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烏丸の「くるくる回転図書館 駅前店」

 
今後、新しい私評は、
  烏丸の「くるくる回転図書館 公園通り分館」
にてアップすることにしました。

ひまじんネットには大変お世話になりましたし、
楽しませていただきました。
その機能も昨今のブログに劣るとは思わないのですが、
残念なことに新しい書き込みがなされると、
古い書き込みのURLが少しずつずれていってしまいます。
最近も、せっかく見知らぬ方がコミック評にリンクを張っていただいたのに、
しばらくしてそれがずれてしまうということが起こってしまいました。

こちらはこのまま置いておきます。
よろしかったら新しいブログでまたお会いしましょう。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2004-12-15 出版界の謎 「澁澤龍彦とヴェルレーヌの版画集」編
2004-12-05 アニメ界の謎 「銭形警部とM資金」編
2004-11-29 食品界の謎 「片栗粉」編
2004-11-28 出版界の謎 「ねじの回転」における需要と供給編
2004-11-24 出版界の謎 「小川洋子」編
2004-11-15 蒔かれた種子としてのジュブナイル 『ヴァイスの空』 原作 あさりよしとお,まんが カサハラテツロー / 学習研究社 ノーラコミックス
2004-11-12 最近の新刊から 『警察署長(15)』 やぶうちゆうき / 講談社 イブニングKC
2004-11-09 最近の新刊から 『百鬼夜行抄(12)』 今 市子 / 朝日ソノラマ 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス
2004-11-08 最近の新刊から 『ヒストリエ(1)(2)』 岩明 均 / 講談社 アフタヌーンKC
2004-10-29 最近の新刊から 『ミステリー傑作選45 殺人作法』 日本推理作家協会 編 / 講談社文庫


2004-12-15 出版界の謎 「澁澤龍彦とヴェルレーヌの版画集」編

 
 澁澤龍彦の単行本はたいてい古本屋に売っぱらってしまった。

 学生のころの話だ。夜毎飲んで飲んで飲み明かして,物入りになると少しでも高そうな本を棚の一段分もジーンズのうすらでかいバッグに詰め込み,体をななめにしてなじみの古本屋に持ち込んだものだ。ロートレアモンやランボーのように,何度も同じ本を出し入れしたこともある。ニーチェは入れたまま出す気になれなかった。肌が合わなかったためだ。澁澤龍彦の話だった。黒い本や白い本函入り函なし,どんな本があったかよく覚えていない。古本屋に入れても澁澤龍彦の場合,必要になったらいつでも会えるような気がしたものだ。今思い返せばなぜそのように感じたのかよくわからない。

 1980年代の前半だったろうか,澁澤龍彦の作品が連続して文庫化されるようになった。結局以前読んだ作品,未読の作品の多くを文庫で買いそろえることになった。河出文庫は最近はなんだかヘンな作品ばかり扱っている印象だが,澁澤の文庫化だけでも評価して評価しきれない。

 のちに福武や中公,最近は文春や学研まで澁澤の文庫化に参入,同じタイトルが複数の出版社から出るにいたって,さすがに整理が追いつかなくなってきた。一部(黒魔術や胡桃など)を除けば,翻訳作品まで全作品集めないと気がすまないわけではないが,それでも油断で入手しそこねると愉快とはいいがたい。出版目録でざっと洗って,本棚とつき合わせてみることにした。

 紀伊国屋BookWebで「渋沢竜彦」(しみじみ,無粋だ)で検索してひっかかる本は296冊。テキストをコピーして1つのファイルにまとめ,タイトルでソートしてプリントアウト,ラインマーカー片手に単行本,文庫の棚と順に突き合わせていく。そして,その作業の途中で,こんなものを見つけてしまった。

   おんな・おとこ
   版画集
   ポ−ル・マリ−・ヴェルレ−ヌ;渋沢竜彦
   出版21世紀 1981/09出版
   48cmX66cm 図版34
   [キガイ 判] 販売価:5,712,000(税込) (本体価:5,440,000)
   この商品はご注文いただけません。入手不能です

 残念ながら入手不能とのことだが……もし。もし,在庫ありなら自分はどうしただろう?

 人は崖があれば首を突き出して眼下に砕ける波を除かずにはいられない。500万円を上回る版画集。それがマウスクリック一発で注文できる,なら。

先頭 表紙

ちなみに紀伊国屋BookWebには同じタイトルで「231,000(税込)」となっている項もあり,単なるミスという気もしないではありません。(23万円でも十分いい価格ですが) / 烏丸 ( 2004-12-15 02:31 )

2004-12-05 アニメ界の謎 「銭形警部とM資金」編

 
 問題は,銭形警部の本名なのだ。

 しかし,結論を急ぐのはやめよう。まずは,「ドラえもん」である。

 テレビ朝日系のアニメ「ドラえもん」(← Windows XPでは一発で正しく変換!)の声優が来春をもってそろって交代させられるという報道はすでにお聞きおよびだろう。ドラえもん役の大山のぶ代(68),のび太役の小原乃梨子(69),しずか役の野村道子(66)など,1979年の放送開始当時からの不動のメンバーがいずれも高齢に達したことがその理由とされているようだが,四半世紀にわたって「ドラえもん」の人気を担ってきた声優たちを,「後任は人選中」などといった慌ただしいありさまでの交代劇はいかにも不自然である。
 もともと,ドラえもん役の大山とのび太役の小原は仲が悪く,プライベートには口もきかないし,スタジオでも端と端に座る,という噂は有名である。しかし,長年テレビアニメのみならず劇場版でまで同じ顔ぶれで活躍してきた声優たちを交代させる理由としてはいかにも弱い。

 実は,いまや日本の大きな輸出資源と化したアニメ作品のキャラクターと声優の組み合わせは,ある特殊な情報を発信する,はっきり言えば国際的な暗号の一種なのである。
 今回の「ドラえもん」の声優交代には,ブッシュ政権と自衛隊イラク派遣の動向にかかわるとある謀略が隠されているのだが,その詳細を明らかにすることは私の家族にまで諜報筋の手がおよぶおそれがあるため,ここでこれ以上は触れない。

 その代わり,同じく人気アニメ「ルパン三世」について,エージェントの間ではそれなりに有名なある事実をご紹介しよう。

 「ルパン三世」とはモンキーパンチの生み出した架空の人物とするのが通例だが,もちろんこれは世間を欺くための詐術であり,終戦の前後にアジア各国を股にかけて暗躍し,M資金を取り仕切った伝説的な人物がモデルであることはいうまでもない。そして「ルパン三世」のいくつかの作品の,特定のシーンの,キャラクターの配置と声優の名前の組み合わせには,M資金の秘匿された資産のあり場所を示す暗号が隠されているのである。
(ここにそのことを明らかにしても私ならびに私の家族の安全が脅かされることがないのは,すでにそれらの資産は回収されたあとだからである。)

 そもそも,「ルパン三世」はなぜ「三世」であって,「二世」でも「四世」でもなかったのか。これは「3」という数字に記号的な意味があったためである。

 「ルパン三世」の原作とも言えるモーリス・ルブランの怪盗ルパンシリーズには,『813』『続813』『八点鐘』という作品があるが,この「8」,そして「3」という数字に着目してほしい。つまり,これらの作品に隠されていた秘密(暗号キー)を伝えるためにも,アニメ版のルパンは「三世」でなくてはならず,声優は「山田康雄」(8マダ8スオ)でなくてはならなかったのである。
 そして,脇役たちの名前も,「次元大介」(プラス1を表す),「石川五ヱ門」,「峰不二子」(3ネ225)など,数字を表すことによって,彼らのコミカルなアクションは各国のエージェントに伝えるべくさまざまな情報を隠しているのである。

 「ルパン三世」を愛する貴方は,ここで指摘するだろう。「そんな馬鹿な。もしそれが事実なら,ルパン三世に登場する脇役中の脇役,銭形警部はどうなるのだ」と。

 そんな貴方に,私は怖ろしい事実を伝えなければならない。銭形警部の本名が作品中に描かれた名刺などから「銭形幸一」であることは,ファンの間では有名な事実である。ところが,劇場版の『ルパンVS複製人間』などごく一部の作品では,彼は「銭形平次」,つまり「2」を表すキャラクターとして描かれているのである。
 そして,その銭形警部の声を演じたのは誰だったか。その声優の名は,納谷悟朗。なやごろう。7856,7×8=56 ……。

 さらに,ルパン三世の初代声優の山田康雄が亡くなったあと,選ばれた声優が栗田寛一,つまり「9」と「1」であることを付記して本稿を終えることとしたい。

先頭 表紙

「4」が抜けてるってば。 / 烏丸 ( 2004-12-05 02:36 )

2004-11-29 食品界の謎 「片栗粉」編

 
 厨房でふと白い紙袋を手に取れば,そこには麗々しく

   馬鈴薯澱粉
   品質100%保証
   東京片栗粉組合

と記されている。商品名に大きく「片栗粉」を名乗りながら,馬鈴薯澱粉として品質100%を保証されるとはいったい何事か。

 大辞林によると片栗粉とは,

   かたくりこ【片栗粉】
    カタクリの地下茎から製した白い澱粉。
    市販の多くはジャガイモから製し、葛(クズ)粉の代用として
    菓子・料理に用いる。

であるという。かたやカタクリとは

   かたくり【片栗】
    (1)ユリ科の多年草。林下に生じ、早春、二葉を開く。
    葉は楕円形で厚く、紫斑がある。葉にやや後れて長い花茎の先に
    紫紅色のユリに似た花を一個下向きにつける。
    根茎は白色・多肉の棒状で澱粉(デンプン)を蓄え、片栗粉にする。
    古名、カタカゴ・カタカシ。カタコ。
    (2)「片栗粉」の略。

であり,さらに片栗粉によって代用される葛粉とは

   くずこ【葛粉】
    クズの根を粉にし、布袋に入れて水中でもみ出した沈殿粒を
    脱水乾燥させたもの。
    白色、良質の澱粉で、菓子などに利用される。吉野地方の名産。

 ……つまり片栗粉とは,本来ユリ科のカタクリの根茎から製する澱粉だったにもかかわらず,スーパーで手に入る片栗粉は往々にしてジャガイモの澱粉であり,しかもその使用目的は葛粉の代用。ミネット・ウォルターズの作品世界のように入り組んで解きほぐせない自己同一性。

 かくのごとき商品に品質100%保障せざるを得ない東京片栗粉組合員の横顔は後ろめたさにかげり,カタクリの花のように下を向いているのか。
 否,そもそも馬鈴薯澱粉を片栗粉として認めるは東京片栗粉組合だけであり,澱粉業界にいまなお隠然たる勢力をほこる関西片栗粉協会は組織が決裂して百歳(ももとせ)を経てなお東西の覇権を企み,東京片栗粉組合筆頭書記の村瀬恭一青年と関西片栗粉協会の川合幸子事務員の清い恋は引き裂かれ,吉野からは御所に密偵が走り,迎え撃つは白装束の……。

 ついばまれるあんかけの魚の皿の向こう,晩秋の夜は静かに緊張を深めていくのだった。

先頭 表紙

つまるところ食ってしまえば全て炭水化物で片づけちゃいますから、残念!! / 恵那の高校 ( 2004-11-29 20:10 )
わははははは! / あーおなかいたい ( 2004-11-29 10:01 )

2004-11-28 出版界の謎 「ねじの回転」における需要と供給編


 これまた,他愛ない話である。「謎」というほどのものですらない。

 イギリスの片田舎の古い貴族屋敷を舞台とした亡霊譚,ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』といえば,椎名誠に『ねじのかいてん』,恩田陸に『ねじの回転』があるように,タイトルからしてすでにスタンダードの域である。そこで不肖このカラスマルもひとつ「はじの回転」なる笑編をものしようと(続編「どじの回転」,完結編「まじの回転」も鋭意考案中だ),ロングセラー中のロングセラー,新潮文庫の蕗沢忠枝訳を入手しようとした……ところがこれが,なかなか手に入らない。

 このところ本の買い物はオンラインで済ませているため,あまり大きな本屋に行く機会がないのだが,近場の書店の棚では見かけないのである。これはまぁ当然といえば当然で,中堅どころの書店で古典の類をそろえていたら,売れ筋の新刊を置く場所がなくなってしまうだろう。
 そこで,ブックオフなどの古書店で見かけたら買うことにしたのだが……やはり,見当たらない。

 ここまでは,別に問題ではない。。
 ちなみにカラスマルの通勤路には,途中下車して少し歩けば,ブックオフ,古本市場,ブックマーケットなどの大型古書店が両手の指で足りないほどあるのだが,それらをぐるりと回っても手に入らない本などいくらでもある。『ねじの回転』が古書店で見つからないこと自体はなんら不思議ではない。

 問題は,『ねじの回転』はないのに,同じ新潮文庫の,同じヘンリー・ジェイムズの『デイジー・ミラー』ならいくらでも,いや置いてない古書店のほうが珍しいくらいどこででも見かけられることだ。
 『デイジー・ミラー』,アメリカ娘デイジーを主人公に,旧大陸と新大陸の対立を淡々と扱った恋愛小説。そんなものが今さら古本屋にあふれるほど売れているとは思えない。『ねじの回転』と合わせて購入した読書家が『デイジー・ミラー』だけ手放すという図式はいかにもありそうだが,そもそもそういう読書家が『デイジー・ミラー』を購入するだろうか。

 結局,『ねじの回転』はオンラインで購入したのだが,昨夜立ち寄ったブックオフにも『デイジー・ミラー』は静かに白い背表紙を見せていた。


 そういえば,やはり古書店で見かけたら購入するつもりの岩波文庫『聊斎志異』も,なぜか下巻ばかり見かけて,上巻が見つからない。これも不思議だ。上下巻なら,印刷部数は同じか,上巻のほうが多いのが普通だ。なぜ下巻ばかりある。説明がつかない。……
 手の中の文庫の頁がほつれるようにめくれて,晩秋の夜はただ沈黙するばかりだった。

先頭 表紙

こんなことを書いていたら,よく行くブックオフにいきなり『ねじの回転』の出物がありました。思わず買ってしまう馬鹿。2冊持っていて,どうする。 / 烏丸 ( 2004-12-15 02:20 )
ところで,そもそも『ねじの回転』を読んでなかったことがお恥ずかしい。実は,漱石の猫も,ヘミングウェイの長編も,アシモフのファウンデーションもちゃんとは読んでいません。『魔の山』『白鯨』『失われた時を求めて』などなど,死ぬまで読む機会はあるのでしょうか。 / 烏丸 ( 2004-11-28 03:46 )

2004-11-24 出版界の謎 「小川洋子」編


 先にお断りしておこう,「謎」などと大仰なタイトルを付けてはいるが,たいした内容ではない。

 さて,小川洋子がここしばらく,絶好調だ。

 『博士の愛した数式』が本屋大賞,読売文学賞(小説賞)受賞。続く『ブラフマンの埋葬』が泉鏡花文学賞受賞。『博士の愛した数式』は寺尾聰,深津絵里主演で映画化が決まったし,『薬指の標本』もフランスで映画化が進められているという。
 書評サイトを見れば絶賛の嵐だし,実際作品を手にとれば,適度にエキセントリックで適度に甘美,静かに涙を誘うような淡く透明感あふれる世界が展開する。

 というわけで,女流作家はあまり得手でないカラスも新刊,既刊を購入してはぽつりぽつりと読んでいるのだが……ふと,妙なことに気がついた。

 小川洋子が『妊娠カレンダー』の芥川賞受賞などで華々しく登場したのは1980年代の後半。それから15年あまりで二,三十冊の長編,短編集というのは,決して寡作ではないし,逆に多作というほどでもない。主な作品は(『博士』や『ブラフマン』などの最新刊を除き)おおむね以下のように文庫化されているのだが……。

  『完璧な病室』(中公文庫)
  『余白の愛』(中公文庫)
  『寡黙な死骸みだらな弔い』(中公文庫)
  『シュガータイム』(中公文庫)

  『まぶた』(新潮文庫)
  『薬指の標本』(新潮文庫)

  『やさしい訴え』(文春文庫)
  『妊娠カレンダー』(文春文庫)

  『沈黙博物館』(ちくま文庫)

  『偶然の祝福』(角川文庫)
  『刺繍する少女』(角川文庫)
  『アンネ・フランクの記憶』(角川文庫)
  『妖精が舞い下りる夜』(角川文庫)
  『アンジェリーナ 佐野元春と10の短編』(角川文庫)

  『凍りついた香り』(幻冬舎文庫)
  『ホテル・アイリス』(幻冬舎文庫)

  『密やかな結晶』(講談社文庫)

  『余白の愛』(福武文庫)
  『冷めない紅茶』(福武文庫)
  『完璧な病室』(福武文庫)

 どうだろう。中堅作家の出版物としては,8社というのは版元が多くないだろうか。

 たとえば,あれほどあちらこちらから文庫が出ているように見える吉本ばななでさえ,文庫の版元は6社。福武文庫の5冊のうち4冊は角川文庫から再発行されているので,角川,新潮,幻冬舎の3社で文庫のほとんどがカバーできる。
 山本文緒は文庫が4社,そのうち過半数は集英社からの発行。
 江國香織は5社だが,やはり新潮文庫がおよそ半数を占めている。

 要するに,同時代の女流作家と比較しても,小川洋子の文庫の版元は,数が多いだけでなく,「ホームポジション」がないのである。これは何を表しているのだろうか。

 一つの憶測は,小川洋子が頼まれると断れない性格で,日ごろ付き合いのない出版社からの依頼でもついつい引き受けてしまう,というもの。

 もう一つの憶測は,あまりよいものではない。……要するに,この作者は,特定の出版社,というよりは編集者と,ある程度以上の期間にわたって平穏な付き合いを続けられないのではないか。そのため,自然と出版社を転々とするような形になるのではないか。

 断るまでもないが,これは邪推の領域であり,なんら根拠があるわけではない。

 ついでに,ここまでさまざまな出版社から作品を発行しておきながら,いかにもの集英社からまだ1冊も発行されていないのはなぜか。それを考え出すときりもなく,今夜も静かに晩秋の夜はふけていくのであった。

先頭 表紙

ちなみに,最近発売された中公文庫『完璧な病室』は,第1作品集『完璧な病室』(「完璧な病室」「揚羽蝶が壊れる時」収録)と第2作品集『冷めない紅茶』(「冷めない紅茶」「ダイヴィング・プール」収録)の合本。これで絶版になっていた福武文庫分はすべて入手可能となりました(苦労して福武版手に入れたのだが……)。 / 烏丸@まいっかー ( 2004-11-27 02:28 )

2004-11-15 蒔かれた種子としてのジュブナイル 『ヴァイスの空』 原作 あさりよしとお,まんが カサハラテツロー / 学習研究社 ノーラコミックス


【空なんて ないの。】

 後世畏るべし,子供たちの記憶力はバカにできない。
 ずっと以前のことだが,妹夫婦から小学校低学年の姪,甥を撮ったビデオが届いた。そのビデオの中で,彼らは「今日見てきた映画の歌を歌います」とその日映画館で一度聞いただけのモスラの歌を歌ってみせた。あの,(いにしえのモスラではザ・ピーナッツ演ずる小美人が歌った)何語とも知れぬ雅歌である。

 自分のことでいえば,やはり小学生の頃に,従姉の部屋で読んだ学年誌の連載マンガが忘れられない。
 子供の目にも『サイボーグ009』の真似とすぐわかるそのB級SFマンガでは,悪の組織がサイボーグ戦士を体育館のような大きなフロアいっぱいに集結させ,彼らが一語一語組織の命令に服従することを見せつける。立て。右を向け。座れ。囚われた主人公たちは,縛られたままそのさまを見つめる……(このあたり,記憶があいまい)。
 もう30年以上昔の,雑誌名も月号もわからない作品,それも連載の1回分を読んだだけなので,そのシーンに至る経緯も後の展開もわからない(覚えていないのではない。読んでないのだ)。
 ただ,妙に克明に覚えているのは,その中の一コマで,悪のボスの命令にそろってしゃがむ無表情な下っぱ戦士たちの中に,ただ一人,動きが遅れているのがいたことだ。その下っぱにとくに意味があるわけではなさそうで,荒っぽいマンガ家のペンがなぜかそう描いただけだとは思うのだが……現在に至るも,会社やサークルなど,さまざまな組織の中で(よきにつけあしきにつけ)はみだす者を見るとき,思うとき,前頭葉にあの白っぽいコマが警鐘のようによみがえる。少々大袈裟に言うなら,体育会系の組織などで全員が無条件に上長に従属することに嫌悪を感じる性癖の,一種のイコンとしてそのコマがあるのだ。

 さて,『ヴァイスの空』は学研の「4年の科学」2002年4月〜2003年3月号に連載されたSFジュブナイルファンタジー。
 ロボット警察「ポリツァイ」に管理された穏やかな社会に暮らすはみ出しっ子のヴァイスは,「空が見たい」と友人ネロと日々工夫を重ねる。ある日,黒いポリツァイに守られた少女ノワールと出会ったヴァイスは,思いがけない冒険に巻き込まれる。ヴァイスたちが暮らしてきた世界は。そしてヴァイスが見たがっていた空は。

 小学4年生向けなのだから,あさりよしとおらしいスプラッタな展開は期待(?)しないほうがよい。『空想科学エジソン』を3巻できれいに完結させた(2巻は少しダレたが,最終巻はけっこう泣ける)カサハラテツローも,本作ではあまり背伸びをせず,『未来少年コナン』や『ドラゴンボール』などの人気作品から雰囲気や手法を手軽に借りて,薄味に料理した印象である。
 しかし,すべり気味のギャグもたまに配して軽いタッチで描かれた作品ではあるが,その根底のストーリーはなかなかシリアスで,未来世界の選択肢を苦く問う面もないわけではない。とくに遺伝子操作で記憶を失いながら大人と子供の世代を繰り返す不老不死の「赤」の民,ルージュの設定はかなり重い。

 大人が読めば先の展開も読め,「よくあるパターン」で済んでしまうようなお話ではある。光瀬龍,萩尾望都の『百億の昼と千億の夜』から宗教,哲学的要素をざっくり削ってさらに薄めたようなストーリーといえなくもない。
 だが,小学4年という,心もほっぺたも柔らかい時期にこの作品に出会ったことはきっとその子の記憶に何かを残すだろう。「4年の科学」を毎号買ってもらえるとは限らず,連載を飛び飛びにしか読めなかった子もいるだろう,従兄姉の家でたまたま目にしたもっと小さい子供たちもいたかもしれない。だが,小学生の頃には意外とその作品の全編を通して読むかどうかは問題でない。
 彼らは連載の1回分,1回分から,まるで樹木が水分や養分を吸い上げるように,必要なものだけを読み取り,怖いものだけを心に刻むのである。それは勇気とか元気とか個性とか,綺麗な言葉で語られがちなものかもしれない。ただしそれは,子供たちが大人になって組織の中で生きていくために必ずしもプラスになるとは限らない。

 そういった勇気や個性といった属性を組織が求めるとは限らないし,何より,走って,走って,走って走って走りまくった先で,ヴァイスたちのようにもう一度「空」にめぐり合えるとは限らないのだから。

先頭 表紙

ルージュのお気に入りの場所からの景色、のような絵柄は非常に好きです。(‥ ) / Hikaru ( 2004-12-11 14:02 )
(そういや、「アスガード7」も4年の科学で読んだっけ...) / Hikaru ( 2004-12-11 14:00 )
読みました。(‥ )私的には、ハインラインの「さまよう年宇宙船」なんぞを連想したりしましたが、それはさておき。ポイントはやはり、これが4年の科学で連載されていたということでしょうか。 / Hikaru ( 2004-12-11 13:59 )
むむ,ベタボメに見えますか……。よく見ると,あっちこっちに「パクリだ」「薄味だ」みたいなことが書いてある,つもりなんですが。 / 烏丸 ( 2004-11-19 01:26 )
ううむ。ベタボメですねへ。ヤフオクで見かけたの、買っちゃおうかしらん。(‥ ) / Hikaru ( 2004-11-18 16:24 )
おおおっ 待ってましたっ(‥ ) / Hikaru ( 2004-11-18 16:21 )
モスラの歌が「何語とも知れぬ」というのは間違いですね。インファント語に決まっています。♪モスラヤ モスラ ドウンガン カサクヤン インドウムウ ルスト ウイラードア ハンバ ハンバムヤン ランダバン ウンラダン トウンジュカンラー カサクヤーンム / 烏丸 ( 2004-11-16 01:39 )

2004-11-12 最近の新刊から 『警察署長(15)』 やぶうちゆうき / 講談社 イブニングKC


【民間人の家に上がり込み しかも相手を 張り飛ばしただと?】

 イブニング本誌では,警察官としては異例の出身地勤務,かつ署長として異例の在任10年目,しかもキャリアと思えない昼行灯(これはまぁ,そう見えているだけで実は切れ者なんですが),という椎名啓介が,とうとう本庁勤務に向かうという展開となりました。タイトルも『警視正 椎名啓介』と変わり,これまでのようにシンプルな性善説に立脚したほのぼのタウンストーリーというわけにはいかなくなる感じです。

 一人の若い警官が死に際して残した手紙,おそらくそれは警察機構の闇に関するもので……という設定と4冊の単行本を残してたかもちげんが急逝したあと,それを引き継いだやぶうちゆうきは思いがけず(失礼)『警察署長』をしっかりした独自の作品に仕立て上げました。とくに番外編の単行本『警察学校物語』にも明らかな若手警察官の成長物語,また1巻に1編は登場する老人の生きがいと町の防犯,警護についての提案……これらはたかもち作品にはなかった本シリーズの魅力です(スプラッタなサイコホラーや連続殺人犯との知恵比べの合間にたまに読むからいい,という面は否めませんが)。

 「署長 椎名啓介」編も残り少ない第15巻でフューチャーされたのは,本池上署勤続35年,生活安全課 家事相談係主任 堀内純子巡査部長(通称・家事さん)。
 今回のキモは,この家事さんの27年前,まだ新婚のころの活躍なのですが,家出少女や親の庇護を受けられない子供たちを助けるストーリーそのものはいつものごとしとして,気になったのは,彼女が事件の関係者に対して,気合い入れのためとはいえ,再三平手打ちを食らわしていることでした。

 もちろん,巡査が一般市民を殴ったなら,暴力事件として大変な問題とされるでしょう。やぶうちゆうきもそのあたりはわかっているに違いなく,「おまえのクビが飛ぶどころじゃない!」等々,彼女の上司(当時)の課長に弁明させています。
 当たり前ですが,これはあくまでフィクションとして読むべき話なのでしょう(逆光の中,受験校の体育館に現れる堀内巡査のカッコよさはほとんどケンシロウ)。

 ……しかし,こと「体罰」については,ときに疑問に思うことがあります。

 家庭内で子供を殴れば児童虐待,学校内なら暴力教師。……では,子供はどこで痛みを覚えるのか。どこで罰を覚えるのか。

 よく,子供や若者に対して「理解させる」という言い方をします。しかし,転んで膝を打つ痛みでなく,暖かい母親の手のひらで頬を打たれる「痛み」を知らない者に,言葉で「痛み」の説得はあり得るのでしょうか。
 もちろん,虐待,暴力を是とするつもりはありません。客観的な「程度」の程合いが難しいのは承知の上で……それでも尻を叩いたり,ほっぺたを張り飛ばしたりしないといけないときはあるのではないでしょうか。

 個人的には,グーで殴る覚悟なしに子育てなんて出来ない,そう考えています。

先頭 表紙

そです。一度も見てないのでなんともいえませんが,椎名啓介を高嶋弟が演ずるなんて違和感ばりばり。「昼行灯」のキャラではないでしょうに。 / 烏丸 ( 2004-11-12 11:52 )
これって、ドラマ「こちら本池上署」の原作ですよねぇ。(‥ ) / Hikaru ( 2004-11-12 09:08 )
思うところは別にないものの,ちょっと気分転換に「です・ます」調でいくつか書いてきましたが,そろそろ疲れてきました。「じゃきん!」とぶった切るような書き方ができないのは,実はストレスがたまるんです……。 / 烏丸 ( 2004-11-12 02:23 )

2004-11-09 最近の新刊から 『百鬼夜行抄(12)』 今 市子 / 朝日ソノラマ 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス


【この子の目にはいったい何が見えているんだろう】

 『百鬼夜行抄』の怖さについては,以前取り上げたときからとくに新ネタを思いついていないので,今回は触れません。愛ニモねたニモ飢(カツ)エテイルノヨ,今日コノゴロ。

 第12巻は突出して怖い話があるでなし──台所に開いた底なしの丸い穴はちょっと怖かったかな──飯嶋家やそれをとりまく妖魔たちに思いがけない展開があるわけでもありません。司ちゃんに彼氏が出来たりもしたけど,なんだか浮いた感じだし,地味といえば地味,そんな印象です。

 ただ,今回収録の少し長めのお話「水辺の暗い道」に登場する遠野真理子は,なんというか,非常に魅力的でした。

 真理子は『百鬼夜行抄』によく登場する巻き込まれ型の,一話限りの登場人物にすぎませんが,少し違うのは彼女自身が「見えて」しまうタイプ,それも雑霊よりはもう少し高い次元のものが見えるらしいことです。
 田舎暮らしのごく普通の若い娘が,そんな自分におびえ,都会に逃げ出し,結局は郷里に戻って「ふしさん」(巫者さん)のあとを継ぐ……。「水辺の暗い道」は,真理子を中心にとらえれば,そういう物語です。

 真理子が魅力的に見えるのはなぜなんだろう。

 彼女は場面によって大人びていたり子供じみていたり,あるいはコマによって髪の色や顔の造りが不統一で,何度か読み返さないとほかの登場人物と混乱しそうになります。早い話が,作者の絵柄が彼女を魅力的に描き上げているというほどではありません。

 しかし,やはりいろいろと「見えて」しまう律と出会って,「……怖がりで 弱音を吐きあえる こんな相手が側にいてくれたら」と願い,田祭りと事件が一段落した最後のページで「…ふしさんでも就職も結婚もできるのよ」と自らを指差す真理子の子供っぽいしぐさはやはり愛おしい。
 単に可愛いとかそういうことではなく,「正式なシャーマン」とうぶな印象のギャップに魅かれるのかもしれません。どんな世界が見えているのかわからないシャーマンに,「あ… あなたって割といじわるなんですね」と言われるシチュエーション……どきどきしますね。僕だけかしらん。

 うまく言えませんが,真理子は,まだ出会ってはいない誰か,生まれてこなかった誰かに,少しだけ似ているような気がします。
 僕たちは何度も真理子と出会っているのに,いつも忘れてしまうのです。

先頭 表紙

『停電の夜に』はよいですね! 一編一編はとても苦いお話だったり,哀しいお話だったりするのですが,全体を通して読めばキラキラと澄んだ美味しい水で体が満たされるような,そんな本だったように思います。 / 烏丸 ( 2004-11-10 01:42 )
「停電の夜に」が気になって読んでみました。普段海外モノは読まないのですが(ローマ字の羅列だと眠くなる・・)読み始めたらもう止まらなくて、でも読み終わるのが勿体無い気分で。久しぶりに素敵な本と出会えました。ありがとうございます! / カエル ( 2004-11-09 22:05 )
12巻の帯はオレンジ色なのに,添付画像では薄いピンクになってますね。スキャナの調整ミスでしょうか……。 / 烏丸 ( 2004-11-09 02:56 )

2004-11-08 最近の新刊から 『ヒストリエ(1)(2)』 岩明 均 / 講談社 アフタヌーンKC


【「ぼんやりにも程がある」】

 ごく稀にですが,出会えた喜びに体が知らず熱くなるような,そんな作品があります。しかし……出会ってしまったことに畏れさえ覚え,体がきいんと冷たくなる,そのような作品はさらに得がたいものです。
 『骨の音』『寄生獣』の岩明均の新作『ヒストリエ』は,まさしくそのような作品の1つです。

 主人公エウメネスは,第1巻の帯によるとアレキサンダー大王の書記官とのこと。
 ですが,第2巻まででは,旅の若者エウメネスの幼年時代が描かれるばかりで,まだ彼が「何者」なのかは明らかではありません。……ただ,少なくとも彼が「ただ者ではない」ことだけはさまざまな切り口から描かれています。白っぽい絵柄,淡白な述懐に浮き彫りにされるエウメネスの底知れぬ資質──それをさっくりと描き抜く作者の手腕──は,鳥肌が立つほどです。
(単行本の表紙からすると,カラーは苦手,ということかもしれませんが……。)

 ローマ・カルタゴ間の紛争に巻き込まれたシラクサ,そしてアルキメデスの死を描いた前作『ヘウレーカ』は「さあこれから!?」と期待されたところで終わってしまいました。今となっては,それは本作のための習作だったのか,などと邪推したくなるほどです。しかし,つまらぬ論評はほどほどにして,しばらくはただ作者の技に身をゆだねましょう。

 萩尾望都『バルバラ異界』とともに,現在最も注目すべき連載作品であることは間違いないと思います。『バルバラ』は想像力の飛翔の自在さにおいて,『ヒストリエ』は表現(記録)への透徹した誠意において。

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『ヒストリエ』も『バルバラ』も,別に急いで読まなくても絶版の心配はなさそうです。逆に,3冊や4冊で完結するとはとても思われず,それまで作者に万一のことがないか,それまで自分は交通事故に遭わないかテロに遭わないか癌にかからないか財布は落とさないかバナナの皮を踏んで転ばないか……ああもう! / 烏丸 ( 2004-11-10 01:40 )
「ヒストリエ」も「バルバラ異界」も読もう読もうと思って未読です。読まなくては!そうそう、遠藤淑子さんの新刊12/20に出ますよ。今年3冊も(文庫以外の)新刊が出るなんてどうしちゃったんでしょう。 / けろりん ( 2004-11-09 20:41 )

2004-10-29 最近の新刊から 『ミステリー傑作選45 殺人作法』 日本推理作家協会 編 / 講談社文庫


 薄緑の背表紙,講談社文庫のミステリー傑作選ももう45巻。特別編の6冊を合わせると,とても本棚1段には収まりません。

 第1巻『犯罪ロードマップ』は1974年の発行。収録作家は梶山季之・加納一朗・黒岩重吾・笹沢左保・佐野洋・多岐川恭・陳舜臣・土屋隆夫・戸板康二・戸川昌子・仁木悦子・日影丈吉・星新一・松本清張・三好徹・山村正夫・結城昌治。
 お,重ひ……。ハードカバー全集本の似合いそうな大家だらけですが,作品そのものも短編ながらいずれも重厚にして稠密,描かれた犯罪の動機も切実かつ深刻なものばかりでした。

 かたや最新巻,『殺人作法』。
 収録作家は,福井晴敏・真保裕一・法月綸太郎・北川歩実・辻真先・三枝洋・高野史緒・香納諒一・山本一力・横山秀夫。
 ……軽い。作者を云々する以前に,各作品の犯罪行為の動機を含めた上滑り感,その犯罪を隠しきろうとする意思の薄さが否みようもありません。

 さらに,今回の収録作品のうち数編は,ミステリですらありませんでした。

 別に,ミステリにおいて,必ずしも殺人や密室,アリバイといったものが表立って扱われなければならないわけではないでしょう。日常のちょっとした不思議に鮮やかな回答を示そうとするタイプの作品は当節少なくありませんし,従来のミステリの枠にとらわれない,実験的な作品をミステリと呼ぶこともあるでしょう。でも,それらのいずれでもなく,ただ青春小説としかいいようのないものが『推理小説年鑑 ザ・ベストミステリーズ』を底本とする本書に選ばれてしまう……。マズいでしょう,それは。
 『名探偵コナン』の出来のよいやつでも入れておいたほうが,まだスジが通るような気がしてガンモにコンニャク。

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わ〜い。楽しみにしております。 / Hikaru ( 2004-11-10 16:05 )
御意。では,書きかけの私評がいくつかたまっているので,そちらが片付いてから……。 / 烏丸 ( 2004-11-09 02:48 )
どうしようもなにも、是非によろしゅう〜〜〜〜( ‥) / Hikaru ( 2004-11-07 14:21 )
『ヴァイスの空』は,ちゃんとした書き込みではなくて,こちらのつっこみで単行本化を話題にしています。『空想科学エジソン』が完結したこともちゃんとレビューしてないし,どうしようかなぁぁぁ。 / 烏丸 ( 2004-11-06 15:54 )
またまた本編と関係なくってすみませんっ(‥;) ここって「ヴァイスの空」のレビューってなかったでしたか?なかったでしたかっっ???(‥;) / Hikaru ( 2004-11-05 22:05 )

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