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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2000-09-27 言葉遊びシリーズその4 『いろは歌』
2000-09-26 言葉遊びシリーズその3 『仙界とポルノグラフィー』 中野美代子 / 河出文庫
2000-09-26 言葉遊びシリーズその2 『頭の散歩道』 阿刀田 高 / 文春文庫
2000-09-25 言葉遊びシリーズその1 『ニホンゴキトク』 久世光彦 / 講談社(講談社文庫)
2000-09-25 [雑談] マンガの最終回 あれこれ その4 少女マンガの最終回
2000-09-25 マンガの最終回シリーズ 『エースをねらえ!』 山本鈴美香 / 集英社
2000-09-24 『ジャッジ』 細野不二彦 / 双葉社(双葉文庫)
2000-09-24 『数奇者やねん』 尾家行展 原作,神江里見 作画 / 講談社(モーニングKC)
2000-09-24 エロイカとくればこれでしょう 『Z −ツェット−』 青池保子 / 白泉社
2000-09-23 たまには新刊紹介もね 『エロイカより愛をこめて(26)』 青池保子 / 秋田書店(プリンセス・コミックス)


2000-09-27 言葉遊びシリーズその4 『いろは歌』

【いろはのい】

   色は匂へと散りぬるを
   我か世誰れそ常ならむ
   有為の奥山今日越えて
   浅き夢見し酔ひもせす

 言うまでもなく,いろは歌である。
 仮名をすべて織り込み,なおかつ平家物語冒頭の「祇園精舎の鐘の声,諸行無常の響きあり……」の一節同様,仏教の哲理をうたいあげて隙なしと言う,世界に誇るべきまこと稀有にして見事な作である。

   以呂波耳本部止
   千利奴流乎和加
   餘多連曾津禰那
   良牟有為能於久
   耶万計不己衣天
   阿佐伎瑜女美之
   恵比毛勢須

 万葉仮名で表記するとこうなるが,このように改行した場合の各行の最後の文字をつなぐと

   止加那久天之須

すなわち「とが(科)なくて死す」と読め,これは誰かが無実の罪で捕えられ,その無念を込めた歌なのではないか,そんな説もある(赤穂浪士の切腹の折りにこの歌,巷間にまま落書きされたそうである)。

 ともかく,かな47文字を一度ずつ織り込んで文を作るとどのくらいパターンがあるかといえば,47!(47×46×45×44×43……5×4×3×2×1),すなわちざっと25*10^58(25×10の58乗)ほどとのこと。

 というわけで,先に紹介した阿刀田高『頭の散歩道』に掲載されたいろは歌作例をいくつかご紹介したい。

 まず,江戸中期の国学者・本居宣長の作とされるもの。内容はともかく,七五調におさまりきらず,リズムが悪いような気がするのだがこういう歌の形式があったのだろうか。

   雨降れば
   井堰(いせき)を越ゆる水(みづ)分けて
   安く諸人(もろびと)下(お)り立ち植ゑし群苗(むらなへ)
   その稲よ
   真穂(まほ)に栄えぬ

 続いては,明治時代の新聞「万朝報」が公募した際の入選作。

   鳥啼(な)く声す夢醒ませ
   見よ明け渡たる東(ひんがし)を
   空色(そらいろ)映(は)えて沖つ辺(へ)に
   帆船(ほふね)群居(むれい)る靄(もや)の中

 後者は48文字である。明治期になると「ん」が仮名の扱いを受けるようになったということか。よくみると,「い」「え」が2度ずつ表れている。「ゐ」「ゑ」の旧仮名を数えているということだろう。

先頭 表紙

2000-09-26 言葉遊びシリーズその3 『仙界とポルノグラフィー』 中野美代子 / 河出文庫


【孫さま ナスダックJが くあーッ!】

 続いて紹介するのは,中野美代子『仙界とポルノグラフィー』からの長〜い回文である。

 著者は,北海道大学(漆原教授のいる,ハムテルや二階堂の母校)の言語文化部教授で,『西遊記』の専門家。同書は,タイトルだけ見るとエッチな本かと勘違いされそうだが,表紙にも本文にもそんな気配は一切なく,全編これ中国の古代文化の研究から得られた森羅万象についての薀蓄,奇想のカタマリで綴られた本。
 『西遊記』に登場する白い鸚哥(インコ)のイメージが西洋の古地図の中に発見されたことを発端に,十六世紀の東西文化交流史を探り,さらに話題は古地図とパラレルな関係にあった星座図の中の鯨座へ,さらに龍,博山炉へと至り……。澁澤龍彦の古代中国版だと言うと,だいたいイメージしていただけようか。
 いかんせん,この本をたっぷり隅々まで楽しむには,烏丸の側に古代中国文化の素養が足りず,「とても面白かったです」と小学生の感想文でシメるしかない。

 さて,問題の回文だが,これは著者が,同書の中で『西遊後記』として,つまり三蔵法師や孫悟空のその後を回文で表そうとした,ということになっている。西天取経(シイテイエンチユチンとルビあり)というのが,要するに天竺までお経をとりにいく旅のこと。……とりあえず一部引用してみよう。

   孫さま 酒醒めた。
   八戒かて酒醒めた。
   桃と人参果食べろ! くあー(ッ)!
   止めだ! もー止めだ!
   西天取経は止めだ。
   日本に行こう,そして,
   美代子 どうも! 飲もう!!
   くー(ッ)! 極楽,極楽……
      (16行,略)
   悪路経た勧進に,友も駄目さ。
   今朝 でかい河童 駄目!
   酒醒まさんぞ!

 1行目の「孫さま 酒醒めた」と,最後の「駄目 酒醒まさんぞ」,という具合にすべての発音が対応しているのがおわかりいただけるだろうか。

 同書では,中野美代子氏とその弟子の武田雅哉氏の長編回文バトルが繰り広げられ,あげく,武田氏は回文詩人としてデビューすることになる(中野氏の回文は両端から発して真ん中へ攻めていき,武田氏は真ん中からスタートして前後に伸びていくのだそうだ)。

 ただ,正直言うと,こういった会話やカタカナ混じりの回文は,先の『頭の散歩道』で阿刀田高氏の推すタイトな作品に比べると,個人的にはあまり好みではない。苦しいときに,「うー」とか「ラー」とかの感嘆詞を入れられるわけだし,口語文の中に文語文(極端な場合は方言など)が混じるのもOKということになってしまう。長さではかなわなくとも,文体や内容がびしっと決まった短歌形式のほうを美しく思うのはこの烏丸だけだろうか。
 もっとも,同書のあとがきすら「悲劇のウロボロス」と題された7ページにわたる回文でシメた中野氏の底知れぬパワーには,心から敬服する。いやはや。

 というわけで,回文についてはここまで。だが,言葉遊びについては,まだ数回続くのであった。

先頭 表紙

2000-09-26 言葉遊びシリーズその2 『頭の散歩道』 阿刀田 高 / 文春文庫


【波のり舟の音のよきかな】

 阿刀田高といえば,ブラックな珈琲に一匙のユーモア,それにほんの少しエッチなエッセンスを加えたようなショートストーリーテラーとして知られているが,長年の国会図書館勤務の経験を生かしたものか,パーティパズルの類のコレクションも相当なものである。本『頭の散歩道』は,その方面の傑作。文字や言葉,数字をおもちゃにした知的遊戯が詰まっていて,しかもその遊びがきちんとしたロジックに裏打ちされており,まことに面白い。
 昨今よく書店店頭に平積みされている凡百の「おもしろ」文庫の類とは一線を画す,本当にお奨めの1冊である。

 いくつか内容をアットランダムに拾ってみると,
   三権分立だってじゃんけんポンと同じ三すくみの仲間
   十字架遊び,リレー遊びなど,漢字で遊ぶ
   清少納言のタングラムなど,不思議な図形
   確立の魔術,紅白歌合戦の出場者で誕生日が一致するのは何組?
   地球を相手に推理ゲームを楽しむ
   数当てゲームや魔方陣
   起承転結,黄金分割,フィボナッチ級数など,人間が心地よいと感じる形式美の法則
   マッチ棒遊びを極める
といった具合。それぞれ,さらりと読めながら,考えれば考えるほどにパズル性,意外性が深く,なかなか一筋縄ではいかない。
 たとえば,
   ダメ×ダメ=ヤメテ
のそれぞれの文字に数字をあてはめることはできるか?
   2桁の数字をかけて3桁になるということは,「ダメ」は10から31の間(32×32は4桁になる)
   「メ」と「メ」をかけると「メ」以外になるということは,「メ」は0,1,5,6ではない
といったことを積み重ねていくと,答えは? ……といった具合。
 著者は,このように国語と算数を組み合わせた形で,さまざまな「現代の言葉遊び」の可能性を探ってみせてくれるわけである。

 さて,そういうわけで,先の『ニホンゴキトク』の紹介文でもいくつか例を挙げた「回文」である。世の中には凄い人がいることをこの『頭の散歩道』は教えてくれる。

   ここはキャバレ スタミナ満たすレバ焼きはここ
   伊予の酒めしにお煮しめ今朝の酔い
   濡らしては,初夜は,はやよし果て知らぬ
      (以上,阿刀田氏の作)

   長き夜のとをの眠(ねぶ)りのみな目醒め波のり舟の音のよきかな
      (よみ人知らず。七福神の絵にこの歌を添え,正月ニ日,布団の下に敷いて寝る)

   栃と若,組む利捨て,顔火照り,逸り立つ時,一入(ひとしお)大胆に往(い)なしては,頻(しきり)に叩(はたき)て,得た機押し込むも見切りに,膂力(りょりょく)尽きるや,と。四股(しこ)効く膝,渡し込みも逃げない。寄っては砂掃きつつ吊り,蹴りつつ突き放す。果て強い投げにも見越した業(わざ),低き腰,と遣(や)る気。突くより寄りに,力み,揉(も)む。腰を鍛えて来たは,ニ力士,果てしない忍耐だ。押しと引き,とったりや張り手,頬か手擦り剥く皮と血と。
      (島村桂一氏の怪作の1つ)

 しかも,ただ回文を列挙するだけでなく,回文作成のテクニックや,便利な回文向き用語集まで用意されて,「参加型イベント本」としても実にもう至れり尽せり。

 ということで,まだまだ続くよ回文の旅。みんなも回文,ゲットじゃぞお。なお,『頭の散歩道』はこの後,もう一度ご登場いただく予定である。

先頭 表紙

ふーむ,それではもう神居氏の調査を待つしかないです。 / 烏丸 ( 2000-09-26 17:54 )
私の読んだのはタイガー立石ではなかったです。福音館のページでは見つかりませんでした。 / かむい ( 2000-09-26 17:29 )
紀伊国屋BookWebであたってみると,野崎昭弘【文】タイガー立石【絵】『さかさまさかさ』というのがあるようだけど,どうでしょか。 / 烏丸 ( 2000-09-26 16:57 )
子供の頃に読んだ,福音館の絵本だったと思う。ひょっとしたら回文の作者と絵は別だったかも。 / かむい ( 2000-09-26 16:34 )
いや,土屋耕一の本のタイトルになってたりするくらいだから,谷川ってことはないと思うです。しかし,絵本というのが。 / 烏丸 ( 2000-09-26 16:12 )
その回文は、谷川俊太郎さんのものでしょうか。なんかそんな印象なんですけどね。 / mishika ( 2000-09-26 13:46 )
絵本作家というのは,知らないなあ……思い出したら教えてください。「かるいきびんな……」はすでにスタンダードかと思ってました。 / 烏丸 ( 2000-09-26 12:10 )
回文といえば,名前を失念したのだが,かわいくて優雅な秀作を作る絵本作家がいます。「かるいきびんなこねこなんびきいるか」 / かむい ( 2000-09-26 11:59 )

2000-09-25 言葉遊びシリーズその1 『ニホンゴキトク』 久世光彦 / 講談社(講談社文庫)


【宇津井健氏はドッキリアヘ】

 マンガが続いて,少し飽きてきた。マンガを読むのに,次はどんな切り口で取り上げようかとミケンにシワを刻むのもよいが,24時間天地茂ではちと疲れる。というわけで,マンガの最終回シリーズは少しお休みいただいて,今回から数回,日本語による言葉遊びをあれやこれやご紹介したい。

 「じれったい」「辛抱」「気落ち」「きまりが悪い」「冥利に尽きる」「面変わり」「できごころ」「気くたびれする」「按配がいい」……ああ,よい。こうしてキーボードから打ち並べるだけでも色香があって,指障りのよい柔らかな言葉の数々。しかし,これら艶のある日本語は,いまや気息奄々,滅びの斜面を下る一方。
 『ニホンゴキトク』は,そうした滅びる寸前の言葉を一つひとつ取り上げ,それらへの尽きぬ愛を語るエッセイ集。言葉を扱う仕事や趣味に生きる方には,ぜひともご一読をお奨めしたい。ただし,この本で取り上げられた言葉に一々反応してしまうようなら,すでに貴方が滅びかけのキトクなニホンジンであることの証しかもしれないが……。

 著者の久世光彦は,TBS『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』などで知られる演出家。最近はシックな小説やエッセイ集を多数発表しており,この烏丸はベックリンの「死の島」やビアズリーの「サロメ」を扱った『怖い絵』がお気に入り。

 さて烏丸が本書を取り上げたのは,本そのものをお奨めするためだけではない。この本からいくつか「言葉遊び」を取り上げ,紹介しようという,姑息な企てゆえである。お叱りは後で承るとして,早速始めることにしたい。

 さて。皆様は

  甲州高校良し。先生,始終小さい検定模擬試験。

というのをご存知だろうか。『ニホンゴキトク』の一節に紹介されたものだが,烏丸は(文字通り)不勉強にして知らなかった。

  甲州高校良し。先生,始終小さい検定模擬試験。
  ↓↓↓↓↓  ↓↓ ↓↓↓↓ ↓↓↓↓
  家家家 綱  家家 吉家家家 家家家慶
  康秀光綱吉  宣継 宗重治斉 慶定茂喜
     忠

 (プロポーショナルフォントでは少しずれて表示されるが,下行の「忠」の字は「校」「綱」の下)

すなわち,徳川の歴代将軍名の暗記法だというのである。「一夜一夜に人見頃」「富士山麓オーム鳴く」,「水平にリーベ欲しいと農夫寝る。名前ある競輪S号縁あるか」のたぐいということか。

 一方,本書では「回文」についても幾例か紹介されている。これは,生の文章を読むと腹の中で卵が孵り,白いうにょうにょした……それは回虫。回文とは「タケヤブヤケタ」「コノコネコノコ」のように上から読んでも下から読んでも同じ文になる,というもの。

  宇津井健氏は神経痛
  ヘアリキッド,ケツニツケ,ドッキリアヘ

 美しい日本語への愛はどうした久世光彦,というツッコミはひとまずおいて,回文については次の書評に続く。

先頭 表紙

英語では回文は難しいと見えて,あまり長いのはないそうです。次の『頭の散歩道』に出てきたのは,確か,"Madam,I'm Adam."かな。あんまりおもしろくないですね。かわりに,英語文化圏で盛んなのは,詩の各行の頭の文字を順に読むと言葉になる(ルイス・キャロルが得意。和歌にもからころもきつつなれにし……に「かきつばた」が隠れている,とかありましたね),とか,ある言葉の文字の順番入れ替えてほかの言葉にする(アナグラム)とかがさかんですね。Draculaが一般人にまぎれるときはAlucard伯爵を名乗る,とか。 / 烏丸 ( 2000-09-26 12:18 )
ところが,20文字,30文字程度の回文なんて,実はかわいいものなんですね。次をご覧ください。 / 烏丸 ( 2000-09-26 11:49 )
回文では、『ぎゅあんぶらあ自己中心派』にあった「ナンテシツケイイコ、イイケツシテンナ」が笑えますね。当時「そうかあ、躾がいいのになあ」と全く的外れな感想を持ったことを記憶しています。 / こすもぽたりん ( 2000-09-26 10:32 )
私が高校受験の時に作った暗記文は、「どちらから中央アジアへくねくねとあんたらバイクで来よったんかい」。これは、ソ連(当時)のコンビナート名を西から東へ暗記する方法です。今更何の役にも立ちませんね。西からドニエプル、中央(モスクワ・レニングラード)、ウラル、カラガンダ、中央アジア(そのままや!)、クズネツク、アンガラバイカル、極東の各コンビナートです。あ、隣で「祖父の代から国営農業」となどと言っている人がいます。ソフホーズのことですね。 / こすもブレジネフ(なんじゃそりゃ) ( 2000-09-26 10:31 )
おもしろい。日本語って音や漢字で変化させて遊べる言葉ですよね。奥が深い。.comがドット混むになるのもニホンゴのおもしろさ。甲州高校は初めて知りました。外人に教わった回文をひとつ。右から読んでも左から読んでもAKASAKA。 / 日本語未熟おとじろう ( 2000-09-26 08:50 )

2000-09-25 [雑談] マンガの最終回 あれこれ その4 少女マンガの最終回

【ときおーっ】

 『エースをねらえ!』の最終回について書くために,少女マンガが積んである棚を見直したのだが,最近のものは不勉強,古いものも,最終回について書くというのはなかなか難しい。
 理由はいくつかある。

 まず,そもそも,最終回が気になるようなメジャーな長編をあまり持っていない。
 『ベルサイユのばら』は,ずっと以前に漫画喫茶(という名称がまだない時代)で全巻通して読んだが,「なんだ趣味じゃないけどなかなかおもしろいじゃないか」と思ったこと以外は登場人物も覚えていない。『オルフェウスの窓』も同様。正直,池田理代子や有吉京子の絵柄は苦手なのだ。
 『キャンディキャンディ』は通して読んでさえいない。手元に資料として最終回だけはあるのだが,最後の1回分だけ見てもちんぷんかんぷんである。誰だったかがもう死んでいて,誰だったかが実は誰かさんだったらしいぞ。
 『ぼくの地球を守って』『アンジェリク』『はいからさんが通る』『あさきゆめみし』『カリフォルニア物語』等にいたっては,部分的に読んでいた,という記憶があるばかりで,ちゃんと終わったのかどうかもわからない。とくにぼく球は無事(?)なんらかの決着がついたのだろうか?

 次に,久しく新作が描かれておらず,事実上終わっているが,ストーリー的に最終回があるわけではない,というもの。
 『ポーの一族』や『綿の国星』,『バジル氏の優雅な生活』,『悪魔の花嫁』などがこれにあたる。『アラミス'78』も確かそう。多田かおる『いたずらなKiss』のように,作者が急逝し未完に終わった作品もある。
 いずれも,「最後に描かれた」作品はあれど,最終回というわけではない。

 さらに,最終回について何を語ればよいのか困ってしまう,というものもある。
 『日出処の天子』の最終巻は白泉社とこじれたのか,普通の単行本の半分くらいの厚さだった,結局出版社を変え,角川書店のASUKAに『日出処の天子』の後日談として『馬屋古女王』が描かれた,とかいうことを説明しても,知ってる人には自明のことだし,知らない人に何を説明してよいのやらよくわからない。
 くらもちふさこ作品の最終回は印象的なものが多いが,言葉に変えようとするとたいてい「それがどーした」「で,結局どーなったの」となりかねない。
 『はみだしっ子』にいたっては,烏丸は後半の展開に付き合うのに疲れて,最終巻から少しずつ捨て,今は1冊も残っていない。作者はもっと疲れ果てていたようだが……。

 やはり,最終回が話題になりやすいのは,スポーツ,勝負モノ,ということか。もう少し検討してみよう。

先頭 表紙

2000-09-25 マンガの最終回シリーズ 『エースをねらえ!』 山本鈴美香 / 集英社


【どの人生も終わるさ】

 2部構成からなるテニスマンガ『エースをねらえ!』には,2つの最終回がある。
 1つは単行本10巻,岡ひろみを発掘し,育て上げた宗方コーチが悪性の貧血で倒れ,「岡 エースをねらえ!」と絶筆,米国ジュニア大会に向かう岡が空港のタラップでその声を聞くシーン。
 2つめは18巻,宗方コーチの死に慟哭する岡が,周囲のささえや宗方の遺志をついだ桂コーチの指導に復活を果たし,ウインブルドンを目指す海外転戦に出る空港のタラップで,桂コーチの「岡! エースをねらえ!!」と言う声を今度は空耳でなく聞くシーン。

 少年・少女マンガを問わず,あらゆるスポーツマンガの精神性を引き上げたのがこの作品である。この作品以降,数多くのスポーツマンガが「頑張るぞ」「負けるもんか」より数段高い領域を目指すことになる。ちなみにあまりに高い世界を望んだ作者は神様の領域に行ってしまった。

 しかし今回はあえて,この少女マンガ有数の感動の最終回に疑義を申し立てたい。宗方,桂両コーチの指導についてである。
 この2人について語るのは大変だ。『エースをねらえ!』はテニスマンガだが勝負モノではない。むしろ,岡が試合に負け,プレイヤーとして人間としてさらに高みを求めて鍛錬にいそしむというのが基本パターンである。従ってコーチングを語ることは全編を語ることになってしまう。
 しかし,いくつかポイントはある。4巻で,宗方が岡に教え込もうとしているものが「男子もうらやむパワーテニス」であることは岡自身によって「ああそれがわたしのめざすテニス!!」と明言されている。だから,藤堂との恋は許されないのである。しかし,この目論見はやがてなしくずしに消え,8巻の藤堂との練習試合で岡は2度エースをとるが,9巻でオーストラリアのプロ,エディによってそれが「球の心を読んでそのとおりにラケット面をつくってやったとき球はけっして人間技ではかえせぬ死角をついてとぶのだ」「コーチはそこにかけたのだ!」「奇蹟だこれは……!」と凄いことなんだよと説明される。
 この「球の心……死角」理論そのものがすでに「?」なのだが(だって,球の心と相手の死角は関係ないでしょ。せいぜいキレのよい球が飛ぶ程度),前述の「パワーテニス」はどこにいったのか。岡は最終巻にいたるまで,足は速いがきゃしゃで,海外選手のドライブにはスライスとプレースメントでねばるしかない。最近でいえばヒンギス,好みで言うならマヌエラ・マレーバ(古い)タイプのプレイヤーである。

 勝手な想像だが,4巻あたりでは作者は,先々岡が国際大会で通用する要因として「パワーテニス」という言葉しか用意できなかったのではないか。それなら,宗方の絶筆にはスジが通る。しかし,登場人物について人間的に深く考察を重ねるうち,そういった肉体的な優位性でなく,精神的な武器を持たせるにいたったのではないか(ちなみに,精神性を重視するあまり,岡は最終回まで竜崎(お蝶夫人)に公式には勝てない)。
 ひざをいためていた宗方コーチの死後,引き継いだ頑強な桂コーチが岡に教えたものが「打点を変える」というフィジカルなプレイであることはその意味ではスジが通る。だが,それもまた高度な集中がなせる技だ。

 だから,2つの最終回は,やはりおかしいのである。岡ひろみというプレイヤーは,エースをねらったらフォームが崩れる。ねらっては,勝てないのである。試合にも,人生にも。

先頭 表紙

「紅天女」ってのは,『ガラスの仮面』の劇中劇,幻の名作,という設定ですよね。しかし,ガラかめha連載期間は確かに長いけど,ほとんど「著者急病のため休載」で,実質69年開始の『ゴルゴ13』のほうがずっと長いし,少女マンガでの冊数に限定しても同じ76年に開始され,やはり終わっていない『王家の紋章』のほうが2巻多いのです(厳密なページ数はわかりませんが)。あと,連載開始時期がよくわからない長寿連載に,みつはしちかこの『小さな恋のものがたり』もあります。 / 烏丸 ( 2000-09-25 19:03 )
ところで、紅天女ってどうなったんですか? まだ「ガラスの仮面」自体も終わってはいないんですよね? 連載20年ってギネスものでは? / こすもぽたりん ( 2000-09-25 18:10 )
詳細は不明ですが,ガラかめの美内すずえはアマテラスのほうに浸ってロクにマンガ描いてないようです。それから,この「くるくる」でもご紹介した岡田史子はキリスト教に邁進してマンガから離れました。 / 烏丸 ( 2000-09-25 17:11 )
他にも「あっち」に行っちゃった漫画家さんてぇのはいらはるんですかいのぉ。 / こすもゴエモン ( 2000-09-25 14:21 )
ちなみに,山本鈴美香で『エース』以外でお奨めなのは,CM業界を舞台にしたヘンな父娘マンガ『ひっくりかえったおもちゃ箱』,これはまあいいんですが,この続編の『H2O!前代未聞』ともなるともうかなり神様はいっちゃいます。ちなみに,日本中が「あちゃーこの人,完全にあっちに行っちゃったよ」と声を上げたのが『白蘭青風』……。 / 烏丸 ( 2000-09-25 14:06 )
マンガを読む分には別にいいのですが,身近であの精神世界をやられたら,ちとかないません。なにせ,テニスの練習試合のキャプションがお経ですから。しかし,描く描くといっていっこうに新作の発表されない『7つの黄金郷』はどうなってしまうのか。 / 烏丸 ( 2000-09-25 13:40 )
ああ! よちみ好みの世界だわ〜♪ 黒猫ゴエモン様 途中で嫁をもらって赤ちゃんが生まれましたよね。山本鈴美香にそんな一面があったとは知らなかったです。 / よちみ ( 2000-09-25 13:28 )
おお、新興宗教の教祖になった山本鈴美香ですね。彼女のアシスタントは悲惨で、残業すると残業代を給料から引かれたそうですね。「時間内にできないあなたが悪い」ということで。その他にも、光熱費や夕食代を引かれて、1ヶ月の給料がマイナス10万円というアシスタントもいたとか。文句をいうと「山本先生の下で修行できるだけありがたいと思いなさい」と山本鈴美香の父親に言われたらしいっす。その後新興宗教に走るわけですが「富士に連れて行かれたら生きて帰れない」とアシスタント業界では言われていたそうですな。 / 黒猫ゴエモン ( 2000-09-25 13:09 )

2000-09-24 『ジャッジ』 細野不二彦 / 双葉社(双葉文庫)


【コノママ生カシテオケバ 世ノタメニ成ラズ 人ノタメニ成ラズ】

 休日の午後,ドライブで郊外の書店を覗いたついでに細野不二彦『ジャッジ』を文庫で購入。双葉社アクションコミックス版で持っていたはずなのだが,どこを探しても出てこないため。

 『ジャッジ』の主人公・逢魔法一郎は,普段はダメサラリーマンだが,ひとたび悪事が明らかになるや闇の司法官として立ち上がる。闇の司法官とは,陰陽師一族の特殊能力をもって現行法では裁ききれない悪人を裁く霊能捜査官のこと。早い話が必殺仕置人のホラー版である。仲間の司法官や豆乳好きの「闇の弁護士」四文裕神なるライバルも配され,今日もさまざまな悪が俎上(訴上?)に上がる。
 薬物で信者をコントロールする新興宗教があったり,悪徳警官がいたり,身勝手な少年犯罪があったりと,内容的にはなかなか時代を先取りしており(アクションコミックス版は1989,1991年の発行。地下鉄サリン事件は1995年),小道具やカタキ役もバラエティに溢れ,最初の1ページ目からお色気シーンも濃厚。……なのだが。

 それにしてもこの細野不二彦という作家,あらゆる作品において,どうしてこう,なんというかガッチリした手応えがないのか。
 この『ジャッジ』でも,逢魔法一郎は四六時中感情的で,ザコキャラ相手にしても汗まみれ。闇の司法官を称するくらいなら,いったんそのコスチュームをまとったなら,怒ったり焦ったりしてはいけない。B級のお笑いタレントが自分のギャグにへらへら笑うようなもので,怒りをもって人を裁くときこそクールな表情が必要だ(スポーツ漫画でも,ここ一番のときこそ淡々とした表情,あるいは顔そのものを描かないほうが迫力が増す)。
 細野不二彦はもう相当なベテラン作家で,そういうことを知らないほど不勉強とは思えず,絵もヘタではないし,アイデアも(『ギャラリーフェイク』など見る限り)わらわら沸いてくるタイプに見える。
 それなのに,ボクシング漫画だかメロドラマだかよくわからない『太郎』だの野球漫画だかホームコメディだかよくわからない『愛しのバットマン』だのそもそもなんだかよくわからない『ママ』だの,どこか微温的な作品が続き,評判の高い『ギャラリーフェイク』にしても,週刊誌でたまに読むならともかく,単行本でまとめて読むと主人公も設定も漫然として厳しさに欠ける。

 うーん。さりとて柳沢きみおほど割り切った職人マンガ家,って感じではなく,どこか「表現者」しているわけで。
 まあ,別に世の中,誰も彼もがケンシロウのように眉間にシワ寄せなくてもよい,っちゃよいのだけど。

先頭 表紙

2000-09-24 『数奇者やねん』 尾家行展 原作,神江里見 作画 / 講談社(モーニングKC)


【まるで光悦の赤楽茶碗みたいな女子(おなご)やなあ】

 ややマイナーだが,お奨めの作品。
 大阪で「ギャラリー乱」を経営する三十代の数寄者(すきもん)にして辣腕「目利き」,砧乱次郎を狂言回しに,志野茶碗・黒楽茶碗・奥高麗といった茶碗の目利き,織部の扱い,油絵の真贋と所定鑑定人,木兵衛に負けぬ童人形の製作,といったテーマのトラブル解決を描くコミック作品。
 どうも見慣れたタッチだと思ったら,神江里見は昭和平成の隠れたロングセラー,週刊ポストの『弐十手物語』の作者である。

 確か吉本隆明が言っていたことだが,漫画というメディアは,それ自身が職人の手によるものであるせいか,「特殊芸の腕前」をテーマとする作品を実に得意とする。一見B級と思われるスポーツ漫画などでも,通して読むと存外に骨太なドラマと工夫が込められているのなど,その好例だろう。
 本作『数寄者やねん』もなかなかよい出来で,読み終えた後,今日は老舗の古美術商に出掛け,織部が赤楽がと言う午後を過ごしたくなるだけの力はそなえている。ただ,原作が続かなかったのか,モーニングの客層と合わなかったのか,単行本2巻分で尻切れトンボに終わってしまったのはしごく残念。

 もう一点この作品で心地よいのは,全編これぬらぬらした関西弁で貫かれており,内容とあいまってなかなか好い味を出しているということ。
 大阪弁での文章表現というと,たとえば藤本義一などが小説の中でチャレンジしているが,どうしても地の文での思弁思索がそぐわない。しかし,漫画ならばほとんど会話だけでストーリーが進展していくため,問題ないのだろう。
 ただ,本作に登場するキャラクターたちの大阪弁と,『大阪豆ゴハン』『ナニワ金融道』の登場人物とでは,言葉遣いだけでなく人種というか文化がまるで異なり,いずれに身をゆだねるのもそれはそれでまた一興。

先頭 表紙

このあんちゃんの言葉遣いがまた濃ゆいんですわ。 / 烏丸 ( 2000-09-24 22:57 )
しかしまあ、ずいぶんと「濃ゆい」絵ですなあ。 / こすもぽたりん ( 2000-09-24 20:14 )

2000-09-24 エロイカとくればこれでしょう 『Z −ツェット−』 青池保子 / 白泉社


【失恋した男は 酒でもかっくらってみじめに泣いてりゃいいんだ】

 さて,では,『エロイカより愛をこめて』の主人公はドリアン・レッド・グローリア伯爵(エロイカ)なのか。それとも,エーデルバッハ少佐(鉄のクラウス)なのか。
 これは難しい問題だ。タイトルを考えればエロイカに軍配が上がりそうだし,2巻以降の露出を見ると少佐もなかなかポイントが高い。そもそも,大半の事件は少佐の任務にたまたまエロイカの趣味がからむ,という形で展開するのだ。
 こんな考え方はどうだろう。青池保子のマンガに呼ばれるのに,ギャラが高いのははたしてどちらか。

 ……ますます,わからなくなってしまった。

 結局のところ,青池保子は主人公と脇役にわけへだてのないタイプらしく,ときどき脇役を主人公とした楽しい読み切りを提供してくれる。その中で,とくに高いクオリティで『エロイカ』を知らない人でも十分に楽しめるのが,たら子母さまもご指摘の『Z −ツェット−』である。初出は懐かしい「ララ」,白泉社から発行された単行本は2巻,白泉文庫版は1巻,さらに秋田書店プリンセスコミックスデラックス版2巻があるが,いずれも「ツェット」I〜Vに掌編「ツェットの幸運」までで,その後新作が発表された気配はない。

 ハノーバー出身の青年Zは,NATO情報部でエーベルバッハ少佐の部下に配属されたばかりのぺーぺーエージェント,真面目なA(アー),呑気者B(ベー),女装のオカマのG(ゲー)らの後輩にあたる。

 物語の始まりはたとえばこんな具合だ。西ドイツ有数の兵器製造会社「ハイデマン鉄鋼」の技術者クルト・ヴェルナーから,NATO情報部のエーベルバッハ少佐宛てに速達が届く。内容はボルト1本だけで,手紙はない。ヴェルナーはその朝,散歩中に転落死していた。Zはハイデマン鉄鋼のコンピュータ・センターにもぐりこんで転落死したヴェルナーの妻に接近する。ヴェルナー夫婦は東ドイツからの逃亡者だった……。

 妖怪じみた脇役たちが闊歩する『エロイカ』本編に比べ,こちらは新人エージェントの仕事とジレンマがシリアスに描かれ,セピア色の海外テレビシリーズの手応えがよみがえる。さらに,『エロイカ』本編では迷惑な存在としてしか描かれない「若く美しい女」が,Zの前ではごく普通の意味で描かれる。それは任務の前に,たいてい苦い結末を呼ぶのだが……。

 本書評冒頭の【 】の中は,美しいノルウェイ娘アネリーゼと別れたZに対する少佐の見事なセリフで,「それが別れた女へのエチケットというもんだぞ」と続く。『エロイカ』本編では,こんなシブい少佐は描けない。

 ちなみに,こんな甘いセリフを口にする余裕もないほど,少佐が一人でスパイや殺し屋とハードに闘う話が,秋田書店からハードカバーで発売された『魔弾の射手』である。これらは少女マンガでスパイを描いた作品中,1つの頂点といえるだろう。もっとも,ほかには佐々木倫子の『ペパミントスパイ』くらいしか知らないけどさ。

先頭 表紙

しかも,↓の『エロイカ』のほうにもあって,まったくアルプスの少女。 / 烏丸 ( 2000-09-25 19:22 )
わはは,ほんとだ。味わい深いので,恥ずかしいけれどこのまま残しておきましょう。 / 烏丸 ( 2000-09-25 13:44 )
ところで本文冒頭で、「鉄のクラウス」と「エーデルワイス」が混じって不思議な牧歌的風情を醸し出しておられます。 / こすもぽたりん ( 2000-09-25 13:13 )
なるほど,けろりんさま,森川久美ですね……はい,検討させていただきます。ばさばさっ(←手元の資料をあわててめくる音)。ばさばさばさっ(なおもあせる音)。 / 烏丸 ( 2000-09-24 22:59 )
わー!「z」なんて懐かしい!。「パイナップルARMY」といい最近私の好きなマンガを取り上げてくれて嬉しいです。おじさまやら諜報部員がたくさん出てくる少女マンガといえば、森川久美さんの「蘇州夜曲」からのシリーズなんてどーですか? / けろりん ( 2000-09-24 17:02 )
烏丸様、さっそくツェット君を特集してくださり、ありがとうごさいます。伯爵がおちゃらけ路線をまっしぐら、少佐も表はクールだが裏はダレまくりという実態がうすうす想像できます。ツェット君だけは聖域としてまともな人生にしてあげてほしいです。 / たら子母 ( 2000-09-24 10:03 )

2000-09-23 たまには新刊紹介もね 『エロイカより愛をこめて(26)』 青池保子 / 秋田書店(プリンセス・コミックス)


【見たまえ この2人はかつらだぞ】

 ご存知だろうか。青池保子『エロイカより愛をこめて』の主人公は,ロンドン大学講師 シーザー・ガブリエル(18歳),美術学生 シュガー・プラム(16歳),スタント・マン レパード・ソリッド(19歳),この3人の年若き超能力者(エスパー)たちだった。ほんとだよ。

 少なくとも第1巻の第1話,物語は彼ら3人とドリアン・レッド・グローリア伯爵(実は国際的な美術窃盗犯エロイカ),さらに国際警察のタラオ・バンナイらを軸に繰り広げられる。
 しかし,第2話の冒頭で,NATO(北大西洋条約機構)情報局のクラウス・ハインツ・フォン・デム・エーデルバッハ少佐(鉄のクラウス)が登場して以来,事態は一変する。
 主人公の若者3人はエロイカや少佐と張り合うには役不足,もとい役者不足とでもいうか,2巻以降は完璧に姿を消してしまう。『ドカベン』の最初の6巻は柔道マンガだった,あれと同じくらいの一大変化である。

 しかし,変化はそれに留まらない。
 当初,エロイカは周囲がうっとりするほどの金髪の美貌の青年だったし,戦車好きの鉄のクラウスも性格は無骨ながら美しい黒髪をたなびかせる,いわば黒豹のような描かれ方だった。
 小銭集めが趣味のジェイムズ君や,KGBの「仔熊のミーシャ」ら,笑いを誘う名脇役たちを交えつつも,物語は国際情勢を交えて展開し,やがてある日,読者は愕然とするのだ。

 ……「おっさん」ばっかしやんか。

 添付画像ではわかりにくくて残念しごくだが,最新の26巻を見ればそれはもう明らかである。上司の嫌味と部下の無能に悩むエーベルバッハ少佐はさすがに腹こそ出ていないものの,いかにもサラリーマンの背広姿,当初身長の3分の2近くあった長い足も今では身長の半分以下。一方のエロイカも,金髪碧眼高い鼻という従来の少女マンガでは「美麗」を表すあらゆる記号を与えられながら,実質は美少年趣味の白人のおっさんに過ぎない。それが証拠に,26巻の中で,彼ら2人は一度として一般市民含め誰からも「美麗」扱いを受けない。
 エロイカは王立デンマークバレエ団のダンサーを追い,少佐はバルト三国のNATO加盟をめぐってロシアの機密を得ようと,さらにロシアからはそれを阻止せんと「仔熊のミーシャ」が……いつものように集う。今回の舞台はデンマークのコペンハーゲン。少佐の任務は毎度の通り重厚だが,実際の仕事はおっさんおばはん相手の添乗員に近い。エロイカにいたってはホテルのお掃除おばさんの扮装までさせられる。

 この,おっさんの群れがぼたぼた走り回る作品を少女マンガと分類することは,はたして正しいことなのだろうか。烏丸の良心はうずく。もはや西谷祥子や美内すずえらの作品よりは,源氏鶏太や山口瞳らのサラリーマン艶笑小説のほうがよほど近いのではないか。いや,正確には,わが国のマンガ史は,あらゆる文芸誌,あらゆる青年コミック誌を差し置いて,「少年マンガ」「少女マンガ」等と並ぶ新しい柱,「おっさんマンガ」を得たのではないか!

 ……書きながら,脱力してきた。

 1巻と比較すると,あらゆる登場人物のおっさん化が進む中,一人ジェイムス君だけがむしろ若返っていることを指摘して,とっとと次にいこ。

先頭 表紙

ということで,ご存知の方には今さらかもしれませんが,ツェットのご紹介文,まとめました。しかし,これはよいねえ。ついつい読みふけってしまいましたよ。 / 烏丸 ( 2000-09-24 01:26 )
たら子母さま,ツェットは本編として第5話の戦闘機のお話,それから「Zの幸運」という短い読み切りが最新で,それ以降新しいのはないようでございます。また,エロイカ本編には,Gは出てくるのにZは最近出てまいりません。事務仕事でいぢめられているのでしょうか。 / 烏丸 ( 2000-09-24 00:52 )
少佐はジムで鍛えてるからまさか腹は出ないでしょ(作者の理想像らしいから腹は出さないんじゃない?)。それからツェット君、キミもオジンになったのかい?これってずーっと途絶えてた後に出た新巻ですか(プリンセス・プリンセスで読まなかった私はかつて続編はないのか血眼で捜したのだ)?ええい、気になるからやっぱり本屋に行こ。 / たら子母 ( 2000-09-23 22:11 )
猪川少佐殿がオヤジになられたということは、簾頭の執事はジイサンになっちまったってことですかい? 腹の出たボーナム君とかはどうなったんだろう。ああ、気になる。気になるけど続きものを途中から買うのは嫌だ。ああ、どうしよう。 / こすも悩めりん ( 2000-09-23 16:58 )
私「エロイカ...」は社会人になってから全巻揃えました(もう残ってませんが)。痛快なストーリーが好きで、腐った気分の時に読むと絶好のストレス解消になりました。「おっさんマンガ」というより、年増女向けの「おばさんマンガ」なのではないでせうか。 / たら子母 ( 2000-09-23 14:56 )
てまちん様。少女時代にこのあだ名だった場合、花いちもんめでは「てまちんが欲しい」と言われたわけですね。なんか変な子供たちですよね。こんなことを想像して一人くすくす笑っているヘンなぽたりんでした。 / こすもぽたりん ( 2000-09-23 12:51 )
げげげ、いつの間にそんなことに。別に伯爵ファンだったわけではないですが、伯爵がオヤジ化してしまったなんて。しかし、東西冷戦の終結で、少佐もミーシャも事実上の失業ですからね。致し方なしといったところでしょうか。それにしてもジェイムズ君のみが生き生きとしているとは。まさに世はデフレ時代といったところでしょうか。「吝嗇の栄え」ですな。 / こすもぽたりん ( 2000-09-23 12:49 )
おお,まちえんさま。それがですね,四角いというか,なんか,ぬっぺり縦長いんですよ,最近の彼らの顔は。重量級の柔道選手の顔みたいな。足はどんどん短くなる一方だし。 / 烏丸 ( 2000-09-23 02:32 )
懐かし〜い、と思ったらまだ続いていたんですね。びっくり。相変わらずみんな四角い顔なんでしょうか。 / てまちん ( 2000-09-23 01:28 )

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