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ビビンバいかがですか?

テーマは特に決めてません。
というか「模索中」といった方がいいかも。
最近食系ネタが多いのは確か。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2026-03-06 数ポイントの代償
2026-02-26 タイポもなくなるでしょう
2026-02-23 デジタルな遺構
2026-02-11 のんびりと家で
2026-01-10 年が明けて
2025-09-29 おかえりなさい
2025-07-11 涼しい雨季の日
2024-12-13 良きこと悪きこと
2024-11-30 ローテーション?
2024-04-26 ぐんぐん上昇


2026-03-06 数ポイントの代償

スマホをいじっていたら、思いのほか時間がなくなってきました。なくなってきたというのは、寝る時間のことです。気がつけば夜もかなり遅くなっていて、「もうこんな時間か」と少し驚くような状態です。

本当は、もう少し早い時間に食事の準備をして、ゆっくり何か作って食べようと思っていました。簡単なものであっても、自分で作った温かい食事を落ち着いて食べるというのは、1日の終わりとして悪くない時間だと思っていたのです。しかしスマホを触っているうちに、その予定していた時間が完全に押してしまいました。

スマホをいじっていたと言っても、ただぼんやりと見ていたわけではありません。もう少し詳しく言うと、ポイ活のようなことをしていました。アンケートに答えたり、いくつかの簡単な作業をしたりして、少しずつポイントを貯めるようなことです。

ただ、今になって振り返ってみると、ほんのわずかなポイントのために貴重な時間を削ってしまったような気がします。そう考えると、これはまさに本末転倒だったのではないかと、少し反省しています。ほんの数ポイントを得るために、睡眠時間や食事の時間を削ってしまうのでは、あまり意味がないようにも思えてきます。

そもそもポイ活というのは、本来は隙間時間にやるものなのだと思います。電車を待っているときや、ちょっとした空き時間に気軽にやるくらいがちょうどよいのではないでしょうか。じっくり腰を据えて長い時間をかけて取り組むようなものではないはずです。そのことを、改めて自分自身に言い聞かせたいと思います。次からは、時間の使い方をもう少し考えながらやらなければいけないとも思っています。

そんなわけで、今日は食事を作る時間もほとんどなくなってしまいました。何か簡単なものを作るという余裕もないので、結局カップラーメンで済ませることにしました。健康のことを考えると、あまり良い食事とは言えないかもしれませんが、とにかく何かお腹に入れてから寝ることにします。空腹のまま寝るよりは、まだましでしょう。

とはいえ、カップラーメンだけというのも少し寂しい感じがします。そこで冷蔵庫の中を見てみると、納豆がありました。せっかくなので、それをラーメンに入れてみようかと思っています。ラーメンに納豆というのは、なかなか不思議な組み合わせですが、ちょっとした思いつきです。

実は、これまで納豆をラーメンに入れて食べたことはありません。どんな味になるのか、まったく想像がつかないところがあります。少し興味本位という部分もあり、「一度くらい試してみてもいいかもしれない」と思っています。

ただ正直に言えば、自分の中ではあまり成功するイメージが浮かびません。納豆の独特の風味とラーメンのスープがうまく合うのかどうか、少し疑問もあります。期待よりも不安のほうがずっと大きく、その割合はだいたい1対9くらいでしょうか。

それでも、実際に食べてみなければ分からないという部分もあります。もしかしたら意外とおいしい組み合わせかもしれませんし、逆に「やっぱり合わなかったな」と思う結果になるかもしれません。どちらにしても、ちょっとした実験のような気持ちで試してみようと思っています。

今日はそんな簡単な夜食を食べて、あまり夜更かしをせずに寝ることにします。そして次からは、スマホの使い方や時間の使い方をもう少し考えながら過ごしたいものだと、自分に言い聞かせているところです。


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2026-02-26 タイポもなくなるでしょう

前回の投稿は少し長文になりました。実は、草稿の段階からかなり数字や内容を削っていたんです。この「himajin.net」には3,000文字という制限があります。制限を超えて投稿しようとすると、エラーメッセージが出て受け付けてもらえないため、冗長な部分を削って何とか枠内に収めました。
「himajin.net」が始まった当初はありませんでしたが、最近はメモアプリで文章を書き、それを修正や補正する機能があることを最近になって知りました。その機能を使えば、誤入力を自動で直してくれます。もちろん、すべてが正しく変換されるわけではないので、最後は自分で読み返し、漢字や入力の間違いがあれば手動で直すようにしています。
ネット黎明期には想像すらできなかった機能ですが、今はこうした技術と上手く付き合い、生かしながら活用していきたいと思っています。

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2026-02-23 デジタルな遺構

「himajin.net」のログイン画面に向かうとき、一度の操作でスムーズにログインできた試しがほとんどないからです。ログインに不可欠なID、あるいはパスワード、下手をすればその両方が、私の頭の中にある記憶の棚からこっそりと姿を消してしまっているのです。
ここでIDとして機能しているのは、登録時に入力した古いメールアドレスです。そのアドレスを取得したのはもう30年も前のことだったでしょうか。メインのアドレスへの転送用として、無料で提供されていたものを手に入れたのです。
今となっては、そのアドレスを発行していた会社はとうの昔にドメインの提供を終了しています。先日、ふと懐かしくなってそのドメインが現在どうなっているのか調べてみたのですが、全く別の業界の企業サイトが鎮座していました。私にとってそのIDは、いわば「デジタルな遺構」のような存在になっています。
さらに私を悩ませるのがパスワードです。このサイトを使い始めた当初は、覚えやすさを優先した、極めて単純で平凡な文字列を設定していました。しかし、セキュリティの重要性が叫ばれる昨今、「これではいけない」と思い直し、複雑な文字を組み合わせた強固なものへと変更したのです。
いざログインしようとすると、私の脳裏では「かつての単純なパスワード」と「新しくした複雑なパスワード」が入り混じり、どちらが正解だったかという記憶の輪郭がぼやけてしまいます。単純だった頃の記憶が妙に鮮明だったり、複雑にしたはずの文字の組み合わせが一文字だけ思い出せなかったりと、記憶の迷宮に迷い込んでしまうのです。
幸いなことに、このサイトにはパスワードの再設定機能が備わっています。万が一忘れても、手続きを踏めば新しい鍵を作ることはできます。しかし、IDであるメールアドレスの方はそうはいきません。少なくとも私が確認した限りでは、ユーザー側でIDを変更する手段は見当たりませんでした。管理者へ問い合わせる窓口はあるものの、自分の物忘れで運営の方の手を煩わせるなら、自力で思い出すまで格闘する方がマシだ、という妙な遠慮が働いてしまうのです。
結局、今は実体のない古いIDと、おぼつかない記憶の中のパスワードという二つのハードルを、毎回何とかして飛び越えている状態です。こうして今、自分の記事を無事に投稿できているという事実は、今回の戦いにおいてログイン認証という門を無事に突破できたという証左です。もし、いつかこのログインIDを完全に忘れてしまったら……。そのときは、この場所への入り口は永久に閉ざされてしまうでしょう。せめてIDだけは、忘却の彼方へ流されないようにと、心の片隅に強く留めておかなければなりません。
例えば、自分自身のスマートフォンの電話番号が必要になったとき、不意に数字が頭から抜け落ちてしまうことがあります。考えてみれば、今の時代、自分の番号に自分で電話をかけることなどまずありません。誰かに連絡を取る際も、数字を暗記するのではなく、スマートフォンの電話帳に登録された名前をタップするだけです。私たちは、機械に記憶を預けることと引き換えに、脳を動かして「覚える」という切実な必要性を手放してしまったのかもしれません。
日常のひょとした拍子に、大切だったはずの事柄が頭から出てこなくなる。そんな現象を寂しく思いつつも、私はこれからも「自分はそういう風になりつつあるのだ」という自覚を持ちながら、記憶の揺らぎと共に生きていこうと思います。気まぐれなログイン画面との戦いも、あるいは自分の脳へのささやかな抵抗、あるいは老化を自覚するための大切な確認作業なのかもしれません。

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2026-02-11 のんびりと家で

今日は建国記念の日です。祝日で、家でゆっくり休むことができました。

建国記念の日は、「建国記念日」とは若干異なり、『日本書紀』には2月11日に神武天皇が即位したと記されていますが、この日をもって歴史的事実としての建国の日と断定するというよりも、「建国をしのび、国を愛する心を養う」ことを目的とした祝日。英訳にはNational Foundation Day、繁体字訳だと日本建國紀念日、とあった。「建国記念の日」とは若干ニュアンスが異なるだろう。

その意味では、日本国憲法の掲げる国民主権や平和主義の理念のもと、過去を振り返りながら、現在の日本の在り方について静かに思いを巡らせる日ともいえる。

とにかく今日はのんびりと過ごすことができました。穏やかな一日を持てたことが何よりでした。

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2026-01-10 年が明けて

正月気分は、まるで風に吹かれた紙片のようにあっという間に視界の端へと消えていった。つい先日まで、街のあちこちに残っていた松飾りやしめ縄の名残りが、気づけば撤去され、日常の色に戻っている。こちらとしてはそろそろ戦闘モードに切り替えていきたいところなのだが、いつの頃からか「国策」という名の大義名分によって、年明け早々に必ず三連休がやってくる仕組みになってしまった。ありがたいようで、どこか拍子抜けするような、そんな複雑な休暇だ。

本来なら、この連休を使って加速したい。年始の勢いをそのまま仕事や生活のリズムに乗せたい。しかし現実は、またしてもスローダウン。せっかくの休みを有意義に使おうと、前夜には早起きして出かける算段まで立てていたのに、その計画は脆くも崩れ去った。気づけば、トイレに立つ以外はベッドから一歩も動かず、夕飯の時間を迎えてしまっていた。身体は休まったのかもしれないが、心のどこかで「これでよかったのか」と問いかける声が微かに響く。

1月15日が成人の日だったのは、もう遠い昔の話だ。テレビでは「青年(成人?)の主張」なる番組を、なぜかぼんやりと眺めていた。成人年齢は引き下げられたのに、飲酒は二十歳のままという、この国特有の歪な線引きにはいまだに違和感が残る。自分の成人の日を思い返せば、浪人生活の真っ只中で、式典などとは無縁の生活を送っていた。そもそも当時は、18歳にもなれば大人だと信じて疑わなかったし、金銭的自立もないまま「大人」を名乗ることの矛盾には気づきもしなかった。

オオヤケが主催する式典に参加するなど、考えもしなかった。誤解を恐れずに言うなら、「あんなものはバカの行くところだ」と本気で思っていた節すらある。若さゆえの反発心と、妙な自尊心が入り混じった、あの頃特有の尖った感覚だ。しかし、それから数十年が経ち、人生の節目というものの意味を少しずつ考えるようになった。儀礼とは、社会に組み込まれるための通過点であり、同時に自分自身を見つめ直す機会でもあるのだと、ようやく理解できるようになった。

そんな成人の日。気づけば、新成人たちが自分の子どもでもおかしくない年齢になっている。時の流れの速さに苦笑しつつ、今年はラグビー生観戦で一日を過ごすつもり。5年前、花園で高校ラグビーの決勝を観て以来の観戦だ。あのときの熱気や、冬の空気の冷たさ、スタンドに響く歓声の重なりがふと蘇る。どちらが勝ってもよい、ただ純粋に良い試合を観たいという気持ちでスタジアムに向かった。

勝敗にこだわらず、ただ目の前のプレーに集中する時間は、思いのほか心地よい。選手たちの全力の走りや、ぶつかり合う音、仲間を鼓舞する声。それらを眺めていると、自分の中に残っていた正月の名残や、三連休の怠惰さえも、少しずつ溶けていくような気がした。成人の日という節目に、若者たちの躍動を目にするのも悪くない。そんなふうに思えるようになったのは、年齢を重ねたからこその変化なのだろう。

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2025-09-29 おかえりなさい

20年前の自分は何を考えていたか?それを振り返ることができるのがhimajin.netだったが不通になっていた。復活してる!
写真は本文とは無関係。


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2025-07-11 涼しい雨季の日

猛暑が続いて辟易していたがひと段落ついた模様
これからは梅雨末期特有の集中豪雨に警戒必須
どれほど天気が良いと思っても折りたたみ傘を携帯しないのは地獄を見る可能性大
交通機関麻痺には強歩大会になるのに備えて典型的な革靴はこの時期除外
豪雨被害は御免だが雨不足もこれまたご遠慮願いたい

空腹に耐えられなくなる前に食糧調達に出かけないと

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2024-12-13 良きこと悪きこと

Apple Pencilがどこかに行ってしまっていた。家の中で行方不明になったのは確かなので、よく探せば見つかるはずだが、整理整頓ができていないため、探しても探しても見つからず、諦めかけていた。ペンはよく使うので、見つからなければ買うしかないと思っていた。純正のものは何万もするので、今の台所事情ではサードパーティ製のものになるだろうと考えていた。純正にしかできない機能もあるものの、両者の値段を比較すると、ほんの少しの我慢で節約できる金額が大きい。と思って、近々Amazonで品定めをしようと考えていた時、ひょっこり出てきた。繰り返すが、家の中にあるのは確かなので見つかって当然なのだが、現在の家の状況から考えると、何かを捜索してもなかなか発見に至らないのが十中八九。そんな状態だから、たまたま出てきたら丸儲け的な心持ちになる。そんな良いことがあったが、悪いこともあった。炊飯器で炊飯ボタンではなく、保温ボタンを押していたようで、炊き上がっていると思ったお米が妙に硬い。中まで熱が伝わっていない硬さ。最初は原因が分からずに食べていたが、あまりにも歯応えが悪いのでよく考えたら、ボタンの押し間違えという結論に至った。間違ったボタンを押した記憶はないが、そう考えるのが妥当なお米の出来具合。カレーだったが、とりあえず我慢して食べた。2合炊いたので、残ったお米は間違えないように炊飯ボタンで再度炊いた。出来上がったのは、炊き込み過剰でお粥のような出来のお米。仕方なく、これもカレーで何とか食べ切った。良いこともあれば悪いこともあるという典型的な例だが、良いことの方が圧倒的に多かった。今度は間違えずに炊飯ボタンを押そう!


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2024-11-30 ローテーション?

受信料というのを払わなければならない局のニュース番組
野菜の価格高騰の話題
取材先の八百屋かスーパー、一つのことろに集中しないようにローテーションで回っているのかな?

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2024-04-26 ぐんぐん上昇

今シーズンで一番気温の上がった一日
1週間前は長袖が手放せなかったが、今日は外よりも室内の方が気温が高くおまけに湿気ている
あと半年くらいはこんな感じなのか?

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