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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2000-09-10 『インターネット事件簿』 別冊宝島編集部 / 宝島社(宝島社文庫)
2000-09-09 『ガラス玉』 岡田史子/朝日ソノラマ(サンコミックス)
2000-09-09 『胡桃の中の世界』 澁澤龍彦 / 河出書房新社(河出文庫)
2000-09-08 『もの食う人びと』 辺見 庸 / 角川書店(角川文庫)
2000-09-08 『法医学教室の午後』 西丸与一 / 朝日新聞社(朝日文庫) ほか
2000-09-08 『法医学のミステリー』 渡辺 孚 / 中央公論新社(中公文庫) ほか
2000-09-08 『法医学の現場から』 須藤武雄 / 中央公論新社(中公文庫)
2000-09-06 『中国てなもんや商社』 谷崎 光 / 文藝春秋社(文春文庫)
2000-09-06 『OLときどきネパール人』 瀬尾里枝 / 光文社(知恵の森文庫)
2000-09-06 『不思議の国の悪意』 ルーファス・キング 押田由起 訳 / 東京創元社(創元推理文庫)


2000-09-10 『インターネット事件簿』 別冊宝島編集部 / 宝島社(宝島社文庫)


【転ばぬ先の川流れ】

 東芝告発事件,レイプ共謀,アングラ販売,個人情報流出,マルチ商法,コンピュータウイルス,アダルト配信,音楽データ配信。本書はこれら,インターネットを舞台に最近話題になったさまざまな事件,トラブルをアットランダムに紹介したもの。
 宝島社には申し訳ないが,正直言って期待したほどの内容ではなかった。なにしろテーマが多岐にわたり,1つの事件にせいぜい数ページ程度しか割けていないのだ。
 たとえば東芝告発事件など,実際のサイトや雑誌の記事を時系列にウォッチしてないと,本書だけではとても全貌や雰囲気はつかめないだろう。また,トラブル現場のURLが細かく掲載されているわけでもないため,実際にインターネットにアクセスしている者にとっての資料性も薄い(もちろん,現場を自力で探せないレベルの者にトラブル現場や地下ゲームのURLを教えるくらい危険なことはないのだが)。

 しかし,インターネットで起こった,あるいはこの先起こり得るトラブルに詳しいと言う自信のある方を除き(*1),本書,あるいは類書を最低でも1冊読んでおくことは,強くお奨めしたい。
 子供が,飴玉をくれるからと見知らぬ大人についていったらどうなるか。炎天下,生モノを拾い食いしたらどうなるか。酒に強くもないのに,ミニスカートにタンクトップの小娘が三次会までついていったらどうなるか(*2)。老人が,訪問販売の甘口に金の地金を買ったらどうなるか。
 実社会でのこれらオマヌケが,ネット世界ではどのような形で展開するのか,せめてその気配,パターンを知っておくこと,そして自分だってオマヌケな地雷を踏む可能性があると言う覚悟をしておくことは,決して無意味ではない。

 ちなみに,SOHO(*3)について相談を受けている知人によれば,どんなに忠告しても,「自宅で月3万の仕事ができる,そのためにこの70万円のパソコンと教材のセットを購入」にだまされる者は後を絶たないのだそうだ。そんな連中は本書を読んでも無駄,騙されるときには騙されるのだろう。それは決してインターネットのせいではない。

 もう一点,念のため。
 本書にも再三明記してあるが,インターネット上での匿名性を過信するのは禁物だ。なんらかの被害を受けたとき,あるいは逆に法を犯したとき,いくら当人が匿名のつもりでいても,請求書と逮捕状だけは無事に届く。俗に言う後悔後の祭りである。

*1……よほど特殊なスキルを持ち合わせ,なおかつ勉強熱心な一部のベテランか,あるいはただの思い上がり野郎だろう。前者なら釈迦に説法だし,後者ならつける薬はない。本書を買っても金と時間の無駄,ヘタすれば過信に上塗りするだけ,周囲の迷惑かもしれない(ちなみにこの烏丸,どこに薬をつければよいかわからないほど何もわかっていない)。

*2……もちろんお嬢さんのほうでなく,相手をする男についての話。若気のイタリー,因果欧州。ちなみにこの烏丸,いやその。

*3……スモールオフィス,ホームオフィス。小規模オフィスや家庭で仕事をする個人事業のこと。

先頭 表紙

2000-09-09 『ガラス玉』 岡田史子/朝日ソノラマ(サンコミックス)


【意味の病と戦う】

 昔,池袋場末のジャズスナックで,文芸座帰りの興奮のままタルコフスキーか何かを評するのに「哲学的」と口にしたところ,大学で哲学を教えている人物から「自分に理解できないものを,軽々しく『哲学的』などと言うべきでない。それは哲学という作業から最も遠い姿勢だ」とたしなめられたことがある。おっしゃる通り。
 しかし,シュールという形容詞がシュルレアリスムと無縁なように,説明がつかないながらなにか重みのこもった作品をつい「哲学的」と評してしまうのも,まぁ,ままあることだ。
 要するに岡田史子は「シュール」で「哲学的」で,比類ないのである。

 岡田史子は,1967年に投稿者として「COM」に登場し,その強烈な絵柄,大胆な言葉遣いで伝説となった。ストーリーマンガとは言い難い作品の粗筋を取り上げても仕方ないが,いくつか簡単に紹介してみよう。

  両親がいまわのときに渡してくれたガラス玉をなくしてしまったレド・アール。彼の家に彼の死体が現れる。このまま半分死んでいるよりはと,彼は恋人リーベの制止をふりきってガラス玉をつくれるというアトラクシアに向かう。(ガラス玉)

  ママンと妹アベローネの死の際に脂肪くさい黄色いけむりを見たエドワルドは,パリの美術学校に進み,悲惨な乞食の姿だのショウフだの腐ったもののにおうような街の絵だのばかり描く。彼を想うソフィやエレンも救いにはならず,彼は家にこもって描き続ける。(赤い蔦草)

  ある日小耳にした「きのうのにおい」という言葉に,「ぼく」は昔読んだ絵本のことを思い出す。その絵本を見つけてくれた姉が首を吊って死んだことを思い出す。猫を死なせたことを思い出す。その猫の名前がママであること,姉が自分をママを二度殺したと責めたこと,自分の火遊びがママを死なせたことを思い出す。(私の絵本)

  墓地へゆく道には,刈りとった稲の陰でくすくす笑う女,叫ぶ髪の長い女,すみれを踏みにじって少年に指をかじらせている女,陽だまりにうずくまって汽車にひかれる夢をみている少女がいる。そして真冬の墓地には。(墓地へゆく道)

  気の狂った姉は発作を起こしてイリアーの目を刺し,病院に入れられる。迷ったあげく彼を訪ねた画家のエバは,今日は日曜日よと告げる。(ホリディ)

 ……これらが,「一作描いたら,その絵柄にあきてしまうから」と,あるときはマンガらしいクリアな描線,あるときはムンクを強く意識した影の多いコマ,あるいはポップでリアルなタッチで描かれる。一見「幻想的」という言葉が似合いそうだが,実は語り手が幻想を見るという状況があるだけで,作品世界が幻想に流れているわけではない。

 岡田史子を読むには,古書街で「COM」を手に入れるか(以前は全巻で20万円くらいだった),単行本を探すしかない。単行本は『ガラス玉』のほか,同じ朝日ソノラマからの『ほんのすこしの水』『ダンス・パーティー』,NTT出版の『岡田史子作品集vol.1 赤い蔓草』『vol.2 ほんのすこしの水』,この5冊だけだ。しかも『ダンス・パーティー』は10年ほどの沈黙の後,マンガ少年等に掲載されたものが中心で,かつての緊張感は見る影もない。

 ところで,朝日ソノラマの単行本『ガラス玉』は,表紙カバーの次の一節でも知られている。

  極寒の地北海道で,あふれる想像力と,とぎすまされた感受性を武器に,「意味の病」と必死に戦った表現者岡田史子。(中略)彼女の苦闘と挫折の軌跡である。

 さらに巻末の萩尾望都の解説は,以下のように書かれて閉じる。

  北海道は少なくともひとりの天才を,雪の中にかかえているのだ。

先頭 表紙

2000-09-09 『胡桃の中の世界』 澁澤龍彦 / 河出書房新社(河出文庫)


【役に立たない知識はなんてカッコいいのだろう】

 出口裕弘によれば,当時の澁澤の作業はよくもあしくもフランス語の文献からの「コラージュ」だったという。確かにその通りで,彼の業績の多くは古今の文献からさまざまなイメージの宝石を切り取って羅列したことであり,翻訳者としてブルトンやサドを紹介した行為も,その延長に過ぎないのかもしれない(*1)。
 だが,この種のフレーバーに引き寄せられる傾向のある者にとって,澁澤のコラージュはネコにマタタビ,オタクにアニメビデオである。なにしろ黒魔術に錬金術,毒薬にエロティシズム。石の中に宇宙があって,ホムルンクスは白目を剥き,薔薇十字は時を越えて秘密をひさぐのである。ごろにゃんにゃん。

 そんな澁澤作品の中で,この烏丸のお気に入りは,エッセイ13作品をまとめた『胡桃の中の世界』だ。
 たとえば,その中の一編「宇宙卵について」では,澁澤はまずピエロ・デラ・フランチェスカの聖母子の頭上に描かれた駝鳥の卵が処女懐胎のシンボルであることに着目し,卵から宇宙が発生するという世界各地の神話に思いを馳せ,さらには錬金術において「賢者の石」を精製する容器たる「哲学の卵」について詳解する。まさしく「うっとりだな」((C)晴明)。

 正直に言おう,この烏丸,『胡桃の中の世界』が発刊された当時はこれらにいかなる意味があるのやら,ちっともわからなかった。今だって「わかる」などと言うつもりはない。しかし,病気の正体を知らなくともハシカには罹る。ひとたびその香味を知ってしまったなら,彼の作品のみならずシュルレアリスムや黒魔術の文献求めて東西駆けめぐったのはいつの日か。

 無論,澁澤が列挙する知識が何かの役に立つかと問われれば,大概において否と答えるほかない。しかし,役に立たない知識は,逆にいえば純粋培養された読書の,ピュアな快感を呼ぶ。のちにオウム・サリン事件に結びついたオカルトブームは,一見近しい話題を扱いながら,勘違いや思い込みの強さにおいて,澁澤のサングラスの奥のダンディーな眼差しとは無縁だ。
 何言ってるんだかさっぱりわからない? 実は,書き手もよくわかっていないのである。

*1……澁澤が翻訳したサド『悪徳の栄え 続』が猥褻罪で摘発されたのは1959(昭和34)年。三島由紀夫,遠藤周作,埴谷雄高,吉行淳之介らを証人とするなど「猥褻」の定義をめぐって文壇,社会を巻き込んだ後,十年後の1969年有罪判決。フランス書院文庫やマドンナメイトが発禁にならず,逆にインターネット上のJPEGファイルに性器が見えた見えないで摘発が完結する昨今を思うと隔世の感あり。

先頭 表紙

2000-09-08 『もの食う人びと』 辺見 庸 / 角川書店(角川文庫)


【食らう】

 検死だの解剖だの,烏丸ってばまったく。また少し,気分変えよう。

 『もの食う人びと』は,共同通信社の特派員だった著者が世界中の紛争地帯,飢餓地域を訪ね,ひたすら現地人とともに食って食って食らいまくるルポルタージュ。
 ダッカでの残飯を皮切りに,ベトナムのフォー,ベルリンの刑務所,ポーランドの炭坑,クロアチアの戦火の下の食事,ソマリアの炎熱,ウガンダのエイズ禍,チェルノブイリの放射能汚染スープ,自殺を図った慰安婦たちとの饗宴……。

 走り,笑い,眠り,座り,泣くことと同様に,食べることは生きることだ。人は,バットで殴られれば死に,サリンを吸えば死に,食べられなくなると死ぬ。それだけのことがわからなくなってしまったこの国では,「生きるために食べる」たったそれだけのことを確認するのに,このような書物が書かれないといけないのだ。
 なんてこった。

先頭 表紙

2000-09-08 『法医学教室の午後』 西丸与一 / 朝日新聞社(朝日文庫) ほか


【まだまだ,死体がいっぱい】

 もちろん,中公文庫以外にも,魅力的な法医学本はある。

◇『法医学教室の午後』
◇『続 法医学教室の午後』
◇『法医学教室との別れ』
 西丸与一,朝日新聞社(朝日文庫)

 本文1ページ目が「夜にはいると,雨は少しおさまり,霧が出始めた。白っぽい幕が,静かに流れ動く。」で始まるように,エッセイ,ドラマ色が強く,その分,法医学の学術書,啓蒙書としての色合いは薄い(3冊目の『別れ』はとくにウェット)。死体の状態から死因を究明する,といった記述もなくはないが,大学内での法医学のあり方,残された遺族の言動に比重を置く点に他の法医学本にない特徴が見られる。
 なお,1985年には本作を題材とした2時間ドラマが日本テレビ系で放映され,その後の法医学ドラマの端緒となった。監督は大森一樹,出演:菅原文太,紺野美沙子,寺尾聰,大江千里ほか。翌年には続編『法医学教室の長い1日』も放映されている。

◇『死体は生きている』
◇『死体は知っている』
◇『死体検死医』
 上野正彦,角川書店(角川文庫)

 著者は東京都監察医務院院長を1989年に退任後,法医学評論家として活躍中。ゲーテの臨終時の言葉を取り上げたり,死と魂について述べたりするなど,同じ法医学を扱いつつも,これまで挙げた他の本に比べるとかなり情緒に流れる傾向あり。その分,読み物としては読みやすいかもしれない。
 本書を原作とするドラマ『助教授一色麗子 法医学教室の女』が,日本テレビ系で1991年の夏から秋にかけて放映されている(全10回)。出演は篠ひろ子,山下真司,大鶴義丹ほか。

◇『死体の証言―死者が語る隠されたドラマ』
 上野正彦・山村正夫,光文社(光文社文庫)

 推理作家・山村正夫との対談。対談集の限界か,やや漫然とした印象。

◇『死体を語ろう』
 上野正彦,角川書店(角川文庫)

 永六輔,阿刀田高,ひろさちや,桂文珍,山本晋也,前田あんぬら10人と死体をテーマに対談。上野はすでに著書も多く,同じ内容を繰り返しがちなので,彼が聞き手に回る対談のほうが面白い。とくに「胎盤を食べてみたい」と吼える内田春菊,淡々と「江戸の海,川は死体だらけだった」と資料を語る氏家幹人との対談はテイスティ。

◇『死にかたがわからない 法医学者の検死メモ』
 柳田純一,集英社(集英社文庫)

 法医学者,東京都監察医として10000体以上の異状死体を解剖検案したという筆者による随想。ともかく「なんとも忙しい仕事」の印象が強い。他の法医学本に比べると,実際の司法解剖作業や死体各部の形状に触れるところがかなりあり,食事中の読書はお奨めしかねる。
 法医学を扱ったテレビドラマに一言あったり,某推理小説作家からの質問電話に答えるくだりがあるあたりが当世風か。

◇『検死解剖』
 トーマス・野口 著,田中 靖 訳,講談社(講談社+α文庫)

 マリリン・モンロー、ロバート・ケネディら著名人の解剖を手がけた米国の名検死官による法医学の実態。プレスリー,サル・ミネオら著名人の死が扱われていること,ヒットラーやナポレオンの死,切り裂きジャックの正体など歴史的考察にページが割かれていること以上に印象的なのは,陪審国家アメリカでは,複数の検死官による判断が裁判の議論の材料になること。正義の国アメリカでは,「真実」もバトルでもぎとるものなのである。

 以上,ざっとではあるが法医学関係の本を何点か紹介した。ミステリやサスペンスのリアリティ欠如に食傷気味な午後にはお奨めである。

先頭 表紙

烏丸殿、イチオシをご特定頂き、かたじけのうござる。一同、早速メモって書店へ出陣ぢゃ。。(おっと、夜中だ) / あの黄色い看板なに?ほにゃららです。さぶ ( 2000-09-11 00:42 )
これは大名さま,よくぞ足をお運びいただき。これっ,ものども,頭が高い! ちなみに,今回ご紹介した中では,↓の『法医学のミステリー』がとりあえずイチオシでしょうか。上野氏は,1冊読めばとりあえずしばらくはよいのでは。 / 烏丸 ( 2000-09-10 21:42 )
烏丸様こんにちは。法医学シリーズ大変参考になりました。有難うございます。以前小職の上司から薦められて、本日ご紹介にもある上野正彦の著作、『死体は語る』を読み、他にも法医学モノを読んでみたいと思っておりましたところです。。。 / ほにゃらら ( 2000-09-10 00:25 )

2000-09-08 『法医学のミステリー』 渡辺 孚 / 中央公論新社(中公文庫) ほか


【さらに,死体がいっぱい】

 引き続き烏丸の本棚から,比較的手に入りやすい法医学関係の書物を何冊か簡単に紹介してみよう。

◇『法医学ノート』
 古畑種基,中央公論新社(中公文庫)

 著者は血液型分類研究の世界的権威。ただ,血液型についてはその後さまざまなメディアで紹介されてきたためか,本書では第一章「毒および毒殺物語」における古今東西の毒についての記述,第三章「裁判と法医学」内の絞首刑についての考察がとくに印象に残る。近いうちに夫あるいは妻に毒を盛りたい,そんな予定のある方には,目を通しておくことを強くお奨めしておきたい。
 以下に紹介する各書に比べると,内容に学術書的色彩やや強し。読みにくいというわけではないが。

◇『法医学のミステリー』
 渡辺 孚,中央公論新社(中公文庫)

 お奨めの1冊。著者は警察庁科学警察研究所の初代科学捜査部長として,白鳥事件,秋田山荘事件,梅田事件,八海事件の再度差し戻し審の最終鑑定など,数々の難事件を手がけた人物。
 その文章は,「理科系的」とでもいうか,平明かつ論理的で,検査に対しては予断を持たず,少しでも疑問の残る場合はとことん究明していく厳しい姿勢が感じられる。その「疑問」や「疑点」はときには警察組織や司法機関にまで向けられる。実に厳しい。
 だからこそ,たまに垣間見られる「自他殺の別に手を焼く場合があると,文句のひとつも言いたくなる。」といった心情の発露が心に染みるのかもしれない。

◇『完全犯罪と闘う ある検死官の記録』
 芹沢常行,中央公論新社(中公文庫)

 制度発足と同時に検死官となり,検死官室長を最後に退職するまでの18年間を警視庁検死官として活躍した著者の記録。
 「完全犯罪」と言う小説まがいのタイトルとは裏腹に,ここで取り上げられた犯罪の多くは市井の人々のやむにやまれぬ行いであり,現場に残されたホースやコップ,手拭から明らかになる事実は哀しい。

 まだまだ続くよ,法医学の旅。

先頭 表紙

2000-09-08 『法医学の現場から』 須藤武雄 / 中央公論新社(中公文庫)


【現場の言葉】

 乱雑な仕事や生活を続けていると,自分の精神と肉体が微妙に噛み合わなくなってくることがある。カラー印刷でいえば,どれか1つ色の版がずれたような感じ。酒を飲んでも映画を見ても意識が上滑りし,目が冴えて眠るにも眠れない。

 そんな長い夜にぜひともお奨めしたいのが,中公文庫から何冊か発行されている法医学や警察・検察関係の随想録だ。
 そこには余計なデコレーションの施されない現場の声,それも一時の感情からでなく,何千,何万という現場での経験に裏打ちされた,確たる「事実」が淡々と積み重ねられている。死体や凶悪犯罪など,ある意味最も過激な話題を扱いながら,一字一句に事実を明らかにしていこうとする意志がこもり,それが読み手に,法医学についての啓蒙や犯罪・司法についての考察のみならず,強い鎮静作用をもたらすのである。

 『法医学の現場から』の著者須藤武雄は,大正6(1917)年,群馬県出身。警察庁科学警察研究所法医第一研究室長にして,毛髪医科学の権威。
 本書は,終戦後の30年間にわたり毛髪鑑識の仕事にたずさわった著者が,実際に起こった事件をもとに,科学的手法による物的証拠の検査についてまとめたもの。
 たとえば,「科学捜査の現場から」と題し,さまざまな科学的手法について紹介する前半の目次から,いくつか事件をひろってみよう。
   説教強盗の置きみやげ(指紋)
   化粧品セールス女性暴行殺人(血液型)
   人毛と獣毛の鑑別(毛髪)
   麻薬患者の白骨死体(スーパーインポーズ法)
   湖底の死体(復顔法)
   色魔の脅迫(声紋)
 続く「私の事件メモ」と題された後半では,著者が実際に毛髪鑑識にかかわった15の事件が詳しく紹介されている。
   陰毛に寄生する特殊なカビから,少女暴行殺人事件の犯人を特定する。
   熊を追った4人のハンターのうち1人が頭を撃ち抜かれる。脳の中に残されたフェルトの繊維から明らかになった弾丸の持ち主は……。
   暴行殺人の現場に残された毛髪の,刈られた時期,パーマネントの具合から明らかになった犯人。それは意外にも……。
   火事で焼け死んだと思われた老女は,火事の前にすでに殺されていた。凶器の手拭から発見された薄茶色の毛は,驚いたことに……。
   強姦殺人事件の現場に残されたたった1本の毛髪は,悪性の円形脱毛症を示していた。すると犯人は……。
 などなど,毛髪数本から思いがけない事実が次々に明らかになっていくさまはいっそ爽快でさえある。

 なお,そのほかの法医学関係のお奨め文庫については,次の書評に示す。……と,オチなしゴタク抜きの烏丸,シリアスモード75%であった。

先頭 表紙

なくはないでしょうが,今は情報過多なのでどのような本にどのように出会うのかは子供それぞれのようです。スーパーインポーズ法を知るとしたら,『コナン』や『金田一少年』で,ですかね。 / 烏丸 ( 2000-09-08 14:24 )
小学生の頃、『あの犯人を追え!』という子供向け本を読み、スーパー・インポーズ法を知りました。今でも、子供向けにこういう本ってあるんでしょうかね? / ぽたりん ( 2000-09-08 13:38 )
いらしゃいませ,よちみさま。この『法医学の現場から』に限らず,中公文庫の法医学・検察・警官ものはハデな演出はありませんがぎゅっと事実がこもった感じで(たまに読むぶんには)お奨めです。また,警察関係の人は,調書で鍛えているから文章がシンプルでわかりやすいんですね。このあと何冊か,続けてご紹介する予定です。 / 烏丸 ( 2000-09-08 12:22 )
はじめまして。サスペンスドラマ好きのよちみだけど、推理小説も重いのから軽いのまで好きです。これもぜひ読んでみたい! / よちみ ( 2000-09-08 11:47 )

2000-09-06 『中国てなもんや商社』 谷崎 光 / 文藝春秋社(文春文庫)


【没問題(メイウェンティ)!】

 同じアジア本でもこちらは大当たり(「旅」「紀行」モノではないが)。
 女子学生就職困難の折り,普通の会社に普通のOLのつもりで就職したら,それが中国相手の貿易商社。対中国の折衝を担当したら,首の入らないTシャツ,手の入らないポケット,ボタンより小さいボタンホール,開かぬ傘,濡れたら色落ちするトレーナー,ヤモリが丸ごと入ったジャム。次から次へとトラブルの連発。クレームつけても中国側は馬耳東風。没問題,没問題で絶対に謝罪などしない。言い訳につまると日本側の落ち度探し,さらにつまると天変地異。なにしろ工場がいきなり竜巻で吹っ飛んでしまったとFAXよこし,証拠に送ってきた新聞記事を見ればそれは遠い別の地方の竜巻というのだ。
 そんな会社で作者はひたすら上司に鍛えられ,同僚にいじめられ,中国側の担当者に責められる。トラブル,トラブル,トラブル。会話が通じない。製品が届かない。届いたら使えない。
 だけど,そうした泥沼のような仕事を繰り返すうちに,作者は少しずつ会社と仕事に慣れていく。中国人と心を交わすことに慣れていく。そうして読者にも見えてくる中国人たちのなんとも言えぬ豊かな素顔。もちろん慣れたからといってトラブルが減るわけではない。ただ,通り一遍の旅でその国のことをあだこだ言う本と違うのはここから先。
 つまり,それだけひどい目にあって,それでも好きになったのなら,本当にその仕事が好きなのだ。中国が,中国の人々が,本当に本当に好きなのだ。

 良い本については多くを語る必要なし。読むと元気が出,最後はほろりと泣ける。OLの皆さまにももちろんお奨め。
 ただし。
 これから中国とビジネス始める人は,ねえ。とりあえず,勇気と覚悟と強壮ドリンク片手にどうぞ。

先頭 表紙

中国人は、口車父が某大学にいた関係で、開放政策とってどっと中国人が留学生やら研修生やらで日本に来るようになった1978年以来、しばらくいろいろ面倒見ておりましたです。いや、すごかった。 / 口車大王 ( 2000-09-07 15:01 )
中国人相手の時は、ぎゃんぎゃんわめいて、言い負かしたほうが勝ち。日本流の「以心伝心」なんて、ぜったい通じません。それから、「月末締め、翌月末払い」なんてことやってごらんなさい。その翌月末には、相手の会社なくなっているから。品物渡すときは、絶対現金と引き換え。その点、台湾は良い。 / 口車大王 ( 2000-09-07 14:59 )
口車がポーランド行かされた、かつて勤めていた会社、大陸中国相手に赤字だしていないっす。しかも、日中国交回復前からお仕事指定たっす。すごいっす。 / 口車大王 ( 2000-09-07 14:57 )
え、小林聡美好きです。ビデオとか出てるかな。早速検索してみるっす。 / ぽた公 ( 2000-09-07 12:29 )
これ、映画になってるんですよね。小林聡美さんが主演。物凄い怪演でした。 / mishika ( 2000-09-07 11:09 )
うー,それは大変ですねえ。烏丸の場合……人さまに迷惑かけているほうが多いかな? / 烏丸 ( 2000-09-07 01:56 )
お〜。ワタシもこの没問題になやまされてるひとりでっす。 / りん ( 2000-09-06 22:38 )

2000-09-06 『OLときどきネパール人』 瀬尾里枝 / 光文社(知恵の森文庫)


【はずれ】

 インドの北,チベットとの境界にあり,エベレストをはじめとするヒマラヤ山脈で知られる高地の立憲君主国ネパール。首都はカトマンズ。
 本書は東京で勤めるOLが何度かこのネパールを訪ね,知り合った人々との交流をまとめたもの。食文化,身分制度,観光名所などについても紹介されている。

 それにしても,「ときどきネパール人」というタイトル表現はどうか。たとえば東京出身者が京都の大学に進学し,京都の企業に勤めたとして,それを京都人と言うだろうか。まして旅行者では。
 たかが旅のエッセイ本のタイトルに,そんなむきにならなくとも,と笑われるかもしれない。それでもこだわってしまうのは,こういう本では訪れた先との「タッチ」がものを言うからだ。旅の一期一会を楽しむのか,その土地にどっぷりひたって生活するのではずいぶん違うはず。著者のネパールに対する姿勢は,どうも日本人だからと免除されていることに無頓着で,かすかな苛立ちを抑えきれない。

 ところで,ご存知の方も多いと思うが,数年前の東電OL殺人事件の容疑者は最近多いという不法就労のネパール人だった。これが『OLときどきネパール人』に語られたネパールの情報やイメージにそぐわない。要するに,この著者のネパール体験は,比較的裕福な知人グループに密着するだけに,非常に狭いのではないか。インターネットでネパール紀行をざっとあたってみたが,『OLときどきネパール人』が本流という印象は得られなかった。瀬尾里枝はどこに行ってもこういう本を書く,それだけのことなのかもしれない。

 もう1つ,ネパールについて。ミュージシャン谷山浩子が,以前ネパールの高地でコンサートを開いたのをご存知だろうか。バスに揺られて危なっかしい崖っぷちの道をスタッフ一同登ったそうなのだが,これまた違和感が強い。上海とか香港,台北ならわからんでもないが,なぜにネパール。金銀ネパールプレゼント。だめ。思考がぜんぜん進まない。

先頭 表紙

これはマイケルさま,いらっしゃいませ。『旅の理不尽』,たった今,会社の近所の本屋で買ってきました。 / 烏丸 ( 2000-09-07 15:07 )
旅の理不尽 (宮田 珠己・小学館文庫)が好きなんですが / 最近ぜんぜん本読んでないマイケル ( 2000-09-07 11:31 )
アジアシリーズ、いいっすね、期待大です。追っかけようかな。 / ぽた公 ( 2000-09-06 19:02 )
で,こんな本をこきおろすのが主眼ではなくて,次に同じアジア関係でも,オススメ本を用意してあります。少々お待ちください。 / 烏丸 ( 2000-09-06 18:46 )
著者の瀬尾里枝には『ベトナム熱射病 サイゴン女ひとり歩き』という本がすでにあって(未読),次が『OLときどきネパール人』ときたらもうマユはツバでベタベタ。ただ,昔からネパール,ブータンは気になっていたのと,「ひょっとしてよい本の可能性も」と迷った末に読んだら,まあやっぱりね,という感じ。しかも解説の近藤サトのコネ付き(あるいはOLってのはテレビ局勤務?)のようだから,そりゃこの内容なら十分出版されるわな。日本語レベルでひどい本,というほどではありませんので念のため。タイトルから過大な期待はしないように,ということです。こうしてみると高橋由佳利の「トルコで……」はよい本だ。 / 烏丸 ( 2000-09-06 18:44 )
元OLの経験として。こういう本ってやっぱりOL向けなんですよね。そうするとやっぱりタイトルって一番大事。タイトルから、外国生活を垣間見れるんじゃないかと思ってみんな買っちゃいますよ。(私もイタリアものには何度だまされたことか!)案外こうい本ってすぐ出版されてしまうようで、大学時代の先輩も、自費でイギリス生活体験記を出そうと思っていたところ、あっさりどっかの出版社から出してもらえることになったらしいです。やっぱり外国モノってだけで売れるみたいですね〜。 / オーテマチエンヌ ( 2000-09-06 17:33 )
牽強付会とまでもいかないですね。単なる短慮? 無思慮? 私の周りにもいたりします。「最近の女子大生は○○なんだってさ〜」っていうので、そんなことはあるまいと思いよくよく聞いてみると、「知り合いの女子大生が○○だ」というだけのことでした。木を見て森を見ずというか、最初から森を見る気がないのか、森の存在を知らないのか。 / ぽた公 ( 2000-09-06 17:07 )
いや〜,旅日記がゾウの鼻だけ,尻尾だけでもいいと思うんですよ。問題は,「鼻だけ」「尻尾だけ」とわかって書いてるかどうか。この瀬尾って著者は,ヘンなたとえだけど,女子大生が合コンで酒代払わずにすんで,「○○大の人は親切でお金に頓着しないのでヨソの大学の人と会うより落ち着く」と書く,そんなところがありますね。 / 烏丸 ( 2000-09-06 16:35 )
真実を伝える紀行文って少ないですよね。断片的な情報は伝わってくるものの、ゾウの鼻だけ、尻尾だけ、っていう見方が多くて。やはりその土地で暮らしたことのある人の情報でないと、単なるツーリスト・インフォメーションになっちゃいますね。 / ぽた公 ( 2000-09-06 16:13 )

2000-09-06 『不思議の国の悪意』 ルーファス・キング 押田由起 訳 / 東京創元社(創元推理文庫)


【117番目の悪意】

 少し気分を変えよう。
 不勉強にして詳しくは知らないが,エラリー・クイーンの仕事に「クイーンの定員」というものがあるらしい。クイーンお得意のアンソロジーとも,ちょっと違う。
 要するに,推理小説の元祖と言われるエドガー・アラン・ポオの『Tales』(1845年)からハリー・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』まで,このジャンルにおいて重要とみなされる125の短編集を年代順に選び,推理小説史を語った,というものだそうな。

 ここでご紹介する『不思議の国の悪意』(1958年)は,その「クイーンの定員」の117番目に選ばれた短編集。原題の"Malice in Wonderland"はもちろん,クイーンがキングを選んだという点でもなかなかシャレが効いている。
 収録作品の多くは,フロリダの保養・観光地を舞台に,ある程度の財産を持った人々が悪意や欲望にかられたとき……というもの。ハウダニット,フーダニットが主眼の本格推理,ではなく,なぜ事件が起きたか,いかにそれが発覚したか,という人間ドラマのほうが主体。早い話が,地名を日本の観光地に変えれば,それだけで9時からの2時間サスペンスドラマはお任せ,そんな感じ。なかなか小気味よく仕上がった個々の作品にはほどほどの謎,意外でシニカルなエンディングが用意され,いずれも楽しく読むことができる。
 ただ……さすがにポオと並び称され,と言われたら小首を傾げざるを得ない。そもそも,元祖にして様式を固めてしまったポオと誰かを比較するというのが無理な話なんだが。

 もう一点。これは全く慣れの問題とは思うが,翻訳物を普段あまり読んでないと,たまに手にしたとき,そのオイルとケチャップに胃袋が驚くということはある。たとえば次のような表現だ。
 「ヘイヴァーメイは初期ニューイングランド人の良心の乏しい残骸と格闘した。かつては基本たる美徳といやしからぬ人品という産物を生む,みごとなばかりの畑だった良心と。」
 などなど。

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