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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2001-01-16 本の中の名画たち その三 『[35]モロー』 竹本忠雄 解説 / 新潮美術文庫
2001-01-15 本の中の名画たち そのニ 『名画感応術 神の贈り物を歓ぶ』 横尾忠則 / 光文社知恵の森文庫
2001-01-13 本の中の名画たち その一 『ルネッサンスの光と闇 芸術と精神風土』 高階秀爾 / 中公文庫
2001-01-08 本の中の名画たち
2001-01-06 こジャレたかけあいとペーソス 『マローン殺し マローン弁護士の事件簿I』 クレイグ・ライス,山田順子 訳 / 創元推理文庫
2001-01-04 21世紀の書評初め,少々ネクラなこの1冊 『39【刑法第三十九条】』 永井泰宇 / 角川文庫
2000-12-31 自己と非自己,寛容(トレランス)と非寛容(イントレランス) 『免疫学個人授業』 多田富雄,南伸坊 / 新潮文庫
2000-12-28 本の中の強い女,弱い女 その十四 『花図鑑』 清原なつの / 集英社
2000-12-26 『英米短編ミステリー名人選集5 革服の男』 エドワード・D・ホック / 光文社文庫
2000-12-25 [雑談] おもちゃのカンヅメ「未来缶」もゲット


2001-01-16 本の中の名画たち その三 『[35]モロー』 竹本忠雄 解説 / 新潮美術文庫


【もし踊らば,なんなりと望みのものを遣わそう】

 本好きの間でも意外と知られていないように思われるのが,昭和49年(1974年)に最初の1冊『[45]モディリアーニ』が発行された新潮美術文庫だ。

 このシリーズは全50巻で,[4]レオナルド・ダ・ヴィンチ,[9]レンブラント,[26]モネ,[27]ルノワール,[28]セザンヌ,[29]ゴッホなど,日本でも人気の高い,いわばメジャーな画家だけでなく,[1]ジオット,[7]ボス,[8]ブリューゲル,[35]モロー,[36]ルドン,[37]クリムト,[49]デュシャンといったやや通好みなあたりまで1人1冊で発行されている点に特徴がある。
 しかも,写真がよい。堂々たる箱入りでありながらなんとなく写真の甘い美術本がまれにあるのに比べ,本シリーズは全般にかなり細部までしっかり判別できる写真が用いられている。発色もよい。印刷が「こってり」濃い感じで,メリハリがはっきりし,ほぼ同時期に発行されていたポケットサイズの鶴書房ART LIBRARY(全30巻,すべて絶版)とは比較にならないほど図版が明確だ。カラー図版がいずれも奇数ページに置かれ,裏面の写り込みを気にせずにすむのもよい。最高の発色とは言わないが,高価な画集に勝るとも劣らない水準である。さすがは毎年のカレンダーに無名近代画家を発掘し続ける大日本印刷,といったところか。

 もう1つの特徴として,1冊1冊に選者(解説者)がつき,図版の選択にその個性が発揮されているということがある。
 たとえば[4]レオナルド・ダ・ヴィンチを担当した東野芳明は例によって牽強付会,解説ではルイス・キャロルからアントナン・アルトー,ジャスパー・ジョーンズ,マルセル・デュシャンまで引き合いに出し,[3]ラファエルロを担当した若桑みどりは従来のマドンナ至上のラファエルロ観を嫌い,バロックに至るマニエリズモの徒として「小椅子の聖母」や「フォルナリーナ」を排している。[16]ゴヤの阿部良雄は巻末に「ボルドーの乳売り娘」を,[38]ムンクの野村太郎は巻頭に「芸術家の妹の肖像」を配し,いずれも暗い画風で知られる画家の作品群に一条のあざらかな光を差し込ませている。

 もちろん,個性があるということは,何かを排斥していることでもある。
 無骨な肖像画と巨大壁画に重点を置いた[3]ラファエルロは頬の赤いマドンナ像を求めるファンには物足りないかもしれないし,[4]レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」,[2]ボッティチェルリの「春(ラ・プリマヴェーラ)」「ヴィーナスの誕生」などの大作がいずれも部分画像となっているのはポケット版ゆえの限界だろう。また,[6]デューラーで千足伸行が選択したのは油彩,水彩だけで,「メランコリア」「書斎の聖ヒエロニムス」等の版画作品は解説の中に小さくモノクロで掲載されているだけである。デューラーの特徴を最もよく表すと言われる木版,銅版の版画を排し,絵画作品に限定する必要がどこにあったのだろうか。

 いずれにしても,得がたい図版が廉価に手に入るのは嬉しい。添付画像の[35]モローは「600円」という発行当時(昭和50年)の帯が付いたままだが,昨今は各巻とも1,100円で発売されているようだ。この[35]モローの場合,ヘロデ王の前で踊るサロメを描いた作品だけでも4点が収録されており,その発色,からみつくアラベスク紋様の素晴らしさには声も出ない。内容を鑑みて,決して高価な買い物ではない。

 新潮美術文庫は,今でもある程度大きな書店なら数冊ずつは置いてあるようだ。ぜひ一度好きな画家のものを手に取って収録作品やクオリティをチェックしてみてはいかがだろうか。

先頭 表紙

これを書いたときうっかり失念していましたが,日本経済新聞社発行の「日経ポケット・ギャラリー」という16×13cmの真四角っぽいポケット美術全集というのもあります。和洋合わせて45冊と品揃えがやや弱いのですが,ラファエル前派のダンテ・ガブリエル・ロセッティが収録されているのはポイントが高いですね。 / 烏丸 ( 2001-01-25 16:02 )
最近は,スポンサーがつかないのか,大物の展覧会も少なくなりましたね。おかげでたまにフェルメールでもくると長蛇の列。たまりません。 / 烏丸 ( 2001-01-23 12:42 )
ホントに続いて欲しいシリーズですが、美術館も次々閉鎖されている時勢、画集商売も難しいのでしょうか…。 / TAKE ( 2001-01-19 15:24 )
あと軽いので、寝ながら読むのに最適(笑)でした。 フツーの画集って重いんですよ〜! / TAKE ( 2001-01-19 15:22 )
1,100円なら,極端な話,切り抜いて壁に貼るために1冊余分に買ってもそう無茶ではありません。新潮社には,どうかこのシリーズを絶版にしないで頑張って(できれば新刊も出して)ほしいものです。 / 烏丸 ( 2001-01-18 11:47 )
このシリーズ以降,この手のポケット美術本があまりないのは不思議です。売れないのでしょうか。最近多いのは,デカくてペラペラの雑誌タイプですが……。 / 烏丸 ( 2001-01-18 11:45 )
僕もこのシリーズは何冊か持っています。高価な画集の多い中、気軽に買える(気軽に扱える)このシリーズはホントに有り難く思ってました。 / TAKE ( 2001-01-18 11:20 )
「新潮美術文庫」……通の方々は図版の美しさをお勧めになりますね。でも、図版の選択や解説にこんな特徴があるとは存じませんでした。わかりやすいご説明に感謝です。 / 美奈子 ( 2001-01-18 08:18 )

2001-01-15 本の中の名画たち そのニ 『名画感応術 神の贈り物を歓ぶ』 横尾忠則 / 光文社知恵の森文庫


【言葉を超えた力だ。その力はスピリチュアルでさえある。】

 絵画作品に向かう折り,描かれた事象の1つ1つに「意味」を見出すべきか否か。これは小さな問題でない。

 ……と,先日と同じ1行で書き始めたのは,高階秀爾 の『ルネッサンスの光と闇』が徹底した「意味」追求の立場に立って書かれたのに対し,そうでない本ももちろんあるからである。
 しかし,画集ならともかく,文章で築かれた本で「感覚」「感性」の側に立ちつつ面白いというのはなかなか難しい。当たり前のことだが,文章が言葉の「意味」の積み重ねで成り立つものだからだ。

 『名画感応術』は雑誌「CLASSY」に'92年4月から'95年3月にかけて連載された「日本に来る名画」なるアート・エッセイ(なんとも軽薄なジャンル分けだが,本書の惹句に書かれたものだ)をまとめたもので,その,ハズレのほうの1冊。著者は,表向きは何度も「何が描かれているのかとか,何を意味しているのかとか,考える必要はない」「意味がわからなくても,作品の持つ本来のパワーやエネルギーはちっとも変わらない」と言いながら,エッセイとしてはついつい「何が」「何を」と「意味」を追ってしまう。まことに徹底さに欠け,だらしない印象である。
 これはもちろん,「日本に来る名画」というテーマが,著者に作品を選ぶ権利を与えなかった──その折々に展示会が催され,話題となった作品を選ばざるを得なかった──ことにもよるのだろう。リナールの「五感」のように,意味を追う以外に紹介しようのない作品もあったに違いない。しかし,それにしても,自身がさまざまな画家,作品について細部の意味や主題の解題を書きつらねながら,一方でキーファーの作品の分析を重ねる美術評論家のレクチャーを「退屈」「絵画作品は感応するものではなく理解するものであるといわんばかり」と切り捨てているのは不愉快であった。

 そもそも,感覚,感性をもって絵画を見ることと,その評が感覚的であることは別の次元のことだ。著者の感覚的な文章は,ときによると,言葉に対する不誠実ささえ感じられる。
 たとえば「スーチンは夢や直観を信じて制作したという。そういう意味では,本格的な芸術家であったと思うが,彼が影響を受けたと思われるゴッホと同じように,美術の伝統が皆無であった。だから彼を思想的な表現主義と呼ぶのは間違いだ」という一節など,ほとんど意味不明である。絵画を見る行為が直観によるべきなのに,画家の評価が画家自身の言葉で左右してよいのか。夢や直観を信じて制作すれば本格的な芸術家とはいかなる論拠によるのか。ゴッホの影響を受けながら美術の伝統が皆無とは。
 結局,自分が考える意味,自分が感じる感性はおっけーで,他者が意味や感覚について述べたらイマイチ,それだけのことなのかもしれない。それは,個人あるいは実作者として絵画作品に対するならかまやしないが,文責者としては問題がありはしないか。

 ついでにいえば著者本人のデザインという文庫の表紙も疑問で,これ(添付画像参照)は本文中に紹介されたマグリットの「透視」という絵の一部なのだが,この作品は画家がテーブルの上の卵を見ながら鳥の絵を描いているその構図が面白いのであって,このように卵が切り離されては何がなんだかわからない。なぜ表紙にこの絵を,しかもこのように用いたのか,謎である。この絵を評する著者の「卵の形を見るのではなく,卵から想像される暗示をテーマにしているのだろう。この絵はマグリットの思想をなかなかよく表現した作品であると思う」なる一節同様,何も考えていないとしか思えない。

先頭 表紙

横尾忠則に初心者向け絵画入門を,といったところですでに危なっかしい気がします。やはり彼は60年代型実作者でしょう。ただ,以前紹介した『消えたマンガ家』の「アッパー系」で美内すずえと対談している内容は,もうアッチに行っちゃってとほほのほでした。 / 烏丸 ( 2001-01-18 11:43 )
↓ちょっと不躾な言い回しでした。横尾忠則氏は僕らにとって大きな存在でして、ある時は憧れであったり、ある時は落胆させられたり、いろいろと複雑な想いに捕らわれてしまうのであります。 / TAKE ( 2001-01-16 01:22 )
瞬間々々に誠実で、言葉には超不誠実…って感じの人、芸術家には多いんです(笑) 周囲も悪いですよね、適当な本書かせて…とも思います。グラフィックデザイナーの大先輩としては凄い方だったのですが、裸の王様化されてないといいのですが…。 / TAKE ( 2001-01-15 22:44 )

2001-01-13 本の中の名画たち その一 『ルネッサンスの光と闇 芸術と精神風土』 高階秀爾 / 中公文庫


【現実の世界と理想の世界のこの特異な融合】

 絵画作品に向かう折り,描かれた事象の1つ1つに「意味」を見出すべきか否か。これは小さな問題でない。
 印象派全盛のパリで神話的世界を描き続けたモローは「文学的」と排斥され,現代の批評家の一部は「絵は目と心で見るもの,意味を見出すような見方はいかん」とのたまう。
 しかし一方,あふれんばかりの「意味」が立ち上り,こと細かにはわからないまでもその意味のヴォリュームが前に立つ者を圧倒する作品もある。たとえば,ピカソの「ゲルニカ」を作者,作成経緯を知らずに初めて見たなら,どのように見えるだろう。また,現在の我々はシュルレアリスムやキュービスム作品の数々をすでに目にし,少なくともそのような作品が芸術として高く評価されていることを知っている。それを知らず,たとえば19世紀までの絵画の経験しかない目でピカソを見たなら,はたしてどう見えるのか。

 著者・高階秀爾は,絵画作品に対し,徹底して「感覚」でなく「意味」の側に立つ。著者の言葉によればその作業は「美術作品を時代の精神的風土のなかにおいて読み解こうというもの」であり,「今では西欧においてすら忘れられてしまっている古い,しかし豊かな言葉を語っている」ルネッサンス期の美術から「その忘れられた言葉を改めて解読し,その意味内容を明らかにすることによって作品を歴史のなかに位置づけようとする」ものである(このような学問を「イコノロジー」(図像解釈学)と言うそうである)。

 だから本書は,一種の絵解き「本格推理」作品なのである。

 1つの絵画作品に描かれた神話的,宗教的な人物の人選,そのポーズ,その構図,その服装,髪型,背景のアーチ,足元の花,それらはすべて「古代あるいは中世の造形上の先例を借りてきながら,それに新しい意味内容をつけ加え」た画家たちの「言葉」であった。
 たとえば,さまざまな絵画作品に描かれた「頬杖をついた」ポーズが,人間の4つの性質のうち「憂鬱質」を表すものであり,その4つの性質はアリストテレスのいう4つの物質の本性(冷と熱,乾と湿)や物質のありかた(大地,水,火,空気),春夏秋冬の四季,東西南北の四方……などと結びつくこと。また,ボッティチェルリの「春」に描かれた三美神はいったい何を象徴するのか。同じくボッティチェルリの「ヴィーナスの誕生」の構図は,いかなる作品にならったものなのか。さらには,その作品にならったことからうかがえる隠された意味とは。

 驚くべきは,意味のこもらない事象がほとんど何1つない,意味によるがんじがらめとしかいいようのないそれらルネッサンス期の作品が,また同時に,いかに生き生きと「人間」を描き上げていることか。それゆえそれらの作品は,人間が人間であることの輝きと同時に,時代の闇も同時に内包することになる。

 本書では,自然,宗教的情熱に走りがちなヴェネツィア等より,理屈,技術好きなフィレンツェが再三話題になる。しかしそのフィレンツェは,イタリアのどの都市より先に豊かな芸術の花を咲かせてルネッサンスの夜明けを告げ,豪華王ロレンツォ・デ・メディチという芸術に理解のある指導者を擁しながら,ヴェロッキオ,レオナルド,ミケランジェロ,ラファエルロらに相次いで去られ,ルネッサンス盛期にはほとんど見るべき成果を上げられない。
 ちなみに,黒澤明監督「生きる」で,余命いくばくもない志村喬が雪の夜の公園のブランコで歌う「ゴンドラの唄」(吉井勇作詞・中山晋平作曲)は,このロレンツォの詩を翻案したものとも言われている。

先頭 表紙

okkaさま,少なくとも新本格派の○○や□□,△△どもよりよほど面白いと烏丸は思っているわけであります。 / 烏丸 ( 2001-01-15 02:24 )
TAKEさま,この著者の本の中では,これが一番そのあたりの読み応えがあるような気がします。烏丸はとくにフィレンツェ,ボッティチェルリのファンなもので,もうたまりません。 / 烏丸 ( 2001-01-15 02:21 )
美奈子さま,「ゴンドラの唄」はそもそもなんでこのイタリアともヴェネツィアとも関係ない詩で「ゴンドラ」なんだ?と疑問に思っていたところ,ある本でロレンツォの古詩を知り「エウレカーッ!」と叫んだ……ものの,そのうちそれがすでにある説だと知ってがっかりした次第。 / 烏丸 ( 2001-01-15 02:19 )
判じ物としておもろそうですね。 / okka ( 2001-01-14 10:56 )
面白そうなので早速読んで見ます! 絵画にまだ宗教色が濃かった頃は構図等かなりロジカルな要素が強かったとか、ダ・ヴィンチが数学的な裏付けで構図を決めていた…なんて話が以前から興味あったんです。 / TAKE ( 2001-01-13 13:39 )
あの唄がルネッサンスにつながるとは。古い日本の曲の歌詞かと思っていました。 / 美奈子 ( 2001-01-13 10:51 )
「憂鬱質=湿=水=冬=北」のような連鎖になるんでしょうか。 / 美奈子 ( 2001-01-13 10:51 )

2001-01-08 本の中の名画たち


【メランコリアへの旅】

 1960年代の後半,イギリスのテレビドラマに「スーツケースの男」(ITC作品。リチャード・ブラッドフォード主演)というのがあった。のちに「銀髪の狼」とタイトルを変えたが(逆だったかもしれない),CIAの諜報員が裏切り者の烙印を押され,仲間から追われつつその容疑をはらさんとイギリスに渡り,スパイの7つ道具を収めたスーツケースを片手に賞金稼ぎの私立探偵を営むというもの。言ってしまえば「逃亡者」や「FBI」などの傍流であり,暗い話が多くて,大きな話題にはならなかったようだ。しかし,ブラスサウンドが躍動するテーマ曲ともども,烏丸の記憶に強く残っているのが,贋作事件を描いたその中の1挿話である。(今から考えれば非常に奇妙なことだが)その事件の贋作画家はボッティチェルリの「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスの顔のあたりだけの贋作をキャンバスにしたため,主人公の銀髪の狼マッギールはその事件の解決に奔走する。結局,主人公の活躍もあって真作はしかるべく持ち主の手に,贋作が贋作画家の手元に残った……ように見えて,実は贋作画家の手元に残ったキャンバスのほうが本物で,そのキャンバスの前で贋作画家が「永遠を得たり」とばかりにうっとりと頬を緩めるシーンで番組は終わる。
 なにぶん30年以上昔,一度見ただけのテレビドラマゆえ,ストーリーも設定もなにもかも心もとないのだが,その回の最後のシーンだけは妙に心に焼き付いている。それはまた,私にとって,この世には冬休みの宿題の,金賞銀賞の折り紙貼られた作品とは別の絵画世界というものがあり,そしてそれに大の大人が何もかも打ち捨てて陶然とする場合があることを知った,最初の機会の1つでもあった。

 その作品がボッティチェルリであったのは我ながら上出来だ。その後も私がドイツ表現主義,シュルレアリスム絵画と並んで最も愛好するのはそのフィレンツェの画家のどこか焦点の合わないメランコリックな目であり,その思いは長年くすぶってのちにその目に遭うためにのちにフィレンツェ,ウフィツィ美術館に直接尋ねることにもなるのだから。

 というわけで,次回からしばらく,何度かに分けて,本の中の名画についてつらつら綴ってみたい。
 絵画作品について語るのか,本について語るのかは,その折々の気分に任せよう。また,数千,数万円するような画集,美術全集には極力触れず,文庫や新書,せいぜい千円程度で入手できる書物に限定して取り上げてみたい。言葉だけで絵画作品に触れることの難しさはもとより覚悟の上だが,まあ,いつものように,気の向くまま,ときどきほかの本もはさんで,のんびりやってみることにしよう。

先頭 表紙

……いかんいかん,ほかの本に並列浮気ばかりしていて,なかなか進まない。 / 烏丸 ( 2001-01-12 16:25 )
しかし,ウフィツィの展示の無造作さといったら……ガラスも介さず,よからぬ者がナイフを振りかざしたら,どうなるのでしょう。彫刻なんか,通路にごんごん置いてあるし。 / 烏丸 ( 2001-01-09 13:55 )
数年前、ウフィツィでこのビーナスを見た時、体が動かなくなりました…。教科書の図版を見ても全然ピンと来なかったのだけど、オリジナルの美しさといったら。絵全体に、奇妙に明るいグレーの霞がかっていて。そしてこの、何事かを諦めたようなかなしいような、でもやっぱり微笑んでいるかのような、曖昧な表情。 / このシリーズも期待大です ( 2001-01-09 10:38 )

2001-01-06 こジャレたかけあいとペーソス 『マローン殺し マローン弁護士の事件簿I』 クレイグ・ライス,山田順子 訳 / 創元推理文庫


【マローンにとって人生はすばらしいものなのだ】

「ひまじんラジオがお届けする午後のくるくるカラスマルアワー,本日は……実はまたしてもミステリの短編集なんですね」
「担当者が創元から短編集が出たと聞くとすきっぷすきっぷで買ってきてしまうタイプですから,それはもうしかたございませんかしらねえ」
「もう若くはないのですから,周囲に迷惑だけはかけないよう心がけてほしいものです。さて,それはともかく,本日ご紹介いただくクレイグ・ライスという作家は……」
「はい,1908年シカゴ生まれの女流作家で,広報係・新聞記者・ラジオ脚本家・プロデューサーなどの職業を経て,女性ならではの都会的センス,軽妙なユーモアあふれる長編の数々で知られておりますね」
「ヒット作,酔いどれ弁護士マローン物の第1作『時計は三時に止まる』が1939年,亡くなったのが1957年ですから,テレビの黄金時代のほんの少し前」
「そうですね,テレビでヒットした探偵物,弁護士物,その基本となるイメージをこしらえた作家という位置付けでしょうか」
「なるほど,わかります。資料によりますと主人公マローンは,背の低い,少しはげかかった小太りの弁護士,ネクタイはいつも耳の下,ときどき誰かに殴られたアザがあり,靴紐はほどけている。お酒とポーカーが大好きで,ブロンド美人が大好きで,ポケットにはいつも5ドルあるかないか。でも弁護の腕は最高で,法廷で負けたことがない……」
「お調子者,楽天的,でもいざとなると頼りになる……わたくし,映画『ゴーストバスターズ』のビル・マーレーを少しイメージしてしまいましたのよ」
「よくわかります。気が強くてしたたかなシガニー・ウィーバーがトラブルに巻き込まれ,最初は彼をうとましく思っても,最後には見事に事件を解決してくれるわけですね」
「それでマローンが彼女たちの愛を手に入れられるかといえば,なかなかそうはいきませんの」
「とても懐かしい,しかし魅力的なアメリカテレビドラマ,そのような感じです」
「この『マローン殺し』は作者の死後にまとめられた短編集で,そんなマローンの魅力がつまった,とても楽しい1冊。親しいバーテンダーやぼやいてばかりいる警官,ギャング,ブロンドの美女と,脇役たちもとっても素敵です」
「ところで,アメリカのミステリを読んで,彼我の違いに不思議に思うのは,あちらの探偵や弁護士が,昼日中からいつも飲んでいることなんですが」
「アルコールへの耐性が違うのでしょうか,マローンも四六時中飲んでおりますね。好みはジンかライウィスキーをダブルで,ビールをチェイサーに。来客があれば飲む,事件が起こると飲む,片付いたら飲む。『不運なブラッドリー』という短編の冒頭に,マローンが酒場でグラスを手にしながら『マイ・ワイルド・アイリッシュ・ローズ』という歌を歌うシーンはことに素敵です。彼は,低く歌いながら,店内のほかの客がそれに唱和するのを待つ……そんな習慣があるようですわね」
「ほかに,この『マローン殺し』で印象に残った作品といいますと」
「そうですわねえ,お気に入りの連続ドラマと同じでどのお話も素敵なんですが,『邪悪の涙』という作品の哀切さ,これがもう。マローンの親しい人妻が殺されるのですけれど,マローンが,殺された女性にも,犯人にも,それはそれは穏やかで優しいのですね。人の本当の優しさはつらいときにわかる,とでもいうのかしら」
「しかし,本当の優しさがわかったときはtoo late,そのような感じでしょうか……本日はありがとうございました」
「またお呼びください……それで,今日のギャラのことですけど」

先頭 表紙

精神的平安が得られる・・・らしい。昔の殿様が物狂いになるとやってたでしょ?あれの模倣らしいですよ。頭への血流を抑え色力で癒すというインチキ臭い話ですが。 / okka ( 2001-01-13 10:19 )
okkaさま,何に効果があるのでありましょうか。酔わないとか? / 紫のネクタイは持ってない 烏丸 ( 2001-01-09 02:26 )
しかし、あれは本当に効果があるそうですよ。とくに紫色のネクタイは。 / okka ( 2001-01-08 15:26 )
あぁ〜、なるほど! そういう意味だったのですね! うーん、情景が目に浮かぶようなご説明、ありがとうございました。余談ですが、男の人のそういう動作って時々見てみたいと言いますか、ちょっといい感じ。 / 美奈子 ( 2001-01-08 01:14 )
美奈子さま,こちらこそ今年もよろしくお願いいたします。さて,耳の下のネクタイですが,これは翻訳のままの引用なのですが,ネクタイしめて酒を飲むときの気分を思い出して想像するに,「ええい,うざったい」とばかり,右か左,どちらかの肩にはね上げている(肩にかけている)のではないかと思います。ネクタイってのは,ピンでとめずにぶら下げていると,グラスにつきそうなんですよ。気持ち,わかる……。 / 烏丸 ( 2001-01-07 21:11 )
白人の方々のアルコール分解能力は私たちとはかなり違うようです。シドニーでもビジネス街のあちこちにバーがあり、その中では午前11時頃から嬉しそうにビールを楽しんでいる人が大勢います。申し遅れましたが、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 / 美奈子 ( 2001-01-07 17:22 )
やはりいにしえより、対話篇はわかりやすくてよいですねぇ。店内の人々が唱和するというご説明で、つい歌声喫茶を思い浮かべてしまいました(笑)。ところで素朴な疑問ですが、ネクタイはいつも耳の下にするものなのでは……??(すごいオオボケな質問だったらすみません。) / 美奈子 ( 2001-01-07 17:18 )

2001-01-04 21世紀の書評初め,少々ネクラなこの1冊 『39【刑法第三十九条】』 永井泰宇 / 角川文庫


【刑法第三十九条】

  1心神喪失者の行為はこれを罰しない。
  2心神耗弱者の行為は,その刑を減軽する。

 21世紀になったからといって,読書の趣味が変わるわけでもない。年明け早々,暗い本である。が,暗い中にもねごねごした手応えがあり,なかなか悪くなかった。

 先日の『免疫学個人授業』と『体にいい寄生虫 ダイエットから花粉症まで』に出てきた「IgE抗体」のように,比較的短いスパンに読んだ複数の本に共通の言葉やイメージを発見するのは楽しいものである。もちろん本の選び方には読み手の嗜好が影響するし,昭和の歴史を振り返る本とスポーツ本の両方に力道山や長嶋茂雄の名前が出てきても当然にすぎて別に面白くもなんともないのだが。
 永井泰宇『39【刑法第三十九条】』では,主人公が殺人事件の被告の精神鑑定人であることを知って,少し楽しくなった。その仕事の困難さについて,最近,『サイエンス・サイトーク ウソの科学 騙しの技術』で読んだところだったからである。

 事件は東京・豊島区の雑司が谷,鬼子母神にほど近いアパートで起こる。妊娠7か月の妊婦とその夫が切り裂かれて殺されていたのだ。警察はいくつかの手掛かりから劇団員・柴田真樹を逮捕。しかし,公判で奇妙な態度を見せる柴田について,国選弁護人は司法精神鑑定を請求する。
 物語は,柴田を解離性同一性障害(いわゆる多重人格障害,つまり刑事責任能力はない)とする精神医学者・藤代と,柴田の態度を詐病(病気のふり)でないかと疑うその教え子・小川香深,そしてそれぞれの立場に立つ刑事,検事,弁護士らをからめて展開していく。
 名前に負けない暗い過去を持つ主人公の香深はいうにおよばず,藤代教授,柴田を逮捕した名越刑事,草間検事,長村弁護士ら,脇役陣の存在感がなかなかけぶった感じでよい。安易に類型におしはめず,本音のわからないまま描いているところが,人間としての翳りにつながっているようにも思われる。

 ネタバレを避けるとこれ以上何を書いてもまずいのだが,小説として冷静に考えれば,綺麗な落としどころは1つしかない。作者は,うっかりすると凡庸に陥りかねないその結末を,自らの刑法第三十九条や精神鑑定,解離性同一性障害についての資料集め,学習行為を,そのままパラレルに作品中に持ち込んでいる……それが見事な展開として生きてくる。
 つまり,この作品の面白さは,虚構としてのストーリーのみならず,その虚構を構築する作者の行為の面白さでもあるのである(と,なんだか前衛作品を紹介するような書き方になってしまっているが,作品そのものは十全たるエンターテイメントである)。

 そのエンターテイメント性に加え,刑法第三十九条の是非という極めて重い問題が背景に横たわっているのは事実だが,法の精神は体系の把握なしに語っても仕方ない。とりあえず本作,あるいは本作の続編をテレビ化したドラマによって刑法第三十九条なるものがあることを啓蒙できればそれでよしとすべきだろう。

 そういえば,このような作品は以前なら「社会派推理小説」と呼ばれたものだった。烏丸は,松本清張ら社会派が全盛のころには「推理小説は本格でなくては」とうそぶき,島田荘司,綾辻行人ら以降,新本格派がわらわら出てくると「人間や社会が描かれてないと」とぶつくさ言っているわけで,我ながら身勝手極まりない。ま,そのあたり,本読みなんて,わかっちゃいるけどやめられない,あそれ……。
(最後だけ,ちょっとお屠蘇気分)

先頭 表紙

けろりんさま,今年もよろしくお願い申し上げます。そうですか,森田芳光監督で映画化ですか。原作は,映画,ドラマ化がハナから頭にあったのか,小説としてはかなり煮詰めが甘い感じがします。資料や例などをじっくり書き込んでノンフィクションな手応えを強調すれば,もっとこゆい作品になったのに……でも,それでは手軽に取り上げてもらえないということなんでしょうね。文庫も「あらあら」というくらい薄いので,時間の邪魔にならないという点ではお奨めであります。 / 烏丸 ( 2001-01-05 23:48 )
谷崎なんぞ,現在ならかなりホラー,耽美,ミステリ寄りな作風だと思うのですけどね。どうも,『細雪』でおきれいなイメージに確定してしまいましたが,十分怪しいヤツですのに。というわけで,ぽたさま,本年もよろしくお願いいたします。 / 烏丸 ( 2001-01-05 23:44 )
原作本は読んでませんが、昨年森田芳光監督・鈴木京香主演で映画化されたものは観ました。前半(観ていると)かなり苦しいですが、地味ながら佳作でおすすめです。ドラマはどうなるんでしょう?今年もよろしく。 / けろりん ( 2001-01-05 23:13 )
松本清張が三島由紀夫と谷崎潤一郎を死ぬまで怨んでいたという週刊新潮の記事は面白かったですな〜。しかし谷崎潤一郎も、清張をそこまで毛嫌いしなくともいいじゃんかよう、と思いますがね〜。あ、そうそう、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしく。 / こすもぽたりん ( 2001-01-05 10:20 )

2000-12-31 自己と非自己,寛容(トレランス)と非寛容(イントレランス) 『免疫学個人授業』 多田富雄,南伸坊 / 新潮文庫


【免疫と免税は同じ語源から】

 『生物学個人授業』に続く個人授業シリーズ第2弾。
 個人授業と言ってもフィンガー5ではないし,もちろんルノー・ベルレーでもない。元「ガロ」の編集長で現イラストレーター,エッセイストの南伸坊が生徒役で生物学,医学などの先生に受講し,理解したことを自分なりにまとめるというものである(雑誌「SINRA」に掲載)。
 今回の講師は東大医学部名誉教授,東京理科大生命科学研究所所長で免疫学の権威,多田富雄先生である。

 「免疫」とは「疫を免れる」と書くことから,一般には「病気を免れる体の仕組み」とされることが多い。「はしかに一度かかると,一生はしかにはかからない」といった経験的な知識,それを応用したジェンナーの種痘(牛の天然痘にかかると天然痘にかからない。雄牛のことをラテン語でvaccaということからvaccine(ワクチン)という言葉ができた),さらには細菌の発見に伴なうパスツールの狂犬病ワクチンの開発……そういった医学の系譜である。
 文字数の都合で詳細は端折るが,次いで起こった歴史的発見の1つがほんの数十年前の
「蛋白質レベルでの免疫研究,最後の成果〈IgEの発見〉」
そしてもう1つが
「細胞レベルの免疫研究,最初の成果〈T細胞の発見〉」
なのだそうで,ここから免疫学は長足の進歩を遂げる(おぉ,IgEといえば『体にいい寄生虫 ダイエットから花粉症まで』に登場した抗体ではないか)。

 ところで人間の臓器の1つに「胸腺」というものがある。これは心臓の表面を覆うような黄色っぽい組織で,子供のころは大きいが(といっても30グラム程度)成長するとだんだん小さくなり,老化するとほとんどなくなってしまう。その存在は2000年前から知られていたが,40年ほど前,ようやくこれが免疫を司る非常に重要な臓器であることが判明する。ここで作られるTリンパ球という細胞の表面に,自分か自分でないかを区別するレセプターが作られ,この何千万種というレセプターが,あらゆる非自己(抗原)と反応する機能をもたらし,免疫という防御システムに参加するのである。
 つまり,免疫の本質は「自分と他者を区別する仕組み」であり,単に病気を治すだけでなく,アトピーやスギ花粉症の原因にもなる。輸血や臓器移植の障害でもあるし,やっかいな自己免疫病の数々の原因ともなっているわけだ。

 しかし,自分以外のものが入ってきても,免疫系が反応を起こさないこともある。この免疫系の「寛容」の,1つの条件は生まれた瞬間または生まれる前の経験。1つは異物が極端に微量か逆に大量である場合。そして1つが,異物が口から入った場合なのだという。
 この3つ目が不思議だ。たとえば牛乳を2リットル飲むと牛の蛋白質が血液中を流れるが,それでも抗体は作られず,ショックも起こらないのだという。なぜそうなるのか,理由は解明されていない。また,同じ口から入って,アレルギーを起こす食材とはどう違うのか?

 免疫系の巧緻かつ複雑なシステムは,実に不思議で魅力的だ。自己という生物としての「個」の概念そのものを再認識する契機とでもいおうか。そして,免疫系が解明され始めたこの時代に,エイズという免疫システムそのものを破壊する病気が他者との関係から伝播するのもなにかまた暗示的だ。

 本書は受講者・南伸坊のフィルタを通す分,わかりやすいが入門書としても重要な観点の抜けや誤解が皆無でない可能性がある。多田先生の『免疫の意味論』(青土社)はやはり必読だろうか。

先頭 表紙

TAKEさま,今年もよろしくお願いいたします。さて今年はどんな本を読むことになるのやら。楽しみなような,怖いような。 / 烏丸 ( 2001-01-06 01:00 )
烏丸さまも良いお年を! / TAKE ( 2000-12-31 19:49 )
この1年は烏丸にとっていろいろな意味で免疫系との闘いでした。はてさて来年はいかなる1年になりますやら。風邪をひいたら,直すのは薬ではなく免疫系。皆さまも風邪などひかず,よいお年を。そしてよい21世紀を! / 烏丸 ( 2000-12-31 03:17 )

2000-12-28 本の中の強い女,弱い女 その十四 『花図鑑』 清原なつの / 集英社


【ずっと前に キツリフネ その 花の名前 いっぱい咲いてた場所で 私は知らない人に】

 あらゆる少女マンガの中で,清原なつのを読むのは極めつけの贅沢のような,そんな気がする。
 もちろん,清原なつの的な時間をもたなくとも,人は生きてはいける。同じ時間旅行や美少年のおかまが描かれても,萩尾望都のように切り立った断崖の上から世界を見渡す気分になることもないし,大島弓子のようにこの世界のどこかにいるもう一人の自分と痛みを分かち合ったりもしない。
 ただ,その日いちにちを遠心分離機にかけてみると,その上澄みに,かすかな,しかしとても切ない香りが付加されているだけ。

 『花図鑑』全5巻は「ぶ〜け」に1990〜1994年にかけて掲載された短編をまとめたもので,とくに共通のテーマ,登場人物があるわけではない。しいていえば1巻のカバーに書かれた作者の「そういえば,花というのは,植物のアソコです。……いろんな季節に,世界中で花が,何も考えていないフリをして咲き続けています。はずかしい。」,このあたりがキーワードか。内省的な青い性,などと書いてしまうとかえって濁ってしまいそうだ。

 たとえば,こんなお話。
 春,大学のクラスの自己紹介の日,山科まりこは「入学記念に同棲を始めた」とクラスメイトをどよめかせ,志田栄治は「おかまです」とさらにどひゃめかせる。まりこの同棲相手は高校時代の教師佐久間。そこに栄治が「カレが乱暴でバイト料も全部奪われてしまう,ここにおいてほしい」と現れる。奇妙な三角生活が始まり,やがて現れた栄治のカレは「栄治の言うことはウソ,彼はノーマル。それでもよいから栄治に戻ってほしい」と訴える。それを知った栄治は無理やりおかまになり(ロストヴァージン),翌日,美しく女装して大学に現れる。栄治の真意は……。

 それとも,こんなお話。
 いばらの迷路,数々の罠をくぐり抜けた先に王子が見るのは,眠り続ける美しい2人の姫。口づけしても目覚めない2人の姫に,王子は朝まで……。次の王子も。次の王子も。次の王子も。目覚めて,3D映像で魔女ののろいの本当の意味を知った2人は,自分たちをもてあそんだ百人の王子を殺しに出かける。そして後1人というところで……。

 あるいは,こんなお話。
 仲のよい3人,かれんが選ぶつもりだったのは馨か,それとも高志か。しかし見晴らしのよい高い場所で答えを出すはずのかれんは崖から落ち,脳挫傷で,寝たきり,言葉も戻らないだろうと診断される。作家志望の高志はかれんと結婚の約束をしていたと言い出し,周囲の反対を押しきって結婚する。「まるでゆっくりと心中するみたいじゃないか こんなのはやり切れない」と心を乱したままその家を訪ねる馨。まぶたでイエス,ノーの意思表示はできても,かれんの真意はわからない。そして,冬のはじめにかれんが「高志」と言葉を発したという葉書に涙する馨。

 ……露骨な性描写があるわけではない。添付画像の表紙は清原なつのとは思えない描き込みで,実際は白っぽい乾いた絵柄。桔梗の花のように,とてもきれいで明晰な乙女たち。

 清原なつのは,単行本が発売されるたび,必ず手に入れる。自画像を美人に描いて違和感のない数少ない作家の一人。穏やかな家できれいに育った女性が良い家族に恵まれてマンガ家になった,自分をよく知っているから決して背伸びはしない,そんな手応え。当たりかはずれかはわからない。
 もっと高く評価されても,と思う時期はとうに過ぎ,ときどきでよいから本を出してくれれば,もう,それで十分。

先頭 表紙

ケロロ軍曹の「第666野戦重砲マンガ小隊」作戦終了を偲んで。 / カララ少佐 ( 2000-12-28 15:39 )

2000-12-26 『英米短編ミステリー名人選集5 革服の男』 エドワード・D・ホック / 光文社文庫


【いいえ,何も思いつかないわ】

 昨今の欧米では珍しい本格ミステリ短編集『サム・ホーソーンの事件簿I』がなかなか面白かったので,ホックをもう少し読んでみることにした。本棚を調べると実は以前にも1,2冊読んでいるようなのだが,記憶は見事山のあなたの空遠くに霧散している。
 というわけで,光文社文庫『革服の男』を注文して読んでみた。ホックは先にも書いた通り短編プロパーで,しかもシリーズキャラクターものが多いようなのだが,本書はその引き出しの多さをまざまざと感じさせる作品集になっている。

 たとえば2000歳に近いコプト教徒のオカルト探偵サイモン・アーク,価値のないものしか盗まない怪盗ニック・ヴェルヴェット,田舎医者サム・ホーソーン,100編を越える作品で活躍のジュールズ・レオポルド警部,イギリス諜報部暗号解読専門家ジェフリー・ランド,西部探偵ベン・スノウ,ジプシー探偵ミハイ・ヴラド,長編『大鴉殺人事件』で登場したミステリ作家バーニイ・ハメット,「おしゃれ探偵」をモデルにしたインターポールのセバスチャン・ブルーとローラ・シャルム,古今の探偵をパクったパロディ探偵サー・ギデオン・パロ,百貨店バイヤーのスーザン・ホルト,といった具合。
 実は,今紹介したのは『革服の男』に登場する者たちだけであって,木村仁良の解説で紹介されるホックのシリーズキャラクターは優にこの倍はある。

 するとどういうことが起こるかというと,本書収録作だけ見ても,たとえば熱気球から搭乗者が墜落する謎を追う「熱気球殺人事件」,旅客船での宝石盗難と殺人を描く「五つの棺事件」,州知事選の立候補者が人狼を射殺したという「人狼を撃った男」,フリーマントルふうエスピオナージ「七人の露帝」,ミステリー作家とファンの集いを舞台にした「バウチャーコン殺人事件」,ルーマニアに定住するジプシーがモスクワの競馬に参加して事件に巻き込まれる「ジプシーの勝ち目」,スー族の呪われたテント小屋を扱う「呪われたティピー」,これらにもちろん金や愛憎のからんだオーソドックスな事件を加えて,もうこの作家の頭の中はどうなっているのだろう,という全12編の活況である。

 思うに長編ミステリは,長いがゆえに人間性についての矛盾が露見することが少なくない。トリックを重ねる連続殺人事件など,頑張れば頑張るほどゆがんでくるのである。そんなに頭がよい犯人ならもっとほかの方法で目的が達成できるだろうし,いくら密室やアリバイを構築しても,容疑者への世間の目は冷たい。
 それに比べれば,短編は不自然に見えそうな点をはぶき,中心のアイデアに全力投球すればよい。また,ポー,ドイルなど,ミステリの始祖が短編だったことも忘れてはならない。

 もちろん短編のほうが楽などというつもりはない。
 アイデアは常に斬新で魅力的でなければならないし,長編のようにキャラクターの魅力やユーモア,おどろおどろしい雰囲気で引っ張るわけにもいかない。また,作品数を増やすには広範な発想と勉強も必要だろう。さらに,映画化などによる副収入も多くはないに違いない。
 だからこそ,短編プロパーたるホックの姿勢は高く評価したい。しかも,1つ1つの作品は重厚で,「刑事の妻」のように言葉少なだがトリックより人生の苦味を重視する作品もある。

 日本でも,佐野洋が数年前ミステリ短編1000作執筆という快挙を成し遂げたにもかかわらずあまり高い評価を得たように思えなかった。本格派の若手は,長編ばかりでなく,もっと磨き上げた短編にも挑戦してほしいと思うのだが……。

先頭 表紙

(6)ゲゾラはイカの怪獣で,イカは冷血動物だから……って,変温動物の血は冷たいわけじゃないぞ(この映画,怪獣のネーミングがゲゾラ・ガニメ・カメーバというくらい手抜きの山)。(7)「こんなものは叩けば直るんだ」。(8)荷物と一緒に積んだら,ロケット打ち上げ時のGでガチャピンの着ぐるみがぺちゃんこになって使えなかったから。 / 烏丸 ( 2000-12-28 13:05 )
それはともかく,特撮カルトクイズの回答を書いていませんでした。(1)ゴジラを絶賛したのは三島由紀夫。(2)食べちゃいけないのはキノコ。火を通してもダメだったんでしょうか。(3)「ドリンキン」。インファント島って英語圏? (4)左からイチロー,ジロー,サブロー。(5)黒柳徹子。 / 烏丸 ( 2000-12-28 13:05 )
あややさま,この『皮服の男』はホック傑作短編集のオモムキですから,やたら登場人物がいっぱいです。ですので,毎晩1作ずつ,寝る前に読むのがおすすめ。 / 烏丸 ( 2000-12-28 12:52 )
登場人物が多いと、もうそれだけでアタマが混乱してしまう私です。くっぅぅ。ツインピークスでもつらかった。 / あやや ( 2000-12-27 23:48 )

2000-12-25 [雑談] おもちゃのカンヅメ「未来缶」もゲット


【最高で金,最低でも銀】

 続いては,「未来缶(正式名称:未来から落ちてきたカンヅメ)」。

 とある小さな農場で,一人の農民が未確認飛行物体と遭遇した。3か月後,記憶を失った彼が再び姿を現したとき,その手には1つの光るカンヅメがあった。それこそ,彼が2099年を訪れたときのカンヅメだったのだ!

 ……というわけで,缶のデザインは,過去缶よりこちらのほうがcool。なにしろ銀色の左右のフタはどちらも開けることが可能なのである。

 缶のすぐ左は,「キョロちゃん宇宙へ行く」,プラスチックのチューブの中で,なんとキョロちゃんが浮いている! スーパージェッターでもおなじみの反重力装置だ。
 その下,「メタリックカードケース」,あなただけのナンバー入り。未来人はこの銀色のケースで名刺のやり取りをしている。もちろん,タコ足火星人だって,名刺を差し出すときは右手,受け取るときは両手だ。
 その手前,銀のボールに肌色の足が生えているのが「物体X」。左右に10回くらいねじって平らなところに置くと,うねうねと動き出す。未来人はついに永久運動機関を実現したのか!
 カードケースの右,青いのが「不思議な球体」。ボールを滑らせても,転がしても,中の青い模様はそのままだ! しかも渦巻き模様は常に北の方向を指しているぞ。ということはその反対は南ということか。さすがは未来科学!
 その右が「宇宙の積み木」。添付画像ではわかりにくいが,黒い台の上で,星型,月型の薄い金属片でいろいろな形が作れる。未来の幼年教育の教材なのだろう。独創的な空間感覚で21世紀のアートは君のものだ。
 最後,右手前は「ミラクルシート」。宇宙生物を描いたシートを手のひらに乗せてしばらくすると,わにゃわにゃと動き出す。おおっ,21世紀のバイオテクノロジーは,お好み焼きの上のカツオぶしを無機物で再現することに成功したのかっ!

 しかし,皆さん,ここで見たことは決して外に漏らしてはならない。未来のグッズが公になってしまうと,歴史が狂ってしまうのである。

先頭 表紙

よちみさま,あややさま,笑っていただけて本望でございます。でも,目の調子がイマイチだと,なんだかぽけーっとした感じで,「過去缶」のほうなんかぜんぜんノリが悪い……。 / 烏丸 ( 2000-12-26 16:32 )
おもちゃそのものよりも烏丸さまのコメントのほうが面白い。 / あやや ( 2000-12-25 23:52 )
おかし〜(涙) お好み焼きの上のかつおぶし無機物版見たい〜! / よちみ ( 2000-12-25 20:40 )

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