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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [最新の10件を表示]   表紙

2000-08-09 『鬼平犯科帳』 池波正太郎 / 文藝春秋社(文春文庫版は24巻まで)
2000-08-09 『「巨人の星」に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ。』 堀井憲一郎 / 双葉社
2000-08-09 『黒後家蜘蛛の会』 アイザク・アシモフ,池 央耿 訳 / 東京創元社(創元推理文庫)
2000-08-09 『みるなの木』 椎名 誠 / 早川書房(ハヤカワ文庫JA)
2000-08-09 『代打屋トーゴー』 たかもちげん / 講談社
2000-08-08 『頭文字D 第19巻』 しげの秀一 / 講談社(ヤングマガジンKC)
2000-08-08 『ストーカーの心理学』 福島 章 / PHP研究所(PHP新書)
2000-08-08 『人はなぜストーカーになるのか』 岩下久美子 / 小学館
2000-08-08 本の少々


2000-08-09 『鬼平犯科帳』 池波正太郎 / 文藝春秋社(文春文庫版は24巻まで)


【ごめん】

 千住大橋をすぎて上野,人形町,八丁堀とめぐる電車に揺られながら,目は左手の池波正太郎を追っている。
 火付盗賊改方の長官「鬼平」こと長谷川平蔵と配下の与力,同心,密偵たちの,あるときはサスペンス,あるときは義理人情あふれるやり取りに心を躍らせ,気がむけば女房に軍鶏鍋,柚子切り蕎麦,根深汁など用意させて酒を楽しむというのは,十代二十代のころにはなかなかわからなかった
  (これは,もう,たまらぬ)
よろこびである。

 ちなみに「火付盗賊改方」は徳川幕府,若年寄直属の一種の軍隊で,奉行所に比べて特別の機動性を許され,兇悪犯に対しては取り調べをせずとも成敗することができた。
 妾腹に生まれ,若いころには無頼に走り,火付盗賊改方の長官となった今も
  「血を流さず,女をてごめにせず,盗られて難儀する所へは入らず」
を身上として本格のつとめ(盗み)をする者には温かく,兇悪犯にはとことん厳しく向かう鬼平の姿に,平成のサラリーマンの通勤電車と池波正太郎は
  「もう切っても切れぬ間柄」
になってしまったといってよい。

 鬼平は公務によく舟を使う。毎日とは言わないまでも会社勤めもそのようにはならないものか。
  「全く人間とは奇妙なものよ」
とため息をつきつつ,文庫を片手に思いはあれこれとどまらぬ。

 たとえば,読み進めるうちに,当時の役職をまとめた表のようなものがあれば,と思う。
 吉宗はなにしろ暴れん坊とはいえ将軍である。水戸黄門も先の副将軍。田沼意次が老中,遠山の金さんは北町奉行で,奉行といえばこれはもう本来市井に姿を現さないくらい偉いお殿様である。
 長谷川平蔵は四百石の旗本。役職として火付盗賊改方の長官を務めている。だから,盗賊の一味に旗本がいても,
  「やりにくい」
程度であって,
  「手が出せぬ」
ほどではない。
 さて,与力といえば奉行や火付盗賊改方の長官にはアゴで使われる身分。ところがこの与力が,平岩弓枝『御宿かわせみ』では「殿様」扱いで,だから侍の娘とはいえ宿屋の女将るいと与力の弟たる東吾はなかなか夫婦になれない。
 さらに与力の下に,半七や銭形平次らの岡っ引き。このあたりになると,犯罪に旗本が参画していたら
  「何も見なかった」
ことにせざるを得ない。さらには八五郎ら下っ引き。
 これら役職をきちんとツリー構造にして,それぞれにテレビドラマのキャストの写真をリンクといったホームページ,誰か作ってくれぬものか。

 あるいは,「お上の御用」。考えてみれば奇妙な言葉である。「用」とは英語でいえばbusiness,あるいはmatterであろうか。別に何をさすわけでもない。「御用」のポイントは「御」のほうである。つまり,
  「上のほうの,やんごとない」
ことだから,おぬしら悪党どももここはひとつ神妙に,ということなのである。こうしたことに
  「おもしろい……」
などとまるでひとごとのように
  「溜飲を下げて」
しまうのは,読者とはいえまことに
  「盗人たけだけしい」
といえよう。

 満員電車の乗り越しついでにもうひとつ。
 『鬼平犯科帳』を読んでいると,鬼平が居酒屋や小間物屋などに入るときは,塗笠をとりながら
  「ゆるせ」
と言ってつかつかと入る。シブい。
 現代なら「失礼」「おじゃまします」「ごめんください」か。コンビニで店員が奥にいたりすると「すみませーん」。

 それにつけても,なぜ客というもの,このように謝ってばかりいなければならないのだろう。

先頭 表紙

ネギの味噌汁とな! あんまし好きじゃないなあ。やはり味噌汁はアサリかナメコでありますことよなあ。 / こすもぽたりん ( 2000-08-09 18:39 )
「根深汁」とは,なんてことのないネギの味噌汁。鬼平では一,二度出てくる程度? 『剣客商売』のほうでは秋山大治郎がこれに大根の漬物という組み合わせでよく朝飯を食べていて,これがもう実に旨そう。 / 烏丸 ( 2000-08-09 18:04 )
『根深汁』たあどんなもんでやんす? しかし、池正を読むと腹が減りますなあ。 / こすもぽたりん ( 2000-08-09 17:45 )
長谷川平蔵はもちろん良いけれど、片方に白子屋菊衛門とかいるから話がシマルのよねぇ。 / ねむり猫 ( 2000-08-09 17:44 )
こすもぽたりんさんの 『江戸古地図散歩』(池波正太郎)の書評に反応してみました。 / 烏丸 ( 2000-08-09 17:36 )

2000-08-09 『「巨人の星」に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ。』 堀井憲一郎 / 双葉社

【ホリイディ・オー・ホリイディ】

 週刊文春の『ホリイのずんずん調査』という1ページ連載をご存じだろうか。フリーライターの堀井憲一郎が,
   チョコボールを1000個買うと金,銀のエンゼルはいくつ当たるか
   バットを最も遠くに放り投げるプロ野球選手は誰か
   人はSMAPのメンバーをどれだけ言えるか
   覚えている語呂合わせ年号暗記
   「ジパングあさ6」と「めざましテレビ」の星占いはどちらが正しいか
   野球中継延長で一番泣いた番組は何か
   キャッシュカードの暗証番号は
   お笑いタレントでツッコミが早いのは誰か
など,どうでもよさそうな,だが気になるといえば気になるテーマを恐ろしいばかりの手間ヒマかけて調べ上げる,というものだ。
 その成果は『この役立たず! ホリイのずんずん調査』というタイトルで文藝春秋社から単行本にまとめられている。続刊も楽しみだ。

 その堀井憲一郎が,そのあくなき調査精神で,あのスポ根マンガの帝王『巨人の星』にツッコミ入れまくった本が,『「巨人の星」に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ。』である。小説推理に連載されたもので,あの星家の家計収支や,飛雄馬の住んだマンション探し,張作霖も食べていた九竜虫,巨人軍入団テスト遠投50mの謎,飛雄馬には空白の1年がある,など,執拗にツッコミを入れまくる。
 いや,そもそも,内容以前に,タイトルがすごい。なにしろ,小説推理連載時は『が〜んの時代』だったものが,なんと『「巨人の星」に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ。』なのである。『「巨人の星」に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ。』。

 タイトルにこれだけウケたのは,伊藤理佐のコミック『いいようにはしないから』以来かもしれない。あ,発行はそっちが後か。

先頭 表紙

今日8月9日は,8・9で「野球の日」だそうです……って,誰が決めたんだか。 / 烏丸 ( 2000-08-09 17:38 )

2000-08-09 『黒後家蜘蛛の会』 アイザク・アシモフ,池 央耿 訳 / 東京創元社(創元推理文庫)


【心地よい椅子で読みたい】

 創元推理文庫のロングセラーの1つに,アシモフの『黒後家蜘蛛の会』というシリーズ(全5冊)がある。雑誌等の海外ミステリ人気投票の常連でもあり,ご存知の方も多いかと思う。
 『黒後家蜘蛛の会』(ブラック・ウィドワーズ)という女人禁制のクラブがあり,そこには毎月1人ゲストが呼ばれ,食後の楽しみとして,その人物がずっと昔から気になってきたことや最近出遭った他愛ない謎が提出される。その意味を解読しようと,個性的なクラブ員が侃侃諤諤(かんかんがくがく)知恵を出し合うが,最後は毎回,給仕のヘンリーが鋭い洞察力で正解を見抜くという,典型的なアームチェアディテクティブストーリー(SFではない)。

 最初に手にしたのはもう20年以上昔のことで,個々の謎や推理などすっかり忘れており,最近通勤路の読み物に久しぶりに手にしてふと気がついた。この「黒後家蜘蛛」というのは,数年前に関西で繁殖して話題になった毒グモ,セアカゴケグモの親戚ではないか! ブラック・ウィドワーズというカタカナがサブタイトルにあったため,なんとなくそういう(ちょっと悪趣味な)クラブ名,と頭の中で記号化してしまい,実在するクモの名だとは夢にも思っていなかった。赤面。

 いずれにせよ,バラエティに富んだパズル的プロット,ほどほどの人情,そしてもちろんヘンリーの快刀乱麻な推理の冴えがまことにおもしろく,気分転換には心からお奨め。アシモフ当人のシリーズへの愛着もあり,巻が進んでもクオリティがさほど落ちないところもポイントが高い。
 なお,アシモフには,本シリーズとかなり似通った設定の『ユニオン・クラブ綺談』という短編集があり,そちらもよくできている……まあ,さすがにヘンリーの魅力には及ばないのだが。

先頭 表紙

2000-08-09 『みるなの木』 椎名 誠 / 早川書房(ハヤカワ文庫JA)


【SFゴコロと言葉について】

 少なくとも日本国内では,「SF」というもののスピリッツが,ゲームやアニメ作品のほうに拡散してしまい,テキストとしての力を失ってしまったかのように見えて久しい。そんな中,久しぶりに「どの1行を切ってもSFのキンタロアメ」と言うべき言葉の力と魅力を堪能させてくれる短編集がこれだ。
 とくに,どこか違う惑星,あるいはよしんば地球(日本)だとしても相当破天荒なバイオ大戦勃発後と思われるジャンキーでクラッキーな世界の生態を描く『みるなの木』『赤腹のむし』は傑作で,この2編,併せて40ページ程度を読む(それも,できれば音読をお奨めしたい)ためだけにこの1冊を買ってもまず損はない。さらに,本作で椎名SFの「性悪で放っておくと卵の殻ぐれい食い破ってしまう」が「茹でたらそのむしがうまいという」魅力に捕えられてしまったら,そのときは新潮文庫で既刊の『武装島田倉庫』にさかのぼるとよいだろう。

 ただ……,収録作の1つ,『対岸の繁栄』に見られるプロットは,明らかに筒井康隆の短編『佇む人』から想を得たものであり,さりとてかつて日本中のSFファンを泣かせた『佇む人』ほどの冷たい叙情性,寂寥感に至っていると思えないのだが,どうだろう。「あの」ハヤカワからの単行本化の折に,誰もこの点に気がつかなかったとは思えないのだが。
 あるいは,(『佇む人』未読の方のためにもここには書けない)この妻の扱いというのは,タイムマシーンやタコ足火星人の侵略同様,もはやパブリックドメインな設定と化しているということなのか。

 それにしても,巻末の初出一覧に目をやって,少々しみじみとしてしまった。全14短編のうち,5作が「海燕」,3作が「小説新潮」で「S-Fマガジン」は1作だけ。いかにもなし崩しというか,もはやSFは,文芸誌や中間小説誌からリジェクトされさえしないのか。著者のボーダーレスな人気によるものとは思うが,純文学と中間小説とSFとが互いにぎりぎり軋むように対峙していた時代を思い起こせば,若干情けない,かなたこなたの頼りなさよ。

先頭 表紙

2000-08-09 『代打屋トーゴー』 たかもちげん / 講談社


【さらばトーゴー】

 先週発売されたモーニングの告知によると,『代打屋トーゴー』『祝福王』の作者・たかもちげんが7月5日,都内の病院でガンで亡くなったとのこと。享年51歳。
 千代田線の中でこの告知ページを目にし,不覚にも涙がこみ上げてしまった。

 たかもちげんは,必ずしも最上のコミック作家というわけではないかもしれない。『代打屋トーゴー』をはじめとする彼の作品が最も高い水準にある,というつもりもない。
 しかし。
 以前にもある書評で「週刊で毎週ワントラブルクリア物のマンガというのは,ありそうで案外ない。」ということを書いたが,彼の作品に共通した「ちから」は,単にそういうアイデアをひねり出す労力,あるいはそれを読むことの快感,ということだけではすまない。こういったコミック作品が,純文学の陥った安直で愚鈍なペシミスムに対する爽やかで力強いアンチテーゼとなっている,それが大切なのである。彼ら以外に,この技術や労力をとことん軽んじるようになってしまった国で,誰が「なせばなる」(かもしれない)ということを教えられるというのか。
 今や純文学が掬えるものは脆弱で,時間軸的にも情報軸的にも,世界にはからめない。優れた人材はそれ以外のメディアに流れているのだから,それは当然である。

 ……などと言う言葉も今は虚しい。
 あのころ,あのとき,殺人と営利誘拐以外のどんな依頼も完璧にこなすパーフェクト・ピンチフォロー・オフィス,略してパーピンの代打屋に救われたのは登場人物たちだけでなかった。
 それがすべてである。

先頭 表紙

2000-08-08 『頭文字D 第19巻』 しげの秀一 / 講談社(ヤングマガジンKC)


【いいか藤原 後ろは・・ 絶対にふりかえるな!!】

 こちらは,数日前に発売されたばかりのコミック。
 19巻は東堂塾とのダウンヒルバトルの,ほぼ全貌。あとほんの数ページで決着,なんだけど……まあ,この切れ目は納得でごんす。
 拓海がボケーッとしていられるのが1コマだけ,イツキも池谷先輩も出番なしってことから明らかなように,今回はさすがに強敵相手,緊張感あふれるバトルざんす。で,実際に走るのはハチロクの拓海(ううめんどくさい。拓海=たくみでMS-IME単語登録するざます)と東堂塾の二宮大輝(EK-9)なんざんすが,19巻の本当の主人公,これはもうプロジェクトDを率いる高橋涼介の頭脳なんざんす。なにしろ,主人公の拓海さしおいて『頭文字D 高橋涼介のタイピング最速理論』(イーフロンティア,Win&Macハイブリッド)なんてタイピングソフトが発売されてるくらいざますからして。

 ちなみに,『頭文字D』は累計2千5百万部達成,「藤原豆腐店」のステッカーも群馬県内のオートバックスなら入手可能との噂。

*……のちに,この第19巻では,ページ総数の都合からか,ヤングマガジン掲載時の原稿から4ページ分がカットされていることが判明。それも,バトル展開を登場人物たちが評する,けっこうポイントの高い4ページらしい。参った。

先頭 表紙

「頭文字D」関連のプラモデルは秀逸で,主人公のハチロクのみならず,池谷先輩ら,脇役,ちょい役の車まであるようです。 / 烏丸 ( 2000-08-09 14:52 )
さっき確認しましたところ、うちのバイト君の東大君のステッカーは、「プラモデルについていた」そうです。 / こすもぽたりん ( 2000-08-08 22:42 )
うちのバイトの東大君のバイクには、すでに「藤原とうふ店」のステッカーが貼ってあるざます。会社のある人間はそのバイクを見て、「バイクで配達する豆腐屋とはまた、珍しい」と感心しておりました。 / こすもぽたりん ( 2000-08-08 19:17 )

2000-08-08 『ストーカーの心理学』 福島 章 / PHP研究所(PHP新書)


【《甘え》に支配された幼児的な世界】

 ストーカーについて,もう1冊。
 著者は精神医学博士。東京医科歯科大学助教授を経て,現在上智大学教授。病跡学の権威として知られるほか,精神鑑定医として多くの経験を持つ。

 おりしも米俳優ブラッド・ピットの邸宅に不法侵入して有罪判決を受けた女性ストーカーが,カウンセリングの成果を報告する審理を欠席,行方をくらましたと言う。ブラッドは女優ジェニファー・アニストンと7月29日に結婚式を挙げたばかり。この女性ストーカーの次の行動が注目される。

 福島章氏によれば,ストーカーはその行為類型から5つに分類される。
1.イノセント・タイプ
2.挫折愛タイプ
3.破婚タイプ
4.スター・ストーカー
5.エグゼクティブ・ストーカー
 ブラッド・ピッドにつきまとうアシーナ・マリー・ローランド(21歳)は明らかに4.のスター・ストーカーだが,それでは彼女は精神病理的にはいかなる状態にあるのだろうか。
 福島氏は,行為類型や《加害者=被害者関係》による分類だけでなく,ストーカーの心理的状態に焦点を当てた分類を試みる。
1.精神病系
2.パラノイド系
3.ボーダーライン系
4.ナルシスト系
5.サイコパス系
(アシーナがいずれに含まれるかは,烏丸にはデータ不足で不明)

 さて,このように本『ストーカーの心理学』は,先に紹介した岩下久美子の『人はなぜストーカーになるのか』に比べても,精神医学の専門家ならではの説得力溢れる分類や例証が丁寧に重ねられる。著者本人がエロトマニア(恋愛妄想)タイプの「エグゼクティブ・ストーカー」に追われた経験があり,それが随所で説得力をいやます要因ともなっている。また,ストーキングにいたる心理の全貌は明らかになっていないものの,背景として,乳児的完全依存から相手への攻撃に至る人間としての未熟さがある,という解説もわかりやすい。

 本書を読みながら痛感したのは,いかに注意しているつもりでも,人は常に思い込みにとらわれがちだということ。
 たとえば上記の如くストーカーを行動類型から5つ,精神病理的に5つと分類されると,ついついその5つのタイプが必ずおり,それぞれそれなりに多く,しかも最初に書かれたほう(3.よりは2.,2.よりは1.)が多いようになんとなく想像してしまう。そもそも,マスコミがこれだけストーカーという言葉を連発する以上,ストーキングやストーカー殺人が増えているに違いない……。
 しかし,本書では,数字的な裏付けがないためそれらは何とも言えない,と注意を喚起している。しかもこの数十年,日本国内の殺人事件は激減し,さらに社会病理現象そのものが──終戦直後に生まれた現在50歳代の世代をピークに──減ってきていると指摘する。とかく問題にされがちな最近の若い世代が,実は「集団として見ると,社会病理現象・問題行動にあまりかかわることの少ない,《やさしい》《おとなしい》《情緒的に安定した》《非攻撃的な》世代」だというのである。

 こうして見ると「ストーカー」は,「セクシャル・ハラスメント」同様,従来から見られた行為について,社会の認識や生活パターンが変わり,大きく取り上げられるようになったという面も少なくないに違いない。
 いずれにせよ,「ストーカー行為等の規制等に関する法律」施行に伴ない,今後はストーキングについてもデータが充実してくるに違いない。その上でさらにじっくりと考えてみたいテーマではある。

先頭 表紙

2000-08-08 『人はなぜストーカーになるのか』 岩下久美子 / 小学館


【悪いのはあの女のほうなんだ】

 Bは自社製品の広報に雑誌社を訪ねてAと知り合い,メールのやり取りから,一度だけ昼食を一緒にしたことがある。

A「昨日は楽しかった。過去なんか振り返らず,もっと前向きに生きたほうがいいと思うよ」
B「そうですね。昨夜も一人になるとうっかり泣いてしまいました。Aさんにいろいろ聞いてもらって,ずいぶん気が楽になりました」
A「僕はAさんさえよければいい。言ってくれればいつでもどこへでも飛んでいくから」
B「お忙しいでしょうに,こんなに毎日慰めのメールをありがとう。もう当分男の人を好きになったりしないと思うけど,これからもよい友達でいてくださいね」
A「それでいつにしよう,君のご両親に挨拶にいくのは」
B「両親は,郷里で元気にしてますけど?」

 自分がどんな地雷を踏んでしまったのかにBが気がついたのは,もう少し後のこと。これは1996年の出来事だが,AもBも勤めていた会社を辞めており,今は音信不通。

 昔も,もちろん色恋にまつわる「つきまとい」行為はあった。ふられた女の家に毎晩無言電話を掛ける男はいたし,別れた男の行く先々に現れ,新しい恋や結婚を邪魔して歩いた女も知っている。しかし彼らは,相手が自分を疎ましく思っていることを知っており,その上で「いやがらせ」をしている,しかしやめられない,という自意識は持っていたように思う。
 しかし,最初に紹介したAの雰囲気は,明らかに違う。彼はどこまでも善意のつもりだし,自分がBを愛し,Bも自分を愛し,必要としていることになんら疑いを持っていない。少なくとも彼の言動はそのような認識の上に立っており,先のメールの数々は彼が「ようやく自分にも恋人ができた」と知人に見せびらかしたものである。ただし,Bとの付き合い(?)について彼がオープンだったのはこの頃まで,その後は自分に都合のよい偽情報ばかり撒き散らすようになり,一方,BはAからの際限ないメールや電話にどんどん追い詰められていったらしい(Bとは直接の面識がなかったため,そのあたりはつまびらかでない)。

 本書『人はなぜストーカーになるのか』は,ある種の人々が,相手に一方的かつ病的な執着を寄せて追い掛け回し,相手の気持ちを全く無視して支配しようとする行為をストーキングと定義し,それが被害者にどれほどのダメージを与えるか,どう対処すべきか,さらには現実に被害があるにもかかわらず「被害妄想だろう」「被害者の側になんらかの落ち度があったに違いない」とする考え方が被害者を余計に追い詰めることを訴える。
 1997年8月の発行ということもあり,内容は実によくまとまっているものの,3年経った現在から見れば若干穏やかという気さえする。この3年の間には,桶川の女子大生殺人事件や西尾の女子高生殺人事件など,いわゆる「ストーカー殺人事件」が相次ぎ,新潟の女児監禁のように形態こそ別ものだが,明らかに精神的に通底する事件も多発する。

 本書などによる啓蒙がきっかけとなり,1998年2月にNTTがナンバー・ディスプレイサービスを導入,また,2000年5月には「ストーカー行為等の規制等に関する法律」公布。社会はストーカーによる犯罪をそれと認識し,対処する方向に向かっている。
 しかし,「ストーカー」「アダルト・チルドレン」「平気でうそをつく人たち」「EQ」など,キーワードは異なれど,病的なまでに身勝手,自己中心的な「大人」が増えているという実情そのものにはなんら手が打てていないというのが実情だろう。そして,それ以外の面では病的でなく,むしろ頭のいいストーカーたちにとって…………ああいけない,もう彼女に電話する時間だ。

先頭 表紙

2000-08-08 本の少々

 本について,少しずつ書いてみようと思います。
 その読み方はヘン! とか,その手の本ならこれがオススメ! とか,ツッコミお待ちしています。

先頭 表紙

ようやく駅前店オープン。開店セールでいつもよりたくさん回っております。ふと気がつけば,本に限ることはないわけで,あのネタやあのネタも扱えるかとふふふ。 / 烏丸 ( 2000-08-08 19:38 )
待ちわびました。 / こすもぽたりん ( 2000-08-08 19:18 )
いらっしゃいませ。どうぞ末永くよろしくお願いいたします。 / システム管理者1号 ( 2000-08-08 19:12 )

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