(アキラの,同年代の他の棋士たちへの態度を思い起こしてみよう。本来,佐為抜きなら,ヒカルもあのように扱われるのが妥当なのである)。
 心理学的に鑑みれば,ヒカルは遅かれ早かれ精神状態に変調をきたすだろう。早めにカウンセリングを受けることをお勧めしたい。

 今,ふと思い当たった。
 『ヒカルの碁』は,『ドラえもん』と構図的には実によく似ているのだが,野比のび太には,ドラえもんがいかにサポートしてみせてもそれがのび太本人の成長を示しているわけではないことを把握し,のび太を叱咤してくれるママがいる。のび太の将来も十分に心配ではあるが,ヒカルのそれほど陰惨なことにはならないだろう。

先頭 表紙

カラスもなんとかいう寺の檀家なのですが,寺というものに対しては観光意識しかなくて……。法事の依頼に訪れても,仏像はないのか,とか,鐘はたたいていいのか,とか,ややこのフジの木は樹齢100年とな,とか,うろきょろするばかりです。 / 烏丸 ( 2003-09-15 02:17 )
う〜む。法隆寺「遺跡」ですか。おそれいりやした(‥;) うちは、長谷寺の檀家です。でもお墓以外のとこ観光したことないです。長谷寺のホームページはお茶目で必見です。あぁ、どんどん横道。 / Hikaru ( 2003-09-14 18:07 )
うーん,抗議の真偽より,そも法隆寺が「現役」の寺であると認識してませんでした。遺跡か何かのイメージだったもので。考えたらそんなはずありませんね。檀家とかあるんでしょうか。いいな,法隆寺の檀家。 / 烏丸 ( 2003-09-13 03:06 )
『日出処の天子』連載中に、”法隆寺が抗議している”という記事を、地元新聞紙で読みました。その後”法隆寺はそんなことはしていない”という報道もあり、実のところよくわかりません。本題から横道失礼。 / Hikaru ( 2003-09-13 00:33 )
「自分の打つ碁の中に佐為を見付けた」程度で,プロの,それも精神的にも肉体的にも極限までに厳しい勝負を闘っていけるものでしょうか。ちょっと信じられません。ヒカルはつまり,他者(佐為)との関係維持のために碁を打つということになります。それで勝てちゃうお話は,子供たちにはあまり読ませたくないですねえ。 / 烏丸 ( 2003-09-10 19:09 )
こんにちは。かつて『日出処の天子』が打ち切りになった,と話題になりましたね。今回はアニメ化,カードゲーム化もされたドル箱作品であり,編集部が打ち切ったというのはないんじゃないかと思います。もちろん,人間関係のこじれは外からはわかりませんけどね。 / 烏丸 ( 2003-09-10 19:09 )
はじめまして。ヒカルが「碁盤の上で闘う理由」は、「自分の打つ碁の中に佐為を見付けたから」(コミックス16,17巻)ではないんでしょうか。あと、最終回に関しては「打ち切り説」など奇怪な噂が飛び交いましたが、実際のところどうなんでしょう…。 / ぽちっ ( 2003-09-10 00:03 )

2003-09-01 骨になっても踊り続けろ 『屍体狩り』 小池寿子 / 白水Uブックス


【骸骨探しには推理小説のような面白味と興奮がある。】

 「普段は黒いスーツの似合うクールな葬儀屋青年,いざ事件に邂逅するや屍体と古今東西の文献についての豊富な知識をもとに快刀乱麻の推理を展開し,警察も一目置く葬儀屋探偵」を創造し,年に1冊の長編,3年に1冊の短編集を発表するやそれがいずれもベストセラーに,映画化もあたってイタリアはトスカーナの片田舎で印税生活を送る……。

 惜しくも山村美紗に先を越されてベストセラーの夢は果たせなかったが(んなことはミステリ短編の1つも書いてからおっしゃいなさい),今回はその幻と終わった「蒼い棺シリーズ」の素材というか参考資料として秘蔵していた書物を1冊,特別にナイショでご紹介しよう。

 小池寿子『屍体狩り』は,美学美術史家たる著者が「屍体」をテーマにした古今の絵画・彫刻作品を取り上げて死を語った雑誌連載エッセイをまとめたもの。
 取り上げられた作品は著者が専門とするヨーロッパ中世のものが中心だが,アジアの壁画や外国煙草の商標にいたるまで,その対象は自在,内容もしかつめらしい美術講釈でなく,のびのびと思索の翼を広げて享楽しい。ただし,その翼の黒い風切り羽根は常に「屍体」に触れているのだが。

 43の各章(本書では第1体,第2体……と数えているが)には絵画や彫刻の写真が数葉ずつそえられ,テキストを補っている。本来はそちらの写真がメインとなるべき章も少なくないが,いかんせん新書サイズの1ページにモノクロ写真を2,3点,つまり一辺せいぜい数cmの写真では「屍体」ぶりもそうリアルとはいかず,そうとうエグい作品のはずも,一部を除き気持ち悪いレベルには至らないのでご安心。
 それにしても,死者に誘惑される女や,高貴な人々が死んだ際に墓を飾るトランジ(腐敗屍骸像)など,ヨーロッパ中世の人々はいかに毎日死と向き合って生きてきたことか。ペストの流行や宗教的な必然性から,というのもわからないではないが,要するにいたるところ骸骨と腐敗屍骸だらけである。それでも飽き足らず,フラッシュ撮影不可の修道院の塀を乗り越えようとする著者は天晴れ,「屍体屋」のカガミといえよう。

 個人的には先に触れた「トランジ(腐敗屍骸像)」を興味深く思った。
 これは「みずからの朽ち果てる屍をあえて見せしめにして,道ゆく人に生のむなしさを思い起こさせ,せめて生前に神の加護を請い,道徳的に正しい生活を送って,あまりにぶざまな姿では死なないように教え諭す」ことを意図し,「腐乱状態の表現が残酷であればあるほど,見る者の恐怖心をあおり,善生善死の効用を説く効果があった」というものである。
 別の章にある,カトリーヌ・ド・メディチが「とある彫刻家に腐敗屍骸像の見本帳を見せてもらった彼女は,おそるおそる『死後数日ていどのもの』を注文した」といったエピソードも楽しいが,現在の日本社会においては,葬儀の風習があまりに屍体を小奇麗に扱い,またすぐに荼毘に付してしまうため,屍体が腐敗するものであることが隠蔽され,ひいては現代日本人が死と向かい合う機会を失っているのではないか,ということにも思い至った。
 1995年に相次いで起こった阪神・淡路大震災,地下鉄サリン事件が当時社会に大きな動揺を与えたのは,これらが単に大規模な災害を引き起こしたから,だけではなく,これらの事件が私たちに「メメント・モリ(死を想えよ)」と強く訴えたからではないか。

(無茶を承知で言うなら,阪神・淡路大震災で祖父を喪った少年Aがのちにあのような事件を起こしたのは,この地震災害によって直面した「死」を彼がうまく処理できなかったからではないか。さらに極言するなら,民主主義の名目のもと,宗教や天皇制や戦争を正面から見据えようとしなくなった日本社会がいまや「死」を扱うマニュアルを見失っていることを少年Aの事件は証明してみせてしまったのではないか。)

 それにしても,いくら自他ともに認める「屍体屋」さんとはいえ,東大医学部解剖学教室の養老孟司教授に招かれるままに献体に触れ,あまつさえ「せっかくの機会だからとメスをとり,開きかけた胸の皮膚を切り剥がそうとする」のは……小池先生,いかがなものか。遺体を解剖に提供した当人も,そんな扱いを受けるとは予想外だったと思うのだが。

先頭 表紙

フィー子さま,カラスは「ソリッド」という言葉を使いたがる傾向があるのですが,「うざい」「きもい」で笑いながら通り過ぎることのできない「ソリッド」な存在から目をそらしたような昨今の風潮が少し気になります。誰もが死ぬまでその存在を知らずに生きていけるならそれは別に知ったことではありませんが……。 / 烏丸 ( 2003-09-09 01:28 )
↓そうでーす。確かに烏丸さんのおっしゃるとおり、現代日本は死体が現実生活と離れすぎていますよね。もっと身近なものであっておかしくないのに。( )内のご意見、うなずきながら読みました。私が死者の奢りが好きなのはそういうことも関係してるのかなあ、なんて思ったりして。 / フィー子 ( 2003-09-08 20:54 )
東大医学部解剖学教室といえば,確か大江健三郎『死者の奢り』の舞台だったかと……。 / 烏丸 ( 2003-09-02 16:30 )

2003-08-25 『怪盗ニック登場』 エドワード・D・ホック,小鷹信光 編,木村二郎・他 訳 / ハヤカワ文庫


【文字どおりにからっぽだった。ニック・ヴェルヴェットが盗むような物はなにもなかった。】

 山村美紗の本を読むというのは,民放のサスペンスドラマを見るのと同様,「馬鹿がうつり」そうでまことにいやなものだ。当方が馬鹿ではない,などと思い上がったことを言っているわけではない。念のため。馬鹿は馬鹿でも,違う種類の馬鹿がうつって救いようがない,そんな感じである。

 たとえば,新聞のテレビ面にはときどきサスペンスドラマの紹介記事が掲載されているが,あのコラムの担当者の苦労を思うと2時間で肺に影ができそうだ。山村美紗原作,片平なぎさ主演のドラマの,何をどうほめればよいのか。中村玉緒演ずる女刑事とかね。
 ところが,なかには,何の苦労も感じさせずにサスペンスドラマを褒めちぎることのできる輩がいる。根っからのプロなのか,それとも底抜けに馬鹿なのか。

 新潮文庫『赤い霊柩車』の解説担当者は,明らかに後者だった。
 デビュー当時はいざしらず,量産体制後の山村美紗をあのチェスタートンと比較するだけでも噴飯ものなのに,山村美紗の作品数が多いことを褒め上げるために,チェスタートンにはブラウン神父ものの短編しかない,だから山村美紗のほうがすごいかも,とおっしゃるのである。漱石には『坊っちゃん』というユーモア小説,鴎外には『舞姫』という恋愛短編しかない,と言うのと大差ないことに気がつかない著者,その原稿をチェックもできず素通りで載せてしまう編集者。
 ちなみに,ギルバート・キース・チェスタートンには,ブラウン神父シリーズのほか,『奇商クラブ』『詩人と狂人たち』『ポンド氏の逆説』『木曜の男』といったやはり奇想にあふれた短編集,長編があり,これらは創元推理文庫で簡単に手に入る。現在入手は難しいが,さまざまな論評,評伝をまとめた著作集も翻訳されている。

 念のため,山村美紗の作品やサスペンスドラマがこの世の中には不要だ,などと言っているのではない。
 テレビドラマが朝から晩までタルコフスキーの作品のようだったら,それはそれで息が詰まるだろう。この世には気分転換というものもの必要なのだ。ただ,24時間,サスペンスドラマの水準で省みないようなら,いや,山村美紗すら読めないほど活字や本を必要としないのであるなら,それはよほど幸福な人生か,あるいはよほど……否,思うことを全部書けばよいわけではない。

 さて,口直しということを考えてみた。

 『殺しも鯖もMで始まる』の口直しには鮎川哲也の三番館シリーズなどいかがであろう。創元推理文庫から『鼓叩きはなぜ笑う』『サムソンの犯罪』『ブロンズの使者』『材木座の殺人』の4冊が今年の4,5,7,8月と続けて発行され,以下続刊の予定である。
 三番館シリーズというのは,いずれも「事件が起こる」「弁護士が主人公の探偵に相談する」「捜査の壁にぶちあたった探偵がバー三番館のバーテンに相談すると見事な回答が得られる」という三幕ものの展開を示す,典型的な安楽椅子探偵譚の短編集である。これが,もう,精緻にして,素晴らしい。各編とも荒い筆でなぞったような描写しかないにもかかわらず,犯人や被害者が実にいきいきと描かれ,主眼がアクロバティックなトリックとその看破であるにもかかわらず,豊かな時間,得した気分を得られるのである。往年の『刑事コロンボ』を見たような手応えとでもいえばよいだろうか。
 なお,バーテンが相談者との対話だけで事件を解決するのは,アシモフの『黒後家蜘蛛の会』と偕老同穴,じゃなくて大同小異,いや換骨奪胎かな,まぁいいやともかく設定が似ているわけだが,これは決して鮎川哲也が真似したわけではなく,まったく偶然の一致らしい。雑誌発表時期もほぼ同時なのだそうである。

 一方,〈葬儀屋探偵〉明子シリーズの口直しには,たとえばエドワード・D・ホックの『怪盗ニック登場』などいかがだろう。
 主人公ニック・ヴェルヴェットの職業は盗賊。二万ドルの報酬で仕事を引き受ける盗みのプロフェッショナルである。ただし,彼は現金や宝石など,ありきたりのものは盗まない。動物園の虎,ビルの看板の文字,大リーグのチーム,ただのカレンダー,恐竜の尾骨,陪審員一同などなど,なぜそれを盗む必要があるのか,それをどう盗むのか,盗んだあとどうするのか……いずれも一筋縄ではいかない絶品揃いの短編集である。『ルパン三世』,いや,むしろ昔懐かしい『ナポレオン・ソロ』『スパイ大作戦』など,ジャズサウンドに載せた難関突破型の海外ドラマの香りとでもいおうか。その中でも,ロバート・ワグナー扮する大泥棒を主人公とした『プロスパイ』(のち『スパイのライセンス』)を彷彿とさせるカッコ良さである。
 もちろん,単なるカッコ良さだけでなく,不可能犯罪ミステリの専門家だけあって,幾重にも織り込まれた謎とそれを一気に解きほぐしてみせる手腕は見事の一言。
 同じ気分転換ならこういう本でリフレッシュしたいものである。

※8月末には続巻『怪盗ニックを盗め』発刊。その腰巻の惹句が(ハヤカワらしからず)素晴らしい。曰く,
 “貫井徳郎氏(作家)慟哭す。「ニック大好き!」”

先頭 表紙

多分,問題は,タイトルや表紙で欧米のB級ペイパーバックのパロディを狙ったものの,結局はずしてしまってなんだかよくわからないものになってしまったことでしょうか。そもそも皮肉だのパロディだのといっても,さほど明確な意図もなかったように思われますし……。 / 烏丸 ( 2003-09-15 02:14 )
そこまでシンプルではありません。軽く弁護するなら,さすがに『殺しも鯖も……』のタイトルや表紙は「それらしく英語が散りばめてあれば」よし,あるいは「アルファベットをありがたがって」いるわけではないと思います。本文中でもいちおう,アメリカ育ちの探偵が英語の慣用句を撒き散らすのをいかにも迷惑,という描き方をしていますし。 / 烏丸 ( 2003-09-15 02:13 )
(↓の続き) などと、店頭で憤慨したりしてみるのは、ただのあやしい年寄りくさい変人なんでしょうね、きっと。 ……すいません、勝手に暴れちゃいました。まぁたまには濃いめのツッコミも悪かないでしょ、ということで、ご容赦ください。 / 西澤 ( 2003-09-13 03:35 )
この手の傾向は、「それらしく英語が散りばめてあれば若年層の興味を惹くのではないか」という、少しでも作品を世に広めたい編集側の苦肉の策なのかもしれませんが、そういう風に読者に擦り寄る必要はないのではないか。新しい試みとして奇を衒うなら、もっと徹底してほしい。本編が日本語でしっかり書かれてあればそれで十分なはずで、アルファベットをありがたがって小道具に取り入れてみたり、半端な英訳を添えたりするのは、日本語作品への冒涜ではないか、 / 西澤 ( 2003-09-13 03:34 )
表紙もいただけない。8月11日にご紹介いただいている小さい画像からでさえ素人っぽさの匂いたつ、この英語遣いはなんでしょう。「サバは英語でマーダーとおんなじMで始まるマカレルっていうんだよ、ぼくちん知ってるおりこうさん」 はぁそうかいそうかい、ならばその路線で徹底せんかい。ミノウ、マーリン、ミュレット、ミンククジラ、、、Mで始まる魚はたくさんおろうが、「サバ」に続いて「ミソ」を持ってくるという駄洒落なセンスはいかがなものか、心のせまい読者代表たるわたくしとしては、苛立ちを禁じえないのであります。 / 西澤 ( 2003-09-13 03:33 )
たまに日本の書店を覗くと、見かけだけのカッコよさを狙ったかのような(実際にはカッコいいどころか、むかつくほど勘違いだらけの)英語併記の本が増えているようで、首を傾げてしまいます。  たとえば『殺しも鯖もMで始まる』について、作者や内容についてまったく知らないわたくしとしては何も語る資格はないのですが、構わずに好き勝手言わせていただきますと、まずはわざとらしい翻訳調の題名によって手にとる意欲を大いに削がれます。 / 西澤 ( 2003-09-13 03:32 )
Kさま,いらっしゃいませ。山村美紗についての私評が続いたのは少ししつこかったですか。うーん,でも,葬儀屋探偵についてはもう少し書きたいこともありますので(死体についての,よい本があるのです),残念ながら個別のメールを書き起こす時間はなさそうです。 / 烏丸 ( 2003-08-28 03:01 )
しつこすぎでした。後味わるしなので 良ければ メールいただければ此れ幸い。 / K. ( 2003-08-27 00:45 )

2003-08-20 切り番ゲット 2000000番!


 
 3年もひまじんしてきたんだし……たまには踏んでもいいですよね?

 個人的にも、先だって私評が500を突破しました。
 でも、500番めが、ぜんぜんお奨めの本でなくて。
 次の1000私評めに期待しよう……。
                                                                                                                                                                                                                                                                                               

先頭 表紙

ぷる2さま,カラスは人形者ではありませんが,ぷる2さまのところのシオン(ちゃん? さん?)の写真には目からウロコ,耳からケムリ級のショックを受けました。それ以来毎日拝見させていただいています。お人形さんたちの写真の撮影がまた……ほぅ……そのへんは,いずれまたおりをみて。 / 烏丸 ( 2003-08-28 02:40 )
匿名希望さま,カラスの辞書では「とくめい」で変換するとanonymousと出てきます(本当)。アノネモウシマスケドもしくはアノネモシモシと読みます(ウソ)。 / 烏丸 ( 2003-08-28 02:38 )
パンドラさま,200万と一口でいっても,カラスの貧弱な脳みそでは実際のところどれほどの数字だかわかりません。せめて東京ドーム何杯分,とか,東京・大阪間を何往復分,とか……。 / 烏丸 ( 2003-08-28 02:37 )
と,昔のことに思いを寄せれば,akemiさんのひまじんデビューは鮮烈でしたねぇ……(はぁと)。カラスも負けてならじとファイト燃やしたものです(何に?)。 / 烏丸 ( 2003-08-28 02:37 )
やや,そうおっしゃるよちみさまも,まさしく本日でジャスト3年めではありませんか。 / 烏丸 ( 2003-08-28 02:37 )
Buquiさま,今回の切り番は不思議と掲示板でも話題にならず,妙だなとは思っていた次第。 / 烏丸 ( 2003-08-28 02:36 )
マイケルさま,ということはつまり,ひまじんネットは実はすでに400万アクセスを超えているということかもしれませんね。その数字にはKGBの残党と南アメリカの麻薬地帯に潜むテロリストたちに対するひまじん管理人スタッフ諸氏の夜を徹して昼間寝る闘いの深い意味がこめられて……ほんまかいな。 / 烏丸 ( 2003-08-28 02:36 )
おめでとうございます!綺麗なキリ番ですね、羨ましい。私がとったのは「1666666」という獣の数字の二つ並びでしたから、ちょっとイヤンでした。 / ぷる2 ( 2003-08-26 00:33 )
↓これが面倒なんですね。 自分で 自分の尻、ぬっぐときました。(皮肉屋さんの ところで・・・。) / 匿名希望 ( 2003-08-25 06:31 )
こんばんは はじめまして。凄いキリ番 おめでとです。私は よく お節介を やきます。 マジで。。。 そこで、あなたの いっておられた 面倒とは なんでしょう。 気になるので きてしまいました。 で・・・思い切り 私のことかな。 いいんです。 はっきり いってください。感情的になると 結構 やっちゃったり ・・・。 しますんで・・・・。 きつすぎない程度に・・・。よろしく・・・。 / でも、気の弱いKin.だけど・・・。 ( 2003-08-24 22:57 )
おめでとうございます! きれいなキリ番、お見事です。 / パンドラ@つっこみははじめましてです。 ( 2003-08-24 22:09 )
おひさしぶりです〜。やっぱり気持ちいいもんですねえ。^^ / akemi ( 2003-08-23 12:11 )
おめでとうございます!すごいです〜〜!もう3年ですかあ。。。 / よちみ ( 2003-08-21 16:49 )
ヘー!ヘー!ヘー! おめでとうございます。そろそろだとは思っていましたが。 / Buquiさん@お初につっこませていただきます。 ( 2003-08-20 21:11 )
ありゃ、同時だったようですね。 / マイケル(ご無沙汰してます) ( 2003-08-20 19:57 )

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