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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2001-08-13 科学者も人の子 『科学史の事件簿』 「科学朝日」編 / 朝日選書
2001-08-09 [鎮魂] 原爆の日によせて 『いしぶみ』 ポプラ社文庫,『チョウのいる丘』 那須田稔 / 講談社青い鳥文庫
2001-08-08 [雑談] アルバムのお遊びあれこれ
2001-08-07 すべての子供たちと子供の心をもった大人たちに,この夏の一番星 『なつのロケット』 あさりよしとお / 白泉社JETS COMICS
2001-08-06 [私見] 新指導要領について
2001-08-04 インテリ農民の陵辱的ヰタ・セクスアリス? 『赤目のジャック』 佐藤賢一 / 集英社文庫
2001-08-03 [雑談] 手はあるか,iモードの迷惑メール対策
2001-08-02 もう1つの経済戦争 『マンガ 世界戦略 カモネギ化するマンガ産業』 夏目房之介 / 小学館
2001-08-01 お盆の帰省列車にこの1冊 『茄子 1』 黒田硫黄 / 講談社アフタヌーンKC
2001-07-31 [補遺] ヤング・ミュージック・ショーについて ほか


2001-08-13 科学者も人の子 『科学史の事件簿』 「科学朝日」編 / 朝日選書


【自分の科学者生命を賭け,そして賭けに負けた】

 出先の病院で思ったより待たされ,手持ちの文庫2冊を読み終えてしまった。活字中毒の発作が出るとまずい。小雨の中,私鉄駅ビルの小さな書店に駆け込み,著者名も確認せずにレジに運んだのがこの本である。

 本書は近代から現代にかけての著名科学者24人を取り上げ,その業績ではなく,スキャンダルな面にスポットを当てる。
 巻頭を飾るのはクローンマウス発生の成功で脚光を浴びたカール・イルメンゼー。しかし,彼はのちにデータ偽造の疑いがかけられ,研究助成が取り消された。このあたり,昨年の東北旧石器文化研究所副理事長による旧石器捏造事件を思わせるが,事件としてのメリハリは旧石器捏造事件のほうが格段に上だ。なんといっても現場をビデオで押さえられたのだから。イルメンゼーのほうは,証言は多々あるが,グレーのまま黙殺といった感じだろうか。
 考古学からは,この旧石器捏造事件の折りにも新聞等で引き合いに出されたピルトダウン人事件(人間の頭骨とオランウータンの下顎骨,歯を組み合わせた偽造品だった)が紹介されている。しかし,ピルドダウン事件は容疑者ばかりが多くて真相はいまだ明らかではない。この意味でも旧石器捏造事件はスキャンダルとして一流なのである。褒められたものではないが。

 そのほか,ダーウィン,パスツール,アインシュタインといった無差別級の大物も扱われているが,当然ながら彼らについてのスキャンダルはさほど面白くはない。驚くような事件があったなら,とっくに津々浦々で話題になっていたはずである。だから,むしろ読んで面白いのは,体重別の世界選手権でメダルに手が届くか届かないかくらいの選手,もとい科学者たちであろうか。
 共同研究したつもりでいたのにほかの2人と違ってノーベル賞をもらえず,選考委員会に公開質問状を送りつけた医学博士。占星術は非科学的だ,と宣言したために喧喧囂囂酷いめに遭った天文学者。新しい放射線(N線)の発見で脚光を浴びながら,どうしてもそれが立証できなかった物理学者。桁はずれに性欲が強くて,科学と共産主義が結びつく未来のユートピアではそのへんもうまく鎮静されるに違いないと夢見た物理学者。and so on...

 本書のもう1つの特徴は,科学という実証主義的なジャンルを得意とする記者ライター諸氏の文体の切れ味である。事実を克明に表現しようとする試みは,結果として現代の文学的文体が失ってしまったキレのよさを示す(よい意味での紋切り型とでも言おうか)。たとえば以下のとおり。

 マジャンディはベルの説が正しいことを証明するために四〇〇〇頭の犬を殺し,ベルの説の誤りも証明するために,さらに四〇〇〇頭の犬を殺したといわれたのだった。(渋谷章)

 (ユングとフロイトは)初めのうちはお互いに手紙で相手を褒め合っていたが,そのうちにこのような間接的な方法では我慢できなくなり,やがて直接会って褒め合うことになったのだった。(渋谷章)

 彼の上司となったのが,ほとんどの伝記や研究所が一致して無能の烙印を押しているヨハン・クライン教授であった。いつの世にも悪玉役のボス教授はいるものだ。(井山弘行)

 こうして,ダーウィンを巻き込む「いざこざ」の舞台が出来上がるのである。あとはダーウィン自身の不注意を待つばかりだ。(斎藤光)

 ……と,読んでいるうちに雨もあがったようだ。
 さあ,本屋に行こうか。

先頭 表紙

まやひこさま,いらっしゃいませ。「科学者は客観的」とおなじくらい「学者○○」という言葉も普及していますから,まぁそこそこバランスとれてるんじゃないでしょうか。日記は拝読しております,古いアナログレコードのCD-R化は大変ですよね(カラスは投げ出して,邦盤or輸入CDでそろえてきました)。 / 烏丸 ( 2001-08-13 18:55 )
美奈子さま,いえいえ,病院に少々用件があっただけで,治療にいったわけではございません。漆黒の着流しを身にまとって魍魎を「祓い」に行った……わけでもありません(残念)。 / 烏丸 ( 2001-08-13 18:54 )
科学者が客観的というのは、ちまたに流布している最大級の迷信ですからね。なんか面白そ〜 / まやひこ ( 2001-08-13 17:21 )
診断名は、ディスプレーの見過ぎによる角膜剥離?(笑) どうぞお大事に。 / 美奈子 ( 2001-08-13 10:10 )

2001-08-09 [鎮魂] 原爆の日によせて 『いしぶみ』 ポプラ社文庫,『チョウのいる丘』 那須田稔 / 講談社青い鳥文庫

 
 今日9日は長崎原爆忌。
 6日の広島原爆忌に,クローズドな掲示板で次のようなことを書いた。

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「語り継ぐ」という言葉はよく聞くが,以前に比べると原爆体験者の言葉や写真がメディアに載る機会がなんとなく少ないような気がする。
パッと思い浮かぶのは中沢啓治『はだしのゲン』だが,あれはとっくに連載が終わっているし,絵にクセがあってちょっとツラい。
ごく普通のドラマの中などで,登場人物が被爆体験者,といった設定も見かけない(たとえば,刑事モノで犯人が被爆者というのは今ではもう難しい)。
56年も前の話だから,やむをえないことなのかもしれないけど。

また,8月になるとお約束のようにテレビで関連ニュースが流れるが,これも昔に比べるとその酷い状況をリアルに語る,という感じではない。
沢山の人が死んだという設定だけ語られて黙祷してオシマイ,な印象。

昔,多分1968年か69年,広島の爆心地の小学校の生徒全員がどうなったかを1人1人追う,というテレビ番組があって,当時の写真を背景に女性ナレーターが淡々と読み上げる,という構成だったのだけれど,これはキツかった。
「6年4組,木村静江。2年前に家族で大阪から疎開。祖母の実家から学校に通う。6日は校庭で被爆。右半身に一面のやけどを負い,担任の藤田先生が抱きかかえて校舎の中に運びこむが,『お母ちゃん』とだけ言い残し,30分後に死亡。藤田先生も3時間後には死亡」
みたいなのを,何百人分も静かに読み上げていくのだ。
小学生だった僕は,チャンネル変えることもできず,呆然と見入っていた。
最後のシーンは,それら読み上げられた膨大な紙の1枚1枚に火がともり,ぱあっと燃え上がる。
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 すると,これに小学校教師のA氏からコメントが付いた。それは「いしぶみ」という番組ではないか,というのだ。本も出ていると。
 以下,A氏のコメントを一部引用させていただく。

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小学校三年生のときに担任の先生が、夏休み前にこの本を朗読し、あまりの内容に胸がしめつけられました。子ども心にも感じるものがあったのか、親に頼んで近所の本屋で取り寄せてもらいました。

現在は私が教える側になり、毎年、学級文庫には必ずこの本を入れ、夏休み前には読み聞かせております。
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 驚いた。30年以上前にたまたま見たテレビ番組のタイトルが,今になってわかるとは。

 Webで「いしぶみ 原爆」で検索すると,1968(昭和43)年に広島テレビで放映されていることがわかる。出演(ナレーション)は杉村春子。
 昭和20年8月6日午前8時15分,広島二中(当時)の生徒たちは広島市本川の土手(現平和公園の近く)で作業従事中に被爆した。1年生322人と4人の教師は全滅。番組は,全員の顔写真とともに死に至る過程を淡々と,克明に,読み上げる。

 本はポプラ社文庫で手に入る。正直,記憶が強烈にすぎて,今読めるとは思えない。
 だが,子供たちには必ず読ませたい。いや,読ませなくてはならない。Aさん,感謝。

 それにしても,細かな記憶違いはともかく「1968年か69年」とはよく覚えていたものだ。
 調べてみると,当時の課題図書にやはり小学生向けの『チョウのいる丘』(那須田稔)というのがあり,その発刊が1968年。こちらは被爆二世の少女が白血病で死んでいく話なのだが,おそらく夏休みに『チョウのいる丘』を読み,さらにテレビで『いしぶみ』を見て,原爆の恐ろしさ,悲しさが意識に焼きついたのだろう。
 『チョウのいる丘』は講談社青い鳥文庫で再販されている。現在は絶版。

先頭 表紙

その「世界」9月号の特集のテーマらしい,風化,空洞化,が問題ではありますね。さりとて,直接の被害者のことを思えば,無闇に騒ぎ立てるのは酷いことでしょうし。この『いしぶみ』にしても,亡くなった子供たちの親のことを思えば,つらい,酷い本なのだろうとは思います。 / 烏丸 ( 2001-08-17 02:37 )
ここで、烏丸さまとお話していたら、今月の9月号に当の岡村氏が水島教授と「世界」という雑誌で対談をしています。ここで今月の目次をクリックするとちょっと読めます しつこくてごめんなさい。 / koeda ( 2001-08-15 13:45 )
その『広島に原爆を落とす日』を見ていませんので,これ以上はなんとも判断できません。ただ,いかなる形であれ,被爆という事実を黙殺していくよりは,さまざまな形で情報を伝達していくことが大切かと思います。それにしても烏丸が不勉強なだけなんでしょうが,昨今のテレビ,新聞は,どうも過去の事件として綺麗に語りすぎるような気がして……。 / 烏丸 ( 2001-08-13 18:27 )
もちろん、東京公演、大阪公演を経ての公演でありましたが、この公演をするにあたって、マスコミが動き、ニュース23や、報道2001で取り上げられ、また公演のため全国から広島に集まった原爆を知らない人たちのことを考えれば、少し時期尚早であったかもしれないが、次段階へのステップアップとして、意義はあったのではないかと思われますが、このままで終わらせてしまうのなら、ただのエンターテイメントと言われても仕方のないような口惜しい気持ちです。 再々公演に向けての地道な活動を期待してします。 / koeda ( 2001-08-13 12:43 )
うーん……被爆体験者が多数おり,日常生活のあちらこちらに原爆の影がいまだ残っている広島で公演することにどれほどの意義があったのか,よくわかりません。ヒロシマ,ナガサキのことなんか何も知らないヨソの人々に被爆とはという事実を伝えるのが優先のような。もちろん,基本的な知識もない人につか流のアクロバティックな展開で伝わるのか,ということもありますが。逆説がインパクトを持つためには,正論がゆきわたってないと……。 / 烏丸 ( 2001-08-13 03:17 )
ちなみに『広島に原爆を落とす日』(稲垣吾郎、緒川たまき主演、原作つかこうへい演出いのうえひでのり)たしかプロデューサーの岡村氏の関係者に被爆体験者がいらっしゃるとか聞き、広島市の教育委員会にも声をかけて広島で公演をした。緒川たまきさんも広島の方だし、稲垣吾郎くんもライフワークにしていきたいと言っていたので期待していたのだが、未だに再々公演がなされず残念だ。 / koeda ( 2001-08-12 13:03 )
『広島に原爆を落す日』を見てから、うちの娘は原爆や、第二次世界大戦に興味を持つようになり、手塚治虫氏の「アドルフに告ぐ」を読み、ヒトラーやルーズベルトにも関心を持つようになった。先日「パール・ハーバー」も見て来て、その帰りに靖国神社にも行ってきたという。先日「火蛍の墓」がテレビでやっていたのを教えなくて文句を言われたが、もう何度も見ていて私には辛すぎるけれど、子供たちは何度も見て同じ過ちは繰り返さないでおこうと思うらしい。 / koeda ( 2001-08-12 12:53 )

2001-08-08 [雑談] アルバムのお遊びあれこれ

 
 古いCDを取り出してとっかえひっかえ聴いているうちに思ったこと。
 なんとなくだけれど,昔のレコードのほうが,遊び心があったのではないか。

 レコードジャケットにジッパーつけてみたり,ブリキの缶にしたり,ジャケットの一部がくるくる回って窓から絵や写真が覗いたり,ジャケットを紙ヤスリにしてみたり(極悪)。ジャケットをばかばか開くと横尾忠則の大きなイラストが描かれている,というのもあった。

 こうしたジャケット遊びは,LPレコードの大きさがあってはじめて成立するようで,音楽CDでも一時豪華な箱入りが流行ったことがあるが,どうもあれはCDのコンパクトさ,整理整頓しやすさと相容れないらしく,ブームはすぐに去った。

 アルバムの中身では,たとえばPINK FLOYDの『原子心母』(ATOM HEART MOTHERの直訳)はA面(CDでは単に1曲目なのだが)の最後にRemergenceという曲が収録されていて,これは何かといえば要するにそこまでの組曲の一部を再現したもの。mergeが「合併する,合流する」といった意味だから,「最合併,再構成」といった程度の意味か。
 同じ手法は,エルトン・ジョンのファーストアルバムEmpty Sky(邦題『エルトン・ジョンの肖像』)でも用いられている。9曲目にクレジットされたGulliver/It's Hay Chewed/RepriseのRepriseのところがそうで,8曲目までのサビをメドレーでががっと再演してくれると,つまらない曲までなかなかシブい出来に聞こえるあたりが不思議だ。
 和モノでは何故か小椋佳の『残された憧憬〜落書き〜』というアルバムでこのRepriseが採用されていた。「白い一日」などを含む,まだ小椋佳の顔が知れ渡る前の作品だが,このアルバムではメインの曲の間に「落書」(I〜VIII)と題された短い曲のピースというか詩の朗読のようなものがはさまれ,なかなか凝ったアルバムである。まぁ,凝ってみても小椋佳は小椋佳なのだが。

 凝ったアルバムといえば,岩崎宏美の初期のアルバム『ファンタジー』がなかなか楽しい。全体が,オールナイトニッポンで知られる故・糸居五郎がDJをつとめるディスコ仕様なのである。
 (1)パピヨン (2)キャンパス・ガール (3)ファンタジー (4)愛よ、おやすみ (5)感傷的 (6)おしゃれな感情 (7)ひとりぼっちの部屋 (8)グッド・ナイト (9)月のしずくで (10)センチメンタル,と選曲もなかなかで,機会があればぜひ一度お聞きください。
 ちなみに岩崎宏美で一番好きなのは『ウィズ・ベスト・フレンズ』に収録された「わたしの1095日」。地味だけれど,潤います。

先頭 表紙

そうですねえ,'70sというと,まずは昌子,淳子,百恵の花の中3トリオ,そしてヒロミ,ヒデキ,ゴローの新御三家……あっ,そーいう話でもない? / 烏丸 ( 2001-08-14 11:26 )
やってくださいよ '70s! バラードでしょ、ル・グインでしょ、ニーヴン、ホーガン、ティプトリーはもうお書きになりましたっけ・・・ / えっ そーいう話じゃない?失礼しました ( 2001-08-14 00:04 )
だうもー。ところで,しっぽなさま&404さまのアーリー'80sを拝読するにつけ,つくづく烏丸はアーリー'70sだなぁとため息をつく今日この頃。 / 烏丸 ( 2001-08-13 18:30 )
おめでとうございます。いちも、高品質な品揃えの貴店の存在に感謝して拝読させていただいております。ますますのご発展を期待しております!! / しっぽな ( 2001-08-13 03:19 )
ややっ,たった今たまたま気がついたのですが,今日で「くるくる回転図書館」ひまじん店が開店して1周年ですね。いつもお読みいただいて,ありがとうございます。 > all / 烏丸 ( 2001-08-08 16:34 )
りりさま,観音開きを開いたらメデューサが,というのでしたら『恐怖の頭脳改革』(Still...You Turn Me Onが好き)ですね。映画「エイリアン」のエイリアンをデザインしたギーガーの作品です。ちなみに『タルカス』は戦車の砲台がアルマジロの顔になっているやつ。 / 烏丸 ( 2001-08-08 12:52 )
私は幼い頃に、近所のお姉さんから見せてもらったELPのジャケットが衝撃でした。「恐怖の頭脳改革」だったか「タルカス」だったか忘れたけど…。 / りり ( 2001-08-08 08:48 )

2001-08-07 すべての子供たちと子供の心をもった大人たちに,この夏の一番星 『なつのロケット』 あさりよしとお / 白泉社JETS COMICS


【待てよ! 違うんだ こんな事 言うつもりじゃ なかったんだ】

 教育,などというと大げさだが,まぁ子供たちにメシを食わせて育てる途中で多少なりとも意識するのは,第一に読書の習慣を身につけさせること,第二に「技術」とそれによる達成感を楽しみとして経験させること,この2つだろうか。

 技術というのは,知識をカタチに変えるワザのことである。
 お絵描きでも工作でもサッカーでも鉄棒でも歌でもピアノでも料理でもテーブルマジックでも泥団子作りでも,素材や目的はなんでもいい。この世には技術によって構築される(逆にいえば技術がないとどうしても実現できない)ものがあるということ,その達成感を体で経験してほしいと願う。
 裏返していえば,PCや携帯電話,あるいは高層ビルのようにいかにも技術技術したものだけでなく,公園のブランコも割り箸もパイプ椅子も綿のシャツもアルマイトの鍋もポケモンのぬいぐるみも,あらゆるものが大小の技術の積み重ねの上に成り立っているという認識,手応えを持ってほしい。それは先人たちがこつこつと日夜積み重ねた工夫の結晶だということ,小さな,あるいは大きなブレークスルーを繰り返してはじめて当たり前のような顔をして僕たちの手元に届けられたものだということを。

 あさりよしとお『なつのロケット』は,1999年,白泉社「ヤングアニマル」に集中連載された作品。「ヤングアニマル」は水着アイドルのグラビアと『ベルセルク』,『ふたりエッチ』が売りという,どうにも小学生にはお奨めしづらい雑誌だが,この夏,ようやく単行本が発売された。

 作品中に登場する理科教師は,教育の壁に苦しんでいる。偏差値偏重の時代に,カリキュラムに添うだけではどうしても教えられないことがあるからだ。彼女の教え子たちもまた,見えない壁の中にいる。自分たちが何をなすべきか,どうやってなすべきかわからないためだ。
 だが,夏休みも終わりに近い夕暮れ,彼らはそれを突破する。
 『なつのロケット』はそんな子供たちの堂々たる成功を謳い上げる,同時にこの上なくいたましい物語である(123ページの三浦少年の笑顔には泣かずにいられない)。

 小学校高学年以上のすべての子供たちには,どうかこの作品を手に取ってほしい。
 そしてほんの少し,勉強や遊びの時間をふりわけて読んでもらえると嬉しい。
 『なつのロケット』はとてもささやかな,短いお話だけれど,その中にこめられた大切なものをどうか汲み取ってほしい。
 そして,これからの人生のいつか,どこかで,この作品に出てくる子供たちのように自分たちの作ったロケットを追って,夕暮れの空を見上げてほしい。


 今 真上……



 なお,「あとがき」によれば本作は第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞作『夏のロケット』に触発されて描かれたとのことだが,これは作者の謙遜が過ぎるように思う。川端裕人『夏のロケット』は1998年刊だが,あさりよしとおが小学生を主人公にロケット開発の歴史を描いた名作『まんがサイエンスII ロケットの作り方おしえます』は1992年の刊行なのだから。

先頭 表紙

koedaさま,いらっしゃいませ。そうですね,そのへんが実に難しい。押し付けを含む「提供」と,自主性に任せた「放任」と,子育てはそのへんのサジ加減かと思います(決め言葉並べた子育て論やそれをふりかざす人くらい信用ならないものはありません)。 / 烏丸 ( 2001-08-13 03:16 )
まさにわが子が悩んでいることが書かれているように思います。 なんでちゃんと色々なことを教えてくれないのだろうと、今貪欲に吸収しようとするわが娘。 できるだけ力にはなりたいと思うけれど、力になっているのかどうか、いつも疑問に思いながら見守っています。 / koeda ( 2001-08-12 17:30 )

2001-08-06 [私見] 新指導要領について

 
【無理数としてのπ】

 数年前に発表された文部省の新指導要領に,戸惑いと憤りを覚えた方は少なくないと思う。「ゆとり」の名のもとにπを3.14…でなく3で計算させたり,台形の面積を指導からはずす,という例のカリキュラムである。
 幸い2002年の実施時点ではπを3で通すヘタレ教科書は1冊もないもようだが,この国の未来を担う子供たちにこれではあまりに心もとない。たとえばソフトウェア産業でめざましく躍進を遂げつつあるインドでは,基礎教育の中で,九×九ではあきたらず,二十×二十までを暗誦させるそうである。かなうわけがない。

 ただ,この新指導要領に今さらかみついたとしても,たいした意味はない。
 というのは,本当の問題はこの新指導要領が求められた背景にあり,たとえば旧来のπを3.14,台形の面積ありの指導要領によっても子供たちの学力は低下し続けてきた,という事実である。

 最大の問題は,悪しき人権主義だ(日教組の弊害についてはここでは触れない)。要するに,体罰がいけないのは自明としても,それに代わる強制手段を何一つ持てない現状の公立学校では,低いほうに学力をならす悪平等以外にいかなる指導もできないということである。極端な例をいえば,女の子全員が赤頭巾,男の子全員が狼を演ずる学芸会,生活水準差が表れないよう弁当持参を禁ずる運動会での順位をつけない徒競走,そして優秀な子供を特別扱いせず,できない子供を受容する心のこもった授業である。
 これらのとんでもなさについて,いちがいに学校,教師のせいにすることはできない。授業中に携帯電話で喋り続ける子供から携帯電話を取り上げると,「子供の権利が侵害された」と両親が県教委にかけこむご時世なのだから(実話)。もちろん熱血先生の個別指導もセクハラで左遷されかねないので要注意だ。
 一部の公立校の「心ある」教師は,学習,進学の意欲の高い児童と親に,塾での学習や私立への編入を奨めていると聞く。「心ない」場合は推して知るべし。

 これだけ問題の根が深いと(なにしろ温床は日本型民主主義原理そのものなのだ),文部省の指導ごときで事態が改善されるとはとうてい思えない。必要なのは構造改革だが,それはすべての教師とすべての親の意識や水準を変える,ということでおよそ現実的ではない。
 結局,郵政事業同様,公立学校による義務教育というシステムそのものが限界にきているのかもしれない。少子化も進んでいることだし,公立学校や教師はどんどん統廃合,リストラして,民間,つまり私立学校や塾に名実ともに任せてしまうのはどうだろう。そして,型通りの平等な教育など諦めて,いっそ徹底的な特殊教育を競わせればよい。たとえばスポーツ選手を育てる学校(すでにあるか),音楽家,政治家,あるいは宇宙開発者を育てる学校。

(これは,ある作品を紹介するための前文なのですが,紹介そのものとこのへんは分けておきたかったのです)

(つづく)

先頭 表紙

九九……快感……。それは青池保子『イブの息子たち』のニジンスキー。ペシ! / 烏丸 ( 2001-08-08 13:00 )
私も20x20まで覚えようかな?インド人の子供に負けたくないもん。 / りり ( 2001-08-08 08:46 )
いえいえ,そういうストレートな教育論本ならこんな回りくどい分け方しないざんす。新刊マンガを紹介するのに,教育論は欠かせないなーとは思ったのだけれど,こういうぐじゃぐじゃした教育の話とは分けたかっただけなのです(3000字におさまらんなーと思っているうちにおねむの時間になった,というのが正確なところですが)。 / 烏丸 ( 2001-08-06 11:42 )
『学力があぶない』ですかい? / 蛇足ぽたりん ( 2001-08-06 11:25 )

2001-08-04 インテリ農民の陵辱的ヰタ・セクスアリス? 『赤目のジャック』 佐藤賢一 / 集英社文庫


【ひひ,まずは奥方さまを優先して】

 相次ぐリストラに倒産,雇用不安の高まる昨今だが,そんな中でもなり手が少なくて求められている職業がある。その1つが時代小説家だ。
 池波,司馬遼といった大物が去り,残るおばさまがたもこの暑さではいつ風太郎に続いて,コホン,いや失礼。ともかく力のある時代小説家の登場が強く望まれ続けてきたにもかかわらずなかなか現れない最大の理由は,創作にともなう時代考証の面倒くささだろう。しかも時代小説の熱心な読み手は歴史や風俗にうるさ,ゴホゴホゴホ,いやつまり,文芸の徒たるもの,常に資料にあたり,正確な表記をむねとするのは最低のつとめであって。

 まあそのくらい大変なのが時代小説家なのだが,よその国の昔の話ともなるとその谷はさらに深く険しい。
 衣食住から言語,役職,宗教,交通,性生活,その他風俗習慣あらゆる項目について詳細な資料をしかも外国語であたらねばならず,その困難たるや想像を絶するものがある。
 ところが,だ。数年前にひょいと登場したこの佐藤賢一,なんと異国の歴史モノを得手とする。しかも,日本人でも多少は人物,ファッションについて知らないでもないフランス革命やルネッサンス期でさえなく,得意な時代が中世,英仏百年戦争期という珍しさである。14世紀ですぞ,14世紀(もっとも中世人が徹底的に暗愚だったとはルネッサンスを贔屓しすぎで,すでに英知の萌芽はあったというのが最近の説らしいが)。

 本書は,裏表紙の惹句によれば「十四世紀半ばの北フランス。百年戦争の果てない戦乱に蹂躙され,疲弊しきった農村に一人の男が現れた。人身を惑わす赤い目を持ったその男・ジャックに扇動された農民たちは理性を失い,領主の城館を襲撃,略奪と殺戮の饗宴に酔いしれる。燎原の火のように広がった叛乱はやがて背徳と残虐の極みに達し…。中世最大の農民暴動『ジャックリーの乱』を独自の視点で濃密に描く,西洋歴史小説の傑作。」

 ……百年戦争で日本人の耳に唯一馴染んでいる名前がジャンヌ・ダルクと思われるが(続いて青ひげ公ジル・ドゥ・レかな),ジャンヌ・ダルクが登場するのは同じ佐藤賢一の作品でも『傭兵ピエール』のほう。こちらは,農民暴動「ジャックリーの乱」……。うーむむむ。

 と肩に力入れて読み始めたが,別に歴史の知識を要求されるわけでもなくすたすた読めて(極論すれば,イギリスとフランスの場所を知らなくても読める。どちらかといえば,イタリアの歴史を多少知っていたほうがよいかも),まぁ面白かったし,登場人物もなかなか個性豊か,最後のオチも,オチとは言わないかもしれないが,まあなかなかうまくまとめているし。

 でも,一番の印象は,なんといっても────いやぁ,こんなえっちな小説とは思ってもみませんでした。勝目梓ほどではないが,花村萬月くらいにはえっちですねー。青少年諸君,電車の中で読むのはやめたまいよ。

 ちなみに,本文庫を手にするのなら,絶対に巻末の作者による「あとがき」や細谷正充の「解説」を先に読んだりしないこと。とくに「解説」。ミステリでいえば犯人とトリックを書いてあるようなものです。まったく何考えてんだか,最低。

先頭 表紙

某出版社勤務の知人が言うには,時代小説家が求められたのは昔のこと,今は「なんでもいいから売れる作家」がほしいとのことです。 / 烏丸 ( 2001-08-04 03:27 )

2001-08-03 [雑談] 手はあるか,iモードの迷惑メール対策

 
 iモードのデフォルトメールアドレスが,電話番号からランダムな英数文字に変わったと宣伝されていますが,相変わらず出会い系サイト等からのスパムメールは届いているようですね(人ごとのように書いているのは,携帯のメールは使っていないから)。

 考えてみれば,「090********@docomo.ne.jp」の数字8桁が数字とアルファベットの3〜30桁になるというのは単に量的な変更にすぎません。むしろコンピュータの得意分野といってよいかもしれない。
 もちろん,メールアドレスだけでなくドメイン名なども複雑にし,ランダムではなかなかヒットしないようにするのは可能でしょうが,それだと今度はユーザーの利便性が損なわれてしまう。とても覚えられない,手打ちできない。

 また,着信拒否を10件に増やした程度ではなんの対処にもならないことは,PCでメールをやり取りしていてもわかることです。同じアドレスからスパムを送り続ける業者のほうが珍しい。

 DoCoMoに打てる決定的な手段としては,素のインターネット経由メールを禁止し,メール発信者から金を取るシステムを開発することでしょうか。効果の不確かなスパムメール10万通に30万円払うなんてのは,さすがの業者もつらいでしょう。でも,これも一般からの利便性考えると多分無理。

 iモードはインターネットと違って集中管理なんだから,同一アドレスから一定以上の数のメールが送られたらそれを廃棄,これはいい考え……と思ったら,すでにシステム改変が検討されているようですね。
 もっともその論拠は「電気通信設備に多大な負荷を与えるため」とかになってしまうでしょうから,数万通程度で禁じられるのかどうかは疑問。しかも大量メールを機械的にはじくのならともかく,後で責任を問う程度では効果はどうか。
 DoCoMoのお知らせを見た限りでは,「裁判所に対し送信を控える旨の仮処分を申請」とのこと,これで業者が動じるとは到底思えません(宣伝メール発信は別業者に委託したと責任回避,業者は複数のPC,複数の使い捨てメールアドレス,複数のIP経由で分散発信……いくらでも逃げの手はありそう)。

 もう1つの手として,iモードのユーザー(Iさんとしよう)にメールを送ると,いったん自動リプライが届き,そのリプライにキーワード(Iさんが設定。姓名とか)を添えてリプライして初めてIさんがメール着信を知る,というのはどうか。これならメールの末尾にシークレットコード4桁を付けるのと違って,Iさんと面識がなければまずヒットしない。もちろん,メール送信側は,1行目にキーワードを書くなりすれば対応メーラーが自動的にリプライするようにすれば実際は2度送る手間はない。
 ただし……当然ながらトラフィック面ではとんでもないことになりそう。

 いずれにしても,メール受信で無条件に金を取るのは,今後難しくなりそうですね。着信メールを一覧表示してからダウン,ということになるのかな。でもそれだとタイトルに要件書けば,それだけで連絡通じますからね。もともとが1〜数行メッセージなんだし。タイトル用の「本文なし」の符牒が流行するんでしょう,きっと。
 それどころか,友達と示し合わせ,フリーメールアドレスを利用して
  ok@****.co.jp
からのメール着信音なら「了解」,
  no@****.co.jp
からなら「やだよ」の意思表示。これなら,タイトル表示すら必要ない。

 まぁ,この問題の根を絶つには出会い系サイトがはびこる社会と人間性のほうをなんとかしろよ,ですが……これがなんとかなるようなら人類なんてとっくの昔に滅びているわな。

先頭 表紙

ところで,とりあえず,メール着信音と電話受信音を個別に時間制限する機能(ex. 深夜2:00〜朝8:00はメールを着信しても鳴らない)なら簡単に開発できるような気がしますが……。いかがかな > NTT DoCoMo / 烏丸 ( 2001-08-03 20:21 )
あややさま,スパムメール送信を請け負う業者のアルバイト君がPCの前で仕事する姿を想像したら……やはりそれは夜中から朝方にかけてでしょうか。机の上にはゲーム機のコントローラとコーヒー牛乳,かな。 / またしりとり誘ってくださいませ ( 2001-08-03 20:19 )
なるほど!読んでるほうが面白くて、しばらく迷惑メールのメイワクサをわすれてしまいました。個人で変更したのにまだくる出会い系・・。しかも真夜中とか朝方です。ぷんすか。 / あやや ( 2001-08-03 19:33 )

2001-08-02 もう1つの経済戦争 『マンガ 世界戦略 カモネギ化するマンガ産業』 夏目房之介 / 小学館


【日本経済同様,構造改革は痛みを伴う】

 2001年7月,教科書問題,首相の靖国参拝問題に際して,韓国は日本との文化交流,軍交流などを制限する措置を発表した。

 だが,隣国同士,鎖国でもしない限り,政治がらみでは止められない流れもある。サッカーW杯はなんとか協力し合って無事成功させてほしいものだし,文化面ではこの夏,予定通りスタジオジブリの映画が韓国でも放映される。
 一方,日本国内ではこの夏,韓国の出版社・大明鍾(デミョンジョン)の日本法人「タイガーブックス」から,韓国の人気コミックスが単行本の形で発行される。8月6日には第1弾の8冊(価格は各600円),その後も順次発行される予定である。
 予定されているのは韓国で人気の少女マンガ,サッカーマンガなどだが,とくに期待されるのが「Hなナンセンスマンガなのだが,日本でいえば初期大友克洋や鳥山明のようなテイストのうまい絵で,かつ小林まことの絶妙な間を感じさせる」,梁栄淳(ヤンヨンスン)の『NUDL NUDE(ヌードルヌード)』……。

 おっと,ご紹介が遅れたが,この「 」内の評が,今夜ご紹介する『マンガ 世界戦略 カモネギ化するマンガ産業』からの引用である。
 本書は,夏目漱石の孫で(という紹介はもういい加減失礼だな)マンガ家,マンガ評論家として知られる夏目房之介が,海外の作家,評論家たちとのマンガ交流に巻き込まれ,あちらの勉強をしたり,こちらのことを伝えたりしているうちにさまざまな問題に直面し,危機感をもってそれを伝えようとした啓蒙書である。

 確かに,私たちは,日本のマンガやアニメが海外で高い評価を得ている,とは聞いているものの,実際にどの作品がどのような層に,どのような受け止め方をもって評価されているのか,具体的にはあまり知らない。高い評価といっても,夏目漱石のように評価されているのか,宮部みゆきのように評価されているのか,それとも館淳一のように評価されているのか,そのあたりは質的にも量的にも把握できているとは言いがたい。
 また,欧米,アジアの各国でマンガは描かれているのか,描かれているならどのように描かれ,どのように評価されているのか。講談社のモーニングは以前より比較的熱心に韓国,台湾の作家を取り上げてきたが,あれにしても本国で人気の高い作家なのか,それとも登呂遺跡の売店で売られている宮崎産の埴輪(本当)のようなものなのか,実はよくわからない。

 本書はそのあたりの事情をつぶさに伝え,また一方,マンガ,アニメに国際化の波が押し寄せているにもかかわらず,そのあたりにうとい出版者,マンガ家に対し注意を喚起するものである。版権や契約の問題にうといと,海外で大ヒットしたアニメの権料が入らない,作品を切り張りされ,スタッフクレジットを書き換えられるといったことさえ起こるようである。

 マンガの一読者が,はたして国際的なビジネスとしてのマンガ,アニメの有り様まで知る必要があるのかどうか,また海外のマンガ,アニメを知ることによって相対的に日本のマンガ,アニメの質,傾向を考えるという行為がはたして必要なのか,そのあたりはなんともいえないが,ただブームに流されるだけでなく「考えてみたい」方には非常によい体験になりそうな1冊である。

 たとえば,アメコミを読みなれたアメリカ人読者には,デフォルメされた(マンガチックな)人物とリアルな背景が共存する『釣りバカ日誌』はとても奇妙に見える,なんてことがわかるだけでも十分面白いのではないだろうか。

先頭 表紙

押井守は米国のビデオエージェントに「GHOST IN THE SHELL」の権利料を払ってもらえないそうです。 / 烏丸 ( 2001-08-02 11:36 )

2001-08-01 お盆の帰省列車にこの1冊 『茄子 1』 黒田硫黄 / 講談社アフタヌーンKC


【あんた茄子嫌いじゃない】

 2001年7月,小泉首相はその改革へのパフォーマンスで参議院選挙を圧勝し,ヒットラーとの類似を指摘する夕刊紙さえ現れた。

 その同じ7月。
 こちらはナチ,ではなくて茄子。『大日本天狗党絵詞』,『大王』の黒田硫黄の新刊,連作短編集である。

 最初の話は,読書好きの中年オヤジが野良仕事を終え,納屋を開けて若い男女を発見するシーンから始まる。無気力な高校生・まるかは18,少年は5歳年下。家出らしいが,年下の少年のほうが仕切り屋で,オヤジは2人に茄子を食わせ,風呂を使わせる。
 なるほど,この3人が登場人物で? と思っていると,2人はあっさりと物語から消え,代わりにワケありな雰囲気の中年女がオヤジのもとを訪れる。ふうむなかなかこのオヤジもワケありそうな,と思っていると,その次はぜんぜん関係なさそうな高校の屋上の空中菜園が舞台で,その次にいたってはスペインの自転車レースがメインテーマだ。ほかのも面白いが,この「アンダルシアの夏」という中篇がなんとも凄い。ほんの50ページで,シブい映画をじっくり見たような気分になれるのだ。
 と余韻にひたっていると,やや,次の短編では,また最初のオヤジが登場する。それから,最後の短編には,また別の若い男女。
 いずれも,古い,上質な映画を思わせる。ということは,何気ないようで,アングルや台詞にいろいろなものがこもっているということか。とにかく50歳と45歳の添わぬ男女を描けるマンガというのはただ事ではない。

 いずれの作品にも,小道具として茄子が登場する。あの,紫色の,焼いて熱いのを皮むいて醤油かけたり,じっくりヌカに漬けこんだり,それから中華味で炒めたり味噌汁に入れても旨い,あの茄子だ。スペインのアサディジョ漬けは5日目が一番旨いのだそうだ(巻末にはちゃんと漬け方が載っている)。ワインと食え! ビールで食う奴は死刑だ! そうだ。

 これら脈絡のあるようなないような短編群に登場する茄子は,いったい何の象徴なのか……などと問うのはヤボの極みだろう。しいていえば,作者の太いペンタッチは,焼き茄子の皮のあたりのイメージにちょっと似てる。巻末のオマケの4コマが,また笑える。「夏はビールに限るなあ なすでも焼くか」という作者を台所で茄子たちがつるし上げ,「何がなすでも焼くかだっ!!」「なすのマンガ描いてわれわれをメジャーにしろ」「タマネギよりもメジャーにしろ」「大ブレイクしろ」……。

 さて,これが第1巻,大ブレイクは果たせるだろうか。

先頭 表紙

一見ガロふうなんですが,実はスピードというかアクションこもった感じですねえ。とらえどころはないけど芯はくっきり,という印象です。 / 烏丸 ( 2001-08-02 21:28 )
やや!でましたね!この方、大好きです。画力ありますねえ。『大日本天狗党絵詞』処分しなけりゃ良かった・・・某アングラ古書店に行ってみます。烏丸様、あったらゲットしておきま〜す! / しっぽな ( 2001-08-02 12:36 )
や,短編集がまた出ますか。要チェックですね。それにしても『大日本天狗党絵詞』,ずっと探しているのですが,これが書店店頭では見つからない……。 / 烏丸 ( 2001-08-02 03:17 )
わわわ、これは買わなくては。黒田硫黄の短編集(「大王」以降の作品)、イーストプレスから9月下旬頃に出るそうですよ。これも買いですね。 / けろりん ( 2001-08-02 00:48 )

2001-07-31 [補遺] ヤング・ミュージック・ショーについて ほか

 
○エルトン・ジョン
 『イエス・イッツ・ミー〜レア・トラックス』などが発売されたおかげで,エルトン・ジョンについては初期のCD化されてなかったマイナー曲も大半が手に入るようになっています。しかし,いまだブートレッグでさえ見かけないのが,かつて(1973年10月28日)NHKがヤング・ミュージック・ショー(*1)で放映した音源です。
 その内容ですが,まずは来日コンサートからJerry Lee Lewis「Whole Lotta Shakin' Goin' On」を一発(画質は悪いのですが,ピアノの前での飛び跳ねロックンロールで,まさに「一発」),そしてメインはロンドン・ロイヤル・フィル(ポール・バックマスター指揮)をバックに,「僕の歌は君の歌」「パイロットにつれていって」「60才のとき」「可愛いダンサー」「王は死ぬものだ」「黄昏のインディアン」「マッドマン」「布教本部を焼きおとせ」そして「グッドバイ」という,2nd,4thアルバムからのメロディアスなバラード中心に全体で約60分。
 実は,1993年に発売された『エルトン・ジョン/エルトン・スーパー・ライブ〜栄光のモニュメント〜』が,ストリングスをバックにオーストラリアで録音されたもので,明らかにヤング・ミュージック・ショー当時を意識した初期のメロディアスな曲中心の選曲なのですが,いかんせんこの時期のエルトン・ジョンは喉のポリープで高音が乱れ,曲によってはかなり聞き苦しい。
 やはり,若くはつらつとした時代のヤング・ミュージック・ショーのナイーブかつテレビ放映用とは思えないほどクリアな音源のCD化を期待したいのですが……。

*1「ヤング・ミュージック・ショー」……NHKが1971年〜1981年の約10年間にわたって,散発的に海外のミュージシャンのライブ映像を放映したもの。エマーソン・レイク&パーマー,ローリング・ストーンズ,ピンク・フロイド(ライブ・アット・ポンペイ!),スリー・ドッグ・ナイト,ロキシー・ミュージック,サンタナ,ポリスなど,プロモーションビデオがブームになる以前の貴重な洋楽ビデオクリップ,ライブ放映だった。

○カーペンターズ
 カーペンターズについて,デビュー当時から気になっていたのは,ともかくバックミュージシャンの写真がレコードジャケットに一切掲載されないこと。ライブコンサートのもようでも,カレンとリチャードだけを写すか,写っていても,ピンボケで顔も楽器の詳細もわからないようになっているのです。
 もちろん,ポップミュージシャンのバックバンドなんて今も昔も写真が載らないのが普通かもしれませんが(たとえば松田聖子のシングルのバックミュージシャンなんてぜんぜんわかりません),さわやか,和気あいあいなイメージで売っているわりには冷たいよなぁ,という気がしたものです。
 「愛にさよならを」のギターなど,いかにもカーペンターズふうの音がある以上,同じスタジオミュージシャンが参加していたに違いないのですが。

 なお,カーペンターズの怪しさについては,山岸凉子が1987年9月号11月号のASUKAに「グリーン・フーズ」という作品を掲載しています。兄妹のポップグループで,兄がキーボード,妹がヴォーカル担当,妹が拒食症で死ぬ,という以外は別にカーペンターズでなくともよい設定(兄が名子役だった栄光から才能ある妹を抑圧する,というストーリーになっている)ではありますが,山岸凉子もなにか気になるものがあったのかな,という気はします。

先頭 表紙

当時のNHK教育が何を思ったかフランス語講座のゲストにポルナレフを招き,インタビュー。「ポルナレフさんは,暇な時には何をしているんですか?」の問いに答えて曰く,「退屈してる」。 / 烏丸 ( 2001-08-02 21:26 )
ポルナレフは,代表作がCD化されない謎のミュージシャンの1人だったのですが,最近ようやく初期のアルバムも手に入るようになりました。とくにラップや中米音楽を取り込み,多重録音をこらした3枚目は時代を考えるとその先進性にちょっとびっくりします。 / 烏丸 ( 2001-08-02 21:24 )
ビデオなんてなかったあの時代、目を皿のようにして見ていました。全身耳と目。ミッシェル・ポルナレフとはラジオのAMで出逢い。後日姿を見てぶっ飛んだ〜です。 / しっぽな ( 2001-08-02 12:39 )
ビデオの(もちろんLDやVHDも)普及してない70年代には,「動く」ロックミュージシャンの映像は貴重でしたね。ヤング・ミュージック・ショーは英米のロック中心でしたが,フジテレビのミュージック・フェアはポルナレフやジョルジュ・ムスタキなど,ヨーロッパ系もけっこう登場したような。 / 烏丸 ( 2001-07-31 20:49 )
ちょうど帰宅した頃(4時半ごろかな)これ放送していました。小5の私に新しい世界を与えたのはラジオとこの番組でした。プロモのクリップなんかと比べて長くて重い画像。最近、BSで再放送していませんでしたか? / しっぽな ( 2001-07-31 15:26 )

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