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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2001-12-05 『仮面の忍者 赤影』(全2巻) 横山光輝 / 秋田文庫
2001-11-27 [非書評] ハリー・ポッター
2001-11-25 キレてみせるばかりが芸でもあるまいに 『西原理恵子の人生一年生』 小学館
2001-11-19 お願い生ませて 『妊娠小説』 斎藤美奈子 / ちくま文庫
2001-11-18 『日航ジャンボ機墜落 朝日新聞の24時』 朝日新聞社会部編 / 朝日文庫
2001-11-07 『墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便』 飯塚 訓 / 講談社+α文庫
2001-11-02 君はビクニン,僕の深海でゆらゆらと揺れる 『水族館行こ ミーンズ I Love You』 内田春菊 / 角川文庫
2001-10-28 きりもみ墜落中? 『ショッピングの女王』 中村うさぎ / 文春文庫
2001-10-24 イチローもすごいが上には上の 『野球術(上・下)』 ジョージ・F・ウィル,芝山幹郎 訳 / 文春文庫
2001-10-21 郵便配達人は二度とベルを鳴らさない 『テロリズムとは何か』 佐渡龍己 / 文春新書


2001-12-05 『仮面の忍者 赤影』(全2巻) 横山光輝 / 秋田文庫


【フフフだいたんふてきなやつだな】

 先日のヒラノさまからの「作家とは不幸であり続けなければ成り立たない商売のように思えてきます」というつっこみに,「そうでない作家」というものを考えたとき,たとえばさっと思いつくのがたとえばこの横山光輝です。

 『鉄人28号』『ジャイアントロボ』『魔法使いサリー』『バビル2世』『マーズ』『あばれ天童』『三国志』『水滸伝』……
 その活躍は多岐にわたり,常に雑誌やテレビアニメの原作としてコンスタントに作品を発表してきた彼は,不思議なほど表舞台に出てきません。実際は本のカバーに写真や略歴が掲載され,別に素顔を隠しているわけではなさそうなのですが,手塚治虫,石ノ森章太郎,赤塚不二夫,藤子不二雄らに比べると作家本人のエピソードというものがほとんど聞こえてこないのです。また,その作風もよく言えば「安定」,悪く言えば「進歩がない」。しかし,進歩せずに数十年にわたって人気を維持できるのなら,それは進歩の必要がない,ということでもあります。

 実は,もう20年以上昔のことですが,横山光輝のアシスタントを長年担当されていた方と毎夜のように親しく酒を酌み交わした時期があり,非常に珍しいはずの,連載表紙用のカラー原画,横山光輝のサイン付き,を何点か格安で譲り受けたことがあります。
 その方が,実際にアシスタントとして背景を描いた作品の1つが『仮面の忍者 赤影』,テレビの実写ドラマでもかつて大きな人気を誇った作品です。

 最近文庫で復刊された『赤影』については,8月公開の映画『RED SHADOW 赤影』の様子を見てから,とか思っているうちに,映画の話題はきれいさっぱりどこかに消えてしまい,うっかりそのままになっていました。映画のほうは監督・中野裕之,出演が安藤政信,奥菜恵,麻生久美子。シドニー五輪新体操の個人総合銅メダリスト,ロシアのアリーナ・カバエワが舞の海秀平扮する忍者と闘うなど,前評判はそれなりににぎやかだったのですが……。
 原作の「豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だった頃,秀吉の軍師・竹中半兵衛配下の飛騨忍軍」という設定を正体不明の「影一族」にしてしまう,赤影がトレードマークの仮面をしていない,など,『RED SHADOW 赤影』はおよそ『赤影』とは思えません。ということで,とりあえずおきましょう。

 さて,マンガのほうの『赤影』ですが,文庫で2巻と,意外なほどの短さです。そして,今読んでみると,これがなんというか,あまり面白くない。目立ってはいけないはずの忍者が赤い仮面をつけていたり,敵が巨大なガマをコントロールしたり,相棒の青影がいびきの大きな子供だったり,と,どうも設定の破天荒さばかりが目につきます(もちろん,巨大ガマといえば読本・草双紙の自来也からの転用でしょうから,忍者モノとしては正当派の妖術ともいえなくはないのですが)。

 どうも,同じ秋田文庫からすでに11巻発売されている(少年サンデー誌上では『赤影』の前に連載されていた)『伊賀の影丸』と比較してしまうことが原因のような気もしないではありません。

 『伊賀の影丸』も,忍術対決の破天荒さでは『赤影』となんら変わらないのですが,背景の設定が少々異なります。
 『赤影』が先ほども書いたように戦国時代の木下藤吉郎や竹中半兵衛の配下で,いわば時代的にも攻撃的というかイケイケだったのに対し,『影丸』は徳川家康が大阪夏の陣で豊臣家を滅ぼし,徳川時代を築いてから39年めの承応三年(1654年)春に物語が始まります。つまり,表向きは天下泰平の世が実現し,徳川の支配が確定していく中で,幕府転覆をたくらむ一派と,それをはばもうとする五代目服部半蔵配下の伊賀忍群の諜報戦&暗闘……これが『伊賀の影丸』各話の基本設定なのです。
 つまり,影丸とその仲間たちは,安定政権の維持を受け持つ警邏として,専守防衛,忍びに忍び,耐えに耐え,人知れず,恨みを買いつつ,というマゾヒスティックなマイナーコードが主旋律となります。影丸の必殺技が木の葉を利用してのしびれ薬散布というあたりも,なんともいえない渋味です。そして,伊賀軍団と戦う敵の忍者たちの側にも,徳川に恨みを抱く切実な経緯や倒幕の理念があり,もちろん物語は毎回影丸たちの勝利で幕を閉ざすのですが,その勝利の味は苦く,常に割り切れないものが残ります(由比正雪など,そこらのマンガの主人公よりよほど正義の主人公の資格有りでした)。

 このような人気連載『伊賀の影丸』のあとを受けた(おそらく編集部の意向でしょうが)『仮面の忍者 赤影』は,シンプルな構造の忍者プロレスタッグ戦と化し,その分テレビドラマ向けの素材として,赤い仮面,風にあおられる大凧,巨大怪獣などを配した人気番組となったのでしょう。
 しかしそれは同時に,白土三平,横山光輝と続いた忍者マンガの一種「忍ぶ美学」を霧散させることにつながり,私たちはついには1つの人気ジャンルを失ってしまったのでした。

先頭 表紙

(それにしても……『怪獣マリンコング』や『怪獣王子』,アニメでは『遊星仮面』の最終回が気になる……いやただの独り言ですが) / 烏丸 ( 2001-12-06 01:55 )
実写版の『仮面の忍者 赤影』と同じ1967年には『キャプテンウルトラ』『怪獣王子』『ジャイアントロボ』が放映されていました。ウルトラシリーズとはちょっと異質な,なんともいえぬ特撮のチープさがたまりません。 / 烏丸 ( 2001-12-06 01:49 )
とはいうものの、「忍びの者」的リアリティは本当の忍術者ではない、というのが初見良昭さんあたりの意見のようですな。 / あめんほてっぷ ( 2001-12-06 01:11 )
テレビ版・青影くんの「がってんがってん、しょ〜うち」のマネを良くやってました(笑) / たけ坊 ( 2001-12-05 19:15 )
横山光輝は、私の世代にとって、実に偉大な思い出を残してくれています。 / 綾丸 ( 2001-12-05 12:54 )
忍者と聞いて思い浮かぶのは「忍びの者」!です。リアリティを追求した作品の方がスキかな。安藤君の「赤影」はビデオで見ることにします。。 / ぽん ( 2001-12-05 10:38 )
実写版、小さい頃よく見た覚えがあります。赤影のマスク越しにもわかるいい男振りを楽しみにチャンネルを合わせて(ああ、この表現!)いました。幻妖斎?だったでしょうか?敵役の「天津敏」の顔が怖かった。。昔の悪役はインパクトありましたねえ。 / akemi ( 2001-12-05 07:41 )

2001-11-27 [非書評] ハリー・ポッター

 
 ご多分に漏れず,烏丸家でもハリー・ポッター人気の嵐が吹き荒れている。やれハグリッドが,ホグワーツが,ハーマイオニーが,《例のあの人》が,ダンブルドアが,と,未読のカラスには人名やら地名やらもわからぬ言葉が食卓を跳ね回るのだ。

例:海辺を飛び回るカモメを指差して「ヘドウィグだ!」,などなど(違う。ヘドウィグはフクロウなんだろ?)。

 カラスも負けずに読めばいいのだが,いかんせん順番が回ってこない。つまり,家人はすでに3巻を読み終え,長男も3巻に取り掛かっているのだが,次男が1巻で立ち往生しているのだ。まだ内容が難しいとみえて,毎日数ページしか進まないのを,最近は家人が就眠前に読み聞かせているらしい。第1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』がカラスまで回ってくるのははたしていつのことか。

 それでも,街中にあふれるポスターには,なんとなく心がときめいてしまう。

 たとえば,公式サイトに記された,「主人公ハリーを演じるのは、11歳のダニエル・ラドクリフ。いたずらっぽく輝く目。その奥に時折のぞく、かすかな暗さ。」という形容,そして彼の写真。予告編に見られるデリケートな目線。

 この少年の雰囲気は,僕たちの世代が憧れ,そして永遠に喪った,あのジョン・レノンの若いころの苦い微笑みにどこか似ているように思えてならない。

 もう一人のビートル,ジョージ・ハリスンは,脳腫瘍で余命一週間との報道。
 All things must pass...

先頭 表紙

とりあえず,今日のBGMはジョージ・ハリスンのベストをオートリピート。too much / 烏丸 ( 2001-12-01 03:19 )
なるほど,すると国際的なハリー・ポッターファンが,コスモポッタリアン。とかいううちに,いよいよ本日封切りですね。 / 烏丸 ( 2001-12-01 01:15 )
ハリーポッターファンのことを「ポッタリアン」っていうそうです。これじゃまるで「ボッタクリ」みたいでなんかいや・・・ / Fruit of Sand☆お初です ( 2001-11-29 12:42 )

2001-11-25 キレてみせるばかりが芸でもあるまいに 『西原理恵子の人生一年生』 小学館


【白夜は帰っていいから 竹は帰っていいから】

 一人の作家が面白くなって,やがてつまらなくなる,その過程における違いとはいったい何だろう,なんてことをつらつら考える。

 たとえば,もう二十年以上昔のことだが,ある夏に倉橋由美子の小説のそれまで全部,そしてその次の夏には筒井康隆のそれまで全部を読んで,それこそもう首まで彼らの作品に浸った記憶があるのだが,のちにその2人の新作にまるで興味が湧かなくなってしまったのは明らかに読み手たるこちらの問題だ。
 当時の読み方が正しかったか正しくなかったかは別として,彼らの「壊し方」に没頭できたのは二十歳そこそこの学生だったからであり,自分なりの「壊し方」を手に入れてしまえばもはや他人の作品にシンクロする必要はないのである(これは「壊し方」を「築き方」と言い換えても,結果は似たようなものだ)。

 この数年でいえば,京極夏彦がつまらない。西原理恵子がつまらない。

 前者については京極堂や榎木津,関口らの活躍する新作がなく,いわば余技のような作品が続いているせい,とみなすことができなくもない。しかし,後者は深刻だ。
 サイバラ当人は変わらず破滅的で破壊的。結婚こそしたが,やっていることにそう変わりはないように見える。
 では,こちらがサイバラを必要としなくなったのだろうか。そうとも思えない。『ぼくんち』の冷たく尖った叙情は今思い起こしても体が震えるようだし,『恨ミシュラン』は疲れたときの何よりの読み薬であることに変わりない。

 考えてみれば,彼女がサイバラ級という階級のリングで長年トップを走っていることは事実であり,同じように見えても,そのうちに高校中退の売れない,ヘタな,弱者から,といった視点が喪われてきた,ということはあるかもしれない。なんだかんだ言って夫や友人たちとうまくやっているように見え,先生と呼ばれることになじんでしまった,ということもある。初期の怪作『まあじゃんほうろうき』のラストで,はねをむしられても「みんなとあそんでもらえてとてもうれしかったからです」と述懐するマイノリティ性は最近のサイバラからはうかがえない。
 だが,それを認めてしまうのはどうか。サイバラを読む楽しみは,サイバラを見下す楽しみであったということになりはしないか。

 とかなんとか,理屈をこねくろうが,こねくらまいが,『西原理恵子の人生一年生』はつまらない1冊だった。
 オリジナル作品に加えて「人生すごろく」「黒心危機一髪ゲーム」「西原大明神御告宣告おみくじ」をはじめとする7大ふろく,『ナニワ金融道』の青木雄二との対談,サイバラ担当編集者による覆面匿名座談会など,雑誌の体裁はとっているものの,どこを切っても得した気分にはいたらない。鴨やゲッツを起用したグラビア,プチセブン協力サイバラファッションなどはずしもいいところだし,全体にざらざらした手触りが残るばかりで,つくづく壊し壊れ続けてみせることの難しさを感じる。

 ちなみに,唯一ウケたのが,各界の売れっ子に「こうすればサイバラ大ブレイク!!」と題して取材した中の,池田理代子(売れっ子か?)の言葉。

 「ペンタッチをもう少しおキレイにされると良いかとも思います」
 「非常に内容は素晴らしいので,そういう雑さのために食わず嫌いの方がいるのは残念ですからね」
 「もしかしたら,西原さんも(自分のように)コツコツした努力をされるといいかもしれませんね」

 さすがだ,池田理代子。その化粧でケンカ売るか。

先頭 表紙

そして,↓のほうでは「大手がそろって彼女を捨てないと」なんて書きながら,でも,最初から手にしてなかった欠乏感と,いったん手にしてからの喪失感ではまたまるで違うものだろうな,と思ったりもします。あと,悪いのは彼女に仕事を依頼する編集者の依頼の仕方,内容なのかもしれません。最近は,『鳥頭紀行』のように,サイバラ本人が主人公というパターンが大半で,そのほうが売れるのかもしれませんが,もう少し「創作」系を交えるべきではないかと考えるのですが。 / 烏丸 ( 2001-12-04 01:03 )
ヒラノさま,いらっしゃいませ。作家,芸術家の全部にこの「不足」論をあてはめる必要はないと思います。ぜんぜんそういう印象のない,でも優れた作家,芸術家だってあれこれいると思いますし。ただ,西原理恵子の場合,コンプレックスや欠乏感が非常に大きな「動機」や「素材」になっていたのではないでしょうか。だとすると,長年やってきた名声,結婚などが作家活動の足かせになる可能性は否定できません。 / 烏丸 ( 2001-12-04 00:59 )
はじめまして。そう考えると、作家とは不幸であり続けなければ成り立たない商売のように思えてきます。私は村上春樹で同じことを思いました。人間不足感がなければ芸術に昇華することができなしのでしょうか?人はそれがなければ芸術などやらないものなのでしょうか? / ヒラノ ( 2001-12-03 11:37 )
綾丸さま,「充電」という問題なのでしょうか? 違うような気が……。とりあえず,小学館,朝日新聞,講談社,角川書店などの大手がそろって彼女を捨てないと,どうしようもないな,という気はします。少なくとも,こんな本を出せる間は,ダメですね。 / 烏丸 ( 2001-11-27 02:07 )
池田理代子は,よいと思ったことがないのでなんともいえませんが,たとえば初期からの萩尾望都ファンとしては,(異論が多いでしょうが)『トーマの心臓』以降の線のすさみは堪えがたいものがありました。手塚治虫はそう好きではありませんが,生涯を通して線にためらいがないのは,本当に凄いことだと思います。 / 烏丸 ( 2001-11-27 02:03 )
サイバラ、たしかに恨ミシュランのころのパワーがなくなって、笑えないですね。個人的には好きなので、ちょっと充電して欲しいです。 / 綾丸 ( 2001-11-26 19:38 )
西原は最近,改めて攻めてみたいな,と思っておりました。が、それほど西原を読んだことがないにもかかわらず、烏丸さんのおっしゃることがわかるような気がします。ハァ。池田理代子よ、近年より昔の方がタッチが綺麗なのはなぜ? あの枯れたような線,味があるというより見苦しい。 / みなみ ( 2001-11-26 01:53 )

2001-11-19 お願い生ませて 『妊娠小説』 斎藤美奈子 / ちくま文庫


【文学はこんなふうに読むものだ】

 いくら死体好き,じゃなくて死体を扱った本が好きといっても,520人もの死を扱った本を2冊続けては寝覚めが悪い。このところアメリカ同時多発テロだのナチの人体実験だの,暗いテーマが続いていることもあるし,ここは一つ,「妊娠」というオメデタいテーマをメインに扱った本を取り上げてみよう。
 本書『妊娠小説』は,少し前に紹介した『紅一点論』の著者斎藤美奈子の出生,もとい出世作である。

 ……が。オメデタい本を,という烏丸の試みは,冒頭の1ページめからいきなり流産してしまう。
 本書でいう「妊娠」とは「望まれない妊娠」のことであり,「妊娠小説」とは小説の中でヒロインが「赤ちゃんができたらしいの」とこれ見よがしに宣告(受胎告知)するシーンと,そのためヒーローが青くなってあわてふためくシーンをもって涙と感動の物語空間を出現せしめるような小説のことなのである。
 そして,斎藤美奈子は,日本の近現代文学には「病気小説」や「貧乏小説」と並んで「妊娠小説」という伝統的なジャンルがあること,結核の治療や赤貧の駆除が進んで「病気小説」や「貧乏小説」が姿を消したのに対し,「妊娠小説」は今なお文学業界の現役として第一線で活躍中だと指摘する。そして,その「妊娠小説」の歴史的歩み,構造,類型学へと本文は展開するのだが,そこには排卵誘発的に複数の意味が読み取れる。

 第一に,まっとうな説得力があるということ。
 古くは森鴎外『舞姫』や島崎藤村『新生』,のちには石原慎太郎『太陽の季節』や三島由紀夫『美徳のよろめき』,川端康成『山の音』,そして最近の村上龍,林真理子,佐藤正午,辻仁成にいたるまで,取り上げられた小説群約50作にはなるほどはたと手を打ちたくなるような共通項が見受けられ,それぞれの分析もまた興味深い。実際,いまや死語と化しつつある「私小説」や「教養小説」などという言葉より,よほど「妊娠小説」のほうが小説のジャンル分けとして意味があるように思われてくるのである。

 だが,信じる者は騙される。洗剤や鍋や下着を買わされる前に少し冷静に考えてみよう。
 斎藤美奈子の目的は,決して,近現代文学の正当なジャンル分けの主張とそれにのっとった批評などではないはずである。いやむしろ,真の目的はミケンにシワ寄せた純文学とその批評の系譜をおちょくり,笑いのめすことにあると思われる。
 たとえば,その作品内で女性による妊娠の宣言,すなわち「受胎告知」がなされる部分を行数やページ数から割り出し,野球の9回の守備/攻撃に見立てて作品を論じた「ゲームの展開」の痛快さたるや! なにしろ「終盤一発ぶちかまし型」「中盤盛り上げ型」「序盤先制逃げきり型」,さらにはかつての猛虎打線を彷彿とさせる一篇の中に複数の妊娠を盛り込んだ「全編お祭り型」!!
 こういった分類に限らず,斎藤美奈子のペンは,「妊娠」という素材から透けて見える小説家の意図,作為,これまで語られなかった作品の真意にいたるまで,白日のもとにさらけだす。村上春樹『風の歌を聞け』がこう解釈できるとは。橋本治『桃尻娘』シリーズはやっぱりエラかった……などなど。

 結局,望まぬ妊娠をしてしまった女のように,古今の名作と呼ばれる作品群は斎藤美奈子の手腕によって「もてあそばれ」ているのである。こんな絶妙なエンターテイメントがあるだろうか。いや,そうそうない。

 ただ,残念なことに,本書で思い切り笑うためには,それなりに文学の素養が必要だ。パロディを楽しむためには,原本に親しんでいる必要があるのである。セックスというものは,7月7日の夜,空が曇ってなければ白装束を身につけ,祝詞をとなえてから行なうものと信じている烏丸には,あまり興味のない小説が多くて,その分ノリ切れなかったことを記しておきたい。
 もっとも,ずいぶん以前,行ったこともない宇都宮に隠し子がいるとの噂が流されたときにはちょっとあせったけどな。

先頭 表紙

カラスは逆に,本書で取り上げられている古今の「名作」を読んでないことに対する「ひけめ」を,「なーんだ,読んでなくても別によかったんだ」とリセットできました。この本そのものは面白かったけれど,「妊娠小説」は,カラスにはおよそ重要なジャンルではなさそうです(実際,読んだはずの本もたくさん扱われているのに,さっぱり内容が思い出せない。「山の音」とか「頬づえ」とか「風の歌」とか)。 / 烏丸 ( 2001-11-27 01:55 )
これ、大学の授業の課題本になってました。(私はその授業,取らなかったけど) いちいち爆笑した覚えがあります。この本を読み,『太陽の季節』や『舞姫』は読まねば,と思いつつ結局(やっぱり?)今に至るまで読んでいません。(汗) / みなみ ( 2001-11-26 01:57 )

2001-11-18 『日航ジャンボ機墜落 朝日新聞の24時』 朝日新聞社会部編 / 朝日文庫


【しっかり生きろ 哲也 立派になれ】

 カラスにしては書き込みに間が生じてしまった。
 その間も,別に本やマンガを読んでいなかったわけではない。

 机の周辺から無造作に拾い上げてみれば,たとえば『仙人の壺』と双璧をなすチャイナファンタジー『李白の月』(南 伸坊),中国といえば唐代の,碁を打つ如く剣を振るい,剣を振るうが如く碁を打つ侠女を描く『碁娘伝』(諸星大二郎),侠女といえば7大ふろく付き100%サイバラ雑誌『西原理恵子の人生一年生』,妖怪研究家・多々良勝五郎を主人公として戦後の怪事件を描く『今昔続百鬼 雲』(京極夏彦),百鬼といえばネムキ連載『百鬼夜行抄』の作者による奇妙な味の短編集『孤島の姫君』,姫君といえば信長の安土城趾,ラコストのサド侯爵の城を中心にカステロフィリア(城砦愛好)な傾向を語った『城』(澁澤龍彦)などなど。少年サンデー50(11/28)号収録の「鳳BOMBER」(田中モトユキ)は,プロ野球ホームラン王を父にもつ少年を描いてここしばらくの週刊誌の読み切りでは馬鹿馬鹿しくも面白かったし,そのほかにも遠藤淑子を読み返したり,少々思うところがあって古い詩集を取り出したりもした。

 それぞれの本について,書きたいこともなくはなかったのだが,その前に,つまり1つ前の書き込みの直後に読んだ本をどう片付けるか,結局なんとなく踏ん切りがつかないまま今日にいたっている。

 その『日航ジャンボ機墜落』は,先の『墜落遺体』同様,1985年8月12日の日本航空123便ジャンボ機の墜落について,朝日新聞の各担当者たちが,どのように捉え,どのように報道したのかを時間軸にそって追ったものである。
 『墜落遺体』の主な現場となった藤岡市民体育館のすべての窓が暗幕で閉ざされ,ただでさえ暑い時期に遺体の腐敗を進めたのがマスコミのカメラだったことを思い起こしたい。つまり,本書は『墜落遺体』とは鏡の向こうとこちらに相対するドキュメントなのだ。

 結論から書こう。
 朝日に限ったことではないのだろうが,大手マスコミの記者たちの神経は,やはりどこかおかしい。

 たとえば,こんな一節がある。
 「それが『事件記者』の使命だ。支局員に先を越されるなんて許されない。オレは社会部記者だ。他社にも後れたくない。夕刊早版に『遺体発見』の第一報を入れなければならぬ」
 なにが「ならぬ」のだろう。

 あるいは
 「(生存者発見を伝える)そのテレビ映像を見て背後に冷たいものが走るのを感じた。ウチの記者はいないのか。撮れていなければ,これは文字通りテレビに惨敗を喫したことになる」
 生存者発見で冷たいものが走るのか。裏返せば「遺体発見」で勝利を誇るのか。

 また,山道に迷って「行方不明」扱いされ,あわやヘリで捜索されかかった記者の一団を評して「最も哀れだったのは」と書く神経。

 いや,だからいけない,と責める権利は読み手たるこちらにはない。報道を仕事とする者たちが報道の正確さ,速さを競うのもまた道理である。

 しかし,これだけの事故にかかわったならば,それ以前と同じものの見方,生き方では片付かないものがあるのが普通ではないか。単なる興奮や伝達意欲ではすまない,何か。
 本書に登場する記者,カメラマンたちからは,それがうかがえない。
 比較するのも気の毒かとは思うが,『墜落遺体』において遺体の身元確認に携わった人々は,誰もが生き方が変わったと口にするという。また,『墜落遺体』1巻には,墜落のもようや,その原因などについて,ほとんど何も書かれていない。愚直なまでに,目の前の遺体と,その棺を覗き込む遺族を描くばかり。

 そして,結局のところ『日航ジャンボ機墜落』で胸をうつのは,朝日の記者がどうした,こう書いた,こう考えた,といった部分ではなく,ひたすら事実を羅列した文章ばかりなのだ。

 たとえば,機体が迷走する30数分の間にメモ帳に書き残された,この上なくシンプルで,だが深く心に杭を打つ遺書の数々。
 あるいは,生き残った川上慶子さんの父親と妹(咲子ちゃん)は墜落直後しばらくは生きていて,妹に「帰ったら,チーちゃん(兄の千春君)とおばあちゃんと咲子と,四人で仲良く暮らそうね」と元気づけた直後に妹がゲロゲロと血を吐いた,などという話(四人ということは,その時点でこの姉妹は両親の死を把握していたということだろうか?)。
 あるいは,48人の小,中学生を含む,無味乾燥のように見えて実は岩のように重い乗客名簿。「孫娘を伴って日帰り出張した帰り」「一家四人で東京ディズニーランド観光からの帰途」「単身赴任で休暇の帰途」「十一月に結婚するため『独身最後の旅行を』と同僚と二人で科学万博を見に行っての帰り」……。
 そして,巻末のヴォイスレコーダー全記録。

   "ウーウー プルアップ"(人工合成音)
   [衝撃音]

先頭 表紙

関西大地震,地下鉄サリン,テロなどなど,どこでどう死ぬかわからないこのご時世,まえもってきちんと遺書を書いておきたい気持ちもありますが,そんなものを書いてしまうと事件に巻き込まれたとき「予感がしたんでしょうか」とか言われそう。ううむ。 / 烏丸 ( 2001-11-20 01:33 )
綾丸さま,いらっしゃいませ。そうですね,個々の人物は単に目先の業務を処理しているだけで,悪意はないのでしょうが……。ちなみに,一般に,集団となると,テレビ屋さんは新聞屋さんの上をいきますね。なにが上をいくかはともかく。もっとも最近はお役人さんも銀行屋さんも政治屋さんもこぞって無茶苦茶といえば無茶苦茶ですから,まぁマスコミだけを云々する必要もないんですが。 / 烏丸 ( 2001-11-20 01:32 )
ちなみに、あの事故以来、飛行機に乗ったとき、いざ墜落という瞬間、家族にどういうメッセージを残すだろうかと、そんなことを考えることがあります。 / 綾丸 ( 2001-11-19 19:09 )
新聞記者の感覚には、どこか付いていけないものがあります。奥尻や神戸の地震の際にも、私はずいぶんイヤな話を聞きました。でもこれは官僚と同じで、職業感覚から生まれるものであり、一人一人は普通の人間だと思いたいです。 / 綾丸 ( 2001-11-19 19:07 )

2001-11-07 『墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便』 飯塚 訓 / 講談社+α文庫


【焦点があわないんです】


※注意。本書き込みには,かなりむごい表記が頻出します。心臓の弱い方,食事前の方などは決してお読みにならないことをお奨めいたします。






 昨夏以来,何度も私評に取り上げようとして果たせずにいる書物の1つに河出書房新社『図説 地獄絵をよむ』がある。
 聖衆来迎寺所蔵『六道絵』と北野天満宮所蔵の『北野天神縁起』を背景に,澁澤龍彦と宮次男の地獄絵についてのエッセイ,解説を編集したアンソロジーである。
 ことに巻頭を飾る聖衆来迎寺所蔵『六道絵』の人道九不浄相之図,つまり恵心僧都源信の『往生要集』の一節,墓地に捨てられた人間が,やがて青黒く変色し,血膿が流れ,蛆が群がり,白骨化していくさまを描いた作品のすさまじさはなんとも言いようがない。

 だが,地獄は人の世にある。

 アメリカ同時多発テロ事件について考えるたびに,自分があえて避けてきた事件,それについて詳細に記した本を(はっきり言えば)逃げてきたことに思い当たり,内心忸怩たるものがあった。その1つはチェルノブイリ原発事件であり,もう1つが1985年の日航機墜落事故である。
 もちろん,新聞,テレビレベルでは,それぞれ当時あれだけ話題になったこともあり,それなりに見たり聞いたり考えたりしてきたとは思う。だが,それについて詳しく述べた本や写真集については,かなり意図的に避けてきた。
 その理由は今はおく。ともかく日航機墜落事故である。

 著者は高崎署刑事官在職時に日航機墜落事故の身元確認班長を拝命し,藤岡市民体育館で520人の遺体の身元確認に務める。本書は無残な遺体に警察,医師団を率いて

 体育館はマスコミのカメラを避けるために暗幕で窓を閉ざされ,8月の焼けつくような陽光に屋根をあぶられて館内の温度は40度を越える。そこに遺体の放つ悪臭と線香の匂い,脱臭剤やホルマリン,クレゾールの匂い。
 完全遺体492のうち五体がすべてそろったもの177体,離断遺体,分離遺体,移棺遺体のうち部位を特定し得るもの680体,部位不明の骨肉辺893体……。520人の身体が,2065の遺体として体育館に運ばれたことになる。

 首からスパッと切断されているが顔面頭部にはほとんど損傷のない女児の頭部。
 炭化した15センチ×15センチくらいの肉塊をはがすように精査してみると2つの頭部が合体したもので,歯型,歯根の照合によって夫婦であることが確認される。
 顔の骨がぐしゃぐしゃに粉砕されてむくんだようになった少年の顔を担当の警察官が両手ではさみ,粘土で型をつくるように寄せると「あっ,うちの子です」と棺の中の遺体を抱き起こす父親。
 目が3つあるように見えるので調べてみると,他の人の頭部が顔面に,つまり頭の中に頭が入ったような遺体であった。
 前頭部が飛び,両手の前腕部,両下肢がちぎれた黒焦げの父の遺体の前で唇をかむ14歳の長男。
 素手で手首のない子どもの腕をさすり,片側半分だけが残った頭部に頬ずりをする母親。

 ダッチロールから墜落にいたる過程については一切触れられていない。日航の責任についても触れられていない。ただここに書かれているのは,家族の遺体を求める遺族と,その身元を明らかにしようとする警察官と医師団,看護婦,それだけである。
 作業は夏,秋,冬の127日にわたり,極度の緊張と疲労のあまり,疲弊していく担当者たち。
 「また子どもじゃねえかよ。俺は子どものはもう嫌だよ。なぜ俺んとこばっかり子どもなんだよ」と怒りながら涙を浮かべる巡査部長。
 「自分で診察した患者さんの遺体は自分で捜します」と和歌山,石川,大阪からかけつけ,必死になって棺の蓋を開けてまわる歯科医師たち。
 数万の蛆が這う横で食事をし,電車に乗ると匂いで騒ぎが起こるため,ホテルに止まらざるを得ない担当者たち。
 それでも彼らは働き続ける。休めと言われても,がんとして遺族とともに遺体を検分し続ける。

 そして,僕は自分に問う。
 ハタシテ自分ノ子ドモガ黒ク焦ゲ,腐ッテ蛆ノワイタ遺体トナッテモソレヲ抱キシメルノダロウカ(抱キシメルダロウ)。
 ドウシテモ,ドウシテモ,ドウシテモ。

先頭 表紙

や,それは財政的にはお気の毒。しかし,この本はハードカバーでもよいなぁ。少なくとも,次に紹介した朝日新聞社本などよりずっと。 / 烏丸 ( 2001-12-04 01:05 )
あ、文庫だったんですね、、、気づかずにハードカバーを買ってしまいました。懐痛し。 / みなみ ( 2001-12-01 14:06 )
最近休刊になったフォーカス誌の休刊号に,その写真が掲載されていました。実はこの本を読む気になったのは,その写真を見たからです。 / 烏丸 ( 2001-11-16 02:02 )
私はこの事故が起きた当時、九州の福岡にいました。元スチュワーデスだった友達が、この時の事故現場の写真を写真誌で見せてくれました。九州の人間は血に強いから、本州とは違ってそういう写真を載せるのだそうですが、彼女の元そういう仕事だったのに、よく見られるものだなあと思った覚えがあります。 そういう事故にあっただけでもお気の毒なのに、そんな姿まで写真に撮られて、うっかり事故機の写真とばかり思って見た自分もとても悲しかったです。 / koeda ( 2001-11-15 18:19 )
ニューヨーク,クィーンズ地区に255人乗りエアバスが墜落。事故かテロか,現時点では不明。 / 烏丸 ( 2001-11-13 01:06 )
初めまして。私は、あの事故の悲惨さに耐えられそうにないので、まだこの本を読んでいませんが、この本がよけいな修飾や批判抜きなだけ、かえって事故の悲惨さをよく伝えているんでしょうか。自分の子供だったら、やはり抱きしめて、「怖かったろう、もう大丈夫だよ」と言ってやりたいですね。 / 櫻田博士 ( 2001-11-12 16:23 )
僕はあの夏、英語のサークルの合宿で、幼き生存者川上慶子ちゃんを悲劇のヒロインとして執拗に追いかける週刊誌を排斥すべきとの主旨のスピーチを書きました。その僕が同じ頃、写真週刊誌に載った、肉片の散らばる凄惨な墜落現場の写真を食い入るように見ました。これが人の死の意味することであり、掲載の意図がどんなに心ない商業主義的なものであったとしても、自分はこれを見なければいけない、目をそむけてはいけないと思って読んだことを思い出します。 / Hidey ( 2001-11-11 04:01 )
こういう本に,言葉は勝てません。昨夜は,自分の書いているものを十分に読み返すこともできなかったため,今見ると文章が途切れているところさえありますね。あえて修正はしません,この本を僕はそのように読みました。 / 烏丸 ( 2001-11-08 03:08 )
当時、自衛隊にいた私の従兄も現場に行っていたそうで、もう言葉にできない凄惨さだった、と言っていました。また、主人の実家は現場に近い群馬県の小さな町で、帰省の途中、遺族のために作られた新しい道路が見えます。あたしも抱き締めます。どんな様になろうとも。。自分が産んだ子なのですから…。 / akemi ( 2001-11-07 13:52 )
久しぶりに烏丸さんの原稿を読む時間ができました。以前聞いたことがある、原爆で亡くなった人達の地獄絵図が思い出されました。「それでも働き続ける彼ら…」言葉が浮かびません。ただ僕もあなたと同じことだけはかろうじて言えます。恋人でも家族でもかけがえのない仲間でも、どんな姿でも、いや姿になっていなくても、抱き締めます。 / ガス欠コイン ( 2001-11-07 11:04 )
苦しいですね。一つのニュースの陰には本当にたくさんの現実的なことが山積みなんですもんね。ああ、なんとつっこみを入れればいいのかわかりません。烏丸さんもこれを書くのに苦悩されたでしょうね。 / フィー子 ( 2001-11-07 09:59 )
はじめまして。この本、出版と同時に読みました。読みながら思考が停止するほどのむごさでしたが、涙ながらに何とか読みきりました。 / でむぼ屋 ( 2001-11-07 04:41 )

2001-11-02 君はビクニン,僕の深海でゆらゆらと揺れる 『水族館行こ ミーンズ I Love You』 内田春菊 / 角川文庫


【たぶんそれまでは母を困らせたりもしたのであろう彼は今,赤ちゃんに戻ってしまっているのだ】

 月並みだけど,水族館は訪れる者を写す。
 だから,庄司薫『白鳥の歌なんか聞えない』では薫君の友達の小林君は上野動物園の水族館で爬虫類を見るうちに気分が悪くなってしまうのだし,北村薫『覆面作家は二人いる』のフクちゃんこと新妻千秋が駆けるのはマグロが回遊する葛西臨海水族館でなくてはならなかったのだ。おや。書いて初めて気がついたが,どちらも薫……ここで栗本薫のミステリか何かで水族館が舞台になるものをみつくろえたらなかなか綺麗だったのだが,それはさておき内田春菊である。

 内田春菊は,シャイだと思う。ヌードをさらし,セックス体験をさらし,出産や育児を売り物にしてなにがシャイだという声も聞こえてきそうだが,それは彼女の作品にごくまれに現れる激しい羞恥の色に気がつかない者の言うことだ。矜持と言い換えてもよい。そのカタチやアラワレヨウが一般的でないだけで,逆に言えば烏丸には内田春菊よりシャイでない女流作家やタレント,一般人を見つけるほうが実は難しい。シャイだからよい,とか,好き,とかとはまた違うのだけど。

 本書は,その内田春菊が北は北海道から南は沖縄まで,スケッチブック片手におよそ50の水族館を訪ね歩いてそのありさまを紹介したものである。
 おそらく,無理やりなタイトルからもうかがえるように,もともとはマンガ家内田春菊が家で魚を育てていることを聞きつけた雑誌編集者が,オシャレでユニークな水族館イラストエッセイを企画したものだろう。しかし,それが実は内田春菊の前夫が無理やり強調したイメージであり,夫の指示のままに家で魚を買うこと,(もともと好きだった)水族館めぐりを仕事にすることがどれほど面倒だったか,苦痛だったかがあとがきには記される。
 だから,「水族館には好きな人と行こう」などという惹句は必ずしもあたらない。いや,好きな人と行くのは避けたほうがよいのかもしれない。

 本書は1990年ごろから数年にわたって書かれたものらしいが,10年の間に水族館の世界でもさまざまな世代交代が繰り広げられたことがうかがえる。
 冒頭で触れた恩賜上野動物園内の確か4階建ての水族館は老朽化し,今は改築されて平屋の爬虫類館となってしまった。よみうりランドの海水水族館は昨年秋に閉館され,シーラカンスのホルマリン漬けは池袋のサンシャイン国際水族館に移された。本書では珍しいとされるタツノオトシゴの一種リーフィー・シー・ドラゴンは最近はあちこちの水族館で見られるし,北海の深海魚,比丘尼から名前をもらったと言われる白くて不気味なザラビクニンは最近DyDoの(海洋深層水から生まれた)「MIU」のオマケのフィギュアの題材にも選ばれてファンを喜ばせた(すみません,そのファンです)。

 閉館時間にうしろから追い出すようについてくる館員。水槽のガラスを叩かずにいられない関西人。ショーがあると客がそれを見るのを当たり前と考えて水族館のほうに入らせてくれない館員。ガラの悪そうなパンチパーマの青年の乗った車椅子を可愛くてたまらないという顔で押す母親。
 たまたま,昨日の新聞には「世界最大級の飼育プール備えた水族館,名古屋に開館」というニュースがあり,それによると「名古屋城の金のしゃちほこにちなんでプールの目玉として飼育する予定だったシャチは捕獲が難航している」のだそうだ。

 水族館はアクリルの合わせ鏡。訪れる者を写し,運営者を写し,社会を写し,胸の内を,外を写し……。

先頭 表紙

今日はしながわ水族館に赴き,イルカショーやオウム貝との出会いに堪能。アクリルトンネルでは大きなアカエイのお腹をじっくり観察。いいなぁ,水族館はやっぱり。 / 烏丸 ( 2001-11-25 22:30 )
口さま,烏丸家ではこの7月から飼っているザリガニがいまだ元気。水族館に見に行くなら珍しくて綺麗で不思議な生き物がよいですが,家で飼うのは大雑把なものがいいようです。 / 烏丸 ( 2001-11-03 00:48 )
これは失礼,みなみさま,せっかくの読書の楽しみを先にあかしてしまったかもしれませんね。申しわけありません。 / 烏丸 ( 2001-11-03 00:47 )
60センチ水槽の熱帯魚さえ管理はとっても大変なのに、水族館となるとその維持管理費用などを創造するだけでも眩暈がします。某水族館で透明度90%を誇るアクリル水槽の厚さが50センチ暗いの厚さだったのにはビックリしました。 / 口 ( 2001-11-02 10:12 )
うわあ、ビックリした! ちょうど昨日、この本買いました。駅のキオスクで。この夏、江ノ島水族館に一人でぶらぶら行って来ましたが、とてもよかったです。 / みなみ ( 2001-11-02 05:26 )

2001-10-28 きりもみ墜落中? 『ショッピングの女王』 中村うさぎ / 文春文庫


【虚栄という名の不治の病で,自滅の道を一直線】

 このところ炭疽菌テロに対する論評だの,要人暗殺のために開発された殺人ロボットだの,ナチの人体実験を扱ったミステリだの,重めの話題,厚めの本が続いてアップするテンポも滞りがちだが,別に重い生活を送っているわけではない。
 少年サンデー,少年マガジン,モーニングにヤンサン,アニマルなどなど,マンガはそれなりにおさえているし,スポーツニュースやワイドショーのチェックも怠らない(清原のへたれにはがっかりしたけどね。ま,人生それぞれ)。
 通勤ではマンガが最優先,次いで文庫,単行本だが,同時多発テロ事件以来,主な週刊誌のチェックも欠かせない。田中外相のオバサン度,狂牛病をめぐるお役人の安請合いも要チェックだ。

 週刊誌でこのところ気になるのが,「くるくる」でも何度か取り上げてきたナンシー関の消しゴム似顔版画付き1ページエッセイに生彩が欠けることだ。大食い番組のことで何週間も引っ張るなど,どうにも敵が矮小で,盛り上がりに欠けるのである。
 ナンシー関のテレビ評のポイントをどこにおくかは人さまざまだろうが,そのときどきに最も露出度が高く,端的にいえばもっともエラそうなターゲットを叩くことに意義があったのではないか。それは単にその著名人の傲慢さを指摘するためでなく,その裏返しとして,著名人をありがたがる日本人の本質を叩くことになったのではないか。
 その1ページエッセイに迫力が感じられないということは,ナンシー関がテレビ,ひいては日本人に対する興味を失いつつあることの証のような気がする。このまま低空飛行が続くのか,それとも何か違う展開が待っているのか。

 違う展開,ということなら,ナンシー関と同じ週刊文春で,同じく女性による1ページエッセイで化けたのが,中村うさぎの『ショッピングの女王』である。

 最初の1年分ばかりを文庫化した本書を読むと,もうすっかり忘れていたことだが,本エッセイはスタートした1998年5月には,「買い物依存症」の気味はあれど,ごく普通の物書きとしての中村うさぎにさまざまなものを「買い物」させ,その使い勝手を書かせるといういかにもよくある企画だったのだ。
 1回めは北欧製の人間工学に基づいた椅子,2回めはシリコン製ニセ・オッパイ,続いて痩せるボディシャンプー,魔法のシミ抜き剤……。
 自分のジュニアをかたどって作るバイブ,キティちゃん柄のトイレットペーパー,幻の味つきコンドームとときどきはビローなシモネタで笑いを取るも文体は今ひとつ勢いに欠け,はっきり言えば週刊誌のエッセイとして極上とは言いがたい。

 ところが,連載が40回を越えたあたりから,突如,女王さまは踊り始める。
 高額な買い物への非難に答えて「あたしゃねえ,破滅の道をまっしぐらに突っ走る浪費の女王様なんだよ」と宣言し,実は税金を滞納,国民健康の保険料も滞納して保険証を発行されず,むじんくんに手を出し,にもかかわらず1年で服飾費に2000万円を費やした著者の野放図な生活の実態が明らかになる。それでも著者は買いまくる。使いまくる。反省してブランドのスーツをキャンセルしに行った先で,新たな注文を重ねてしまう。カルティエの限定版腕時計を流したくないばかりに質屋に90万円の利子を払い続ける。
 最近の連載では,督促状だの自己破産だのの話題の一方で,ホストクラブの楽しさを知ってホスト君のお誕生日にドンペリで乾杯,その請求書が……といった具合。

 西原理恵子についても感じたことだが,「これが本当なら見事なもんだ,もし作り話ならモノ書きとしてアッパレだ」といった感じだろうか。
 ただ,いかんせん烏丸は高級ブランドや服飾品にはカケラの興味もない。シャネル,エルメス,ルイ・ヴィトンと言われてもマークすらすぐには思い浮かばない。服飾品やバッグなど一に機能性,ニに耐久性,三,四がなくて五にフィット感。連れ添ってちょうど10年になる家人にも日々言って聞かせている。華美,物欲,浪費などという言葉は烏丸家の辞書にはない。

 ……ところで,今PCに向かったとき,キーボードの上にティファニーのカタログが置いてあったのはなぜだろう。ディスプレイに「駅すぱあと」が立ち上がって,我が家から銀座までの路線と運賃が表示されていたのは,はたして?

先頭 表紙

いらっしゃいませ,櫻田博士さま。中村うさぎは好きか嫌いかに分類すれば好きなほうではありませんが,高級ブランドや服飾品のために借金を重ねるというのは正直言って想像もできない生き様で,水槽の中の珍しい生き物を見るような気分で読んでいます。 / 烏丸 ( 2001-11-13 01:13 )
初めまして。中村うさぎ、女殺しナントカっていう本で、壮絶な借金人生を描いていたときはおもしろかったですが、最近は妙に開き直ったり、そのくせ妙にビンボー臭いことを言ったりするようになって、どうも嫌みに感じます。 / 櫻田博士 ( 2001-11-12 16:28 )
peachさま,10年めというのは「錫婚式」だそうで,どうも言葉としては今ひとつパッとしません。30年で真珠,40年でルビー,45年でサファイア,50年で金,55年でエメラルド。ダイヤモンドまではなんと75年も頑張らないといけない。宝石業界のいらだちが見えるようです。 / 烏丸 ( 2001-11-03 00:43 )
烏丸様の奥様って、とってもチャ〜ミングな方だわ!!さり気なく、何気に欲しいモノを結婚十周年のお祝いにおねだりされているのでしょうね。さぁ〜烏丸様!!ココが男の見せ所でワ!?(結果も教えて下さいよぉ〜) / peach ( 2001-11-02 19:35 )
そのヨーヨーをびゅんびゅん飛ばしてスケバン家人。 / 烏丸 ( 2001-11-02 02:52 )
きっと奥様、ティファニーのヨーヨー(実在)をお買い求めに・・。中村うさぎさんは自らを「歪んだ精神のサンプル」と仰っているとか・・。(うろ覚え) / あやや ( 2001-10-31 23:11 )
けろりんさま,スウィートならそれはそれでよろしいんですが,ビターという説も。 / 烏丸@ビター・イズ・ビター♪ ( 2001-10-31 01:56 )
フィー子さま,中村うさぎを酒のサカナに盛り上がるには,カラスは好きも嫌いもちとかすらない,といった感じでしょうか。本書は文春の連載の「変容」のタイミングを面白くは読みましたが,これの2が出たら読むかどうかは……微妙なところです(そもそも,だいたいリアルタイムで読んでしまっているし)。 / 烏丸 ( 2001-10-31 01:55 )
んまっ、スウィート・テン・ダイアモンドなんですね。そういえばこの作品、まんがライフ誌上で4コママンガ化もされてました。絵がかわいいのでマイルドですが。 / けろりん ( 2001-10-30 02:54 )
実は中村うさぎの本って好きなもの多いんです。なんで好きなのか、どうしてこれに嫌悪感をもよおす人がいるのか、そんなことを語ると何時間でも飲めますよ。酒の肴には最高かも?です。 / フィー子 ( 2001-10-28 22:56 )
いらっしゃいませ > さえちゃん  クリスマスじゃないんです。本文の後半をご覧ください,「ちょうど10年」とかって書いてありますねぇ。はらはら。 / 烏丸 ( 2001-10-28 13:37 )
小枝さま,お久しぶり。そうですねぇ,カラスなら2000万円あったら,ご近所にマンションの部屋でも買って,本やマンガ用の倉庫としたいところです。置き場所がパンクしてる,というだけでなく,子どもの目にさらすのはまだ早いか,という本も少なくありませんし(見るな,読むなとは言わないが,親の本棚から学ぶべきものでもないかなと)。 / 烏丸 ( 2001-10-28 13:36 )
中村うさぎ、普通に生活していれば家の2軒や3軒ぐらい買えるはずなのにねぇ。印税それなりに入っているし、アメックスのプラチナカード持ってるってことは、それなりの収入があるってことなのに。不思議だわ。 / さえちゃん ( 2001-10-28 08:38 )
クリスマスプレゼントの定番ですよ(笑)>ティファニー もしかして、だんな様にプレゼントしてほしいんじゃないかなぁ。ティファニーの、あの「ティファニーブルー」は女性の憧れですから。(^^) / さえちゃん@はじめまして ( 2001-10-28 08:37 )
最近、中村うさぎの名前をよく見かけるもので、週刊誌でチェックしてしまった。まさにホストクラブでにこーりとしていた。そういう経歴の方だったんですか。びっくり。ああ、でも2000万もあったら、服飾費なんかにしないで舞台観まくるわ。 / koeda ( 2001-10-28 03:32 )

2001-10-24 イチローもすごいが上には上の 『野球術(上・下)』 ジョージ・F・ウィル,芝山幹郎 訳 / 文春文庫


【全力をふるい,頭を使ってする野球。それがわれわれのスタイルだ。】

 神宮球場に移っての日本シリーズ第3戦はヤクルトが圧勝。「ヤクルトと近鉄なら,どちらが勝っても楽しい日本シリーズ」などと丹前の襟を緩めていながらこの悔しさ,やはり烏丸は野武士パ・リーグ党なのであった。
 それにしても第2戦の,低めをすくい上げた中村のバットの鞭のようなしなり,そしてフォークをハードヒットしたローズのバットのフラットな軌跡は夢のように美しかった。見事だった。願わくば7戦まで,それも華のある打ち合いを繰り広げてほしいものだと思う。

 一方,佐々木,イチローの所属するシアトル・マリナーズはニューヨーク・ヤンキースに敗れ,ワールドシリーズへの進出はならなかった。残念だけど,まあいい。初年度からなにもかも実現してしまうこともあるまい。 > イチロー
 それにしても,なんでそこまで強い。 > ヤンキース

 さて,ワールドシリーズにそなえて,というわけではないが最近ショルダーバッグのポケットに常備してほかの本の合間に少しずつ読んでいたのが表題の『野球術』である。

 1990年に書かれた本書は,メジャーリーグの現場を4つのカテゴリーに分け,それぞれを代表する監督,選手について,時間をかけたインタビューと詳細な記録をもとに徹底的に語り尽くしたものだ。
 4つのカテゴリーとフューチャーされた監督,選手は,それぞれ
   監督術 トニー・ラルーサ
   投球術 オレル・ハーシュハイザー(以上,上巻)
   打撃術 トニー・グウィン(以下,下巻)
   守備術 カル・リプケン
といった面々。もちろん,歴史上の名選手から現役の若手まで,これ以外のさまざまな選手についての逸話や記録も随所に挿入されている。スポーツ読み物というより,独自の史観に基づいた思想書のおもむきすらある。
 もちろん,10年前の著述だけに,取り上げられた選手たちの中にはすでに全盛期を過ぎた者,引退した者も少なくない。だが,本書に記された内容は,単にある時期のある選手を讃えるだけでなく,一流選手としてファンの前で輝くには,その背後でいかなる工夫と訓練と,そして築き上げた技術を維持するための努力が重ねられてきたかを示すものだ。
 だからこそ,たかが白いボールを投げて,打って,走って,捕ってというプレイが,あれほどにも魅力的なのだろう。

 著者はただ力まかせの投球,打撃というものを嫌う。いかに頭脳を働かせ,その考えをもとに体を動かすか……本書に登場する監督,選手の多くはあたかも哲学者のように語り,ふるまう。
 そして,技術は単に頭と筋肉だけに宿るのではない。たとえば著者は「天性のアスリート」という神話を否定する。間違っているだけでなく,有害だというのだ。「この神話は,すぐれた選手たちの切磋琢磨を尊重していない。しかも,スポーツに人格が関与する度合を低く見積もっている」。
 そして著者は,輝かしい実績を残した選手たちがいかに怪我や肉体の疲弊を乗り越えてプレイしてきたかを紹介する。その限りでは,本書の野球観は日本プロ野球に負けず劣らず精神論的だ。いや,トニー・グウィンの淡々とした打撃観がこの1年のイチローの訥々としたインタビューに似ていることは驚くほどだ。
 結局,メジャーだろうが日本プロ野球だろうが,一流とそうでない者がいる,それだけのことなのかもしれない。

 ただ……。
 お奨めの本書ではあるが,読んでいて何度も違和感にくすぐったいような思いをしたのは,論理的で諧謔に満ちた本文がいかにもスポーツジャーナリスティックな「である調」なのに対し,インタビューを受けた選手たちの解答がいかにも生真面目な「ですます調」だったことだ。大学を出たばかりのルーキーならいざしらず,59イニング連続無失点のハーシュハイザーが「あのボール,カーブを投げるときにはあまりよくなかったんです」,首位打者獲得8回,通算3000本安打以上のトニー・グウィンが「待てば,三盗のチャンスも出てくるわけですから」,さらにはあのカル・リプケン・ジュニアが「あのころウチの外野陣は足が遅くて,フライに追いつくことさえできなかったんです」……そりゃないだろう。
 やはりメジャーリーガーたるもの,「ヒットを打たれない秘訣? 簡単さ,バッターが球場にたどり着く前にさっさとキャッチャーのミットに投げ込めばいいんだ。ピッツバーグでは奴はいつもそうしてたぜ」とか,そんな口調であってほしいと思うのだが。これってアンクル・トムに「おねげえでございますだ旦那さま」と喋らせてしまうのと同じ一種の差別なのだろうか。

先頭 表紙

いや,実際はテレビのインタビューなど思い起こせば,プロ野球やJリーグの選手は,通常「ですます」調でインタビューに答えているのです(ワイドショー的なものを除いて)。清原だって,「わし」とは言ってない。本書の訳者は,従来のメジャーリーガーの翻訳口調,「だから俺はやつに言ってやったのさ」的な,あちらのほうがおかしい,と考えたのかもしれません。それにしても,違和感ありまくり〜。 / 烏丸 ( 2001-10-26 10:02 )
訳者というか、出版社に偏見があるのかな?ヤクルト決まってしまいましたね。ほんとに原文を見ないとわかりません。興味のある本がいっぱいあるなあ、時間がないなあが僕の今の心境です。 / ガス欠コイン ( 2001-10-25 23:29 )
面白そうな本ですね!考えて練習して、そして維持する、という部分の話にとても興味があります。考えることを煮詰めていくと思想書のようになるのはなんでも同じかもしれませんね。語尾の部分は翻訳書にありがちな問題なんですかねえ? / フィー子 ( 2001-10-25 22:24 )
本書で主に扱われている1988年,1989年というと,日本では西武-中日,巨人-近鉄が優勝,高沢,ブーマー,正田,クロマティが首位打者,門田,ブライアント,ポンセ,パリッシュがホームラン王,松浦・渡辺・西崎,阿波野,小野・伊藤,西本・斎藤が最多勝,といった時代ですね。イチローや松井はまだ高校生か中学生? / 烏丸 ( 2001-10-25 02:10 )

2001-10-21 郵便配達人は二度とベルを鳴らさない 『テロリズムとは何か』 佐渡龍己 / 文春新書


【テロリズムは心の戦争である。】

 アメリカで炭疽菌による「恐怖」が広がっている。従来,テロリストさえ使用を尻込みしたと言われる生物化学兵器(BioChemical兵器,BC兵器)が無差別に使われてしまったことで,テロリズムは新しい局面を迎えた。
 いうなれば,人類は踏んではならない蛇を踏んでしまったのだ。

 炭疽菌の投函者が,先月の同時多発テロ事件と直接関係あるか否かはわからない。犯人は特定できないかもしれないし,逮捕,処罰されるかもしれない。問題は堰が切れてしまったことだ。
 今後は放射性物質の散布,スーツケース大の核爆弾の使用等も考慮しておくべきだろう。

 ソビエト連邦の終焉とともに訪れた冷戦の終わりは,平和ではなく,市場主義を中心としたグローバリズムとそれに対する一部の勢力による新しい紛争の時代の始まりにすぎなかった。それが,強大な軍事力と経済力を誇るアメリカに対するテロの形で現れるのは,後から考えて見ればしごく当然のことだった。
 世界貿易センタービルが二度に渡ってテロの標的とされたのはなぜか。それが市場主義とグローバリズムの象徴だったからだ。その意味で「罪のない一般市民が犠牲になった」という表現は必ずしも正確でない。あのビルに働く人々の大半は,直接的,間接的にアメリカの政策を政治,経済的に支持,支援した,テロリストたちの「敵」だったのだから。
 アメリカの同盟国である日本もまた同様である。アフガニスタンへの攻撃を支援して,反撃を受けないと想像するほうがおかしい。

 戦争とは,戦闘によって相手を屈服させ,こちらの意思を通すことである。だから,戦争には勝者,敗者はあっても善悪はない。
 テロリズムは弱者による戦争の手段である。それがすなわち悪であるかのような言い方は本来正しくない。たとえば,アメリカは紛れもないテロ国家たるイスラエルの建国を支援し,その後も援助を続けている。ゲリラ組織としてのアル・カイダを育成し,アフガニスタンに放ったのはアメリカである。
 結局のところアメリカがアル・カイダと敵対するのは,彼らがテロ組織だから,ではない。彼らがいまやアメリカと政治的,経済的,思想的に敵対しているためである。アメリカがアフガニスタンを空爆するのは,彼らが正しいからではない。それが彼らの戦闘様式の1つだからである。

 『テロリズムとは何か』は防衛大出身でリスク・マネジメントおよび危機管理を専門とする著者がテロ活動が活発なスリランカで実際に生活した経験をもとに,テロリズムの意味,歴史を問い,いかにしてその脅威から逃れるかを論じたものである。
 代数,幾何の解答例を思わせるような明快な文章が特徴で,公理,定理から論旨を積み重ねるその論調は人の恐怖や生き死にかかわる話題を扱っているとは思えないほどだ。たとえば,次のような一節。

「第1のパターンは,成功する可能性は極めて低い。それにもかかわらず,このパターンを行うテロ組織が多いのは,民衆の蜂起という理想を追い求めるためである。しかし歴史的にみて,民衆は蜂起しない。フランス革命の民衆の蜂起は,テロに刺激されて民衆が蜂起したのではなく,蜂起した民衆がテロリズムを行なったのである。」

 発行は昨年の9月,つまりアメリカ同時多発テロ事件のちょうど1年前。在ペルー日本大使公邸占拠事件,キルギス拉致事件を基点に,日本人のテロリズムへの意識,対応の甘さを問題としている。その結果,アメリカ同時多発テロ事件を見事に予測した側面と,予測しきれなかった側面とを併せもつ。前者については,注意を要する主なテロ組織としてイスラム過激派をあげ,表中にタリバーンやウサマ・ビン・ラディンの名前を記したこと,後者については
・数センチメートルのナイフで民間航空機をハイジャックし,乗客もろとも自爆テロに用いる
・郵便物に炭疽菌を仕込み,主な施設やマスコミ宛てに送りつける
という戦術にまで推測できてないことがあげられる。それは当然で,これらは革命的な戦術であり,是非を別にすれば発案者のテロセンスを天才的と絶賛したいほどだ。

 いずれにせよ,ディスプレイ上の戦略シミュレーションゲームでない以上,アメリカのターン,テロリストのターン,というルールがあるわけではない。アメリカは空爆と地上戦を繰り広げ,テロリストはアメリカおよびその同盟国の国民にしばらく「恐怖」をもたらし続けるだろう。

 やっかいなのは,テロリズムはその構造上,「終戦」というスイッチを持たないことだ。
 いずれ,日本でも大きな事件が起こるかもしれない。子どもが3人いたら,そのうち1人が天寿をまっとうできて幸い,という時代がくるかもしれない。50有余年平和にひたれたことがすでに僥倖に近いのだ。そのことにひとまず感謝の意を表したい。
 そして,封筒の中でさらさらと揺れる死と戦争の音に耳を澄ませよう。それは,もうすぐそばまで届いているのかもしれない。

先頭 表紙

できれば,誰かに理路整然と否定してほしいと思います。「なんだ悪い夢だったのか」でもよい。しかし,残念ながら今のところそうはならないようです。昨日,家に,差出人の名前のない封筒が届き,家族ともどもとても不快な思いをしました。応募した覚えのない雑誌の,「あなたはキャンペーンに当選しました」の類でしたが……。東銀座駅の白い粉で電車のダイヤも乱れたし。すでに,日常は翳っているような。 / 烏丸 ( 2001-10-26 09:59 )
あなたの言うことを否定してみたいのですが、僕もそれが現実だと思います。日本という国は、事が起こらない限り、相変わらずノホホンとしていることでしょう。TAKEが言うように、テロリストはもはや今まで定義されてきたテロリストではなくなったと思います。あなたの言う通り、彼らにとって終焉はない。 / ガス欠コイン ( 2001-10-25 23:43 )
TAKEさま,煮詰まったあげくの核使用(原発攻撃含む)を,カラスは強く危惧しています。アメリカが使うか,テロリストが使うかはわかりませんが……。 / 烏丸 ( 2001-10-25 02:16 )
痛い話ですが、おっしゃられる通りだと思います。型破りなテロリストに対して、前世紀的な反撃。そんな図式に違和感と不安を感じてしまう今日この頃です。 / TAKE ( 2001-10-25 00:59 )
アフガニスタンにパキスタン側から不法入国した日本人男性(ジャーナリストと自称)がタリバンに拘束されたもよう。不肖宮嶋? / 烏丸@出先から ( 2001-10-23 12:18 )
peachさま,一見,反アメリカ,親テロリストな書き方になっているとおもいますが,それは世評が反テロリスト,親アメリカで語られることが多いためです。カラスは,戦争に善玉も悪玉もあるもんか,と考えます。テロリストとアメリカの違いは戦闘の手法であるとしか思えません。 / 烏丸 ( 2001-10-23 03:01 )
うぅ〜んって、噛み締めながら読んでしまいました。。。 / peach ( 2001-10-22 19:08 )
ごく皮相なことを言うなら,これで世界的に郵便は衰退し,電子メールによるやり取りがさらに広まるだろう。ああまたスパムメールが増える……。 / 烏丸 ( 2001-10-21 02:07 )

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