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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2001-08-29 [異説] 野球こそ個人主義な球技である
2001-08-26 クトゥルー神話と隣のお姉さんへのノスタルジーのへろへろな結合 『栞と紙魚子と 夜の魚』 諸星大二郎 / 朝日ソノラマ
2001-08-24 知能犯志望者は必携? 『文書鑑定人 事件ファイル』 吉田公一 / 新潮OH!文庫
2001-08-23 タイトルには文句ないのになぁ 『美奈子さんの世界征服ファイル』 千葉秀作 / ワニブックス
2001-08-19 消えたマンガ家 その七 『君を待つ千夜』 笈川かおる / 秋田書店Candle Comics
2001-08-17 科学戦隊トクレンジャー 『ST 警視庁科学特捜班』 今野 敏 / 講談社文庫
2001-08-15 3匹めのどぜう 『超・殺人事件 推理作家の苦悩』 東野圭吾 / 新潮エンターテインメント倶楽部
2001-08-13 科学者も人の子 『科学史の事件簿』 「科学朝日」編 / 朝日選書
2001-08-09 [鎮魂] 原爆の日によせて 『いしぶみ』 ポプラ社文庫,『チョウのいる丘』 那須田稔 / 講談社青い鳥文庫
2001-08-08 [雑談] アルバムのお遊びあれこれ


2001-08-29 [異説] 野球こそ個人主義な球技である


 こすもぽたりん氏の「銀座ガスライト書店」がここしばらく野球の話題で熱い。ガルシアパー太氏の「BOSOX日記」がこれまたこゆい。

 ところで,ロバート・ホワイティングの『和をもって日本となす』やボブ・ホーナー(元ヤクルト)の「地球の裏側に別のベースボールがあった」という言葉が物語るように,日本野球は,チームへの滅私奉公が絶対優先すると指摘されることが多い。そして,それが日本野球のつまらなさであると。

 確かに欧米人から見れば,日本野球はチーム重視に見えるかもしれない。しかし,ここでは異議をとなえてみよう。本当にそうなのだろうか?

 たとえば日本野球史上最高のスター,長嶋,王は,はたして本当にフォア・ザ・チームな存在だったろうか? 彼らこそは誰よりも初回の送りバントやランナーを進める流し打ちから解き放たれた存在だったではないか。
 ピッチャーはどうか。金田,村山,江夏,堀内,鈴木,東尾,江川。ざっと見渡しても,ぎらぎらとキャラの立った輩ばかりではないか。

 実際,あらゆる集団球技の中で,野球ほど個人のプレイが優先されるゲームはない。
 ピッチャーがストレートでバッターをなで切るとき,実は内野手も外野手も必要ない。バッターがスタンドに打球を叩き込むとき,チームの残り8人はどこにいても関係ない。内野手がゴロに横っ飛びに飛びつく瞬間,そのプレイは彼一人の責任だし,ノーステップでそれをファーストに投げ終わった後はもう彼の知ったことではない。
 バックアップ,フォア・ザ・チームの大切さを強調する向きもあるだろうが,それらは勝率を高める要素であってプレイの絶対条件ではない。1個のボールにからむ敵味方2人さえいれば成り立つ,それが野球なのである。

 つまり,こういうことだ。
 組織に埋没してきたきたはずの日本人が,幕末の開国,明治の文明開化,昭和の民主主義という歴史の中で自らがなかなか成し遂げられぬ「個人主義への夢」をゆだねたものこそプロ野球や大相撲という個人競技だったのではないか。地域や会社,家族というがんじがらめの組織の中で,湯上がりのビールと枝豆を前に身勝手な開放を夢見る,それがプロ野球や大相撲の意味だったのではないか。

 実際,管理野球をうたわれた讀賣ジャイアンツの全盛期より,昨今の各チームのほうがよほどバントが多い。犠打の記録は,最近になって何度も更新されている。プロ野球にはかつては野武士,要するに身勝手な個人主義者がうようよいたのであり,それこそがプロの魅力だったのだ。
 託すべき夢の枯れた今,プロ野球はただ勝ち数を競うつまらない1競技になり下がった。もはやオリンピックや日本人の参加したメジャーリーグのほうがナショナリズムという付加価値があるだけ,よほど楽しめる。地域ナショナリズムが発揚する高校野球のほうがまだしも面白い。
 「午後8時の男」なるつまらぬクイズや,他番組の出演者を呼んで騒がせるテレビ局の発想は,だから必ずしも間違いではない。欠けているのは付加価値なのだから。間違っているのは,発想ではなく,その付加価値の中身なのである(うざいからやめてほしい。 > 日テレ)。

 自由が夢でしかなかった団塊の世代までは,選択の余地なく切実な野球ファンたらざるを得なかった。「会社ぁ? 家族ぅ? いいじゃんそんなの」とのびのび口にできるようになった若い世代は,まっすぐな目でサッカーの組織プレーを評価,賛美できるようになった。水泳,陸上,F1,いずれも楽しい。
 それでいい。それがいい。広い選択肢の中からそのときどきに自由に選べるということは,それだけで幸福なことなのだから。

先頭 表紙

いやまったく,ファンが見たいのはトラやライオンやオオカミであって,子犬の芸ではないんですが……。たまたまですが,今日発売の週刊文春の元西鉄・豊田氏の対談記事が,かつてプロ野球には個性的な選手がいっぱいいたのに,巨人がドジャース戦法を持ち込んで(しかもたまたまそれで勝ち続けてしまったため)おかしくなった,ということを取り上げています。 / 烏丸 ( 2001-08-31 02:02 )
感動しました、僕はタイガースファンで、江夏がノーヒットノーランを続けていたドラゴンズ戦、延長10回に自らサヨナラホームランを打ったのをよく覚えています。超個人主義が野球を面白くしていた時代、例えば、王が流し打ちする時、それはスランプがひどく、自らの力で立ち直りのきっかけを掴みたかった時だと思います。だって王がもっとヒットを稼ごうと思えば、5回に1回ぐらい流し打ちすれば、簡単に王シフトの裏を取れたのですから。ただ、極端なジャイアンツ時代が、今の現実をもたらしたのも事実だと感じます。 / ガス欠コイン ( 2001-08-31 01:10 )
未だにギャグになるのが長嶋の口ぐせばかり,というのはなんとも。 / 烏丸 ( 2001-08-30 02:01 )
最近の日本プロ野球のつまらないもう1つの原因は,ピッチャーもバッターも,フォームに特徴がなくて形態模写ができないことだと思います。両・松井,松坂,清原……モノマネが宴会芸になる選手がエースや4番にぜんぜん見当たらない。珍しくフォームが変則だった野茂もイチローもアメリカに行ってしまったし。 / 烏丸 ( 2001-08-30 02:00 )
いつもながら、深いですね。身勝手な奴もいれば、職人的なプレーヤーもいるという多様さが無くなったことが、つまらなくなった最大の原因では無いかと。勝つこと『だけ』を追求するのも、ひとつの美学ですしね。といいながら、まやひこは野球を全然見ません(笑) / まやひこ ( 2001-08-29 23:33 )

2001-08-26 クトゥルー神話と隣のお姉さんへのノスタルジーのへろへろな結合 『栞と紙魚子と 夜の魚』 諸星大二郎 / 朝日ソノラマ


【あなたたち 二人とも 死んでるのよ】

 「ネムキ(眠れぬ夜の奇妙な話)」に連載されていた『栞と紙魚子』シリーズが終わってしまった。この「終わってしまった」のあたりにソコハカトナイ詠嘆のニュアンスを読み取っていただけると嬉しい。諸星大二郎にはほかに長いのや重いのや暗いのがいっぱいあるが,実はこの『栞と紙魚子』が一番のお気に入りだったからだ。

 雑誌「ネムキ」ならびに前作『栞と紙魚子 殺戮詩集』については,ケロロ軍曹(現在は体液,もとい退役してプラックゲマゲマ団と名乗っておられるようだ)のこちらを参照いただきたい。胃の頭町を舞台に,ごく普通の(そうか?)女子高生である栞と紙魚子が次々と摩訶不思議な事件に遭遇する,という短編集である。

 日常の中に異界がはまり込み,主人公たちがそれに巻き込まれること,アクロバティックな事態にも主人公たちの生命に危険はなさそうに見えること,巻き込まれるのは実は主人公たちにもそれなりに理由があること,こう見ると坂田靖子の『浸透圧』ほかに似ているようにも思われる(無事に戻ったこちら側の世界に異界の断片や小生物が散見するあたりも似ている)。
 ただ,ライトなセンス,言い換えれば「すり抜け方」に特徴のある坂田靖子と違い,諸星大二郎の本領はなんといっても『暗黒神話』や『稗田礼二郎のフィールド・ノート』など古代神話をダイナミックにこね合わせた黒っぽい伝奇&ホラーである。そのためパロディッシュな『栞と紙魚子』シリーズも個々の事件にクトゥルー神話体系や……おっと,今回はそういう方面ではなく,本シリーズ,というより主人公の栞がなぜ好もしいかについて考えてみようと思ったのだった。

 諸星作品には女性ももちろん登場するが,ハリウッド映画や少女マンガにおけるようなヒロインはほとんどいない。どちらかといえばバケモノが多いし,被害者側であっても霊能者であったり,おどろおどろしく描かれることが少なくない。
 ところが,栞にはそういった気配はほとんどない。もちろん,怪奇に巻き込まれても平然としていたり,生首が落ちていたら拾ってペットにするなど,素っ頓狂な面もあるにはあるのだが,胃の頭町ではそれが日常なのであり,平凡な女子高生として描かれていることは間違いない。逆に,スタイルがよいとかファッショナブルであるとかエロティックであるとか,そういった要素は一切ない。

 少々無理押しだが,栞の魅力は,少年の目から見た年上の少女の魅力の類ではないだろうか。無造作なロングヘア,冬はセーターにコート,夏はノースリーブ。胴長ずん胴の日本的体系で通学や散歩や部屋飾りに明け暮れる彼女は実に「隣のお姉さん」「従姉のお姉さん」的だ。
 作者がそのあたりどのように意識しているかはもちろんわからない。ただ,今回全4冊を読み返して,少なくとも同年代の恋愛の対象,あるいは年下の可愛い娘,さらには自分自身の娘として描いた印象は得られなかった。栞たちは作者からみればずいぶん年下のはずだが,にもかかわらず「よくわからない大人」として描かれているように思う。胃の頭町とは,子供の目から見た「大人の世界」の得体の知れなさの代替ではないか。

 現実の女子高生に「お姉さん」として憧憬の念を向けることはもはやあり得ない,だからこそ栞には恋愛未満の甘酸っぱいノスタルジーがこめられることになる。
 これ以上連載が続くと,栞や紙魚子はふくよかな大人の女になってしまう,そんな予感もする。だから作者は連載を終わらせたのだ,というのはさすがにうがちすぎだろうか。

先頭 表紙

アイラーの演奏した「ビレッジ・バンガード」にはあらず。。。 / しっぽな ( 2001-08-28 15:00 )
そうです。。。私は未入手の「大王」買いました。普通の近くの書店にはもう無くなっていて・・・!! / しっぽな ( 2001-08-28 00:56 )
あ、黒天狗じゃなかった。黒は余計、すみません。ちなみに「登場人物?に、烏あり」です。 / けろりん ( 2001-08-27 23:21 )
黒天狗続情報>私も吉祥寺のヴィレッジヴァンガードで平積みされているのを発見!渋谷のTSUTAYAでも見ました。青山ブックセンターあたりにもありそう。サブカルチャー系が強い書店が狙い目かも。 / けろりん ( 2001-08-27 23:17 )
しっぽなさま,ご連絡ありがとうございます。ところで,ビレッジバンガードとは,本屋さんの……? / 烏丸 ( 2001-08-27 21:45 )
まやひこさま,表題作の「夜の魚」には,泥人形ではなく海藻のような人間もどきも登場します。へろへろへろ。 / 烏丸 ( 2001-08-27 21:36 )
至急連絡!!例の本、4巻とも「ビレッジバンガード」に入っているのを発見!!!まだご入手でなければどうぞご確認を!! / しっぽな ( 2001-08-27 16:31 )
諸星大二郎の描く人間って、泥人形みたいな雰囲気があるんですよね。 / まやひこ ( 2001-08-27 01:34 )
ラヴクラフトは好きなんですが,クトゥルー全体となるとちょっと……かじってさえなくて,遠くからながめた,程度です。知人にはそのスジの本を発表したのまでおりますが……正直,その方面はついていけません……。 / 烏丸 ( 2001-08-27 01:32 )
真ク・リトル・リトル・・・濃ゆいですなぁ。学生時代から何となく気になってはいましたが、オドロオドロしい先輩が熱く語っている様子を見たら腰が引けちゃって(笑)。勇気をだして読んでおけばよかったかも。今さら国書刊行会の分厚い10冊に挑戦するのは・・・ / 根性ナシにはちょっと・・・ ( 2001-08-26 07:39 )

2001-08-24 知能犯志望者は必携? 『文書鑑定人 事件ファイル』 吉田公一 / 新潮OH!文庫


【犯人は,犯行現場に名刺代わりの誤字を置いていった】

 (昨日の続き)かくしてセクシャルハラスメント防止条例違反の疑いで訴えられた烏丸三郎(44歳,仮名)であるが,容疑に対して「それは自分が書いたものではない」と言い張ったものであった。

 ……といった場合,インターネット上の書き込みなら問題になるのはパスワードの管理やその書き込みがなされた際のアクセスログ等であるが,書面,すなわち手紙や契約書の直筆文書であった場合,筆跡や印章の真贋が問題となる。科学警察研究所出身で,これら筆跡,印章,印字,印刷物,複製文書,不明文字等の文書鑑定に長年従事した著者がさまざまな経験を文庫に書き下ろしたものが本書である。
 実に面白い。

 たとえば,一家の主人が亡くなり,未亡人(後妻)がすべての財産を自分に残すと書き記した遺言書を持ち出す。実子がその内容を疑問に思い,弁護士を通じて鑑定に持ち込まれる。ところが,故人は,常日ごろ自分の名前の「隆行」の「隆」の字を,「生」の上に「一」を加えた旧字体,息子の「隆夫」は新字体で書き分けていたにもかかわらず,その遺言書では自分の名前も含めすべて新字体で書かれている。また,故人の手紙と比べ,「産・富・田」の文字も書き順や「産」の字の上部が「メ」となっていない点などが異なる。そして逆に,「遺言書」の「遺」の第三画の欠損など,未亡人の筆跡と似た点が多々見られ……。

 100,000円の領収書の「1」に加筆して「4」としたものを赤外線画像で見破る話,小切手の数字部分を凹むまで削り,そこに別の数字が印刷された紙の裏側を削ったものを張り込んだ例,さらには日本赤軍の菊村憂や大韓航空機爆破事件の蜂谷真由美(金賢姫)の偽造旅券の鑑定,返す刀で(真保裕一『奪取』でとことん詳しく扱われている)贋札のテクニックなど,文書鑑定に関する話題は多岐に上り,それぞれ読み応えがある。

 手間ヒマかけた高度な偽造から,逆にすぐバレそうな言い訳や情けない書き損じまで(「死体」を「死休」,「反省」を「反生」と書くなど),偽造,偽証する側のレベルもさまざまだが,逆に読んでいて不安になるのが,どうも実際の裁判の現場でとんちんかんな鑑定が提出されることも決して少なくなさそうなことである。
 コピーをもとに鑑定しているのに筆圧やいつ書かれたかまで言明している鑑定,同じくコピーをもとにしながら「黒色のペンで書かれている」と言ってのける鑑定,「鳥」の第七画の最後をはねているのを筆跡の特徴とする鑑定,さらには鑑定のノウハウもないのに引き受ける大学教授などなど。著者にすれば「とほほ」な例,反面教師として挙げているつもりかもしれないが,読むほうにしてみれば「実際の裁判でそんな鑑定がまかり通っているのか」と不安になってしまうこと請け合いだ。実際,著者がクロと鑑定したものに対し,弁護側の鑑定ではシロという例が,この1冊の中でも2か所や3か所ではない。
 真実は常に1つ,ただし落ちているのは藪の中,といったところか。

 というわけで,偽造,贋札作りに走るなら必ず先に目を通しておきたい1冊である。くれぐれも「征服」と「制服」を書き間違えたりしないように。

先頭 表紙

ところで,今日発売のヤングアニマル(白泉社)を読んでいたら(相変わらずあちこち女性のすっぽんぽんだらけで,電車の中では読みにくい雑誌だ。しかも「ベルセルク」また休載だし),なんと,次号(18号,9/14発売)に『不肖!宮嶋』(画:笠原倫)だって。「あの雑誌がなくなっても YAがあればダイジョーブ!」のキャッチがちょっと笑える。 / 烏丸 ( 2001-08-24 12:29 )
本書によると,警察庁刑事局指紋センターの犯歴票によると,偽名の70%には本名と同じ文字が使われているそうです……と本文を読み返して……あう。 / 烏丸 ( 2001-08-24 03:10 )
字体といえば,この著者の名前の,下のほうが長い「吉」がコンピュータのフォントにないのは困ったものだと思います。「吉野家」も確かそうですよね。 / 烏丸 ( 2001-08-24 03:03 )

2001-08-23 タイトルには文句ないのになぁ 『美奈子さんの世界征服ファイル』 千葉秀作 / ワニブックス


【美奈子 じょおーさまがいいっ!】

 2001年8月某日。私(コードネーム:闇夜のカラス)のもとに,本部から極秘の資料が送られてきた。
 南半球で進行する不穏な動向についての調査ファイルである。オンライン書店からの荷物を装った資料は宅急便の配達員のユニフォームで身をかためた若いエージェントによってもたらされた。合言葉はいつものように「ハンコお願いします」に対し「えーと,ここにかな。はーっ,ポン」である。間違っても「ハンコが見当たらないんでサインでいいですか」などと口にしてはいけない。国際紛争のもとだ。
 通りがかったご近所の婆さま(おそらく某国のスパイだろう)にひとしきり台風の話などしてエージェントとのやり取りを怪しまれなかったことを確認したうえで,私はごく普通の民家に見せかけたアジトの通信室に戻り,ディスプレイの前で慎重に荷物を開いた。そして思わず声を上げた。

 「ちゅ,注文してよかったー。この表紙は,本屋ではちょっと……」

 世界的原子物理学者・好妙寺十蔵は自ら発案した反陽子融合論に基づいた反陽子爆弾によって世界制服を計画する。
 志なかばで教授が亡くなり,その娘・美奈子は教授の弟子,北海工業大学の工藤助教授を訪ね,父のささやかな夢を実現したいと願う。しかし,ああしてこうしてこうなって,工藤は美奈子の持ち込んだ超小型反陽子爆弾(表紙の美奈子がくわえている小魚みたいなやつ)をうっかり飲み込んでしまう……。

 と,あらすじを紹介したからってどーなるのだとふてくされたくなるようなB級ドタバタ艶笑コメディ。表紙がこれだからといって,とくにエロマンガというわけではない。少年マガジンの『ラブひな』(赤松健)あたりと考えれば,当たらずとも遠からずといったところだろうか。『ラブひな』読んでないけど。
 あとはだいたいあらすじと表紙からの想像の範囲内で,主人公・美奈子は素直な性格で人を疑うことを知らず,素朴な思い込みから再三事態をややこしくする。工藤は人並みの常識を持ち合わせた青年だが,中途半端な正義感と不器用さゆえ事態を余計にややこしくする。そこに事態を重くみた国際警察機構のサラ=ハミルトン刑事とやらが現れて当然事態をさらにややこしくし,死んだはずの好妙寺教授ももちろん復活して事態を果てしなくややこしくする。

 というわけで……ああっ,もう書くことがない。SF論持ち出すほどのものでもないしなぁ。
 結論としては,えー,まー,つまりその。こういった絵柄の,こういったドタバタギャグマンガが好きな方にはオススメ。ギャグといっても……たとえばハミルトン刑事がドアを蹴破って登場し,銃を構えて「さあっもう一人はどこ!?」というシーンで,「もう一人」の工藤はドアの下敷きになっているとか,その程度のものなのだが。

 一番興味深かったのは,あとがきによると,作者の副業はミシンでプロレスのマスクを作ることらしい点だ。そのあたりを詳しく書いてもらったほうが作品そのものよりよほど面白くなりそうなのに,と考えてしまうのはプロのマンガ家に対して失礼なことだろうか(答え:失礼に決まってます)。

 ともかく,南半球は今冬のはずで,美奈子さん,世界制服もよいけれど,そんなかっこうして風邪などひきませんように(完全ニ何カ勘違イシテルラシイ烏丸)。

先頭 表紙

こりゃまずい……どっちもチェックから漏れているのであります。前者は連載中に,ときどき目は通していましたが……。 / 烏丸 ( 2001-08-24 17:15 )
古い人は『悪魔の花嫁』、新しい人は『セーラームーン』ですよ。 / こすもぽたりん ( 2001-08-24 14:19 )
それはともかく,その,麗しの大和撫子(ヤマトタケルノミコトという説も)をしばらく見かけません。おや,旅行カバンもない……。 / おーい家人,本は少し整理したよう… 烏丸 ( 2001-08-24 12:24 )
あれ?きつい書き方になっちゃいました? 真剣に怒っているわけではありませんので、どうぞご心配なく(笑)。これからも楽しい書評をお続けくださいね。 / 美奈子 ( 2001-08-24 05:32 )
……その完結しないビーナスって,何でしたっけ。検索してもわからない。ぽたさま,あややさまの書き込みを総復習か……うう,3時過ぎてる……。 / 烏丸 ( 2001-08-24 03:07 )
うーん,ムカつかれてしまいました。そりゃそうですね,すみません。でも,怒るなら烏丸4,作者とワニブックス6くらいにしてほしい……。 / 烏丸 ( 2001-08-24 03:04 )
美奈子さんあなどるべからず・・。ぽたりん氏のツッコミで思い出しましたが、あれは完結しないのでしょうか。ビーナスは黄泉の国で、もうとっくに腐っているような気がしますが・・。 / あやや ( 2001-08-24 00:40 )
JAI様:スタイルほめて下さって?ありがとう〜!でもね〜本物はもっと「ボン・キュッ・パッ」すごいんだから〜!(←見えないから言いたい放題)   ひよりん様:軍服以外は着たことある。なぜか前にもマニアに勧められた・・・妙だな?本物はこんなに優しくてか弱いのに   烏丸奥様:僭越ながら申し上げますが、麗しの大和撫子も時には厳しく夫を教育されることが肝要かと存じます・・・!   烏丸氏:覚えてな。 / ムカついたよ ( 2001-08-23 22:07 )
美奈子と書いてビーナスと読むというどこかで聞いたようなオチは含まれますか? / こすも百鬼夜行 ( 2001-08-23 19:51 )
あ,ちゃんと素敵な下穿きをば,身に着けておられましたですね。よかったよかった。このカラスめも一安心でござる。 / なに書いてんだか 烏丸 ( 2001-08-23 16:33 )
ところでこの素敵な表紙ですが,添付画像の下半分弱,つまり黒い色のバーから下は帯と申しますかいわゆる腰巻(なんか文字通りだな)なのであります。そして,その腰巻をば取り去ったならば,取り去ったならば,表紙の美奈子さまはなんと……。 / 烏丸 ( 2001-08-23 16:31 )
> 世界制服の方もあるんですねぇ  あ,いえいえ,ありません,そういうギャグを書こうとしたが,うまくオチないので削除した,という程度のお話でございます。 / 烏丸 ( 2001-08-23 14:46 )
おっと、その頃あちきはブラックゲーマーズでぷちこの貯金箱を買っていたかも。接近遭遇ですなあ(そんなに近くないか…)。 / こすもほっけみりん ( 2001-08-23 14:25 )
そうですかあ、世界制服の方もあるんですねぇ、ふむぅ。本家美奈子さんは、イメージ的にやはり軍服ですかねえ。 / こすもひよりん ( 2001-08-23 14:24 )
ぽたりんさま。本文ではウケを狙ってオンラインで注文したことにしておりますが,実は台風11号の雨の中,秋葉原の書泉ブックタワー8Fで直接購入した烏丸でありました。店頭での恥ずかしさと,自宅に届いた荷物をうっかり開けたときの家人の白い目とを天秤にかけると……。 / あっ,でもここ見られたらいっしょじゃん ( 2001-08-23 12:29 )
言い訳。もともと本文に「今回は白衣だが,このあとスチュワーデス,セーラー服,軍服などなど,美奈子さんの世界制服ファイル……」という内容の一節が最初はあったのです。たぶん,そのときの変換候補が残っていたのよ〜。 / 烏丸 ( 2001-08-23 12:24 )
……あ,あ。ああーっ。しまたーっ。タイトル部の変換ミスはいくらなんでもまずいので,修正いたしました。その分本文のほうを「制服」にしたので,あ,じょおーさまっ,お,お許しをっ。 / ナンカ嬉シソウダゾ 烏丸 ( 2001-08-23 12:21 )
加藤あいのフィギュア付き写真集を平気で買った私でも、この本はなかなかレジに持っていきづらいものがありますなあ。タイトルは抜群ですなあ。 / こすもぽたりん ( 2001-08-23 11:00 )
制服と征服かけてるのかとおもった。変換ミスなんですね(笑)。美奈子さんスタイルイイー♪ / JAI ( 2001-08-23 09:10 )
「制服」じゃなくて「征服」でしょ? あなた、やはりマニアねっ?! こんな恥ずかしい変換ミスをして・・・おしおきよっ! / ペシペシペシペシペシッ! ( 2001-08-23 06:04 )
どぁ〜っ! / 絶句 ( 2001-08-23 06:00 )

2001-08-19 消えたマンガ家 その七 『君を待つ千夜』 笈川かおる / 秋田書店Candle Comics


【…だから何があっても見つけてやんな おまえの嫁さんだろ】

 21世紀後半,北米大陸・西海岸。
 "10年ガール" つかさは無事に目を覚ました。彼女は人工冬眠(コールドスリープ)第一号にしてキャンペーンガールなのだ。

 実は彼女は男に騙され,金で売られていた。落ち込み,荒れるつかさ。彼女は8歳のときにテロリストに両親を殺され,施設からその男・ユーダに誘い出されるままに詐欺の道に入る。だが,ユーダが結婚を言い出したことで,やっと家族ができると喜んでいたのだ。しかし,結婚式の前日,眠くなって,気がついたらそこは10年後の世界だった。
 ストーリーは入り組んで,少々ややこしい。SFマンガのお約束どおりユーダは実は生きており,顔かたちを変えてつかさの動向を見守っている。
 つかさは面倒見役の通訳クロゥ・ル・ノワと新しい恋に落ち,だがまたしても結婚式直前,クロゥが仕事で火星に行っている間に地下核実験のやりすぎからか地殻変動が起こり,つかさは生き残るために地下の人工冬眠センターに向かう(つかさの出番はここまで)。
 荒廃した地上に降り立ったクロゥは,体内を500年は生きられるという人工臓器に変え,どこに眠るかわからないつかさを探し続けることに決める。

 笈川かおるはりぼんでデビューし,ぶーけに移り,その後いくつかの雑誌で散発的に作品を発表したのち,ここ数年はとんと噂も聞かない。「消えたマンガ家」というより「売れないマンガ家」といったほうがよいのかもしれない。
 しかし,それはなぜなのだろう。
 少々ハスにかまえたところはあるが,キャラ立てはオーソドックスな少女マンガであり,絵柄が悪いとは思えない。セリフはシャレているし,たとえばぶーけで作品を発表している当時は『へ・へ・への方程式』など,そんなに人気がないようには見えなかった。

 意識してかどうかはわからないが,メジャーになることを拒んでいるのは作者当人ではないか。
 たとえばこの『君を待つ千夜』,コールドスリープをテーマに報われない想いを描くことでは清原なつのの『真珠とり』に似ている。しかし,『真珠とり』が宇宙開発時代の待たせる(しかも事故で肉体を失った)男と待たされる女という過酷な愛を描きながら,どこかでその世界を甘やかに許しているのに比べ,笈川作品は根っこのところで世界を,愛を拒否,拒絶しているように見える。クロゥのつかさへの想いは本物だが,それがこの世で成就するとはとても思えない。単にすれ違いの甚だしいメロドラマ,とかいう次元ではないのだ。
 たとえば同時期の笈川の『羽衣一景』シリーズでは,単行本2冊分の読み切り短編を重ねて主人公の青年をいじめにいじめたあげく,最後にはあっさり死なせてしまっている。

 ファンとして哀しいことではあるが,おそらく笈川かおるは読み手が描き手に期待するような意味ではマンガが好きではないのだ。おそらく彼女にとって,この世はマンガに描くにはあまりに曲がりくねり,苦いのだ。さりとて,アバンギャルドな,あるいは人生論的な作風に走るには,彼女はあまりに適度なセンスと社会感覚に満ち,言ってみれば都会的なのだ。作品の中で人生を説いてどうなる,という地平に,彼女はいるのではないか。
 夜毎の苦い酒が必要な大人が,甘いケーキを売っている,そんな感じか。

 だからこそ,笈川かおるの作品にごくまれに顕れる「救い」は,心を洗うのかもしれない。
 楽しくもないかもしれないが,どうかまたメジャー誌で活躍してほしいと願っているのだが……。

先頭 表紙

確かに,笈川かおるは当時の同じ雑誌の作家の中ではなかなか見つからないほうです。実は,買い逃がした単行本が1冊だけあって,けっこう本気で探しています。……でも,ない。 / 烏丸 ( 2001-08-22 19:23 )
まとまりがよいのは確かに『へ・へ・へ』ですが……あれはやはり十代で読むべきでした……。1作,となると「咲きにさくらん」かな。当時のぶ〜けの読み切りで,確か単行本未収録。 / 烏丸 ( 2001-08-22 19:17 )
けっこうマメに神保町を探し回ったのですが、ぜんぜん笈川かおるは見つからず。徒に体重を減らしただけ(ウソ、言ってみただけ)に終わりました。 / こすもぽたりん ( 2001-08-22 18:14 )
私も笈川さんの作品では「へ・へ・へ・の方程式」が一番好きかも。十代の頃、何回も繰り返し読みましたねー。 / けろりん ( 2001-08-20 19:50 )
「へ・へ・への方程式」好きでぶ〜け掲載ぶんのファイルから単行本から未だに手元にありまする。オーソドックスなのにオーソドックスじゃない人? / よこ! ( 2001-08-20 09:42 )

2001-08-17 科学戦隊トクレンジャー 『ST 警視庁科学特捜班』 今野 敏 / 講談社文庫


【ねえ,僕,帰っていい?】

 今野敏にはすでに100冊以上の著作があるというが,購入したのは今回が初めてだと思う。「警視庁科学特捜班が解明する連続猟奇殺人事件」とかいう惹句におどろおどろした猟奇サスペンスと勝手に思い込んで「お,読んでみよう」と購入し,いざ購入はしたものの「こうも暑いとぬたぬたどろどろの猟奇殺人の話を読むのもなぁ,なんか匂いそうだしなぁ」と勝手に思い込んで敬遠していたのだ。いやいやとんでもはっぷんであった。やはり本は読んでみなければわからない。

 本書はパトリシア・コーンウェルの『検屍官』シリーズなどに比べれば……はっきり言えばよほど「秘密戦隊ゴレンジャー」に近い。それも,シリーズの中でも,ちょっと頓狂なギャグ色の強いオーレンジャーやカーレンジャーあたりだろうか。
 いや,実際,解説でも触れられているように,主人公たる科学特捜班の面々の名前たるや城左門,崎勇治,山翔,結城山吹才蔵と,それぞれ色も織り込まれ,もはやトクレンジャーと呼びたいほどだ(リーダーはお約束どおりレッドだし。ただ,翠がピンクでもイエローでもないのは……戦隊シリーズでグリーンが女性だったケースはあるのだろうか)。
 個々のキャラクターの性格付けもなかなか秀逸で,一匹狼を理想とするも人望があって周囲に人が集まってしまうリーダー・赤城(法医学担当),無口な武道の達人・黒崎(第一化学担当),おそろしく美麗な外見のくせに極端な秩序恐怖症,要するに整理整頓が大嫌いな青山(文書鑑定,すわなち筆跡鑑定やポリグラフ,プロファイリングなどの担当),グラビアアイドルも色あせるプロポーションを挑発的な服装で覆う,もとい,あまり覆ってない紅一点の翠(物理担当),そして得度して僧籍を持つ山吹(第二化学担当)。

 さて,本書は,彼らトクレンジャーの面々が,特技があるゆえに身勝手で,捜査偏重のベテラン刑事たちといがみ合いつつ補い合って犯人の正体を暴いていく,そんな構造である。
 要するに,これはマンガだ。たとえば超人的な聴覚を持つ翠は,峰不二子とサイボーグ003を足して割った,とみてあながち間違いではないだろう。

 従って,健全な男子たるもの,ここはミニスカートの翠に「ふーじこちゃんたらふーじこちゃん」状態になるが務めかとも思われるのだが……翠は処女だと自分で公言しており,正直言って外見だけ挑発的,なおかつ数十メートル離れたところのひそひそ話まで聞こえてしまう生娘のお相手は面倒くさい。……いや,別に本の中のキャラのお相手をする必要はないのだが,どちらかというとこの第1作では青山君がポイントだ。なにしろ,彼は殺人事件の現場に行こうが捜査本部の会議に呼び出されようが,すぐに口をついて出る言葉が
 「ねえ,僕,帰っていい?」
そのくせ,実際に犯人像をプロファイリングしていくのは彼の役割なのである。
 いいなぁ,このキャラ。映像化するなら,俳優は誰がいいだろう?

先頭 表紙

「ねえあなた,今の電話,お仕事の話なんて言いながら……」「いや,その,つまり,うううううっ」,カチッ,加速装置。    (それにしても,サイボーグ戦士たちの首のひらひらはなんのため?) / 烏丸 ( 2001-08-24 13:32 )
フランソワーズ・アルヌールとの愛の暮らしの中では、迂闊に携帯電話も使えませんなあ。くわばら、くわばら、桑原茂一(古い)。 / こすも桃内 ( 2001-08-23 19:53 )
いや,「お相手」しないでよいのでしたら,身近においておくことについてやぶさかではありません。 / 烏丸 ( 2001-08-19 02:10 )
どあ〜〜〜〜〜っ、そんな女には、10km以内に近付きたくないわ〜〜〜!! / まやひこ ( 2001-08-17 22:08 )

2001-08-15 3匹めのどぜう 『超・殺人事件 推理作家の苦悩』 東野圭吾 / 新潮エンターテインメント倶楽部


【読者に読ませるには,とにかく大長編でなきゃならんのです。分厚い本でなきゃいけないんです】

 東野圭吾はどちらかといえば好きなミステリ作家ではあるが,単行本を買う機会はめったにない。たいていしばらく待てば文庫化されるし,それを待てないほど鮮度が必須とも思えないためである。
 しかし,本作はつい腹帯の惹句につられて買ってしまった。なにしろ「日本推理作家協会、除名覚悟!」である。商売巧いぞ,新潮社(フォーカスではしくじったみたいだけど)。

 で,読んでみてどうだったかといえば,まー,その。決してつまらないわけではなかったが……どうだろう,文庫化を待ってもよかったかな。

 東野にはすでに『名探偵の掟』や『名探偵の呪縛』という,ミステリというジャンルそのものをおちょくった作品(メタ・フィクションというのかな?)がある。
 とくに『名探偵の掟』は,E・A・ポー以来のあらゆるミステリに通底する「お約束」をぐるりと裏返ししてみせた袋小路のどんづまりのような短編集で,ある程度ミステリにはまった読み手なら必ず拍手喝采大爆笑,かんらからからと笑う大声がそのうち乾く,クールといえばクール,シビアといえばシビアな作品である(ただ,東野という作家は決して学究肌でもおたっきーでもないため,締め付けが少し甘いといえば甘い。そのため,どこか救いが残るのである)。

 さて,本作でそういった楽屋落ちも3冊め,当然当初の目新しさも失せ,それなりに目先を変えないと待ち受けるのはマンネリの濁った沼。ということで今回作者がチャレンジしているのは推理作家当人の楽屋,すなわち編集者との関係や出版業界そのものである。たとえば……と短編のあらすじを紹介したのではネタばれになってしまうため詳細は避けるが,「超税金対策殺人事件」あるいは「超高齢化社会殺人事件」といった収録作のタイトルで,どのあたりを狙っているのか,だいたいのところをご想像願いたい。そして,それらは「ほぼ」成功している,ように思われる。

 しかし。
 巻末の「超長編小説殺人事件」と「超読書機械殺人事件」の2編は,さすがに笑うことができなかった。なぜなら,前半の数編が,売れない推理作家が編集者の言を真に受けるうちに素っ頓狂な苦境に陥ってしまう,といった程度のお話であるのに対し,この2編は,出版業界の抱えた問題を,うっかり正面から扱ってしまっているのである。
 登場人物の一人の独白,「本を読んでいないということに罪悪感を覚える者,本好きであったという過去に縛られている者,自分を少々知的に見せたい者などが,書店に足を運ぶにすぎない。彼らが求めているのは,本を読んだ,という実績だけなのだ」……これはパロディでもなんでもない。ただの現実である。しかも,実際には,いまや「罪悪感を覚える者」「過去に縛られている者」「知的に見せたい者」すら少数派ではないか。

 腹帯の裏表紙側には「もう二度とこんな小説は書けない!」とある。書けるも書けないも,そも大丈夫か,出版界。

先頭 表紙

まやひこさま,昨今は書店のスペースに対して新刊本が多すぎて,段ボールの箱を開けもしないで返品する「ジェット返本」というケースさえ少なくないそうです。それでもなぜ大手は新刊を出し続けるのか……『出版大崩壊』『だれが「本」を殺すのか』の私評もご参照ください。 / 烏丸 ( 2001-08-17 02:43 )
いやまったく。ほにゃらら大名,どこに参勤交代でお出かけやら。少し下で「登呂遺跡の売店で売られている宮崎産の埴輪」の話題を出したのも,ほにゃららさまとのやり取りを思い出してのことでありましたものを。 / 烏丸 ( 2001-08-17 02:38 )
新刊もすぐ手に入らなくなるし、確かに問題は多いですよね>出版界  / まやひこ ( 2001-08-15 06:58 )
誰か書いてくれないかな〜、「花のOLほにゃらら湯けむり失踪事件」。京都に行ったきり。本当に知りたいです。 / ほに〜さまは今いずこ? ( 2001-08-15 06:50 )

2001-08-13 科学者も人の子 『科学史の事件簿』 「科学朝日」編 / 朝日選書


【自分の科学者生命を賭け,そして賭けに負けた】

 出先の病院で思ったより待たされ,手持ちの文庫2冊を読み終えてしまった。活字中毒の発作が出るとまずい。小雨の中,私鉄駅ビルの小さな書店に駆け込み,著者名も確認せずにレジに運んだのがこの本である。

 本書は近代から現代にかけての著名科学者24人を取り上げ,その業績ではなく,スキャンダルな面にスポットを当てる。
 巻頭を飾るのはクローンマウス発生の成功で脚光を浴びたカール・イルメンゼー。しかし,彼はのちにデータ偽造の疑いがかけられ,研究助成が取り消された。このあたり,昨年の東北旧石器文化研究所副理事長による旧石器捏造事件を思わせるが,事件としてのメリハリは旧石器捏造事件のほうが格段に上だ。なんといっても現場をビデオで押さえられたのだから。イルメンゼーのほうは,証言は多々あるが,グレーのまま黙殺といった感じだろうか。
 考古学からは,この旧石器捏造事件の折りにも新聞等で引き合いに出されたピルトダウン人事件(人間の頭骨とオランウータンの下顎骨,歯を組み合わせた偽造品だった)が紹介されている。しかし,ピルドダウン事件は容疑者ばかりが多くて真相はいまだ明らかではない。この意味でも旧石器捏造事件はスキャンダルとして一流なのである。褒められたものではないが。

 そのほか,ダーウィン,パスツール,アインシュタインといった無差別級の大物も扱われているが,当然ながら彼らについてのスキャンダルはさほど面白くはない。驚くような事件があったなら,とっくに津々浦々で話題になっていたはずである。だから,むしろ読んで面白いのは,体重別の世界選手権でメダルに手が届くか届かないかくらいの選手,もとい科学者たちであろうか。
 共同研究したつもりでいたのにほかの2人と違ってノーベル賞をもらえず,選考委員会に公開質問状を送りつけた医学博士。占星術は非科学的だ,と宣言したために喧喧囂囂酷いめに遭った天文学者。新しい放射線(N線)の発見で脚光を浴びながら,どうしてもそれが立証できなかった物理学者。桁はずれに性欲が強くて,科学と共産主義が結びつく未来のユートピアではそのへんもうまく鎮静されるに違いないと夢見た物理学者。and so on...

 本書のもう1つの特徴は,科学という実証主義的なジャンルを得意とする記者ライター諸氏の文体の切れ味である。事実を克明に表現しようとする試みは,結果として現代の文学的文体が失ってしまったキレのよさを示す(よい意味での紋切り型とでも言おうか)。たとえば以下のとおり。

 マジャンディはベルの説が正しいことを証明するために四〇〇〇頭の犬を殺し,ベルの説の誤りも証明するために,さらに四〇〇〇頭の犬を殺したといわれたのだった。(渋谷章)

 (ユングとフロイトは)初めのうちはお互いに手紙で相手を褒め合っていたが,そのうちにこのような間接的な方法では我慢できなくなり,やがて直接会って褒め合うことになったのだった。(渋谷章)

 彼の上司となったのが,ほとんどの伝記や研究所が一致して無能の烙印を押しているヨハン・クライン教授であった。いつの世にも悪玉役のボス教授はいるものだ。(井山弘行)

 こうして,ダーウィンを巻き込む「いざこざ」の舞台が出来上がるのである。あとはダーウィン自身の不注意を待つばかりだ。(斎藤光)

 ……と,読んでいるうちに雨もあがったようだ。
 さあ,本屋に行こうか。

先頭 表紙

まやひこさま,いらっしゃいませ。「科学者は客観的」とおなじくらい「学者○○」という言葉も普及していますから,まぁそこそこバランスとれてるんじゃないでしょうか。日記は拝読しております,古いアナログレコードのCD-R化は大変ですよね(カラスは投げ出して,邦盤or輸入CDでそろえてきました)。 / 烏丸 ( 2001-08-13 18:55 )
美奈子さま,いえいえ,病院に少々用件があっただけで,治療にいったわけではございません。漆黒の着流しを身にまとって魍魎を「祓い」に行った……わけでもありません(残念)。 / 烏丸 ( 2001-08-13 18:54 )
科学者が客観的というのは、ちまたに流布している最大級の迷信ですからね。なんか面白そ〜 / まやひこ ( 2001-08-13 17:21 )
診断名は、ディスプレーの見過ぎによる角膜剥離?(笑) どうぞお大事に。 / 美奈子 ( 2001-08-13 10:10 )

2001-08-09 [鎮魂] 原爆の日によせて 『いしぶみ』 ポプラ社文庫,『チョウのいる丘』 那須田稔 / 講談社青い鳥文庫

 
 今日9日は長崎原爆忌。
 6日の広島原爆忌に,クローズドな掲示板で次のようなことを書いた。

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「語り継ぐ」という言葉はよく聞くが,以前に比べると原爆体験者の言葉や写真がメディアに載る機会がなんとなく少ないような気がする。
パッと思い浮かぶのは中沢啓治『はだしのゲン』だが,あれはとっくに連載が終わっているし,絵にクセがあってちょっとツラい。
ごく普通のドラマの中などで,登場人物が被爆体験者,といった設定も見かけない(たとえば,刑事モノで犯人が被爆者というのは今ではもう難しい)。
56年も前の話だから,やむをえないことなのかもしれないけど。

また,8月になるとお約束のようにテレビで関連ニュースが流れるが,これも昔に比べるとその酷い状況をリアルに語る,という感じではない。
沢山の人が死んだという設定だけ語られて黙祷してオシマイ,な印象。

昔,多分1968年か69年,広島の爆心地の小学校の生徒全員がどうなったかを1人1人追う,というテレビ番組があって,当時の写真を背景に女性ナレーターが淡々と読み上げる,という構成だったのだけれど,これはキツかった。
「6年4組,木村静江。2年前に家族で大阪から疎開。祖母の実家から学校に通う。6日は校庭で被爆。右半身に一面のやけどを負い,担任の藤田先生が抱きかかえて校舎の中に運びこむが,『お母ちゃん』とだけ言い残し,30分後に死亡。藤田先生も3時間後には死亡」
みたいなのを,何百人分も静かに読み上げていくのだ。
小学生だった僕は,チャンネル変えることもできず,呆然と見入っていた。
最後のシーンは,それら読み上げられた膨大な紙の1枚1枚に火がともり,ぱあっと燃え上がる。
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 すると,これに小学校教師のA氏からコメントが付いた。それは「いしぶみ」という番組ではないか,というのだ。本も出ていると。
 以下,A氏のコメントを一部引用させていただく。

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小学校三年生のときに担任の先生が、夏休み前にこの本を朗読し、あまりの内容に胸がしめつけられました。子ども心にも感じるものがあったのか、親に頼んで近所の本屋で取り寄せてもらいました。

現在は私が教える側になり、毎年、学級文庫には必ずこの本を入れ、夏休み前には読み聞かせております。
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 驚いた。30年以上前にたまたま見たテレビ番組のタイトルが,今になってわかるとは。

 Webで「いしぶみ 原爆」で検索すると,1968(昭和43)年に広島テレビで放映されていることがわかる。出演(ナレーション)は杉村春子。
 昭和20年8月6日午前8時15分,広島二中(当時)の生徒たちは広島市本川の土手(現平和公園の近く)で作業従事中に被爆した。1年生322人と4人の教師は全滅。番組は,全員の顔写真とともに死に至る過程を淡々と,克明に,読み上げる。

 本はポプラ社文庫で手に入る。正直,記憶が強烈にすぎて,今読めるとは思えない。
 だが,子供たちには必ず読ませたい。いや,読ませなくてはならない。Aさん,感謝。

 それにしても,細かな記憶違いはともかく「1968年か69年」とはよく覚えていたものだ。
 調べてみると,当時の課題図書にやはり小学生向けの『チョウのいる丘』(那須田稔)というのがあり,その発刊が1968年。こちらは被爆二世の少女が白血病で死んでいく話なのだが,おそらく夏休みに『チョウのいる丘』を読み,さらにテレビで『いしぶみ』を見て,原爆の恐ろしさ,悲しさが意識に焼きついたのだろう。
 『チョウのいる丘』は講談社青い鳥文庫で再販されている。現在は絶版。

先頭 表紙

その「世界」9月号の特集のテーマらしい,風化,空洞化,が問題ではありますね。さりとて,直接の被害者のことを思えば,無闇に騒ぎ立てるのは酷いことでしょうし。この『いしぶみ』にしても,亡くなった子供たちの親のことを思えば,つらい,酷い本なのだろうとは思います。 / 烏丸 ( 2001-08-17 02:37 )
ここで、烏丸さまとお話していたら、今月の9月号に当の岡村氏が水島教授と「世界」という雑誌で対談をしています。ここで今月の目次をクリックするとちょっと読めます しつこくてごめんなさい。 / koeda ( 2001-08-15 13:45 )
その『広島に原爆を落とす日』を見ていませんので,これ以上はなんとも判断できません。ただ,いかなる形であれ,被爆という事実を黙殺していくよりは,さまざまな形で情報を伝達していくことが大切かと思います。それにしても烏丸が不勉強なだけなんでしょうが,昨今のテレビ,新聞は,どうも過去の事件として綺麗に語りすぎるような気がして……。 / 烏丸 ( 2001-08-13 18:27 )
もちろん、東京公演、大阪公演を経ての公演でありましたが、この公演をするにあたって、マスコミが動き、ニュース23や、報道2001で取り上げられ、また公演のため全国から広島に集まった原爆を知らない人たちのことを考えれば、少し時期尚早であったかもしれないが、次段階へのステップアップとして、意義はあったのではないかと思われますが、このままで終わらせてしまうのなら、ただのエンターテイメントと言われても仕方のないような口惜しい気持ちです。 再々公演に向けての地道な活動を期待してします。 / koeda ( 2001-08-13 12:43 )
うーん……被爆体験者が多数おり,日常生活のあちらこちらに原爆の影がいまだ残っている広島で公演することにどれほどの意義があったのか,よくわかりません。ヒロシマ,ナガサキのことなんか何も知らないヨソの人々に被爆とはという事実を伝えるのが優先のような。もちろん,基本的な知識もない人につか流のアクロバティックな展開で伝わるのか,ということもありますが。逆説がインパクトを持つためには,正論がゆきわたってないと……。 / 烏丸 ( 2001-08-13 03:17 )
ちなみに『広島に原爆を落とす日』(稲垣吾郎、緒川たまき主演、原作つかこうへい演出いのうえひでのり)たしかプロデューサーの岡村氏の関係者に被爆体験者がいらっしゃるとか聞き、広島市の教育委員会にも声をかけて広島で公演をした。緒川たまきさんも広島の方だし、稲垣吾郎くんもライフワークにしていきたいと言っていたので期待していたのだが、未だに再々公演がなされず残念だ。 / koeda ( 2001-08-12 13:03 )
『広島に原爆を落す日』を見てから、うちの娘は原爆や、第二次世界大戦に興味を持つようになり、手塚治虫氏の「アドルフに告ぐ」を読み、ヒトラーやルーズベルトにも関心を持つようになった。先日「パール・ハーバー」も見て来て、その帰りに靖国神社にも行ってきたという。先日「火蛍の墓」がテレビでやっていたのを教えなくて文句を言われたが、もう何度も見ていて私には辛すぎるけれど、子供たちは何度も見て同じ過ちは繰り返さないでおこうと思うらしい。 / koeda ( 2001-08-12 12:53 )

2001-08-08 [雑談] アルバムのお遊びあれこれ

 
 古いCDを取り出してとっかえひっかえ聴いているうちに思ったこと。
 なんとなくだけれど,昔のレコードのほうが,遊び心があったのではないか。

 レコードジャケットにジッパーつけてみたり,ブリキの缶にしたり,ジャケットの一部がくるくる回って窓から絵や写真が覗いたり,ジャケットを紙ヤスリにしてみたり(極悪)。ジャケットをばかばか開くと横尾忠則の大きなイラストが描かれている,というのもあった。

 こうしたジャケット遊びは,LPレコードの大きさがあってはじめて成立するようで,音楽CDでも一時豪華な箱入りが流行ったことがあるが,どうもあれはCDのコンパクトさ,整理整頓しやすさと相容れないらしく,ブームはすぐに去った。

 アルバムの中身では,たとえばPINK FLOYDの『原子心母』(ATOM HEART MOTHERの直訳)はA面(CDでは単に1曲目なのだが)の最後にRemergenceという曲が収録されていて,これは何かといえば要するにそこまでの組曲の一部を再現したもの。mergeが「合併する,合流する」といった意味だから,「最合併,再構成」といった程度の意味か。
 同じ手法は,エルトン・ジョンのファーストアルバムEmpty Sky(邦題『エルトン・ジョンの肖像』)でも用いられている。9曲目にクレジットされたGulliver/It's Hay Chewed/RepriseのRepriseのところがそうで,8曲目までのサビをメドレーでががっと再演してくれると,つまらない曲までなかなかシブい出来に聞こえるあたりが不思議だ。
 和モノでは何故か小椋佳の『残された憧憬〜落書き〜』というアルバムでこのRepriseが採用されていた。「白い一日」などを含む,まだ小椋佳の顔が知れ渡る前の作品だが,このアルバムではメインの曲の間に「落書」(I〜VIII)と題された短い曲のピースというか詩の朗読のようなものがはさまれ,なかなか凝ったアルバムである。まぁ,凝ってみても小椋佳は小椋佳なのだが。

 凝ったアルバムといえば,岩崎宏美の初期のアルバム『ファンタジー』がなかなか楽しい。全体が,オールナイトニッポンで知られる故・糸居五郎がDJをつとめるディスコ仕様なのである。
 (1)パピヨン (2)キャンパス・ガール (3)ファンタジー (4)愛よ、おやすみ (5)感傷的 (6)おしゃれな感情 (7)ひとりぼっちの部屋 (8)グッド・ナイト (9)月のしずくで (10)センチメンタル,と選曲もなかなかで,機会があればぜひ一度お聞きください。
 ちなみに岩崎宏美で一番好きなのは『ウィズ・ベスト・フレンズ』に収録された「わたしの1095日」。地味だけれど,潤います。

先頭 表紙

そうですねえ,'70sというと,まずは昌子,淳子,百恵の花の中3トリオ,そしてヒロミ,ヒデキ,ゴローの新御三家……あっ,そーいう話でもない? / 烏丸 ( 2001-08-14 11:26 )
やってくださいよ '70s! バラードでしょ、ル・グインでしょ、ニーヴン、ホーガン、ティプトリーはもうお書きになりましたっけ・・・ / えっ そーいう話じゃない?失礼しました ( 2001-08-14 00:04 )
だうもー。ところで,しっぽなさま&404さまのアーリー'80sを拝読するにつけ,つくづく烏丸はアーリー'70sだなぁとため息をつく今日この頃。 / 烏丸 ( 2001-08-13 18:30 )
おめでとうございます。いちも、高品質な品揃えの貴店の存在に感謝して拝読させていただいております。ますますのご発展を期待しております!! / しっぽな ( 2001-08-13 03:19 )
ややっ,たった今たまたま気がついたのですが,今日で「くるくる回転図書館」ひまじん店が開店して1周年ですね。いつもお読みいただいて,ありがとうございます。 > all / 烏丸 ( 2001-08-08 16:34 )
りりさま,観音開きを開いたらメデューサが,というのでしたら『恐怖の頭脳改革』(Still...You Turn Me Onが好き)ですね。映画「エイリアン」のエイリアンをデザインしたギーガーの作品です。ちなみに『タルカス』は戦車の砲台がアルマジロの顔になっているやつ。 / 烏丸 ( 2001-08-08 12:52 )
私は幼い頃に、近所のお姉さんから見せてもらったELPのジャケットが衝撃でした。「恐怖の頭脳改革」だったか「タルカス」だったか忘れたけど…。 / りり ( 2001-08-08 08:48 )

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