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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2000-09-20 『まんがサイエンス』 あさりよしとお / 学習研究社(NORAコミックス)
2000-09-19 『あなたの恐怖体験 読者の身近で起きた恐い体験』 大陸書房(ホラーハウスコミックス)
2000-09-19 [雑談] マンガ界の謎 その1'
2000-09-19 [雑談] マンガ界の謎 その2
2000-09-18 [雑談] マンガ界の謎 その1
2000-09-18 マンガの最終回シリーズ 『どろろ』 手塚治虫 / 秋田書店(サンデーコミックス) 第3回
2000-09-17 マンガの最終回シリーズ 『どろろ』 手塚治虫 / 秋田書店(サンデーコミックス) 第2回
2000-09-16 マンガの最終回シリーズ 『どろろ』 手塚治虫 / 秋田書店(サンデーコミックス) 第1回
2000-09-16 [雑談] マンガの最終回 あれこれ その3
2000-09-14 『愛のさかあがり』 とり・みき / 筑摩書房(ちくま文庫)


2000-09-20 『まんがサイエンス』 あさりよしとお / 学習研究社(NORAコミックス)


【教えて,ペケル博士】

 なにが霊障だ,非科学的な! とご立腹のあなた。科学といえばこちらがお奨め。掲載誌がなにしろ学習研究社の「5年の科学」。おお,学研の「科学」。懐かしい。この烏丸,あれこれの付録で遊ばせていただいた御恩は三十有余年,片時も忘れたことはない。あの付録体験なくして今日のカラスマル産業なしと言えど過言では……って全国に支店でも出してんのか烏丸。

 さてこの『まんがサイエンス』,『宇宙家族カールビンソン』でおたっきーな層に絶大な人気を誇るあさりよしとおが,最新の理論や情報,取材をふまえ子供たちの「なぜ,なに」に答えるというサイエンスリテラシーもの。彼の作品には珍しく,さほどアブなくないのでお子様どもにも安心だ。

 既刊は
 『まんがサイエンス』
 『まんがサイエンスII ロケットの作り方おしえます』
 『まんがサイエンスIII 吾輩はロボットである』
 『まんがサイエンスIV いとしのMrブルー』
 『まんがサイエンスV 内宇宙から外宇宙まで』
 『まんがサイエンスVI 力学の悪戯』
の6冊。A5サイズなので本屋さんで探すときは気をつけよう。

 基本的には小学5年生のよしおくん,あさりちゃん,あやめちゃん,まなぶくんたちが生活の中でなんらかの不思議,疑問に出会い,そこに専門家(食塩の溶解の話題なら水分子,おなかの中の細菌の話題ならビフィズス菌太郎,視線入力スイッチの話題ならMr.視線などなど)が現れ,いやがるあやめちゃんたちに無理やり回答を教えてくれるというもの。煮たり焼かれたり空に投げ上げられたりの体験担当はあやめちゃんが負うことが多い。負けるなあやめちゃん,1冊めを除いて表紙はキミのものだ。
 抗菌グッズやATMのタッチパネル,フライホイール(はずみ車)バッテリー,ラミネートフィルムのマジックカット,水の上で重い荷物を積んでもスピードを出せるテクノスーパーライナーなど,こちらが子供だった時分にはまだなかった科学の話題もふんだんに盛り込まれ,これがけっこう勉強になる。

 とくに,うっかり地球に落ちてきたロケットの神様を宇宙に戻してあげるため,ツィオルコフスキー,ゴダード,オーベルト,フォン・ブラウンら先輩科学者たちの協力をあおぐ第2巻「ロケットの作り方おしえます」はほぼ1冊分の続き物になっており,これが科学少年ゴコロをくすぐってもう絶品。これからロケット開発にたずさわってみようと考えている方には必読だ。泣けるぞお。

 あと,些細なことだが,第6巻に登場する,150℃の高音,マイナス250℃の低音,真空中,乾燥した中でも生き延びるという緩歩動物クマムシ。このクマムシ,1か月ほど前に紹介した奥井一満の『タコはいかにしてタコになったか−わからないことだらけの生物学』はじめ最近あちこちで見かけるような気がするのだが,ブームなのか?

 できればあやめちゃん主人公のアダルトサイエンスも……と,あさりファンなら誰しも考えそうなことはここではナイショにして,本稿とりあえずおしまい。

先頭 表紙

うははははははは、ん? おい、そこの女学生君、キミだ、キミ。その肩の上に乗っている子供は何だ? ん? 泣いているぞ。 / 榎木津ぽた二郎 ( 2000-09-22 16:51 )
えっ,女子大生が二階では乱交。な,なんとフシダラな。 ← と書くか書くまいか迷いつつ結局書いちゃった。いやーん。おげれつ。 / 烏丸 ( 2000-09-22 16:00 )
下僕には女子大生二階堂蘭子がいるのですわ。 / ぽた子 ( 2000-09-21 19:18 )
探偵社をやるなら下僕がいるのだ。鳥口はいなくて烏丸? なんだそいつは。双子か。からからカアちゃんだな。烏丸なんてかんからかあのかあだ! / 烏丸礼二郎 ( 2000-09-21 17:41 )
をを、中野ではなく、神保町にオフィスを構えられるのですね。『薔薇迷宮探偵社』ですわ。 / こすもぽたりん ( 2000-09-20 20:34 )
「君,本は読むためのものであって売るものではないよ」とか言いながら,ホラー漫画の薀蓄たれるだけで一日が過ぎてしまうのでしょうか。それじゃあおなかぺこぺこのぺこちゃんだあ! / 烏丸堂 ( 2000-09-20 20:21 )
カラスマル産業などと仰らずに、中野の竹林の中にでも「古書烏丸堂」を開業していただきたいものです。目録送ってくださいましね。あ、笈川かおるは全巻買わせていただきます。 / こすもぽたりん ( 2000-09-20 18:42 )
さすがスペシャリスト神居さまだけに,お詳しい。「あるらしい」などとおっしゃらず,ぜひ1つレビューをば。 / 烏丸 ( 2000-09-20 18:09 )
あさりよしとお本人作の同人誌で,アダルト版まんがサイエンス「性のしくみ」ってのがあるらしいです。 / かむい ( 2000-09-20 16:28 )

2000-09-19 『あなたの恐怖体験 読者の身近で起きた恐い体験』 大陸書房(ホラーハウスコミックス)


【霊障】

 マンガと出版社についての話題がいくつか続いたが,この際だから表紙を取り込んでおいたこのシリーズを紹介しておこう。

 『あなたの恐怖体験 読者の身近で起きた恐い体験』,これは読者から送られてきた恐怖体験談をもとに,新進の(つまり無名な)マンガ家がそれを書き下ろした作品集。第8集まで発行されている。

 ほぼ同時期に刊行された同様の作品集として,朝日ソノラマの『ほんとにあった怖い話・読者の恐怖体験談集』(ハロウィン少女コミック館)や,学習研究社『ほんとにあった恐怖体験』(ピチコミックス)などがある。前者は30巻にいたる堂々たるラインナップだ。

 いずれも,基本的な作り方は変わらない。
 こういった作品群の利点は,読者から広く恐怖体験談を求める結果,プロの物書きが小手先でひねったものとは手触りの違う,素朴だが,その分説明のつかない怖さがにじみ出ることにある。逆に,デメリットとして,世間に流布したオーソドックスな怪談をさも自分や知人の体験のように語る例,明らかに勘違いや夢と混同しているとしか思えない例があること,また,マンガ家のタッチがその体験にそぐわず,せっかくの恐怖がそがれることがある(たとえば大病院の看護婦が霊を見てしまう,という話でも,淡々と書かれたほうが怖いケースと,霊のアップやうめき声が強調される絶叫型が怖いケースとに分かれる)。

 そういった中でも,添付画像で紹介の『あなたの恐怖体験 読者の身近で起きた恐い体験』第1集は,とくに怖い印象がある。友人が飛び降り自殺する瞬間をたまたま写真に撮ったところ……とか,踏み切りの近くで店に現れた客が……とかいう切り口にはとりたてて新味はない,と理屈ではわかっているつもりなのに,なんともいえないひりひりした気分になってしまう。

 どの集のどの投稿作品が,ということはわからないものの,このシリーズ収録作にはいわゆる「霊障」もあったのではないか。なぜなら,朝日ソノラマは30巻続けても平気だが,大陸書房は8巻出したところで倒産してしまった。

先頭 表紙

『リング』だったか『リング2』だったかは、そう言われたのでかなり注意して聞いてたんですが、わかりませんでした。明菜は、自信ありません。 / こすもぽたりん ( 2000-09-20 20:35 )
中森明菜にもありましたっけ。不幸にして(?)存じません。あと,ヘンなものが映ってる! と噂されたホラー映画『フェノミナ』(ジェニファー・コネリーが美しい)のビデオ持ってるんですが,スプラッタホラーだけあってヘンなものだらけでいったい何がヘンなのかわかりません(泣)。 / 烏丸 ( 2000-09-20 20:32 )
中森明菜にもその手のがありませんでしたっけ? / こすもぽたりん ( 2000-09-20 16:23 )
岩崎宏美「万華鏡」とかですね。なるほど,そういう蒐集もまた一興(というつっこみの途中に,誰も書いた記憶のない「私ニモ集メサセテェェ」と言ううめき文字が!)。 / 烏丸ライブ ( 2000-09-20 12:19 )
こ、怖いCDってぇのも蒐集されていらっしゃるんですかい? 「かぐや姫ライブ」とか。あれはCDになってないか。ああ、やだやだ、怖い。やーめたっと、この話題。 / こすもぽたりん ( 2000-09-20 00:41 )
いえいえ。1階には「あかずのクローゼット」が。ちなみに,CDは井戸のほうにしまっておりまして,夜な夜な,一枚,二枚……。 / 烏丸 ( 2000-09-20 00:09 )
まさかとは思いますが御不浄に保管されていらっしゃるとか? / こすもぽたりん ( 2000-09-19 20:17 )
いや,これはですね,館のほうでなく,階下のほうにですね,ぬるっと。 / 烏丸 ( 2000-09-19 18:44 )
をを、このような本が烏丸家納戸名物「のろいの館」に詰まっているわけでございますね。くわばらくわばら。 / こすもぽたりん ( 2000-09-19 18:17 )

2000-09-19 [雑談] マンガ界の謎 その1'

【続・サンデーコミックスについて】

 「マンガ界の謎 その1」について,サンデーコミックスは「少年サンデー」(小学館)と関係ないのでは,というつっこみを「オタクばんざい」の二木神居氏からいただいた。ご指摘ごもっともで,実は,確証はない。
 確かに,『少年アトム』『鉄人28号』など,光文社の月刊マンガ誌「少年」に連載されたものも含まれているし,桑田次郎『8マン』のように「少年サンデー」のライバル誌である「少年マガジン」(講談社)連載作品すら含まれている。
 ちなみに,当時「少年サンデー」の顔であった赤塚不二夫『おそ松くん』はのちに講談社から発売され,現在は手に入るのは竹書房版だ。また,サンデーコミックスの顔たる『サイボーグ009』は,「少年キング」(少年画報社)で連載が開始され,「少年マガジン」「冒険王」(秋田書店)「少女コミック」(小学館)「少年サンデー」など各誌に掲載されている。
 要するに,マンガの連載誌と単行本発行社は作家と出版社あるいは編集者との知己,契約の問題でしかなく,秋田書店に問い合わせたら「少年サンデー誌とは関係ない」と言われる可能性も高いか,とは思う。

 しかし,それにしてもサンデーコミックスにおける「少年サンデー」色は濃厚で,1970年代後半(未確認)に小学館自らが少年サンデーコミックスを発刊するまでは,「少年サンデー」掲載作品の単行本の受け皿として秋田書店のサンデーコミックスが機能していたのは間違いないと思われる。
 よくわからないのは,サンデーコミックスが,すでに休刊となっていた「少年」掲載作や当時まだマンガの単行本のラインナップを持とうとしなかった小学館系列作の“意識的な”受け皿だったのか,それともそうでもなかったのか,ということだ。要するに,なんでよりによって「サンデー」という名前が付いてるの,と言い換えてもよい。
 「謎」などというよりは,このあたりを解きほぐした資料が欲しい,と,そう書いたほうがよかったのだろう。たとえば,あの新書サイズ(縦18cm)のマンガの単行本を最初に体系づけて発行したのはいったいどこだったのだろう,ということだ。

 そういえば,そもそも,なぜウィークデーに発売される雑誌なのにサンデーなんだ「少年サンデー」。ついでにいえばもっとわけがわからんぞ「サンデー毎日」。

先頭 表紙

そうだそうだ! ファンは待っているぞよ。 / こすもぽたりん ( 2000-09-20 16:23 )
というわけで本文にもリンク貼りました。ここはひとつオタク談義の再開をよろしく。 > 二木神居さま / 烏丸 ( 2000-09-20 12:55 )
二木神居さんにも早く復帰して欲しいですね。素晴らしきオタクの世界を楽しみにしておりますのに。 / こすもぽたりん ( 2000-09-20 00:42 )

2000-09-19 [雑談] マンガ界の謎 その2


【朝日ソノラマ「サンコミックス」の謎】

 マンガ界の謎としてもう1つ取り上げたいのは,朝日ソノラマという会社の存在である。
 同社の雑誌「ネムキ」については,ケロロ軍曹の「あたしのために・その1」に詳しいが,この朝日ソノラマ,そもそもは1959年にソノシート(赤や青のビニール製の薄いアナログレコードで,アニメの主題歌などがよくこれで販売された)付きの出版物で名をあげた会社である。
 「サンコミックス」はその朝日ソノラマのマンガ単行本のラインナップで,たとえば我が家の本棚に見つかるものだけでもざっと以下の通り。

  ジョージ秋山『アシュラ』『デロリンマン』
  あすなひろし『哀しい人々』『ぼくのとうちゃん』『白い星座』
  山上たつひこ『光る風』
  石森章太郎 『竜神沼』『佐武と市捕物控』
  楳図かずお 『紅グモ』『笑い仮面』『半魚人』『猫目小僧』
  永島慎二  『漫画家残酷物語』
  真崎守   『ジロがゆく』
  御厨さと美 『NORA』『ケンタウロスの伝説』
  矢代まさこ 『ノアとシャボン玉』『ボクはイヌになった』『シークレット・ラブ』
  水野英子  『ファイヤー!』
  山岸凉子  『ハーピー』『天人唐草』『ティンカー・ベル』『メデュウサ』
  樹村みのり 『ピクニック』『雨』『Flight』
  岡田史子  『ガラス玉』『ほんのすこしの水』『ダンス・パーティー』
  大島弓子  『誕生!』『ポーラの涙ペールの涙』『ミモザ館でつかまえて』『野イバラ荘園』『F式蘭丸』『いちご物語』
  倉田江美  『ドーバー越えて』『宇宙を作るオトコ』
  山田ミネ子 『ひとりっ子の冬』
  伊藤愛子  『ハピィ・トォク』
  坂田靖子  『闇夜の本』『星食い』
  猫十字社  『黒のもんもん組 富士山麓に玉砕編』

 先に取り上げた秋田書店のサンデーコミックスに比べればややマイナーだが,マンガ史上,強烈なインパクトを残した作品が少なくない。にもかかわらず,すべて絶版である。1冊も残っていない。
 驚くべきことは,これらの作品の掲載雑誌がまったくまちまちであること(出版社も講談社,小学館,集英社とてんでばらばら),ここに挙げた作品の大半が,サンコミックス版が絶版になって以来ずっと入手不能か,入手できるとしても朝日ソノラマ以外の出版社からの刊行であるということだ。

 つまり,朝日ソノラマは,あらゆる出版社のあらゆる雑誌に掲載された作品を単行本化するだけのとんでもないコネクションと企画力を持ち合わせながら,さほど増刷を重ねず,あっさり絶版にして省みないのである。
 これは,出版社の経営理念としては,いちおうスジの通ったことではある。あまり知られていないが,出版社の経営を最も圧迫するのは返本と在庫の管理費であり,主力雑誌の返本率が20%ならビルが建つが,50%なら会社がつぶれる,という例だってある(ちなみに,返品率が70%を越える雑誌も別に珍しくはない)。
 朝日ソノラマは,刷り部数をタイトに削ることによって返本,在庫を極力抑える,なみなみならぬ強固な保守意識を持っているということになる。そのくせ,この攻撃的なラインナップ。……なんだろう,この異様なバランス感覚は。正直言って,よくわからん。

 朝日ソノラマの倉庫か会議室に過去の出版物がすべて置いてあるなら,有料でよいから半年ばかりこもりたい,とは,烏丸の嘘いつわりのない心からの願いの1つなのである。

先頭 表紙

ダイエーの秋山はあんなに三振ばかりしているくせに2000本安打打ってしまったわけです。怖い奴です。あ,いや,だからバク転しなくちゃというわけではありません。 / 烏丸 ( 2000-09-20 12:58 )
ジョージ秋山は、何かを読んで「もう二度と読むまい」と思ってしまったわけです。怖い奴です。あ、いや、思い出したいわけではありません / こすもぽたりん ( 2000-09-19 13:48 )

2000-09-18 [雑談] マンガ界の謎 その1


【秋田書店「サンデーコミックス」の謎】

 こすもぽたりん氏の「神田マスカメ書店」のつっこみに記したように,本日は「マンガの最終回シリーズ」をいったんお休みし,亀谷了先生,あるいは藤田紘一郎先生あたりのありがたくも微笑ましい寄生虫本をご紹介しよう……とは思ったのだが,とりあえずそれは後回しにしたい。
 理由は簡単である。不肖・烏丸,今日の昼飯は和風スパゲッティであった。

 ……さて,そういうことで,ここでは,マンガ界について烏丸が以前より不思議に思っていることを1つ取り上げてみたい。

 それは,「サンデーコミックス」はなぜ秋田書店から発行されているのか? ということである。

 先の手塚治虫『どろろ』もそうだが,これは小学館の少年サンデーに連載されたものでありながら,なぜか単行本は秋田書店から,サンデーコミックスと銘打って発行されている。
 秋田書店が小学館の子会社,という話も聞かない。資本提携くらいはあるのかもしれないが,秋田書店といえば「冒険王」「少年チャンピオン」「プレイコミック」「プリンセス」などで知られる堂々たる老舗マンガ出版社である。サンデーやビッグコミックの小学館から見れば,ことマンガに関してはライバル社の1つだと思われるのだが……。

 ちなみに,サンデーコミックスに収録されている作品は『どろろ』のほか,手塚治虫『鉄腕アトム』『海のトリトン』『W3』『ビッグX』『マグマ大使』『バンパイヤ』,石森章太郎『サイボーグ009』『幻魔大戦』,横山光輝『鉄人28号』『伊賀の影丸』『仮面の忍者赤影』,楳図かずお『のろいの館』『恐怖』『怪』『おろち』『アゲイン』,一峰大二『黒い秘密兵器』,小沢さとる『サブマリン707』,桑田次郎『8マン』,水島新司『男どアホウ甲子園』,ちばてつや『ちかいの魔球』,松本零士『潜水艦スーパー99』『宇宙戦艦ヤマト』,つのだじろう『虹をよぶ拳』,貝塚ひろし『ミラクルA』,いしいいさみ『くたばれ涙くん』など数百冊。
 一部は品切れ・絶版で入手できないが,現在にいたるも在庫率はかなり高く,ともかく正統派というか,大変なラインナップである。

 小学館はこれらを「マンガの単行本化なんてウチの仕事じゃないもんね」とばかりにライバルであるはずの秋田書店に任せ,放置した,ということだ。
 理解に苦しむ。

先頭 表紙

逆の言い方をすると,『男どアホウ甲子園』のころまで,小学館側からの少年サンデー掲載作の単行本化の場って,ほかになかったように思うんですが。だから,少年サンデー掲載作,および少年サンデー系の作家はサンデーコミックスから単行本を出した,と。チガウカナー。 / 烏丸 ( 2000-09-19 14:06 )
はい,確かに『鉄腕アトム』『鉄人28号』などの「少年」掲載作品など,少年サンデーと関係ないのも多々ありますが,基本は少年サンデー系列だと思います。また,並列してチャンピオンコミックスも出すなど,「サンデー」というネーミングには意味を持たせているように思います。>かむいさま / 烏丸 ( 2000-09-19 14:00 )
サンデーコミックスって,全部に少年サンデー掲載作品だったんですか? 私は関係ないと思ってました。 / かむい ( 2000-09-19 13:46 )
ああーっ、この009懐かしい! いいな、いいな。しかし、物持ちいいですねえ。 / ぽた公 ( 2000-09-19 13:40 )
あ,『マグマ大使』について書くのを忘れてました。マグマ大使は,人間でもロボットでもなく,いわばアースという地球の精の作ったマグマの精である,で,そんないい加減なマンガがよくウケたなぁ,というようなことを手塚治虫本人が語っているようです。テレビ化がアニメでなく実写だったのは(ちなみに主演のマモル少年はのちのフォーリーブスの江木俊夫,マモルの父は岡田真澄,ゴアの声は大平透),当時の怪獣ブームが影響したのでしょう。しかし,ヘンな作品だった……。 / 烏丸 ( 2000-09-19 12:56 )
新機能ですな。 / 烏丸 ( 2000-09-19 12:47 )
新機能だよん。 / こすもぽたりん ( 2000-09-19 11:33 )
へぇ〜、『マグマ大使』って手塚治虫だったんだぁ〜。なんて間抜けなコメント入れてるとぶっ飛ばされますかね? 手塚治虫って読んでないなあ。 / ぽたりん ( 2000-09-18 17:17 )

2000-09-18 マンガの最終回シリーズ 『どろろ』 手塚治虫 / 秋田書店(サンデーコミックス) 第3回

【されどわれらが日々】

 これは深読みだが,アニメのオープニングでどろろが手にふりあげているのがただの木の棒であることもそう考えると筋が通る。手塚は「妖刀似蛭の巻」の最後でどろろに「もう刀なんか二度と持たない」と言わせている。この「ファッション」は,60年安保闘争では素手,のちに催涙弾に対し角材(いわゆるゲバ棒)で対抗しようとした当時の新左翼デモ隊の姿勢にほぼシンクロしているのだ(*2)。
 だから,最終回で百鬼丸がどろろを村に置き去りにするのは,どろろがそういった共産主義革命の側にいることを,共闘を拒み,とことんニヒリズムの側に立つ百鬼丸が悟り,さらに旅をともにするのは無理とみなしたため,とこじつけることが可能だ。つまり『どろろ』は,主人公どろろが,単なる野盗的存在から,オープニングシーンのように農民を指揮する解放指導者に至る「前史」なのではないか。

 こうしてみると『どろろ』の結末が,白土三平の『サスケ』のアニメ版(アニメ放映は『どろろ』直前)のエンディングに実によく似ていることがわかる。妖怪と忍術,素材こそ異なるが,アニメの最終回でサスケの父は猿飛忍軍の一員として権力に挑むテロリストとして去り,サスケは村に残される。サスケが託されたのは,農民を組織することによって新しい体制を目指せ,ということではなかったのか。サスケの背中に背負わされたものは,野盗の埋蔵金の秘密とともにどろろに示された方向と全く同じものではなかったか。

 もちろん,武士の支配が続いたことは歴史が証明する通りだし,そもそも封建体制下における一揆はマルクス,エンゲルスの言う階級闘争とは別のものだ(だからこそコミック版の『サスケ』は一揆に敗れ,梅を死なせ小猿を見失ったサスケが茫洋と荒野をさまよい,背中に手裏剣を受けても反応できないという無惨極まりない終わり方をする)。それでも,常に革命運動は繰り返されるのだという当時の新左翼ないし左翼シンパの夢,言うなれば一種の「トロツキーと永久革命ブーム」が『どろろ』や『サスケ』に色濃く反映されていることは間違いない。

 ところが,現在から見ればこの通り新左翼にすり寄っているとしか見えない(*3)手塚作品が,バリバリの共産主義者だった宮崎駿から見るとこれはもう米帝ディズニーの手先,大衆に迎合した低俗なものと酷評されてしまう(岡田斗司夫『オタク学入門』による)。革マルが民青のビラ配りに突っ込むようなものか(今どき通じないって)。

 ともかく,アイデンティティ確立と革命への道は暗くて深い川の向こうにあったのである(*4)。

*2……ゲバ棒や投石だけでは勝てない,と腹をくくった極左がその後連合赤軍など組織して,よど号乗っ取り(1970年),浅間山荘事件,テルアビブ銃撃戦(1972年)と走っていったわけだが,彼らの生き残りももう50代後半から60代だとか。見る前に跳び続けるのも体力との闘いである。

*3……雑誌「COM」はなぜか日共系に支持された。では「ガロ」は右かといえばこれが反日共系。

*4……ここで「ナーンセンス!」の一声が欲しい。

先頭 表紙

2000-09-17 マンガの最終回シリーズ 『どろろ』 手塚治虫 / 秋田書店(サンデーコミックス) 第2回

【おまえらみぃんな ほげたらだ】

 養老孟司は『涼しい脳味噌』(文春文庫)の中で「手塚治虫の生命観」として,「ヒトはしばしば,バラバラの部品に分解してしまい,それを自分で回復しなければならない。それは『どろろ』に見るとおりである」ということを述べている。しかし,ならば,バラバラにしなければ修復できないほどの手塚とは一体何だったのか。

 手塚のそのあたりの心理を追求するには現時点ではどうにも勉強不足で,このように作品に見られる現象を2,3挙げるのが精一杯なのだが,同じく妖怪漫画を描いた楳図かずおの作風と比較してみると興味深い。すなわち,手塚,楳図の2人ともその苛烈な妖怪漫画によって妖怪そのものよりは揺れ動く醜い人間の精神を描こうとした点は変わらないように見える。しかし,その精神において,楳図は明らかに医者の側にいるのに対し,手塚は患者の側にいる。
 養老孟司は「読み出したら,止められない。(中略)理屈を言う暇はない。そんなつまらないことをするのは,作品に対する残虐行為である。」「実際,こうした作家の作品を論じるのは,ある場合には,趣味が悪いのである。」と言って手塚作品の分析を停止する。アトム世代の1人として気持ちはよくわかるが,その気持ちがマンガ,アニメの世界に不可侵の巨大な聖域を作ってしまったこともまた事実である。そろそろ手塚の死体を切り刻む,悪趣味で残虐な作業が必要な時期なのではないか。もっとも,執刀できるだけの能力者は,いまや手塚を相手にしていないというのが実情かもしれないが。

 さて,一方,『どろろ』において注目されるのは,手塚作品にしては珍しい社会性である。
 アニメ版『どろろ』のオープニングをご記憶の方はおられるだろうか。百鬼丸や妖怪たちがフラッシュし,続いて搾取されて俯く農民たちの暗い顔が写り,やがて彼らは百姓一揆の標準装備である鍬,鎌,むしろを手に手に画面左から右に流れる。同じコンテが二度繰り返され,二度目の後,最後に前進する農民の背に,棒を手に,アジテーターとしてのどろろが1カット映ってそこで映像が静止する。
 これは,『どろろ』の背景に,当時の共産主義革命への夢が塗り込められている明確な証しではないか。

 『どろろ』の少年サンデーへの掲載は1968〜1969年。これは口車大王氏の『気まぐれコンセプト』書評にもあったように,学生運動が盛り上がり,デモに参加しない学生がノンポリとののしられた最後の時代である(*1)。少年マガジンを手に安田講堂を占拠していた東大全共闘が陥落して事実上学生運動が崩壊し,シラケ世代が始まったとされるのが1969年。
 国民栄誉賞をもらえなかったのは共産党を支持していたため,と一部でささやかれる手塚が,当時の左寄りの運動に心情的にせよ賛同していなかったはずはない。そう考えると,どろろの父が飢えて死にかけても支配階級から饅頭を恵まれることを拒否して無謀な闘いをいどみ,殺されるシーンもわかりやすい。単に支配を嫌うのではなく,彼ら(野盗)の理想を,「サムライの支配を覆し,農民を解放する」ことにあったと読み替えれば,手塚があのあたりで描きたいことがすとんと形に納まるのである。
 さらに続く。

*1……オウム真理教の早川紀代秀は,逮捕当時,テレビで何度か「学生運動にも関与し,ノンポリで恐れられていた」と報道されていた(本当)。当時恐れられ(嫌われ?)ていたのは「ノンポリ」ではなく「ノンセクトラディカル」である(早川がいずれであったかは,材料に乏しく不明)。

先頭 表紙

2000-09-16 マンガの最終回シリーズ 『どろろ』 手塚治虫 / 秋田書店(サンデーコミックス) 第1回


【ほげほげ たらたら】

 ご存じない方のために,まず『どろろ』の設定をざっとご紹介しよう。
 舞台は室町〜戦国時代の北陸地方。主人公の一人「百鬼丸」の父は侍大将醍醐景光。彼は天下を取るために妖怪48匹に自分の子供を差し出す。目も耳も手も足もないイモムシのようなバケモノとして産まれた百鬼丸は捨てられ,医者に拾われて義手,義眼を与えられ,長じて48匹の妖怪を倒す旅に出る。妖怪を1匹倒すたびに目や足が戻ってくるのだ。
 一方の主人公「どろろ」は野盗の子,飢えと裏切りの重なる凄惨な過去を持つ。百鬼丸の腕にしこまれた刀を盗もうと,ともに旅をすることになる。

 アニメ版『どろろ』が放映された当時は,すでにテレビもカラー放映の時代に移っていたのだが,わざわざモノクロで制作されたのはあまりに過激な殺戮シーンが続くためだったと言われるほど,血と死人だらけの映像が続く。また,義眼,義足であることを「こんなバケモノ,キモチわるいだろう」など,現在の地上波では絶対に放送できないセリフの山だ(さすがに,飢えた民が死人の肉を食べるシーンは,1960年代のテレビ放映でもカットされていた)。

 アニメについてさらに言えば,冨田勲の重厚なBGM,「ほげほげ たらたら ほげたらぽん」と藤田淑子(一休さん,キテレツ,泪姉の声優)が歌う独特の主題歌,モノクロがうまくマッチした様式美溢れる映像(アニメとしてはほめられない静止画シーンが多いが,ニヒルで居合い殺法の百鬼丸の描写にはあれでよかったようにも思われる),重厚なストーリーなど,手塚作品の中でも注目すべきものの1つと思われる。
 しかし,スポンサーの意向で『どろろと百鬼丸』とタイトルを変えた後半は妖怪とのチャンバラ主眼のお子様ランチと化し,すっかりテンションを下げてしまったのは返す返すも惜しい。

 さて,先に書いた通り『どろろ』の設定は異様に暗く,重い。その重さ以上に気になるのは,手塚は全くのところ,何が面白くて(面白くなくて)こうもハンディキャップな話ばかり書きたがるのか,ということである。
 百鬼丸はもう全身これ欠損だらけだし,野盗の首領だったどろろの父も最後は足なえとして死んでいく。思えばロボットたるアトムは「心のない人間」だったし,レオはアルビノ,ブラックジャックは満身創痍,サファイアは女の心を失った娘である。バンパイアその他の作品でも,多くの場合,主人公の肉体的特性は,利点であるよりは逃れがたいコンプレックスの要因として描かれる(逆に,そういう設定ではない『W3』や『ビッグX』『マグマ大使』などは,掲載・放送時の人気を思えば,手塚作品としては意外なほど忘れ去られているようにも見える)。

 少年マンガの主人公に設定としてのハンディキャップは常道だが,手塚作品に通底する主人公の肉体・精神的な欠損はそのようなストーリーテリングの都合とはとても思えない。
 百鬼丸は妖怪を倒すたびに少しずつ身体的には完全に近づいていく。もちろんこれを教養小説,主人公の成長譚とみなせなくはないのだが,いかんせん最終回はまるで百鬼丸の肉体の完成に興味などないかのように,百鬼丸はどろろと別れ,その方面でのカタルシスは用意されていない。
 逆に,ハッピーエンドで終わるアニメ版『リボンの騎士』では,サファイアは少女の心を取り戻してフランツ王子と結婚するが,最終回のサファイアはそれまでの精彩を失い,まるで人形のよう。つまり,手塚にとって,完璧な女と化したサファイアは,もはや魅力の対象ではなかったということではないのか。
 本稿,第2回に続く。

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2000-09-16 [雑談] マンガの最終回 あれこれ その3


【少女マンガにさよなら】

 今回はまったく個人的な想い出話。

 「ジャンルそのものには貴賎はなく,そのジャンルの中に一流とそうでないものがある」とは『私、プロレスの味方です』において村松友視が言い抜いた真実である。それでも私の中で,少女マンガはあらゆる文化の中で非常に高いポジションにあり,長い間,それはある意味生活の一部だった。
 マーガレットと少女フレンドの創刊はリアルタイムに見ている。水野英子には燃え,わたなべまさこには揺れ,楳図かずおには怯えた。『エースをねらえ!』連載中はほとんどずっとマーガレットを読み続け,その後少女コミックの興隆とともにそちらに移った。萩尾望都はデビュー作『ルルとミミ』以降,『スターレッド』より前の作品は『ケーキケーキケーキ』と『かたっぽうのふるぐつ』を除いてすべて雑誌切り抜きで持っている。大島弓子もほぼ同様。『紅あざみ』という掲載誌も作者も思い出せない怪奇サスペンスや,西谷祥子の救いのないロマンス『学生たちの道』,これらどう決着したのかは,今でも気になってしかたがない。

 しかし。当たり前のことだが,いくら少女マンガが好きと言っても,二十歳を越えると漫研にでも所属しない限りそのレベル(?)を維持するのは難しい。周囲は同年輩の女の子も少女マンガからは離れ,一人で追うにも各社から女性コミック誌がわらわらと増える時代でもあった。

 当時の私の愛読誌は「ぶーけ」だった。当時,「ぶーけ」は735ページとかいう少女マンガ誌最大のページ数をほこり,三岸せいこ,笈川かおる,清原なつの,吉野朔美,耕野裕子,上座理保,内田善美,逢坂みえこ,水樹和佳(ちなみに順不同ではない)といった濃い目の作家のオリジナル作品に加え,くらもちふさこや槙村さとる,山下和美ら,マーガレット系の連載作品の総集編が載るという実にお買い得な作りだったのだ。
 あるとき,そこに総集編掲載されたのが,紡木たく『ホットロード』である。

 こりゃダメだ,と思った。
 ぜんっぜん,感情移入できないのである。少年少女のやるせない暴走は切なく哀しく,そのくせ描線は意図的に抑えられ,なにより透明感あふれる人物の目がいい。と,頭は理屈でほめているのに,すりガラスに隔たれたかのように気持ちはそちらにのめり込めない。
 少女マンガが好きといっても,ターゲットたる女の子の気持ちが読めるなど傲慢なことを考えていたわけではない。ガラスのこちら側から観察するのが精一杯だとはわかっていた。しかし,それでも……。

 団塊の世代は『がきデカ』までは笑えても,『マカロニほうれん荘』にはついてこられないと言う。私にも,生活の柱の1本から少女マンガをはずす時がきていたのだろう。
 ふと気がつけば,それは私一人の問題でなく,それまでの少女マンガは対象をOLや主婦においたレディースコミックと,『キャンディキャンディ』のヒットに触発された低年齢層向け作品とに分かれ,マスにカウントされない男の読者の居場所はさらになくなりつつあるのだった。

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↓こりゃまいった、かないませぬ。 / ぽたりん ( 2000-09-19 11:03 )
単行本だけじゃなくて,未収録作品も切り抜きでいくつか持ってるの。おほほ。 / 烏丸 ( 2000-09-19 01:29 )
くっそー、何度見ても萌えだなあ。夜中にまた見に来てるわたくし。 / ぽた公 ( 2000-09-19 01:25 )
ををを!!! これこれ。ああ、どこ行っちゃったんだろ〜。思い起こせば笈川かおるは「初萌え」作家かも。懐かしいよお。古本屋で探そうっと。 / ぽたりん ( 2000-09-18 17:19 )
ということで,本文とは直接関係ありませんが,添付画像は『かりてきたネコのブルース』を。ちなみに「笈川かおる傑作集1」とありますが,りぼんコミックスから「傑作集2」はとうとう出ませんでした。 / 烏丸 ( 2000-09-18 13:39 )
ををを、「かりてきたネコのブルース」!!!! 長年の引っかかりがついに。一時期は笈川かおるではなく佐伯かよのと勘違いして探し回ったのでした。しかし、笈川かおる12冊はすごいですね。 / ぽた ( 2000-09-18 00:25 )
笈川かおるは,さっき積み上げてみたら,単行本12冊ほどありました。一般人(?)としてはよく追っかけているほうと思うんですが,それでもこの人,単行本未収録作品率が高いんですよねえ。ああ,気になる。 / 烏丸 ( 2000-09-17 01:46 )
けろりんさま,乱入大歓迎でございます。えらそーな文体で書いてますが,その実,いっぱい忘れ物,間違いやらかしてますし。倉持知子は,「青になれ!」ですね。 / 烏丸 ( 2000-09-17 01:44 )
……と,失礼。及川ではなく,笈川でした。それから,ぽたさまひっかかりの作品は最初の単行本に収録の「かりてきたネコのブルース」ですね。3姉妹と言われてさっき素通りしてました。長女・ローズマリー,長男・ミント,次男・ペパー,次女・マージョラムの4人姉弟,それに遠縁のバジルの5人の子供たちとおばあさまの話です。 / 烏丸 ( 2000-09-17 01:41 )
創刊当初のぶ〜けといえば、倉持知子(くらもちふさこの実妹)も忘れてはいけません。笈川かおるは「へ・へ・への方程式」が大好きでした。こんにちは。突然乱入すみません。 / けろりん ( 2000-09-17 01:35 )
ミント、ペッパー、マージョラムですか……。なんでしょう。及川かおるでは,記憶にないんですが……。長編でした? / 烏丸 ( 2000-09-17 00:30 )
ところで、タマミちゃんが怖くて日記の下の方に行けません.... 史上最怖でしょうか。なんて振ると「こっちにも怖いのが」と出てそうだなやぁ。 / ぽたりん ( 2000-09-16 08:29 )
及川かおる懐かしい! 及川かおるで、ミント、ペッパー、マージョラムという3人娘が活躍する作品の題名が思い出せないのです、ここ何年も。もしかしたら佐伯かよのかも知れないんですが。最早調べようもないと。現代マンガ図書館に行けばなんとかなるんでしょうか。 / ぽたりん ( 2000-09-16 07:58 )

2000-09-14 『愛のさかあがり』 とり・みき / 筑摩書房(ちくま文庫)


【いずんし らあぶり】

 報道によれば,ひまじんネットのシステム管理者2号氏が,「恋を探して来ます」と夏休みをとって出かけたまま行方知れずなのだそうである(「ひまじん掲示板」を参照のこと)。
 そこで,今回は「マンガの最終回シリーズ」を1回お休みいただき,「〜を探す」本を取り上げ,2号氏の行方について考察する1つの契機としたい。「〜を探す」といえばシェル・シルヴァスタイン『ぼくを探しに』か,とも考えたのだが,ここはひとつ,2号氏もご愛読と噂のとり・みきを取り上げることにしよう。

 『愛のさかあがり』は,コミックエッセイというジャンル分けがあるなら,その古典の1つ。ギャグ漫画家とり・みきが,愛を求める旅を仕事場から海外にいたるまで,あれこれ繰り広げる。

 もともとは1985年から翌年にかけて,今は亡き「平凡パンチ」に連載されたもの。角川から発売された単行本は「天の巻」「地の巻」「無用の巻」の3部構成であったのに対し,文庫版は「上巻」「下巻」の2冊となっている。2冊になっても別によいのだが,文庫版では単行本化の際に加えられた細かい注釈や諸氏からのメッセージまでとり去られており,単行本を知る者には少し残念。

 さて,その愛を求める旅だが,これがあるときはウェット,あるときはクール。
 愛はときには○○○○の形をしてドアノブからぶら下がっていたり,金縛りの最中に巨大な金色の○○○の形をしてお腹の上に乗っていたり,あるいは築地の朝の謎のあたまライスだったりと,けっこうトリッキーに姿を変える。
 とりわけ読者から題材を求めた「イタイ話」シリーズと路上観察の一環としての「オジギビト」シリーズはポイントが高く,「あれ見た?」と全国の漫画ファンをとりこにし,この後数年にわたって漫画談義のトリを飾って青い鳥を鳥捕り帰る鳥捕りの声。

 え? それで2号氏はどうなった? さあ。どうなったんでしょうね。

先頭 表紙

で,健康のために,と頭にヘンな機械をつけていたり,修行だと言って座った姿勢のままぴょんぴょんはねたり,ということがなければよいのですが。 / 烏丸 ( 2000-09-18 14:33 )
とりあえず帰ってきました。PCを遠ざけて健康な生活をしていたということです。 / 安心の1号 ( 2000-09-18 13:20 )
へんな宗教に入信でもしていなければよいのですが。なんたって2号はあの上○さんと同じ研究室の出身ですし。 / 心配な1号 ( 2000-09-14 22:08 )

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